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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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39  魔女の狂気

 カイは《魔剣レーヴァテイン》を握る手に強く力を込めた。

 どこか空虚な雰囲気の、「閉鎖空間」。魔女モーガンが作り出したこの場所で、カイは女に刃の切っ先を向ける。

 

「母さん……ここで母さんを倒して、絶対に救い出す」


「私を救う? 私は今、これ以上ないくらい満たされているわ。あなたに救われる必要なんてない」


「それでも──俺は戦う。母さん、いやモーガン。あなたも杖を抜け。俺と、戦え!」


 すり鉢状の空間、その底面でカイとモーガンは相対していた。

《神器使い》の青年は《神化》を発動させながら母親を睨み付ける。

 母さんは、母さんだ──先程カイは目の前の女をそう見たが、やはりかつての母親の姿とは乖離した印象を受けた。

 母親の人格は失われていないとしても、【怠惰】の影響は確実に残っている。

 そうでなかったら、そもそもここへカイを呼び込んだ理由が付けられなくなる。

 

「そんな目で私を見るようになったのね。まぁ、いいわ。やってあげる」


 カイの言葉にモーガンは淡々と答えた。

 彼女の纏う白いワンピースの裾が揺れたかと思えば、その輪郭は硝子の虚像となって崩れていく。モーガンの衣装が変化し、それに伴い髪や瞳の色も完全に別物へ変わった。

 白かった衣服は黒一色の戦闘服バトル・ドレスになり、金髪碧眼の美貌は緑髪赤目に。

《悪魔ベルフェゴール》──正確にはベルフェゴールの名を冠したリューズ──の姿を手にいれたモーガンは、悪魔との《神化》を果たして笑みを作る。


「今やこの力は私の思うがまま……。ふふっ、潰してあげるわ、カイ。私の【怠惰】が、あなたを犯して殺してく」


 彼女が与えるのはただ一つ、【怠惰】だ。

 悪魔と一体になった魔女は息子である青年に牙を剥き、圧倒的な敵意の矛を向ける。

 ふわり──少女のような姿が空中に浮き上がり、カイを見下ろした。

 戦闘が、幕を開ける。


「ふッ──」

 

 右手を軽く振って魔女は何もない所から杖を出現させた。

 直後、その杖の先端が青白く光り出す。魔法の前触れか──カイは相手を見上げながら剣を構える。

 魔剣レーヴァテインの能力で、魔法攻撃はある程度までは吸収することが出来る。これには許容量があるため、それに達するまでに決着をつけなくてはカイに勝利はない。


 ──早期決着を狙い、母さんを解放する。


 カイはごくりと唾を飲んだ。

 これが最後の戦いになる。ここで勝てば母親は悪魔から解き放たれ、この国は再び平和の道を進んでいける。

 その全てがカイにかかっている。その事実に、以前のカイならば重圧に押し潰されていたことだろう。

 だが、神殿攻略を果たし、仲間と共に彼は成長した。彼は力と、そして誰よりも大きな勇気を得た。

 今のカイは敵を恐れない。剣を掲げ、それを躊躇わず相手に向けることが出来る。

 

「神ロキ──どうか俺に、炎の加護を」


 青年は力を認められた神に願った。

 囁きと同時、剣に紫紺の炎が宿る。


「私の魔術について来られるかしら? いくわよ、カイ!」


 光が弾けた。魔女モーガンの杖が閃き、鋭い雷撃の数々が天井から降り注ぐ。

 広範囲に及ぶ雷属性の魔法。カイはその魔法を眼で見て、無数の稲妻の雨を高速で移動することで避けていく。

 石の床面を抉る雷撃に、彼は冷や汗を垂らしながら避けきれなかったものを剣で受けていった。

 

「その力、節約しているの? そんなことしなくても、限度を迎える前に終わらせてあげるわよ」


 モーガンは微笑んでいて、その表情から彼女が「楽しんでいる」ことをカイは理解した。

 彼女にとってこの戦いは単なる娯楽に過ぎず、暇潰しに過ぎない。だがそれでいて、彼女が本気であることもカイは分かっていた。

 この母親は、本気で息子を殺しにかかっている。


「母さん……俺の炎、喰らってくれ! 《狡智神の大炎剣》!!」


 ならば、カイも一切の手加減なしに本気の攻撃を母親にぶつけよう。

 全てを燃やす神ロキの剣で、最強の勝利の剣で、母親と決着をつけよう。

 

「行けッ──!」


 剣の形を成した炎が突き進む。目標はただ一つ、頭上に浮遊する魔女だけだ。

 

「そんな攻撃……どうとでもなるわ」


 モーガンは空中を自在に移動する。この空間は彼女が生み出し、そこでの物理法則だって彼女が決めたものだ。

 全ては魔力が支配する。リアルより自然に飛ぶモーガンは、形を変えて追ってくる炎を旋回してかわしながら杖を繰った。


「《魔力停滞マナ・ディプラヴィティ》」


 杖の動きと同時に悪魔の赤い目が輝く。

 蛇のようにうねる炎に対し、赤の光はそれだけで瞬時に効果を発揮させた。

 猛る炎がたちまち勢いをなくしていく。


「なっ……!? これが、【怠惰】の力なのか……!? と、いうことはつまり──」


「勘がいいわね。そう、私は【怠惰】の操り人形なんかじゃない。私を操る者はもういないのよ。私は、【怠惰】の力を『食った』」


「……! そんな──」


 母さんが、悪魔自身……!? 

 カイは信じられない。信じたくない。

 それなら母親は自ら悪魔の洗脳から脱し、彼女の意思で【怠惰】の能力を奪ったということになる。母親が、自分から悪魔になることを望んだことになってしまう。


「信じられないの、カイ? 優しいお母さんが戻ってきてくれるって、健気に信じていてくれたの?」


 モーガンが魔力でカイの炎をねじ曲げ、消し飛ばす。

 炎の主の心をへし折るように、彼女は歪んだ笑みと共に言葉を添えた。


「だとしたら嬉しいわ……可愛い息子にそこまで思ってもらえただなんて、母親としてそれ以上の喜びはないもの。……でもね、今はそれより、あなたの絶望の顔を見たくて堪らないの」


 モーガンが何を言っているのか、カイには咄嗟に分からなかった。

 母親のこんな顔、知らない。カイの知るモーガンはこんな台詞を口にするはずがない。この人が、カイの記憶の中の母親と一致しない。

 もしかしてこれはベルフェゴールの罠なのか? カイを混乱させようと、こんな声を聞かせているのか。そうだとしたら、どんなに良いことか。

 

「手を止めちゃダメ。最後までちゃんと私の玩具おもちゃでいなさい」


 見えている世界が文字通り変容する。

 カイの足元から水が溢れ、そこだけが深く沈み出す。深淵に引きずり込まれる彼は、そこから抜け出そうと懸命に抗った。

 

「あッ……なんだよ、これっ!? モー、ガンッ……!!」


 足でバタバタと蹴り飛ばし、叫びながら脱出を試みる。

 それでも暗い深淵はカイの足を掴んで離さなかった。彼は水中へ引き込まれ、胸まで氷のように冷たい水に浸かってしまう。

 

「言ったでしょう? この世界は私が作ったの。私が願えば海にも砂漠にも火山にだってなる。ここでは私が絶対のルールなのよ。部外者のあなたには書き換えることなんて出来ない」


 魔女は笑う。何も出来ずに苦しむ「挑戦者」を見下ろし、見下し、その表情に悦びを感じていた。

 ──これなのだ。私が望んでいたものは……私が求めた「悪」は、ここにある。

 モーガンは心の中で独白する。

 ──私の手の中に【怠惰】の力はあり、既にあの女からは悪魔としての能力は失われた。私こそが悪魔であり、怠惰なのだ。他の誰でもない、このモーガンが唯一の【怠惰】の名を冠する悪魔。


「ある時……私は天啓を得たかのように、突然理解した。私が『あの世界』の悪魔の継承者であり、いずれ肉体を持たない彼女の代わりに新たな『悪魔』となる器であるということを。怠惰の洗脳下にありながら、当時の私は僅かだが意識を保っていた。その意識──私の人格は、あの『お告げ』の日から徐々に力を増していった……」


 母親の告白を聞き、カイは瞠目する。

 そして、吐き出すように言葉を声にした。


「くそッ、たれ……なんだよ、それ……。ありえない。そんなこと、あるはずない……」


 体が芯から凍りついていく。それはカイの身体が冷水の溝の中へ沈み込みかけているせいではない。

 ひとえに恐怖だった。自分と血の繋がった母親が自身を『新たな悪魔の器』だといい、自分を魔法で苦しめて笑っていることに対する、心の底から沸き上がる恐れだった。

 

「目を背けようとしても無駄なことよ。あなたはもう逃れることなんて不可能なの。この私の世界で、魂を消滅させられて死ぬ。残った身体の方は、私が後で好きなだけ可愛がってあげるから」


 歯を剥き出しにした凄絶な笑みは、まさしく悪魔というべき形相であった。

 その表情にカイはふと既視感を覚える。

 首まで氷水に浸かりながら、彼は必死に混濁する記憶を探った。


 悪魔、蛇、燃え上がる赤、銃口、咆哮する黒竜、無数にいる怪物達、牙を剥く凶狼、白い竜、氷山、微笑み──そして、魔女。


「──リリス」


【悪魔の母】と呼ばれた、かつての世界から時空を越えてやって来た魔女。

 氷のような微笑みの、水色の髪と瞳をした妖艶な美女。

 全ての元凶であるあの女を倒すまでは、カイはまだ終われない。リリスを倒さなくては悪魔の悲劇は繰り返される。それを止めるのが、《神器》を持つ者に等しく与えられた使命だ。

 

「【怠惰】ごときに……【怠惰】を倒せなくて、他の悪魔の相手が務まるか……! 俺だって、ロキに選ばれた神器使いなんだ! トーヤたちが果たそうとしている使命に、俺もこの力を貸すって決めたんだよ!」  


 かっ──と。カイの中でこの時、確かに何かが弾けた。

 それは炎であった。戦い、前を向いて進んでいくための、闘志の炎。

 ここで燃え尽きるなんて誰がいいと言った? 自分にはまだ、やれることがあるだろう。

 七つの大罪の悪魔は、未だ誰一人として討伐されていない。今、ここでベルフェゴールを倒すことは、悪魔の驚異を世界から取り除く第一歩なのだ。その始めの一歩で躓いてどうする。

 

「俺はもう、負けない……!」


 カイは叫んだ。それは聞く人の心を打ち震わせる叫びだった。

 モーガンの瞳が大きく見開かれる。絶対に逃れることの出来ないはずの、闇の深淵。それに青年は懸命に抗おうとしている。

 彼は炎の剣を最大火力まで燃やし──そして、大きく振りかぶった。


「うおあああああああああッ!!」


 手に纏わりつく水も、身体を引きずり落とそうとしてくる闇も、炎の剣の前には何も意味をなさない。

 こんなもの、虚像だ。カイを飲み込んでいたこの水も、深い闇も、そもそもこの空間自体も偽物だ。

 本物でさえない偽物を恐れるなんて、馬鹿げている。


「燃やせ、燃やせ──壊せ! こんなものにやられてたまるかよッ……!」


 獣のように唸り、剣を振り下ろす。

 カイは自分を縛る闇を、魔女の作った幻影を、斬った。

 偽の硝子が割れて飛散する。魔女の目は、限界近くまで見開かれた。


「私の魔法が、破られるなんて──」


「驚いてる場合かよ! ちゃんと俺の方を向け、そして正面から戦え! こんな偽物の世界じゃない、本物の世界で俺と戦え!」


 カイは吼える。

 彼が救おうとした母親はもういない。いるのは悪魔に身をやつした魔女だけだ。

 彼女が自分と血の繋がる唯一の母親であることは、否定できない事実だ。そしてカイ自身、これまで母親を本気で殺すつもりでいたことはない。悪魔を取り払い、《悪器》を破壊する──それで悪魔は死に、母親はもとに戻るはずだったからだ。


 しかし、現実は違った。

 悪魔だった女は悪魔としての能力を奪われ、ただの脱け殻と化し、モーガンが悪魔の力を得た。

 それはつまり、彼女自身が《悪器》であることと等しい。彼女を殺さなくては、この国を蝕む悪夢は終わらない。

 

子供ガキが、ごちゃごちゃと……五月蝿いのよ!! ここから出る手段も知らないくせに、よくそんな大口を叩けたわね? 全ては私が握っているの、私こそがこの空間における『神』なのよ! 神に逆らう人間なんて、許しはしないわ!」


 モーガンはたがが外れたかのように怒鳴り散らした。

 目を血走らせ、唾を飛ばした形相は美しさとはほど遠い。醜く叫ぶ彼女は、杖を振ってそこに鉄の槍を出現させた。


「貫き殺してあげる」


 現れた槍は一本だけではなく、無数ともいえる量があった。

 それを横に展開し、一気に撃ち放つ。槍の雨がカイへ向けて一斉掃射された。

 

「チッ──」


 カイは顔をしかめ、剣を掴む腕にぐっと力を込める。足を踏ん張り、その場で迎撃態勢を取った。

 この時、青年には世界の時間がひどくゆっくりに感じられた。

 脳裏に浮かんだのは、二度目の《神殿ロキ》攻略時のある局面であった。

 

 白髪の少年が、あまりにも強大な黒竜ニーズヘッグの攻撃をたった一人で止めたあの瞬間。

 負けてられない──そう強くカイに意識させた、ずっと前の出来事にも思える過去の光景。

 

 いつの間にか自分の中でライバル視するようになっていた少年トーヤの不敵な笑みを思いだし、カイは戦意を激しく燃え上がらせた。

 

「はああああああああッ!!」


 槍の雨が降り注ぐ。全方位を対象にしたその攻撃をかわすことは不可能だ。彼は剣を掲げ、その剣身に灼熱の魔炎を宿させる。

 ──恐れるな、剣を振れ。刃を振り、神の火炎で全てを焼き尽くせ!


 一刀両断。

 

 その瞬間、カイの剣が彼を貫こうとしてきた槍たちを灰に変えた。

 斬撃と同時、神器の高すぎる熱に「溶けた」槍。それを目にしたモーガンは絶句し、驚きのあまり硬直する。

 

「──!?」


「モーガン、お前はもう終わりだ。この空間でお前は俺を倒すことは出来ない! さあ、観念して現実へ戻るんだ」


 モーガンがカイを倒すことが出来ない──実際はそんなことはないと分かっていたが、カイは大声で言い切った。

 確かにモーガンの攻撃をカイの神器の能力で防ぐことは可能だ。しかし、それもカイの魔力が持つ限り。潜在的な魔力量でモーガンと彼では勝負にならないため、勝負を早期に決めないとカイの勝利は格段に遠くなる。

 

「……もう、いい。無理にでもここを突破する」


 モーガンが動きを止めたこの瞬間が、今カイに与えられた最大のチャンスだ。

 彼は神化によって変化した赤色の瞳で空中の魔女を見据える。飛べない彼にはモーガンと同じ土俵に立てない。だが、攻撃を当てる手段なら幾らでも考え付くものがあった。


「ふぅッ……!」


 彼は炎になった。

 灼熱の赤色を身体に纏い、腰を低く落として床に手をつける。脚に力と魔力を込め──助走から、跳躍。

 

「……ちぃッ! 少し技を防げたからって──」


 モーガンが吠える。硬直から戻った彼女は杖を水平に構え、受け止める体勢になると共に呪文を唱えた。

 

「《夢幻の防壁イル・ヴァリア》!」


 虹の光が迸り、そこに魔力の壁を作り出す。

 剣を振りかぶって突進してくるカイを、確実に止めてみせる。自分の槍が無効化された直後のモーガンだが、防御面は攻撃よりも自信があった。


「調子に乗らないことね。私の魔法は【悪魔の母】や【永久の魔導士】にも劣らない……神化を覚えて間もない子供に、突破されるような技ではないわ」


「……いや、どうかな」


「──!?」


 カイは空中で剣を頭上高く振り上げながら、ニヤリと笑ってみせた。

 モーガンは驚愕する。彼女の瞳に映っていたのは、魔女の予期せぬ「可能性」。青年がゼロから編み出した、彼女の知識にはなかった魔法だった。

 

「──はああッ!」


 今、カイの背中にあるのは一対の翼であった。青年の闘志が力と化し、紅蓮の炎の翼を生み出したのである。

 その翼を自分の肉体の一部のように操り、カイは飛翔する。魔法で浮遊する相手への対抗策──駆け出した刹那に脳裏に生まれたイメージを、彼は即座に形にしてのけた。


 空をどこまでもかける鳥のように。

 緋色の髪と紫紺のローブを靡かせるカイは、魔女の想像を遥かに超えて自由自在に飛び回った。

 

「食らえ!」


 真っ直ぐ相手に突撃していくはずだったカイの軌道は、もはやモーガンに読めはしない。

 神速で旋回する青年の姿は、今のモーガンが追い付くには少し速すぎた・・・・

 硬度に限界まで特化した防壁は正面からの突進を想定したもので、後ろに回られては対処が出来ない。盾の後ろに回られた剣士の運命は一つ──斬られ、死ぬ。

 

「くそっ──こんな所でッ……!」


 歯軋りするモーガンは咄嗟に短い呪文を唱えた。

 と、同時に背中を斜めに斬られる激痛が彼女を襲う。

 空中で血飛沫を撒き散らしながら、それでも魔女は青年を道連れにしようと魔法を発動した。

 

「《昏睡の、暝魔ヴェルフェ・ソムヌス》」


 吐血する女が散り際に放った「催眠魔法」。

 カイはその緑の光が発された瞬間、反射的に大きく後退するが、空中では光を遮るものがない。回避を許されず、青年は《怠惰》の魔法の餌食となってしまう。

 戦意に満ちた表情は弛緩し、体から力が抜けていく。悪魔の魔法には神化など関係なかった。カイの意識はすっと睡魔に誘われるように沈み込んでいく。


「は、はっ……! どう? 私の魔法の味、は……?」


 訊ねながら、モーガンは自分の愚かさを反省した。

 カイに負けるはずがないと傲慢になっていただけではなく、カイを眠らせて一方的にいたぶることを拒んだ選択を、後悔した。

 カイに「抵抗する」余地を与えたことを、激しく後悔した。

 

「どうして、かしらね……? あなたが私の、息子だから? 私はまだ、悪魔になりきれていなかった、みたい……」


 自分が悪魔となるべき人間であると、確かにモーガンはその声を聞いたのだ。それから彼女は「お告げ」を一度も疑うことなく信じて行動してきた。

 だが、本当に自分は《悪》になりきれていたのか。悪魔の力を得た魔導士の女は、地に墜ちながらそんなことを考えた。

 

「ごめんね、カイ……私は、あなたを……」


 ──殺してあげる。

 

 カイを殺すことでモーガンは真の《悪》として完全な器へと昇華する。

 斬られた背中の傷を治し、昏睡した彼の剣を奪って、カイに止めをさしてやろう。それで全ては終わるはずだ。

 

《お前は悪だ。悪は、お前だ》


 あの声が脳内に甦る。

 女は狂ったように渇いた笑いを漏らしながら、そこで世界が壊れる音を聞いた。      

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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