40 穿て、《神槍》
視界が赤く染まり、炎の轟音が耳に流れ込んでくる。
あのエインの《死の魔法》にも匹敵するリューズの炎魔法。彼女の砲声と同時に放たれたそれは、僕たちの立つこの広い『女王の間』全体を飲み込んで焼き尽くそうとしていた。
「あはははははっ!! どうだい? 痛いかい、苦しいかい!? ボクの魔法の味の感想、ぜひ聞かせてもらいたいね!」
リューズが無邪気に笑う。悪魔の力を失った彼女だが、そうした言動はやはり悪魔そのものであった。
《神化》して魔法耐性のある《神オーディンのマント》を纏っていた僕は、咄嗟の判断で一番近くにいたアリスの襟首を掴んで引き寄せる。
彼女ごとマントで身体を覆い、僕は精神力を振り絞って炎の攻撃を耐え凌ごうとした。
──が。
「あれ、まだ立っていられるのかい? 神器使いも案外頑丈なんだねえ」
一瞬にして僕達との間合いを詰めたリューズの杖が閃き、腕が塞がっている僕へ容赦のない打撃を加える。
アリスを胸に抱いたまま倒れ、嗜虐的な笑みを浮かべる彼女を見上げることしか出来なかった。
「こんなものかな。これでボクの仕事は終わり……のはずなんだけど、まだやることが残ってる」
リューズの眼中には僕のことなど既にない。
彼女が見ているのは『女王の間』の中央にある繭のような物体、それだけだ。そこに眠る女王から【怠惰】の力を取り戻す──それが、彼女のやるべきことなのだろう。
「待て、よ……リューズ。僕はまだ、終わってない……」
「……トーヤ君、キミはよく頑張ったよ。でも、そんな疲弊しきった体でボクに勝てるなんて思われちゃ嫌だな。キミの精神はもう、消耗しきってボロボロだよ」
炎の中に佇むリューズが静かに言った。
ここまで続いた戦いで、僕は左腕を食いちぎられ、リリスの魔法を受けて死にかけている。彼女の発言は否定できない。
でも、どれだけ弱っても足掻くのを止めたらそこで終わってしまう。エルとの最初の誓いを果たすために、僕は戦わなくちゃいけないんだ。
「……そう」
リューズは短く、それだけ呟いた。
その瞳には諦念にも似た色が浮かんでいる。
「足掻くのを止めない、戦わなくちゃいけない……どうしてそこまでやれるのか、ボクには理解できないな。勝てない相手に立ち向かって、それで何が得られる? キミのしようということに、ボクは価値を見いだせない」
「……トーヤ殿、は……トーヤ殿は、勝てない敵に無鉄砲に向かっていくような、そんな人間ではありません……」
僕の胸の中でアリスが小さな唇を震わせる。
冷たい眼で見下ろしてくるリューズを睨み付け、彼女は言葉を続けた。
「彼は、その目で『勝利』を見ることが出来る人です。どんなに劣勢でも諦めず、糸口を探して、そこへ漕ぎ着けるんです。そして、今も……トーヤ殿は頭を回転させて『勝利』へのルートを求めています。甘く見ていると、痛い目を見ますよ……」
ニヤリ、と。アリスは笑う。
リューズの表情が固まった。
「……」
僕は視線をこの部屋の至るところへ巡らせる。
リューズの魔法によって放たれた炎、しかしそれは防げないものではない。《オーディンのマント》でさえ、体に受ける熱や痛みをある程度は抑えてくれるのだ。魔導士である彼女達に防げないはずがない。
立ち上がった煙で見えないが、おそらくエルはまだ生きている。彼女は得意技の《防衛魔法》を展開し、ユーミやシアンなど魔法を持たない少女達を守ってくれているはずだ。
その考えに間違いはなく、直後、煙の奥から極太の白い光線がリューズへと撃ち込まれる。
「──っ!?」
その光線から溢れだす魔力は並みのものではなく、直接浴びていない僕でさえ衝撃に全身を打たれた。
まっすぐ白髪の少女へ向かう光線。精霊の防壁魔法で攻撃を防ぐリューズだが──続く第二撃を受け、あまりの威力に美しい顔を歪める。
「エル……! それに、オリビエさんも──!」
この魔法はエルだけの力ではなく、オリビエさんの力も合わさっての絶大な火力となっていた。
煙の切れ間から覗く二人の魔導士の姿に僕は安堵する。よかった……まだ、僕たちは倒れていない。戦える!
「《ベルフェゴール》だった君、君の魔法は強いが『大味』過ぎる。これなら確実に殺せる……そう考えたんだろうが、生憎私たちは『天才』なんでね」
「炎属性の対抗魔法──最大出力で発動したそれで、君の魔法を出来る限り弱めさせてもらった。今ここで燃え盛っている炎も、見た目よりは《悪意》の少ないものに変わっているはずさ。……さあ、トーヤくん! ここから巻き返してくよ!」
オリビエさんとエルが光線魔法を射出しながら得意気に言った。
戦意をこれっぽっちも失っていない、むしろ燃え上がらせている彼女らに、僕も負けてられないと立ち上がる。
「私たちも、やります」
吐血しながら、それでも拳を握って言うのはシアンだ。
リューズの精霊たちの猛攻を受け、深い傷を負った彼女も諦めまいと真っ赤に燃える瞳をリューズへ向けた。
「ふふっ、ここが粘り時ね」
「うむ。敵は強いがたった一人、私たちが一丸となれば必ず勝てる」
「カイが戻ってきて、俺たちが負けてちゃがっかりさせちゃうからな。勝とう、みんな」
ユーミが大剣を上段に構え、リオは切れかけた《風》を新たに纏い直す。電流を迸らせる拳に力を込めながら、ジェードは獣人の鋭い歯を剥き出しにして笑った。
ここまで一緒に戦ってきてくれた、頼もしい仲間たち。僕の何より大切な人たちが、ここで勝負を決めようと決起する。
しかし、リューズはそんな彼女らの意志を真っ向から否定した。
「……弱いくせに、簡単に勝てるなんて言わないでもらいたいね。ボクを何だと思ってるの? ボクは悪魔であり、最高の剣士であり、魔導士だ! こんな腐った世界の子供たちに敗れるなんてあり得ない!!」
杖を振るい、エメラルドの光粒──精霊を胸の中へ引き寄せる。
エルとオリビエさんの渾身の光線も完全に無効化し、この場の魔力をありったけ吸い上げた彼女は姿を変えていった。
緑の光の粒が渦となり、リューズの腕や脚、全身を鎧のように包み込む。
精霊と融合した女の姿は、もはやモンスターといって差し支えのないものとなっていた。
美しかった白髪は毒々しい緑、魔導士のローブはゆったりとした裾の長いドレスへ。肩を剥き出しにした腕は白く細い。その細腕に持った槍のような長杖は先端に緑の宝玉を有し、強い生命の光を放出していた。
そして、何より特徴的であるのが女の下半身だ。
空中に浮遊しているリューズのドレスの裾はふわりと膨らみ、その下で緑色の触手のようなものが無数にうねっていた。触手は見たところしなやかで弾力のある、滑りを持ったもののようだ。
「何だよ、あれ……!」
「《精霊》があの女と一体化した──信じられないことだけど、そう判断するしかないだろう」
瞠目するジェードにエルが苦々しい表情で言う。
対峙する相手に原初的な恐怖を植え付ける怪物のような女の姿に、《防壁魔法》の中にいる彼女らは戦慄していた。
それは僕も同じだった。
人間の上半身に、無数の触手が蠢く下半身。モンスター、蛸人を彷彿とさせる彼女からは、これまで以上に強い力を感じる。あのフェンリルやヨルムンガンドよりも大きな、彼らの放出した魔力を吸って肥大した力だ。
「ボクは君たちの戦う意思を尊重しよう。そして、その上で全力で潰してやる。さあ、かかってこい」
「言われなくとも、やってやるさ。──行くよ、みんな!」
そしてオリビエさんに視線を飛ばし、胸に抱くアリスを見た。魔導士はそれだけで僕の言いたいことを理解してくれる。
「アリス、君はオリビエさんと──」
しかしそこまで言って、口を閉じざるを得なくなった。
ひゅっ、と風切り音が鳴り、緑色の触手の鞭が打ち鳴らされる。
僕は小人族の少女を抱いたまま後ろに飛び退き、鞭が石の床を抉るのを見て顔を歪めた。
「げほっ、と、トーヤ殿……私は、一人でも戦えますから……」
「そうかもしれないけどっ……そんな様子じゃ、無謀な戦いになっちゃうよ」
胸が苦しい。頭が痛い。何も考えられなくなる。
炎による煙は、たとえ神化している僕でも防ぐことは出来ない。肺が酸素を求めて喘ぐも、それは無駄な足掻きだった。
「ふふ……どこまで持つかな?」
リューズの鞭が振るわれる。
それは一切の容赦なく僕を執拗に狙ってきた。アリスを守りながら必死に猛攻から逃れようとするも、体を打つ無慈悲な触手は逃がしてくれない。
「トーヤ……!」
「くそっ、近づけない!」
ユーミとジェードの声が耳に届く。剣の唸り、それと拳が触手を打つ音が響き、彼女たちが懸命に戦っていることが分かった。
「アリス……これを」
僕は体が悲鳴を上げるのを無視し、広い部屋の壁際まで一気に駆け抜けた。
そしてアリスをそこに下ろし、纏っていたマントを脱いで彼女に被せる。
「君はそこにいて。僕が、あの化け物を倒してくる」
「そんな……マントがなくては、トーヤ殿は……!」
「大丈夫、戦いは長引かせないさ。それに、炎に焼かれるなんて慣れっこだしね」
これが戦場で口に出せる最高の冗談だった。
「それを纏っている限り、死にはしない。だから、僕を信じてくれ」
そして無理矢理笑って見せる。
潤む目で見上げてくる彼女の頭を撫でてから、僕はこれまで背に吊っていた槍を構え直した。
「……信じます」
アリスの言葉に頷き、駆け出す。
炎の灼熱が身を焦がし、煙が気道を焼く中、僕はそんなことには構わず敵を倒すことだけを意識した。
リューズは攻撃目標を僕からユーミ達に変えたようで、無数にある触手のほとんどをそちらへ向けている。
彼女を見て、僕はあることに気がついた。
触手の数は多いが、それはどこまでも伸びる訳ではなく、長さに限界がある。射程範囲よりも遠くには鞭による物理攻撃を当てることが出来ないのだ。
ならば、遠くから魔法で討つのが得策か。しかし、それは敵もわかっているはずで、何らかの対策を講じているのは間違いない。
「げほっ、ごほっ……うーん、どうしようか……」
「トーヤくん! こっちに!」
エルが僕を呼び掛ける。
マントなしではもう数分ももたない──そんなことを考えながら、この状況を打開する鍵となる少女のもとへと、最後の力を振り絞って駆け寄った。
エルはリューズから50メートルほど離れた位置、『女王の間』の南側の壁際に陣取っていた。白い光の壁を展開し、そこから向かってくるリューズへ魔法攻撃を行っている。
「アリスは?」
「あそこ……あっちの壁際に、いる。たぶん……あの女は、彼女は狙わない……と、思う」
防壁の中は炎も煙もなく、完全に浄化された空間であった。
そこに膝をついた僕は、エルに問われてそう答える。
「そう……トーヤくん、まずは君を治癒してあげる。手早く済ませなきゃならないから完全ではないけど……ある程度は回復できるはずさ」
僕は彼女の胸に頭を預け、治癒魔法を受けた。煙っていた視界が徐々に鮮明なものになっていき、呼吸が楽になる。
自分の体がエルによって治癒されていくのを感じながら、頭の中で現在の状況を整理しようとした。
「エル……みんなのいる位置を教えて」
「この防壁に私とリオ、それにオリビエさん、シアン。今ベルフェゴールと戦っているのはユーミとジェードの二人だけだよ。あと……咄嗟の判断で仕方ない面もあったけど、アリスを一人にしたのは得策ではなかったかもしれない」
「それは……そうかもね」
アリスへの心配は、この際考えないことにする。
僕が考えなくてはならないのは、あの女をどうやって倒すのか。それだけだ。
「エル……今、ユーミとジェードが戦ってるって言ったよね? この炎の中で、煙も酷いのにどうやって……?」
「ああ、それは私のおかげじゃな」
エルが言おうとするのを先回りしてリオが得意気に答えた。
彼女の持つ力──《風》の付与魔法を身体に纏わせて、炎から身を守るということだろうか。
「先程私がかけた《風》は、いつもよりも冷たいものにしてある。吹き付ければ炎も消えるほどのな。広範囲に打てないのが難点だが、対象の体を守り、呼吸を助ける働きは十分可能じゃ」
「熱から全身を守りつつ、酸素ボンベのような働き――綺麗な空気を供給できるってわけだね。治癒が終わり次第、トーヤくんもかけてもらって」
リオの《風》にそんな力が隠されていたのか、と僕は瞠目する。
エルの言葉に頷きながら、視線を戦うユーミとジェードへ移した。
全身にうっすらと風の膜を纏った二人は、それぞれの武器で触手を迎撃しながらリューズとの距離を詰めようとしている。
その表情は焦りに駆られていた。無理もない。彼女らが倒れれば、魔女の牙はここにいる僕達へ向けられてしまう。負傷したシアンはアリス同様戦える状態ではないし、僕だって今は動けない。彼女達が最後の生命線なのだ。
ジェードの拳が迫る触手に穴を開け、次いで来るそれを牙で食いちぎる。獣人の爪が閃き、背後を取ろうと伸ばされた触手を振り向きざまに断ち切った。
「がるあああぁぁぁッッ!!」
獣の本能を開花させた彼は真っ赤に燃える眼を吊り上げ、吼える。
……いつの間に、あんなに強くなったのだろう。僕が思ったことをユーミも考えたらしく、この時彼女の横顔はやや悔しそうにも見えた。
「…………」
小さく何かを呟く。巨人族の少女は真紅の髪を振り乱しながら、風を孕んだ剣を横薙ぎした。
風の刃が空気を裂き、その先にあった触手を纏めて切断する。リューズが息を飲んだのがここから見ても分かった。
あの攻撃は僕の《テュールの剣》の技と似ている。敵との間合いを無視した、剣による遠隔攻撃。
リオの魔法とユーミの剣、二人の少女の力の合わせ技だ。
「どうよ、犬っころ! あたしだってやるときゃやるんだからね!」
「そんなこと言ってる暇があるなら、斬れ! 俺だって長くは持たない」
「りょーかい! 行っくわよーッ!!」
ユーミが自慢げに言い、ジェードが吐き捨てる。
にやりと笑みを深めたユーミは剣を高く振り上げ、その隙を狙った触手たちを見て――かかった、と呟いた。
リューズがその美貌を歪め、舌打ちする。
「【雷よ、駆けよ】」
この王宮に突入する前、彼女が武器商人から受け取ったのは《魔剣》。
雷属性の魔力を秘めた剣は絡みついてきた触手へ電流を通し、触手の大元であるリューズ本人にもダメージを与える。たまらず魔女は触手を体から切り離し、動力源の魔力が送られなくなったそれは灰と化して消えた。
「精霊の力……厳しい戦いになると思ったけど、行けるかも」
エルの胸の中で二人の戦いを観察し、僕は気付く。
精霊の力を体に取り込んでからリューズの口数はめっきり減った。それは何故か。僕はそれを「彼女が僕らとお喋りする余裕さえなくなったから」だと考える。
さっきのユーミとの一場面から切り取ると、触手はリューズから魔力を得られないと動かすことが出来ず、魔力を失った触手は文字通り「死ぬ」のだ。今、リューズは残った全ての触手へ魔力を注ぎ込まなくてはならない。魔力を送らなければ持ち得た触手は死ぬし、そんなことをすればジェードの肉弾戦の速度に対応しきれない。
僕との剣戟もそつなくこなした彼女だが、それは型のある剣術の戦いだった。拳、蹴り、さらには獣人特有の牙を使った攻撃……彼女がおそらく体感したことのない戦闘に、果たして即座に対応できるのか。僕にはできるとは思えない。
あの触手を操るには、きっと膨大な魔力が必要なのだろう。そいつらの手綱を引くために、リューズは持つ魔力のほとんどを費やさなくてはならないのだ。
そしてその魔力は、確実に減ってきている。その証拠として……。
「さっき触手がユーミに向かった時、真っ先に剣の刃へ向かっていた。リオ、エル、それは何故だか分かる?」
「……武器を失えばユーミは戦えない、あの女はそう判断したのではないか?」
「いや、待って。それは違う……確かにベルフェゴールはユーミから武器を奪いたいはずではある。でも、そのタイミングがさっきとは私は思えないね」
リオが怪訝そうな顔をする。
もう十分回復できた――僕は治癒してくれたエルに礼を言いながら立ち上がる。そして、《精霊の触手》について推論を語った。
「今のリューズにはあの触手を完全に制御できていない。フェンリルやヨルムンガンド、怪物達がこの場所にもたらした魔力、それを彼らは吸いすぎたんだ。精霊たちは『酔って』いる。ほら、リオにもわかるでしょ――あの、力に満たされる全能感を。精霊の力がその地の魔力を得て増強するなら、今の彼らは相当に強くなっているはずだ。それも、あの怪物達に匹敵するくらいね」
「なっ……あの女に制御出来ないほど、彼らは強くなりすぎたじゃと……!? では、先ほどあの女の意思に反して触手が動いたのは……」
「精霊が魔力を求めた結果だろうね。とにかく力が欲しくて、一番魔力のあるところへ飛びついたんだ。リューズが魔剣に感づいても、そんなこと精霊は気にもしなかった」
僕は戦慄するリオに振り向き、彼女に歩み寄る。
失った左腕を痛々しげに見つめてくるリオは突然、僕の背に両腕を回して強く抱きしめてきた。
「……リオ」
「トーヤ、私はトーヤが好きだ。だから……死んで欲しくない」
「……わかってる」
《神化》によって変化した長い白髪に顔をうずめてくるリオに、僕はゆっくりと頷く。
誰も死なせない。僕も死なないで、生きてこの戦いを終える。それが最善の結末で、目指すべき戦いだ。
「リューズ……僕は君に聞きたいことが沢山ある。悪魔の真実──それを全部、教えてもらうから」
リューズは手のひらを前へ突きだし、そこから大きな光の球を出現させる。それを行った彼女の表情は歪んでおり、汗をだらだらと流して発狂寸前にも見えた。
──彼女、強がってたけど、本当は以前よりかなり弱くなってたのかも。
前世と変わらない力を持つ僕に、焦っていたのかもしれない。絶対に負けられないと、プライドを曲げられなかった。
僕は、精霊に呑まれたリューズの顔に、確かに負けず嫌いな少女の面影を見た。
一呼吸置いてリオの体を静かに離し、彼女に頼む。
「《風》の魔法、お願い」
「分かった」
リオの詠唱が素早く行われ、銀色の風が神化する僕の全身に纏わり付いた。
冷たく、けれどそれでいてどこか安心感をもたらしてくれる付与魔法。リオの加護を受けた僕は、右腕で《神槍グングニル》を掴み上げて構えた。
「──行くよ」
オリビエさんが発動してくれている防壁から、一歩外へ。
僕は真っ赤な目を張り裂けんばかりに見開いたリューズと視線を交錯させ、槍を持つ腕に力を込めた。
全てはこの一撃に。一瞬で決める──。
「はあああああああああッッ!!」
咆哮、そして──大投擲。
全身全霊の力をもって撃ち出された神の槍は、一条の突風となって驀進する。
敵との間合いなんて関係ない。驚愕し防壁を張ろうとするリューズの行動を無視し、グングニルは一瞬にして彼女を捉えた。
少女の細い体躯が、神の槍によって穿たれる。
絶叫が僕らの耳をつんざいた。




