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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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25  白狼の咆哮

 驚愕しつつも何とか黄金の剣を相手の槍と打ち合わせ、僕はエインと激突した。

 鋭い刺突や薙ぎ払い、切り上げなど激しい攻撃が飛んでくる。彼の荒々しくも緻密に組み立てられた槍術に対し、僕は不利な片手剣でなんとかその攻撃をしのいでいた。


「っ、何だか前と雰囲気が違うけど、どんな君でも負けないよ! 僕が勝って、カイを先へ進ませてあげなきゃ……!」


「《フェンリル》を手に入れたオレはこの世界の誰よりも速く、強い。究極の力には神器でさえ敵わないことを、オレは既に証明している!」


 槍が唸る。剣の銀閃が走る。

 僕達の戦いはほぼ互角だった。でもそれはここが螺旋階段という狭くて足場の悪い場所だから。

 本来圧倒的に有利である槍相手に僕がここまで渡り合えているのは、この場で片手剣の方が立ち回りやすい武器であるからだ。

 

 ──力量は、相手の方が上……!


 階段の上から飛びかかり、振り回した槍で壁を削りながらエインが迫ってくる。

 戦いづらい足場をものともせず、《魔族》の血縁である少年は一方通行の攻勢を作り上げていた。


《魔剣グラム》に持ち替えられれば、神化して《グングニル》で戦えるのに……!

 僕は歯噛みした。エインの攻撃は僕がこれまで見たどんな相手よりも速く、気を抜けば避けることもままならずに貫かれてしまう。

 フェンリルの加護もあり、彼の身体能力は《悪魔ベルゼブブ》の時に匹敵して──いや、完全に以前の彼を凌駕していた。彼の言葉に嘘偽りはない。きっと本当に、エインは誰よりも速く、強いのだ。


「《神化》無しでいつまで追い付けるか……。遠慮はしなくていい、アイツと戦った時のように本気を出せ」


「くっ……! 癪だけど、乗ってやるッ!」


 ここで僕の魔力を削ぎ、戦える《神器使い》の数を減らす。

 それが敵の思惑だと理解していてもなお、その誘いには乗らざるを得なかった。

 力を解放しなければやって来る限界も早くなる。今もこうして神化なしでエインに互角でいられるのも、本来奇跡に近いくらいなのだ。

 

「神テュール! この身に力を──」


 剣と同じ黄金の光が僕の身を包む。

 槍の刃を横薙ぎに払いながら、神化を発動させていく。

 鼓動が加速し、全身から魔力が膨れ上がった。力が溢れてくる。

 

「はあああッ!」


 神化により強化された《神器》──大きさ150センチを越えた《テュールの剣》で槍の柄を狙って斜め斬りする。

 射程ではまだ劣るものの、増強されたパワーとスピードを活かして僕は攻めかかった。


「チッ……!」


 エインが顔をしかめ、舌打ちする。

 魔力を全体に纏わせた槍は《テュールの剣》の攻撃を受け止めるだけの耐久を持ち得ていたが、それでも相手の腕にかかる重圧は大きかった。

 彼が僅かに後退した隙に階段を上がり、上下関係を逆転させる。

 

「カイ達も頑張ってる、僕も……!」


 カイ達と鎧剣士の戦闘の様子はエインのいる場所から下に見えた。

 硬い防御の相手に、リオの魔法を活かしつつ彼らは善戦している。

 

「おい、よそ見してる場合か!」


「っ、ごめんねッ!」


 エインが階段を一気に駆け上がり、僕の上を取ろうと猛進してきた。

 彼の開かれた瞳の中には、神化した僕の姿──橙の短髪と筋骨隆々となった剥き出しの上半身──が映っている。

 テュールの神化ではこんな姿になっていたのか、と自分で驚きながら、僕はエインに追い付かれまいと螺旋階段を一段飛ばしに上がっていった。

 槍相手に上を取られてはやりづらい。このまま有利な位置関係を保ったまま、戦いを進められればいいけど……。


「そうは、させてくれないよね」


 槍が届かない間合いまで距離を切り離したところで、エインは長柄武器を突き出すのを止めて魔法攻撃に変更してきた。

 彼は武器から片手を離し、鋭く伸びた狼の爪で空を切る。

 来る──そう思った僕は振り返り、胸の前で剣を防御の構えにした。

 しかし、風を切ってやって来ると思われた斬撃は訪れない。


「かかったな」


「ちッ、フェイントか……!」


 防御の構えを取るため、僕の走行は僅かでも遅れてしまった。

 全力で走りつつ敵の攻撃を見切る自信がなかった、だからこうして振り返った。

 それが今の戦いでは勝負を決める大きな要素になると、知っていながら。


「食らいなッ──《神速の大狼ラティン・フェンリル》!」


 猛然と突き上げてくる槍の攻撃。

 エインの叫びと共に槍自体の形が変化し、突貫攻撃に適したランスとなる。

 黒色の瘴気を纏わせたその技を僕はテュールの剣で受け止め、その場で踏ん張ることで堪えた。


「ぐっ……ああッ! なかなか、やるね……!」


 幅広のテュールの剣の側面では、エインのランスの先端がぎりぎりと激しく音を立て、火花を上げている。

 神化で強化された筋力、それを持ってしても攻撃を止めている腕は早くも痛みを感じ始めた。

 歯を食い縛る僕は腰を低く落とし、踏ん張る足にこれまでにない程の力を込める。


「まだ耐えるか……! トーヤ、オレはお前を倒してあいつを超える! ここで押し負ける訳にはいかない!」


 エインの気迫は、その言葉から伝わる思いの丈は、僕のそれより遥かに大きかった。

 勝利に対する執着心は彼の方が上だった。

 押してくる勢いが増す。受け止めている腕は既に限界に近い。

 時間にして僅かだった衝突は決し、僕は背から階段に倒れ込んだ。


 ちくしょう……!


 倒れても僕は剣を手から離さず、エインのランスを止めたままであった。

 目線を下向けるとエインが見える。ここまで押された悔しさに奥歯を噛み締めながら、僕は彼に問うた。


「君は、あのエインとは別人なのかい? 言葉使いも戦いの激しさも、彼とは全く別物に見えるよ」


「そうだ。オレはお前の知っているエインじゃない」


「そっか……じゃあ、君がさっきから言ってる《あいつ》はあのエインのことか」


「……そんなことはどうでもいい。くだらないお喋りで時間稼ぎするつもりなんだろうが、それをしたところでどうにもならない!」


 狼の牙を剥き、眼に赤い炎を燃やすエインは怒鳴りながらランスを横に薙ぎ払った。

 ろくに抵抗も出来ずに手から神器が離れていく。重い大剣が階段を転げ落ちる音が響く中、眼を閉じた僕は諦め悪く彼との会話に挑み続けた。


「君はエインとどういう関係なんだい? 僕にはただの双子だとか、そんな間柄じゃないようにも見えるな」


「往生際の悪い奴だ、あいつもシルもどうしてこんな奴を気に入ったんだ? オレには理解できない」


 首を横に振りながら、彼はランスの切っ先を僕の首もとに向ける。

 彼の眼が僕を強く睨んでいることは瞼を閉じていても分かった。その手が動く前にもう一石投じる。


「君は強いね。でも不完全だ。あのエインとは違う」


 普通ならこの状況でこんなことは言わない。彼を刺激すれば、今にも槍が僕の首を貫いて殺すのは明白だからだ。

 それでも僕がこうするのは、彼を逆上させてその精神状態を乱すため。

 ここまでの短いやり取り、そして戦いの中で発せられた彼の台詞から、彼がエインに強い対抗意識を持っていることは分かっていた。それがエインに対するコンプレックスだということも気づいている。

 なら僕はそれを利用するのみ。敵の一番弱い部分を突くのは戦いの定石だ。


「っ、なんだと? オレは完全で完璧な戦士だ。《蛇》もそう言っていたんだ。なのに、何故!? オレがあいつに劣ってるとお前は言いたいのか!」


「……そこだよ。君の唯一の弱点、それは簡単に挑発に乗ってしまうことさ。エインならこう言われても落ち着きを保っていられたはず。でも君にはそれが出来ない」 


 首に突き付けられたランスが小刻みに震えた。

 今の彼は冷静さを大きく欠き、周りを見られていない。


 手から剣を失おうと戦う手段はまだある。それを唱える時間と魔力さえあれば、まだ終わりじゃない。


「《破邪の防壁》!」


 向けられる槍の柄を中心に、僕は純白の光の壁を出現させた。

 物理攻撃を一切通さないこの防壁に柄を固定された槍は、僕が魔法を解除するまで押すことも引くことも不可能となる。

 精霊から授かった上位防衛魔法を用いて窮地を脱した僕は、立ち上がって素早く後退し、敵と距離を取った。


「チッ、防衛魔法にそんな使い方が……くそッ」


「これで君も武器を失った。今度は魔法で戦おうじゃないか」


 舌打ちして足を踏み鳴らす彼にそう持ちかける。

 ──持ちかけたが、僕にはまだ《魔剣グラム》がある。得物を失った相手に刃を向けたくはないけど、今は早く決着をつけたかった。

 彼に戦う意思が残っているのか。今の台詞はそれを確かめるためのものだ。


「魔法、か。オレはあいつと違って魔法は得意じゃない……だが、それ以上の破壊の力を持っている! 《フェンリル》の第二形態、見せてやるよ!」


 白髪の狼は吼える。

 顔を俯け、彼は長く伸びた爪の手で左胸を鷲掴んだ。莫大な魔力の奔流──それが彼と僕の周囲の空間を包み込み、にわかに二人のいる世界が暗黒に包まれる。

 彼の戦う意思は消えていない。それどころか、より強く勝利を求めてきている!

 

「……魔剣グラム! 神オーディンの力を僕に貸してくれ!」


 背からグラムを抜き放つ。こうなってはテュールの剣の回収はこの戦闘中には出来ないだろう。この漆黒の剣で、神速の槍で彼を倒すんだ。

 彼が暗黒のオーラを纏っている間に、僕も神器から漆黒の光を迸らせていく。二度目の神化──大きく魔力を消費するが、ここで出し惜しみなんかしていたら死ぬ。そう確信させるものが《フェンリル》と化している彼にはあった。

 

「ゥ、ウアアアアッッ……!!」


 人とも獣ともつかない呻き声。

 黒き魔力の濁流を一身に浴びている彼の口から発せられているものだ。

 神化によって変化した長い白髪をなびかせる僕の前で、彼は姿を変えていく。

 人型から異形の怪物へ。長い牙と爪はさらに鋭利に、赤い二つの眼光はより強く、神速を誇った両脚に加え、二本の腕も前脚として地に着き──あの凶狼ダイアウルフをも超える巨大な狼が出現していた。


『オオオオオオオオオ──……!』


 狼の遠吠えが王宮に、街全域に響き渡る。

 僕は戦慄すると共に、その吠え声が何か嫌なものを呼び起こしたような、そんな予感がしてしまった。



「二人だけじゃやりづらいでしょ? 私も助太刀するわ」


 共闘するオリビエとヒューゴの背後から女性の声がかけられる。

 月光の下で静かな輝きを放つ金髪に、細い体を覆い隠す純白のマント。澄んだ碧眼を細める少女、ミウ・ルノウェルスはそう言って腰から短杖を抜いた。

 

「そうしてもらえると非常に助かるね。先程《拡声魔法》で街全体に避難勧告を出したが、住民の避難はそう早く終わるものではない。状況は混乱を窮めるだろう」


「俺達が早くこの怪物を倒したら、街の人達も多少は安心できるって訳だね。……にしても、こいつすっげえ硬いけど……」


 大通り沿いのとある民家の屋根の上で、彼らは進行する大蛇ヨルムンガンドを見下ろしていた。

 オリビエのかけた凍結魔法は確かに効果を出しているのだが、それでも蛇の歩みは完全には止められていない。市街地であるため炎や雷の大魔法を使用することも出来ず、彼らは大蛇に対して十分な対抗策を打てていなかった。


「ものすごく長いわね、この蛇……。今はまだ暴れちゃいないけれど、これが王宮に到達して破壊の限りを尽くしたらと思うと恐ろしいわ」


「ここで暴れてくれないだけありがたいと考えよう。単純に体力を温存したいのか、それともここで暴れてから王宮でもそうするだけの余裕がないのか……。どっちにしろ打点がないことには変わりはないのだが」


「うん……。この速度だと、あと三十分もしない内に王宮まで着くよ。こいつは見た目の割に結構速い。いや、大きいからこそ速いのかな」


 オリビエの《声》を聞いた多くの街の住民達は家から飛び出し、通りに見える巨大な蛇に気づいて悲鳴を上げている。

 だが逃げ惑う人々を歯牙にもかけず、ヨルムンガンドはただ一つの目的を達するために一直線に這い進んでいた。

 その蛇を前に武器を構える三人の戦士は、顔を見合わせると各々の魔法を発動する。


「《蠱毒の(ウェルミス・ウィルス》!」

「《月光弓アルクス・ルナ》!」

「《電磁檻(エレクトロ・アルチェ)》!」


 オリビエの猛毒のトラップが蛇の進路上に配置され、ヒューゴの射る矢が怪物の急所である眼球へと飛んでいく。ミウの放った雷魔法は蛇の体の周囲に纏わりつき、先程からかけられている《凍結魔法》による敵の鈍化を後押しした。

 

「行けッ──!」


 弓使いが今夜放った何度目とも知れない技。狙い違わず撃ち出された攻撃の行く末を、少年は拳をぐっと握りながら見つめる。

 

『シャアアアアア……!』


 蛇が舌を鳴らし、蠕動運動を続けたまま瞼のない眼を緑色に光らせた。

 同時に体の側面の筋模様を鮮やかに浮かび上がらせ、夜の薄闇にその異彩さを際立たさせる。

 

『シュワアアアアッッ……!!』


 ヒューゴの技、そしてオリビエやミウの技は大した効果を発揮することはなかった。

 蛇が持つ能力により、低い威力のそれらはいとも容易く防がれてしまうからである。

 鳴き声を引き金に舗装された地面から触手──恐らく植物の蔓に性質が似ている──を生み出し、幾本ものそれで迫る攻撃は全て打ち払う。派手な魔法は使えず、かといって抑えられた威力の技では敵に届く前に触手の餌食となってしまうのだ。


「っ……」


 もう住民の犠牲覚悟で大魔法を使うしかないのか──オリビエが胸中でそんなことを考えることも、この状況では無理もない。

 周囲にはまだ逃げられていない人々がいる中、眦を吊り上げた魔導士は杖を掲げ……その腕を一人の少女が引き留めた。


「待って。この街で大魔法を行使することは、この私が許さないわ。最低でも殆どの住民が避難を終えるまではダメ。──戦いの手段は何も魔法だけではないはずよ」


 毅然とした面差しで告げるミウに、オリビエは自分の考えたことを後悔するように顔を俯ける。

 ヒューゴにも視線を向けた彼女は纏っていたマントを脱ぎ捨て、腰に差していた長剣を引き抜いた。


「ま、まさか白兵戦を挑むつもりなのか!? あんな太い触手に刃が通るとは思えないよ」


「普通ならそうでしょうね、ヒューゴ君。でもね、この剣は特別なの」


 剣身が青白く輝いている細身の長剣。それを示してミウは片頬にうっすらと笑みを浮かべた。

 刃の側面にルーン文字で刻まれた魔法の詠唱文を指でなぞり、ルノウェルスの王女はこの剣の真名を口にする。



「《カラドボルグ》……武器商人フロッティが西方で入手してきた伝説級の武器よ」


 

雷の剣カラドボルグ……」


 オリビエがその名を繰り返した。

 マントの下のぴったりとした軽装をさらけ出し、剣での戦いに装備を切り替えた少女を見て彼は頷いてみせる。

 

「やれることは全て試さなくてはね。行っておいで、ミウ」


「任せといて。……でもその前に、付与魔法バフを頂戴」


「わかった」


 魔導士は短く呪文を唱え、ミウの体に薄い緑色の光粒を集約させた。

 リオの《風》とは速度と瞬発力で若干劣るが、その分長く持つ強化魔法である。

 牙から涎を垂らしながら這いずり進むヨルムンガルドを見据え、この国の王女である少女は敵の前に一人降り立った。



 ──トーヤ君達やヴァルグ、傭兵団の者達、そしてこの国の民達……多くの者が私達のために戦い、命を削ってくれている。

 彼らの命に報い、勝利を捧げることが私に出来る最後の最良のことだ。

 ここで命を燃やしても構わない。それで勝利が得られるなら、皆が救われるなら、私はどんな苦しい戦いも乗り越えられる。


「カイ……私も、頑張るからね」


 蛇の恐ろしい二つの眼が、自分をまっすぐ見つめている。

 それでもミウは怯まず、剣を音高く振り鳴らした。ヒュン、と刃が空を切る音が鋭く響く。

 脳裏に思い出していたのは父と母、まだ幼い弟と自分が笑い合っている温かい記憶だった。


「──行くわ」


 巨大な触手が地面から撃ち出される。足元から現れたそれを横っ飛びにかわして、ミウは雷の剣から電流を迸らせた。

 迫り来る魔手を、断絶する。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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