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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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エピローグb  怪物達の行く末

 暗い石の通路に一人の足音と、重い何かを引き摺る音が響いている。

 荒く息を吐きながら表情を歪める《蛇》は、もう自力では動けない少女を振り返り、舌打ちした。


「チッ……失敗作が」


 少女を見る《蛇》の瞳は怒りに燃えている。

 ヴァニタスと名付けられた彼女の体は大火傷を負い、瀕死状態にある。ヘルの力──『魔獣化』も解かれ、いまやヴァニタスは全くの無力であった。


 ──一体、どこで間違ったのか。何を間違えたのか。

 

 その件については、想定外の力をカイが持っていたとしか言いようがない。

 ヴァニタスのコンディションは最高だった。戦いの段取りも悪くはなかった。万が一の時はサポートにつけるよう、常にヴァニタスの側にいるようにもした。

 しかし、それでも勝つことは出来なかった。カイ・ルノウェルスという青年に《蛇》はヴァニタスと共に挑み、完全に敗北した。それは逆転の要素すら除外された、あまりに一方通行の戦闘であった。


「たったの数日……神器を得てからたった数日で、あの青年はヴァニタスを完璧に超えて見せた。全く、どうやったらそこまで早く力を『支配』出来るようになれるのか……」


 口許に力なく笑みを浮かべる。

 一周回って驚きを呆れへと変えてしまった彼は、「彼らの身体を一度調査してみたいものだ」と呟いた。

 無造作に伸ばされた白髪を空いた右手でかきむしり、ブチブチッと数本引き抜く。苛立ったときの癖だった。

 

「……あ、あいつ、は……?」


 その時、ヴァニタスが辛うじて聞き取れるほどの囁き声を発した。

 あいつ──もしや、カイのことを指しているのか?

 蛇はそう思い至るが、彼女の言葉に声を返す余裕はなかった。早く研究室に戻らなければヴァニタスを延命させることが出来ない。カイ・ルノウェルスとの戦いを経験した唯一の人間を、ここで死なせる訳にはいかなかった。

 

「ねぇ……あいつは、どこにいる……?」


 ヴァニタスの声音はあまりにも悲痛であり、蛇はその声を聞きたくはなかった。

 出来ることなら耳を塞いで彼女から目を背けたい。自分にすがり付く実験動物の存在に、彼は確かに狼狽していた。


「あいつは……カイ、は……?」


 やがて長い通路も終わりを迎える。

 蛇の前では馴染んだ部屋の扉が主を待ち構えていた。逸る気持ちを何とか落ち着かせながら、彼は扉に取り付けた端末にカードをかざす。重い音を立てて両開きのそのドアは開いた。


「ようやく、戻って来られたな──」


 入ってすぐの所にある照明のスイッチを押し、《蛇》は安堵に胸を撫で下ろそうとして、出来なかった。

 

「……なっ」


 大して広くもない研究室は《蛇》がここを出る直前と比べてだいぶ荒らされていた。

 机の上の各種資料や棚に置かれた実験器具、さらにはヴァニタス達を『育成』していた巨大なビーカーまで割られ、何者かが部屋に侵入したのは一目瞭然である。


「誰が……まさか」


 部屋中に目を走らせながら、彼は真っ先に壁際に並べられたビーカーのもとまで駆け寄った。

 飛散したガラス片を構わず踏みつけ、液が漏れ出ている破損箇所を凝視する。

 雑な破壊の仕方だった。強引に力で叩き割ったような、単純な破壊行為。

 

「……奪われた」


 茫然自失とした様子で蛇がぽつりと呟く。その場に膝をつき、焦点の合わない瞳でそれを見つめた。

 ビーカーの中で育てられていた次なる《怪物》候補が、五人全員ここから消えていた。

 死の淵に立つヴァニタスのことすら忘れ、彼は疲労で鈍った頭を懸命に回転させようとする。

 

 誰が、いつ、何のために、どこへ運んだのか。

 セキュリティーは完全だったはず。部屋に入るためのパスは彼の持つ一枚だけで、常に肌身離さず持ち歩いていた。彼しか知りえない「ある趣向」を凝らしたそれを偽造することなど出来るわけがない。


 この部屋を出た時……ルノウェルス王宮の戦いが始まる直前、約6時間前は「子供たち」は全員いた。それは蛇自身がその眼でしっかり見ている。

 三人の怪物達を連れて目的地まで《転移》する際、部屋には二重ロックをかけた。シルに頼んで誰の侵入も寄せ付けない結界まで用意もした。そこまでしたのに、どうして――。

 

「あの女……ッ!」


 瞬間、脳裏に女の妖艶な笑みが過ぎる。

 そうだ……あの女だ。ここを出る直前に無節操にやって来たあの女と会話まで交わしておいて、どうしてすぐに気付くことが出来なかったのか。

 魔法結界を張ったのが彼女なら、解除できるのもまた彼女しかいない。魔導士ではない《蛇》の鍵はシルほど高位の魔法を防ぐようには作られていない。

 蛇は慢心していた。リリスやシル――上級魔導士である彼女らと自分は協力関係にあり、決して裏切られることはないと思い込んでいた。少なくとも、王宮で戦いを起こした最中に「子供たち」を全て奪われるとは考えていなかった。


「最初から奪うつもりでいたのか……? 作るだけ作らせて、完成したらネコババか? くそったれッ!」


 拳でビーカーを叩き、蛇は一人怒鳴り散らした。

 

「私の研究の全てが、あの子供たちにあった……私が目指した何にも負けない力が、彼らにはあった。それが全部あの女に奪われただと!? こんなことはありえん、夢だ、幻だ……! 俺はあの王子の熱に浮かされ、ありもしない現実を見ているんだ――」


 震える右腕を左手でぐっと押さえ、蛇は現実逃避の言葉を発していく。

 これまで積み上げてきたものが何もかも失われ、完全に崩壊した。それは彼にとって、自分の人生を壊され、存在を否定されたことと同義であった。

 嘘であって欲しい、夢から覚めたらあの子達がいつものように穏やかに寝息を立てていて欲しい――そう願う蛇の耳に、無情にも彼を現実へ引き戻す声が届いた。

 

「アズダハーク様……助けて……」


 自分の家名を呼ぶ少女の声。

 浅く呼吸を繰り返し、酸素を求める魚のように喘ぐ彼女の存在に、蛇は立ち上がって机へと向かった。


「シルに盗られていなければ、『薬』はここにあるはず――」


 あってくれ。祈りながら一番下の引き出しに手を伸ばし、引き開ける。

 一見して紙の資料が仕舞われているだけの引き出しだが、資料をどかした底の板をめくると更に収納スペースがある。そこから緑色の液体が入った小瓶を取り、懐から出したスポイトで少量を吸い上げた。


「ヴァニタス! 口を開けろ」


 フェンリルとヨルムンガンドの回収は叶わず、蛇の手元に残った『怪物』はヘル/ヴァニタスだけである。ここで彼女に死なれては、今まで行ってきた研究は無駄に終わってしまう。

 彼は目も当てられないほど酷い火傷を負ったヴァニタスを抱き上げ、スポイトの薬を数滴、彼女の口内へ垂らした。

 対象の『怪物』の力を活性化させる効果のある、『破壊の遺伝子』。これを与えることでヴァニタスの体を強引に《魔獣化》させ、人間の身体では生き延びることの出来ない傷からも延命する。


「待っていろ、お前は死なせん……! すぐに痛みを取り払って楽にしてやる」


 自分でも驚くほど必死になって、ヴァニタスを床に横たえた蛇は薬棚へ急いだ。

 ずらりと並べられた瓶を片っ端から探り、必要な薬を見つけ出す。


「その薬は、ダメ……」

「何を言ってる!? これを使わないとお前は死ぬんだ!」


 稀少な薬草から作成した、残り一本しかない万能薬。

 その価値を知っているヴァニタスは蛇が自分に薬を使うのを止めようとしたが、蛇は彼女の言葉を無視して瓶の蓋を開けた。

 小瓶をひっくり返し、中身を全てヴァニタスの身体にぶちまける。

 

「あ……あぁ……っ」


 その途端、白い蒸気が発生してヴァニタスを包み込んだ。

 蛇の薬剤の中でも至高の回復薬──対象の外傷を完全に癒すことの可能な液体。それを躊躇なくヴァニタスに与えた蛇は、みるみるうちに全身を癒されていく彼女を眺めて安堵した。

 

「あ、ありがとう……」


 抜けるように白い肌の少女が蛇を見上げる。

 初めてヴァニタスから告げられた礼に、彼は一瞬どうしたらいいか分からない顔をしたが、次いで短く言った。

 

「勘違いするな、お前は失敗作だ」

「……」

 

 苛立ちに満ちた瞳が少女に向けられる。

 ヴァニタスが顔を俯け、唇を引き結ぶ中、蛇はこう言葉を続けた。


「しかし、改良の余地はある。お前は私の手で強くなり、いずれはあの王子をも倒す力を手に入れる。それでいいだろう」


 はっとヴァニタスが視線を上向けると、蛇はもう彼女を見てはいなかった。

 彼は机上の資料を漁りながら鋭い口調でヴァニタスに指示を出す。


「もう動けるだろう。棚の薬から赤いラベルのものだけをそこの袋に入れ、終わったらこの部屋に火を点けろ! 私はシルと縁を切る!」


 彼の発言に驚きこそすれ、反感はなかった。

 身体の痛みが引いたヴァニタスは幾分か冷静になれ、迅速に命令を行動に移す。言われた通りの仕事を最低限の時間で片付け、《魔獣化》に関する資料を名残惜しそうに見つめる蛇を待つ。


「終わりました」

「待たせて済まない。……さあ、やってくれ」


 蛇が手に取ったのは一冊の本だけだった。古ぼけた分厚い辞書のような見た目をしている。

 

「それだけで、良いのですか?」

「私の研究成果は全て、この頭の中に詰め込まれている。記憶は紙と違ってなくなることはない」


 蛇の言い分にヴァニタスは黙って頷きを返した。

 彼女は自分のこれからに不安を抱いてはいない。全てを失い、どん底に落とされた彼女を拾い上げ、育ててくれたのは蛇だった。

 力を与えてくれた救世主。そんな存在の蛇に従おうとするのは、ヴァニタスの当然の心理だった。


「では、さよならだ。シル、リリス──私は必ずお前たちから『子供たち』を取り戻す。そのための手段を選ぶつもりはない」


 どこかで聞いているかもしれない女たちへ向けて宣言する。

 蛇は懐から懐中時計を取りだし、それのボタンをカチカチと押した。長針と短針が狂ったように回り始め、二人の体が眩い光に包まれる。

 

 蛇の発明品、『転移時計』。予め記憶させた座標にいつでも転移することが出来る魔法道具である。

『怪物』の一人の魔法を利用して作成したこれを使い、蛇たちは研究室から脱出した。


(神をも超越した最強の力……私はそれを創造し、この腐った世界に革命を起こす。こんな所で立ち止まってはいられない)


 転移する一瞬の間に、蛇は自分を奮い立たせるように呟く。

 残された唯一の希望──ヴァニタスを見つめる彼は、初めてこの少女の手を握った。



 赤々と炎が燃える、王宮の広大な庭園。

 その一角でぴくりとも動かなくなっていた『怪物』の身から、一人の少年が這い出ていた。


「はぁ、はぁ……。クソっ、痛え……」


 白髪赤目の小柄な彼は、派手に抉られた腹を押さえながら喘ぐ。

 微細な光の粒を立ち上らせて細胞を修復し、顔を苦しげに歪めつつ何とか上体を起こした。


「血まみれだ……腸が飛び出してやがる。あいつ、よくも……」


 吐き捨てるように言い、彼は自分を倒した少年の顔を思い浮かべて悪態をついた。出てくる限りの悪口を連ねて盛大に罵る。しかし、そうしてもただ虚無感が増すだけであった。

 周囲を見渡すと既にトーヤ達の姿はない。横たわる獣の身体によじ登った彼は、そこで大の字になって星のない夜空を眺めた。 

 

「あぁ、もう、疲れたよ」


 ぽつりと呟く。

 瞼を閉じ、考えることを止め、彼は深く溜め息をついた。


「……」


 炎が弾ける音の中に、何か重いものが崩れる音が聞こえた。

 彼はそれが同胞の立てた音であることに気づく。しかし声を投じる気力もなく、何も言わなかった。


「02(ゼロツー)、聞こえる?」


 少女の声が彼の名前を呼んだ。大嫌いな呼び名だった。

 彼は右手を掲げることで彼女の呼び掛けに応じる。

 

「私達は敗れた。主の反応も、『部屋』で眠る同胞の気配も途絶えている。……私には、今後の判断が出来ない」

「誰かの指示がなきゃ動けねえポンコツか? はっ、情けねえ……オレから見りゃあ、お前みたいなのは欠陥品と言う」

「……私から見れば、02の方がバグだらけに思える」


 抑揚の少ない無機質な声音に、彼は苛立ちを隠しもせずに突っぱねた。

 思わぬ少女の返しが更に彼を苛つかせ、眉間に皺を刻んだ少年はがばっと体を起こす。

 

「オレはバグなんかじゃねえ! ちゃんとしたオリジナルで、ユニークな存在だ! 自分の意思を持って行動できる、自立した存在なんだ──お前とは違う!!」

「すぐに感情を爆発させる、それはあなたの悪い点。修正しなくてはならない」


 冷淡に少女は告げた。

 ヨルムンガンドと化して王子の陣営を苦しめた彼女は今、一糸纏わぬ姿で大蛇の死骸の上に立っている。02と呼んだ彼に睨まれながらも、少女は精緻な人形のような美顔を全く動かさなかった。

 澄んだ海のような青い長髪とサファイアの瞳の彼女は、彼のもとへゆっくりと歩いて近づく。


「現在、我々の指示系統は崩壊している。主の権限は消失し、バックアップも失われた。……私には分からない。私はどうしたらいい」


 一人の人間でありながら、まるで作られた機械のように振る舞う少女が彼には恐ろしかった。

 だから目を背け、自分と彼女は違うのだと言い聞かせようとした。

 けれど、彼と彼女のルーツは殆ど同じ。ある研究者が禁忌を犯して作り上げた、『怪物』になるためだけに用意された人造人間。

 

「──オレは、オレのやりたいようにやる。主だとかそんなのどうだっていい。誰にも自由な生き方ってもんがあるはずだ。例え誰かに否定されたとしても、オレは考えを曲げねえ」


 彼女たちからすれば、『02』は確実にカテゴリエラーであり、バグであり、ノイズであった。

 作られた人間のくせに感情豊富で、彼女たちのように主に縛られることもない。彼が『エイン』という人格のコピーであり、その事への葛藤が彼を歪めたのかもしれなかった。


「だから、お前はお前の生き方を探せ。別に組織のために動かなくてもいい。オレたちは、自由だ」


 彼の言い分は彼女をただ、困らせるだけだった。

 自分の意思で行動したことのない少女に放り出すには、少々難しすぎる提案だった。


「私の生き方──それは、主が決めること。私にその権利はない」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ……お前にはやりたいことってのがないのか? オレはあるぞ。もっと強くなって、あのクソ野郎をぶっ殺すんだ。……どうだ、素晴らしいだろ?」


 青色の髪の少女は答えない。

 彼女は無感情な瞳を少年へぶつけ、逆に問い返した。


「あなたはイレギュラーな存在。なのにどうして生きてこられたか、あなたは理解しているのか。教えて」

「いきなりなんだよ……そんなの決まってるだろ、主がオレを必要としていたからだ」


 当惑する彼に彼女は、そこで初めて明確な感情を発露させる。

 彼女の顔に浮かぶのは、何かを恐れるような表情。その理由を彼は咄嗟に察することが出来なかった。

 

「……なんだよ、その目は」

「私達はもう、必要とされない。役目を終えた戦士は始末される──その運命からは決して逃れられない」

 

 彼はその考えにこれまで至っていなかった。考えればすぐに分かることだったのに気づけなかったのは、彼がそれから目を背けたかったからに他ならないだろう。

 あの魔女は必ずここへやって来て、自分達を消去しようとしてくる。回避するにはこの場所から逃げるしかない。

 

「……これがお前なりの忠告か。ならなおさら、急いで遠くへ移動しないと」


 彼はろくに働きもしない頭を回転させて、この王宮から脱出する手段を探ろうとした。

 怪物の力はもう使い物にならない。外壁は高く、また深い堀が周囲を取り囲んでいて内側からの脱出は困難。まともに動こうとしても無理なのは明らかだった。


「…………」


 中央の尖塔から激しい戦闘の音が響いてくる。

 血の色をした炎が塔から上がるのを横目にしながら、彼は残された唯一の手段を思い付いた。

 少女の手を掴み、強い口調で頼み込む。


「お前が蛇になって、地面を掘り進んで脱出する──もう方法はそれしかない! 壁の下から出たら堀を泳いで越え、そこから都市外に逃げるんだ。頼む、『08』……オレにはお前しかいない」


 サファイアの瞳が限界まで見開かれ、揺らぐ。

 小刻みに震える身体を腕で抱えるも、それは止まなかった。

 裸の少女の姿は怪物を演じていた時とは比較にならないほど弱々しく、非力に見えた。

 

「……私には、出来ない。私達はここで殺されるのを待つべきで、反抗など許されてはいない……」

「だったらどうして、そんなに嫌そうな顔をしてるんだよ!? 死にたくねーんだろ、だったらオレの言う通りにしろ!」


 少年の大声に怯えた目をする少女。彼女の中に、本来植え付けられるはずのない選択肢が芽生えようとする。

 自分の思考回路を壊そうと入り込んでくる彼を否定し、拒絶し、排除したい。彼女は必死に首を横に振り、うわ言のように繰り返した。

 

「ノー……私には不可能。不可能、不可能……」

「バカ野郎! もういい、オレが無理矢理連れていく! オレがお前をぶっ壊して、お前と一緒に逃げる!」


 瞬間、少女は自分に何が起こったのか理解できなかった。

 衝撃が頭を打ち抜き、視界が涙に濡れて歪む。顔から地面に倒れた彼女は、燃え尽きた灰を思いっきり吸って咳き込んだ。

 

「ごほっ、がはっ……! 何を、する……!?」

「傷ついた『怪物の子』は自衛のために自らの身を怪物へと変える──あいつが言ってたことだ。お前はこれからヨルムンガンドになる。もう振り返ることも許されない」


 白い肌の周囲を新たな肉体が覆い隠す。

 刹那にして蛇の身体を構成した少女は、もう自分がこの少年に逆らう選択が出来ないのだと悟った。


「行くぞ」


 ヨルムンガンドの顎を押し上げて、少年はその中に飛び込んだ。

 静かに口を閉じた彼女は最後に月を見上げ、悲しげな鳴き声を漏らす。それから鼻先で地面を掘り出し、誰にも知られることなく戦場から姿を消した。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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