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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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30  覚醒

 塔を挟んだ向こうから戦闘の音が響いてくる中、エルはトーヤのもとへ駆け寄った。

 少年は《神化》で白く変化した長髪を深紅に濡らし、倒れた怪物フェンリルを見下ろしている。

 瞳を虚ろにさせる彼の足元には血溜まりが出来ていた。荒く息を吐き、噛み千切られた左腕の付け根を押さえている。


「トーヤくん!」


 トーヤが苦しむ姿なんて、見たくない。

 大好きな彼を助けたい一心でエルは叫んだが、トーヤはエルの方に視線を向けると鋭く声を放つ。

 

「来ないで、エル! ……まだ、戦いは終わってない」


 途端、この場を支配する強烈な殺気。

 息を殺して立ち止まるエルはその正体を嫌々ながら察した。

 直後、彼女の想像通りに怪物の身体から肉を引き破る音が聞こえ、そこから一人の少年が現れる。


「は、はっ、ははははっ! オレはまだ終わってねえよ、トーヤ! 狼の身体は何度死のうと復活する、不滅のオレをお前は倒せない!」


 白髪赤目。全身に赤い血を浴びて狼の背中から復活した少年は、その瞳に強い意志を宿して告げた。

《蛇》の作った特殊な黒い密着型のスーツを纏う彼は、左腕を失ったトーヤの無力を嘲笑う。

 トーヤは彼の言葉に俯くことしか出来なかった。地面に取り落とした《神槍グングニル》に目を向け、押さえた左腕から右手を離す。空いた拳をぐっと握り閉め、トーヤはその口から絞り出すように声を発した。


「君自身を倒さない限り、何度でも狼の身体は作り出せる……そういう、ことか」


「ああ。お前のその腕は無駄な犠牲だったってことさ。なぁトーヤ、どんな気持ちだ? このオレにこれから潰される気分は、いったいどんなものなんだ? 教えてくれよ」


 エインとよく似た少年はトーヤに近づき、彼の胸ぐらを揺すって訊ねる。

 ──彼に、触れないで……! 血にまみれたその手で、彼を汚さないで。エルは心の中でそう叫んだ。

 このままではトーヤはあの少年に殺されてしまう。少年は魔力が持つ限りフェンリルの身体を何度でも纏い、抗う彼を潰すだろう。


「ごめん、トーヤくん」


 自分と少年の戦いに水を差されたくない、トーヤの戦士としての矜持はエルには痛いほど分かる。

 でも、それでもエルは彼の命の方が大事だった。彼のいない世界に生きていても、つまらないから。

 ──私は、トーヤくんを助けたい!


「みんな、力を貸して──私に、あの怪物を討つ力を」

 

 トーヤの胸ぐらを突き放した少年に黒いマナの光が集約した。

 狼の脚が、胴が、頭が生み出され、怪物としての形を成していく。

 その目に愛する彼だけを映したエルは、この地に宿る無数の精霊達に語りかけた。

 この場所に精霊達が多いこと──すなわち高い魔力が補給できることは先の戦いでトーヤが《火精霊の業火》を発動させられたことから明確である。精霊と繋がり、彼らの力と知恵を得られるエルは、今この戦場で最も強い魔導士といえた。

 

「エル……!」


「トーヤくん、待たせてごめんね。私、君を守るために戦うから……誰にも、これ以上君を傷つけさせはしないよ」


 エルは精霊の白い光に包まれながら、かろうじてまだ立っているトーヤをぎゅっと抱き締めた。

 満身創痍の彼の耳元で囁いて、彼女は《治癒の魔法》を唱えてかけていく。

 トーヤの失った左腕の流血が止まったのを確かめ、彼を庭の植え込みの陰に横たえさせた。

 

「エイン君、だったね。私、容赦しないから」


 怪物へ向かって一歩一歩進みながら、魔導士の少女は狼を睨み、告げた。

 トーヤから貰った《精霊樹の杖》を握って、舞い踊る小さな光の粒たちを引き寄せる。

 

『ヴヴヴァァアアア!!』


 身体を完全に完成させたフェンリルが吼えた。

 しかし大地を震わせるほどの大音声にもエルは怯まずに、怪物を睨んで離さない。

 ふわり、と少女は飛翔した。銀の満月の下、艶やかなエメラルドの髪がなびいて輝く。

 精霊の魔導士と狼の魔獣の戦いは、少年が見守るなか静かに幕を開けた。




 地上から青い炎を吹き上げるフェンリルに、エルは浮遊魔法を駆使して飛行することで攻撃を回避して見せた。

 狼の炎はエルの黒いローブを焦がすほどに熱く、またその攻撃精度も並みではない。上下左右、あらゆる方向に高速で旋回することでやっと避けられる『魔法』に、魔導士の少女は内心舌を巻いていた。

 

 ──この子はフェンリルの能力を知り尽くし、骨の髄まで染み付けている。

 

 エルの分析に間違いはないだろう。フェンリルの身体を乗りこなし、自分の手足のように繰るエインの才覚は本物だ。

 敵は強い。これまで戦ったどんなモンスターよりも、強大な力をもってエルやトーヤを殺しにかかってくる。先程エルが言ったのと同じで、敵も一切の容赦を取り払って攻めてくるはずだ。

 

「『臆するな、杖を掲げろ、炎を燃やせ』──あの言葉を私は信じてきた。それは今も変わらない」


 魔法の応酬が始まる。

 エルの光弾がフェンリルの炎と激突し、空中で火花と爆音、そして黒煙を立ち上げた。

 視界が暗黒に染まる。しかしエルには気配でフェンリルの現在位置が把握できていた。敵も狼の嗅覚で彼女の居場所は理解している。この煙はさして戦闘に影響を与えることはなく、彼女達は攻撃を続行した。

 

「《風魔法》!」


 大気が歪み、魔力によって圧縮された突風が地面を抉る。

 しかし《神速》の脚を誇るフェンリルにはそれを躱すのも容易であった。エルが精霊から得られる無尽蔵の魔力に任せて魔法を連射しても、狼は姿を追うのも困難な速度で回避し続ける。

 トーヤに防衛魔法のバリアをかけたとはいえ、フェンリルにそれを食い破られたら終わりだ。範囲攻撃の魔法は彼を巻き込んでしまうため使えない。エルは狼を彼に近づけさせないように誘導しつつ、怪物の命を中身のエインごと消し飛ばさなければならなかった。


「速さではあっちに分があるか……! もっと、魔力を上げないと――」


 風魔法の連射で視界を遮っていた黒煙は消え去っている。

 だがそれでも、高速で回避と炎の攻撃を同時に行うフェンリルに傷を与えることは出来なかった。

 敵の戦闘における対応力は恐ろしく高く、戦闘の開始からまだ一分と経っていないのにも関わらずエルの魔法の軌道を読んでくる。思わず舌打ちしながら、エルは短文詠唱の呪文を限界ぎりぎりの早口で唱えてなんとかトーヤを怪物の牙から守っていた。


「《水魔法》! 《炎魔法》! 《雷魔法》!」


 ――こんな怪物くらい倒せなくて、何が「精霊の魔導士」だ。


 緑髪の少女は自分の不甲斐なさを恥じ、唇を噛む。精霊から借りた力も、攻撃を当てられなければ全くの無駄だ。


 ――やはりこの身体じゃあ、ここが限界なのか……。


 かつての自分が使えた大魔法も、精霊の力を借りずとも得られた膨大な魔力も、今のこの身にはない。

 終末の日に《彼》と悪魔達を倒したあの力は、もうこの手には戻らない。

 

「でも、私は、彼を守るって……命が尽きるまで守り続けるって、誓ったから。まだ負けるわけには、いかない!」


 エルは頭を振り、胸に刻んだ誓いを叫んだ。

 弱気な自分なんて必要ない。目指すのは勝利、それ以外にない。

 

「私はエル! 神オーディンから悪魔討伐の使命を帯びた、かつての世界の魔導士だ! フェンリル――君を倒して私達はようやく、悪魔ベルフェゴールのもとへ進むことができる。私にあって君にはない武器、それを活かして必ず君を討ち取ってみせる!」


 城壁上に降り立ち、エルは高らかに声を上げた。

 彼女はそこで一度深呼吸をして、眼下の光景を確認する。

 トーヤがいる植え込みが城壁から少し離れた位置にあり、フェンリルはそこからさらに塔に近づいた場所でエルを見上げている。

 怪物の眼が赤く輝き、その口に炎が溜められていることを瞬時に見破ったエルの対処は早かった。

 

『――――!』


 炎の連弾が、エルが先程まで立っていた城郭の胸壁を撃ち抜いた。

 これまでとは異なり単発ではなく連続の攻撃、加えて大きく射程と威力を伸ばしたフェンリルの第二の魔法。当たれば確実に獲物を焼き殺すそれを、エルは――エメラルドの防壁で完全に防ぎきっていた。

 

 傷一つ付かず、魔力の煌きを迸らせる《防壁魔法》。

 攻撃魔法より守護や治癒に長けた彼女にとって、最も極めた魔法の一つである。


 ――強引に敵をねじ伏せるやり方でなく、最強の防御で受け止めればいい。

 あの時も、自分は彼を隣で守って戦った。この世界に転生してからもそれは変わらない。

 ……だから──


「トーヤくん……一緒に、戦い抜こう」


 球形の防壁を身体の周囲に展開し、エルは地面にいるトーヤのもとへ転移した。

 少年へと飛来していくフェンリルの炎から彼を守り、エルは正面に対峙する怪物を見据える。

 

『ウオオオオオオッッ!!』


 野太い雄叫びを上げたフェンリルは短く溜めの動作をした後、全身に白い光を帯びて突進を開始した。

 塔の中でトーヤと戦った時に使用した技だ。音速を超えた速度で敵へと激突する、一撃必殺。

 

「ぐっ──はあああああああッ!!」


 瞬き一つする間にもう、怪物はエルの防壁に捨て身の突進をぶつけてきた。

 魔導士の少女はありったけの魔力を込めて壁を硬質化させる。叫び、気勢を削がれないように眦を吊り上げるも、巨狼の突撃の勢いは完全に削ぐことは敵わなかった。

 踏ん張る足が徐々に後退していく。防壁越しに燃えるフェンリルの瞳に、歯を食い縛ってなんとか戦意を保つ。

 

「これが君の、全力かい……? フェンリル」


 ただの強がりだったが、彼女はフェンリルに笑みを作って見せた。

 ──壊せるものならやってみろ、私は負けない。

 そのエルの言葉に狼は乗った。彼は防壁を押していた額を上げ、大剣ほどもある牙の並ぶ顎を開く。

 

『ガアアアッッ!!』


 そして、噛みついた。

 防壁の緑光と狼が放つ白光が交じり合い、夜の薄闇を眩く染めていく。


「────」


 迸り、溢れる光の中──エルとトーヤを包んだ防壁は、フェンリルの体内へ丸呑みにされた。



 戦場をリリスが俯瞰する中、オリビエとヴァルグは王宮の堀上空でヨルムンガンドと激戦を繰り広げていた。

 戦況は目まぐるしく動く。拮抗した実力の両者は攻守を入れ替えながら、魔法と物理の攻撃をぶつけ合った。

 

「らあああああああああッ!!」


 ヴァルグが吼える。浮遊魔法による飛行を完全に習得している彼は、蛇とのすれ違い様に二刀の回転斬りを浴びせかけた。

 黒い鱗を刃が削り、火花が走る。


「チッ……!」


 攻撃自体はもう何度も当てた。それなのに蛇は全くそれに堪えた様子を見せず、最初と変わらぬ勢いで尾の振り回しや毒液の噴射を行ってきている。


 ──一体、こいつの命はいつ尽きるのか……。

 

 ヴァルグは思わずそんなことを考えてしまう。

 気を少しでも緩めれば蛇の放つ《竜脈》の光に精神を侵される極限状態の中、二刀の戦士は自分に与えられた魔力の限界がすぐ近くまで来ていることを自覚していた。


『シャアアアアアアアアッ!』


「させないよ──《破邪の防壁》!」


 雨のように降り注ぐヨルムンガンドの毒液に対し、オリビエは純白の防壁魔法を使用することで応じる。

 単純な魔法、物理攻撃だけでなく毒や麻痺などの状態異常をも無効化する、最上級の《防壁魔法》。浴びてしまえばどんな屈強な者でも一瞬にして倒れ込む最高の毒でも、その防壁を打ち破ることはできない。

  

「【死よ、来たれ】──」


 エルと比べ、オリビエの短文詠唱魔法は威力に若干の難がある。

 そのため精霊の加護を得られない彼が高火力の攻撃を行うには、必然的に長文詠唱を行わなくてはならないのだ。

 攻撃、防御、移動、回避──短文詠唱くらいなら詠唱破棄してでも使える彼だが、詠唱しながらこれだけの行動を一辺に行うのは至難の技である。


「【この魔眼に映る終末、角笛より始まる戦禍】」


 しかしオリビエは並外れた精神力、集中力でそれを成す。

 エルやリリス、シルを除くこの世の魔導士の中で、《賢者》と呼ぶのに最も相応しい者こそが彼だろう。

 例え怪物の牙に貫かれようと、毒に侵されようと彼は決してうたうことを止めない。


「ヨルムンガンド! 剣士はいい、あの魔導士から潰しな!」


 大蛇の調教師テイマーであるリリスが指示を飛ばす。

 オリビエ達がこの蛇に致命傷を与えられずにいるのは彼女の存在も大きかった。リリスは蛇の能力だけでなく、性格や戦い方の癖まで把握しきっている。客観的に戦闘を見て指揮をとる彼女は、オリビエ達にとって最も大きな障害であった。

 

「加速しろ──《世界蛇の闘舞》!」


「それは見飽きたぜ……《死者の魔手》!」


 蛇が身体をのたうたせ激しい舞いを踊り始めたと思えば、ヴァルグの召喚した死者達の腕が怪物を絡め取って技を半ばで封じる。

 戦いの序盤にヨルムンガンドが使用していたこの魔法は、使用者の素早さを底上げする力がある。二度も使われては完全に追い付けなくなる──既にかなりぎりぎりな状況である中、ヴァルグは渾身の魔法でそれを防いだ。

 リリスが舌打ちする。


屍霊使いネクロマンサーめ……まさか、ここに眠る霊の力も使えるのか」


「その通りだ。この剣達が俺に刻み込んだ力、それこそが屍霊操作ネクロマンス! 俺の魔力が消えない限り、剣が葬った魂だけでなくこの場にいる霊の力も借りられる。たった二人相手、なんて舐めてかかると痛い目を見るぞ」


 ヴァルグは深い堀から伸びる無数の死者達の腕で蛇を押さえながら、リリスの呟きに返答した。

 かつて【悪魔の母】と呼ばれた女魔導士は、血色の唇を艶かしく舐めて目を細める。



「面白い力を持っているじゃないか。是非とも手に入れたい力だが……残念だね、ここで死んでもらおう」



 リリスの杖の先に嵌められた紅玉が激しい輝きを放ち、白銀の満月の下に円形の魔法陣を出現させた。

 三層に渡って重なった、ルーン文字の刻印が浮かび上がる魔法陣。

 オリビエはそれを見上げて息を呑む。その魔法を彼は知っていた。かつて彼が古文書の中で見つけた禁術──かつての世界で悪魔の陣営が用いた、モンスターを暴走させる魔法──。

 

「【我は死を求めし暗鬼との契約者】──」


「余興は終わりだよ、オリビエ、ヴァルグ」


 リリスはそう告げてこの場から飛び去った。

 元々、彼女はこの二人を相手取るためにここに来たわけではない。彼女の目的はただ一つ、《神器使い》の少年……トーヤを潰すことだ。

 

「ヨルムンガンド……終わらせな」


 魔法陣から赤い光の柱が降り、蛇を包み込む。

 響き渡る咆哮。リリスの管理下から解放され、歓喜に打ち震える怪物の声。

 その叫びと同時に、蛇の姿は更なる進化を遂げていった。

 

『シャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 怪物の体が炎に包まれた。太陽のごとき巨大な火球が生まれ、それは熱量を急速に上昇させていく。

 

「【与えよ】──《死の閃光》!」

 

 オリビエの破壊の魔法、その砲撃が火球へ放たれた。黒と赤の閃光が混じり合い、一つの光線となって変化を遂げる蛇へと向かっていく。

 これまで、オリビエがこの魔法で葬れなかった敵はいなかった。彼が編み出した《死の閃光》は必殺必中、誰にも逃れられないはずだった。


 しかし――《進化》を遂げた蛇は、死の運命を覆した。


「そんな……ありえない」


 瞠目するオリビエ。彼は腕で体を掻き抱くも、震えを止めることは出来なかった。

 少し離れたところでヴァルグが凍りついていることにも彼は気づけない。瞳は蛇の新たなる姿に釘付けになり、小さく開いた口が力なく開閉する。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 人間の下で操られていた怪物はもういない。蛇は本来の力――《かつての世界》で誕生した時の力を取り戻した。

 その身体は何よりも黒く、暗く。以前よりふた回り以上大きくなった全身は、完全に《龍》と呼べるほどの威容を誇っている。逆だってランスのような刺に変化した鱗、顎から覗く牙からは火花にも見える光の粒が放出されていた。

 何よりも目を引くのが、全身に張り巡らされたマグマのように脈動する《竜脈》だ。心臓の鼓動と同調して脈打つそれは、夜の闇の中で一際強く輝き、生命の力を見る者に示す。

 

「あいつを潰せ、ヴァルグ! あれが暴れればこの街は跡形もなく消し炭になる――私達も、悪魔も、全てが終わってしまう!!」 

  

 これまで冷静さを保ってきた魔導士が、ついに半狂乱になって叫んだ。

 自分の最大威力の魔法が、蛇に対して全く効果を表さなかった。すなわち、彼の攻撃魔法の一切はあの怪物に通用しない――この事実が彼に深い絶望を植え付けたのだ。


「チッ、くそがッ――《骸王斬剣》ッ!!」


 持てる全ての魔力を投入して、ヴァルグは骸骨の巨人を蛇の前に召喚する。

 魔法陣から出現した骸骨の王が死の剣を振り上げ、世界蛇を両断しようとするが――それより早く、蛇は動いた。

 

『シュウウウウウウウウ……ッッ!』


 ヨルムンガンドが低く鳴く。その鳴き声の直後、蛇の両眼が一瞬光った。

 たったそれだけであった。何の攻撃の兆しも、回避行動も取らない。

 しかしそれだけでよかった。蛇にはもう、二人の攻撃は完全に通らないのだから。


「――――――――」

  

 ヴァルグも、そしてオリビエも、一切の言葉を失った。

 目の前に召喚した骸骨が消失している――それで済めば、どれほどよかったか。

 彼らの戦場は深い堀の上であり、そこで戦うために《浮遊魔法》で自らの身体を浮かせていた。

 しかし今、自分たちを支えていた魔法の力が消え去った。身体が重くなり、胃袋が引っ張られる不快感と共に黒い水面へと落下していく。

 


 ――《魔法無効》能力。進化した蛇が有していた、魔導士殺しの技。

 その力はありとあらゆる魔法を「なかったこと」に変えてしまう。対象の魔力を無力化し、魔法を使えなくする。

 この技を受けた魔導士は、もはや何もすることはできない。

 


 剣士のヴァルグなら、魔法を失ってもまだ戦うことが出来ただろう。

 だが、不運なことに彼らが選んだ戦場は深い堀の上空だった。翼を失くした鳥が地に墜ちるように、彼らもまた深淵へと沈んでいくしかない。

 

「ありえない――そんな、ことは……」


 オリビエの口からあまりにか細い声が漏れた。

 もちろんその声はヨルムンガンドには届かない。

《世界蛇》は敗者を顧みず、悠々と王宮の尖塔へ飛び去る。

 それを最後に見て、オリビエの視界は黒く、黒く染まっていった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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