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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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23  戦闘

 扉を押し開け、王宮の建物内部へ侵入する。


 スウェルダ王宮とは異なり、高い尖塔のような形状のルノウェルス王宮の玄関ホールは完全な円形だ。

 がらんとした空間を見渡すとまず目に入るのは中央の螺旋階段で、他には壁に扉が設置されているのみである。

 窓から差し込む月明かり、そして階段や壁際に灯る「魔力灯」のお陰で薄暗いが視界は確保されていた。


「ここが、ルノウェルス王宮……」


 僕は荘厳な雰囲気を醸す塔内部を見上げ、呟きを漏らす。

 外観は荒廃した雰囲気だったこの建物だが、中から見ればそうでもない。王の住まいとしてはぴったりのイメージだ。

 

「……【施錠魔法クラヴィス】」


 僕達みんなが中へ入ったことを確認してから、エルが扉に魔法をかけた。石の大扉が完全に封鎖される。

《魔法無効化結界》を解除しておいた甲斐あって、直後に外から何者かが開けようとしてきたが扉はびくともしなかった。

 

「母さんは……女王は、この塔の最上階にいる。さあ、行くぞ」


 カイは僕達を振り返り、それから真っ先に螺旋階段へ駆け出していく。

 エル達と視線を絡め、僕も彼に続いて走り出そうとしたが──何とも形容しがたい違和感に襲われ、足を止めてしまった。

 

「トーヤ君?」


 僕の一歩手前で止まったエルが怪訝そうな顔をする。

 何かが来る。本能的にそう察した僕だが、すでにカイやシアン達は階段を上り出しており、止めても間に合いそうにない。

 敵はこちらの警告の声に重なってその姿を現した。


「ここから先は行かせませんよ、王子殿下」


 艶かしい女の声音は笑みを含んでいた。

 《ユダグル教》の神官が着るような教衣を纏った彼女はカイ達の前に立ち塞がり、携えた長杖を彼らに向ける。

 組織の差し金か──僕の疑念を肯定するように、女は得物を振って黒ローブの男達を無数に呼び出した。召喚魔法の紫の光の中に、敵が持つ剣の銀色が混じり合う。


「くっ……邪魔をするなッ」


 カイが歯軋りする。僕とエルは彼の側まで上がり、敵を見渡した。

 女が召喚したローブの中身は骸骨の戦士、《スパルトイ》。ローブの上部から出された骸の眼窩が不気味に光っている。

 ……スパルトイはいつぞやの幽霊騒ぎの時に戦っているため、戦い方は分かっていた。剣を抜き、王子に目配せする。


「僕達でスパルトイを潰す。君はあの女をやってくれ」


「わかった」


 カイは頷き、《魔剣レーヴァテイン》を構える。彼が走り出すのを確認した直後、スパルトイの群れは一斉に牙を剥いた。

 戦闘が幕を開ける。


「行くよ」


 僕は剣を唸らせ、骸骨の一柱を一瞬にして分断した。



 シアンは久々の《アンデッド型モンスター》との戦闘に、以前よりも成長した自分の力を実感していた。

 炎熱の力を宿す右脚で蹴りつけ、粉砕する。階段上という悪い足場にありながら彼女は舞うように動き回り、剣を振り回すスパルトイの攻撃を往なした。

 

「攻撃が当たらなければ、こんな相手怖くありません!」


「その通り! 数が多いのが難点だが、そんなことは私達には関係ない。個々の能力では私達が圧倒できているのだからな」


 リオがシアンの言葉に頷く。仲間に《風》を与え、自分もその恩恵を受けている彼女は得意気であった。

 上からどんどん攻めてくる相手に下からの斬撃を矢継ぎ早に浴びせ、即刻灰塵へと変えていく。

 アールヴヘイムの森の戦士は、ここでも大いにその力を振るっていた。


「しっかし、次から次へと面倒な奴らね。みんな、どいて! 一気に薙ぎ払うわ!」


「ユーミ……任せた!」


 ユーミの大剣の射程内にいたジェードやアリスが後ろへ飛びすさり、猛然と前進していたトーヤとカイはその足を更に速めた。

 二メートル強ある剣の攻撃範囲内に誰もいなくなったのを見て取り、巨人族の王女は豪快に鉄塊を振り抜く。


「はあああああッ!!」


 叫びと同時、ユーミは剣に触れた敵の命を一つ残さず刈り取った。

 灰へ変わり死に絶える骸骨のモンスターを横目に、彼女らは一段飛ばしに階段を駆け上がっていく。

《風》を得た戦士達はすれ違い様に敵を一撃で斬り倒し、破砕して、決して止まらずに足を進めた。

 組織の中位団員である魔導士の女は、その様子に冷や汗をかかずにいられない。


「な、何なのですかこの子達は!? 神器使いではないくせに、強い……!」


「──よそ見をするな。お前の相手は、俺だ」


 放たれた剣撃を女は銀の杖で受け止めた。ぶつかり合った得物がぎりぎりと軋む中、魔剣の所有者である青年は敵の瞳を睨み据える。


「お前達の思想は多くの人々を不幸にすることで成り立っている。そんなことは俺が断じて許さない! 民が笑って暮らせる国を作る──それが、俺の理想だ!」


「理想、ですか。あなたは何も知らないからそんなことを言えるのですよ。世界の真実を知れば、あなたは考えを変えざるを得なくなる。それは誰もが同じです」


 前髪の下に覗く女の眼はどこまでも暗い。闇の深淵を見てしまった気がしてカイは一瞬肌に寒気を感じるも、頭を振って振り払った。

 強引に剣で女を押し倒す。


「……ッ、スパルトイ!」


「させるかッ!」


 階段に尻餅をついた女は杖の両端から紫の光を迸らせた。

 その魔法を阻止するべく、カイはレーヴァテインの虹色の剣身を溢れ出す紫光にかざす。魔力吸収能力を持つ神器が敵の魔法を今度は未然に封じた。


「俺が側にいる限り、お前は魔法を使えない。さあ、投降するんだ」


 カイの剣が女の喉元に当てられる。彼を見上げたまま身動きの取れなくなった女は、そこで瞑目した。

 青年の目には、彼女が諦めたものかと思われた。事実、それは本当のことだったが──予期せぬ置き土産が用意されていたことに、カイはその直前まで気づくことが出来なかった。


「私が死んでも、他の者達がお前を滅ぼす。精々足掻くといい」


 発せられた捨て台詞。

 しまった、やられる……!

 カイが周囲に視線を巡らせるとまだトーヤ達は残ったスパルトイと交戦していた。彼らはこの爆撃──自爆を回避する間もなく巻き込まれてしまう。

 それはカイも同じだった。相手の体内で渦巻いている魔力までは、神器は吸収してくれない。

 

「みんな、伏せろッ!!」


 大音声の叫びに即座に反応できた要因は、トーヤ達のこれまでの経験が培ったものが大きかっただろう。

 カイが胴の前に神器を盾のように構えたその瞬間──女の身体が眩い光を放出し、次いで爆発した。

 血と肉片が飛散し、暴発した魔力による衝撃が螺旋階段を震わせる。

 レーヴァテインの加護によりカイは即死こそしなかったものの、衝撃を正面から受けて吹き飛ばされ、階段を何段も下まで転がった。


「ぐ、はッ……!」


 カイは背中を丸め、腕で頭を庇いながら転落していき……やがて止まった。

 荒い呼吸を努力して整えつつ、彼は上の方にいる仲間達のもとに戻ろうとしたが、しかし。

 爆発の時に石造りの階段の一部が破片となって手や脚に刺さり、損傷を負ってしまったことと──右脚に力が入らず立ち上がることも出来ないことが、彼の仲間達との合流を阻んだ。


「カイ君!?」

「カイ、待ってて、今助ける!」

 

 エルとトーヤの声は奇妙に遠く感じられた。

 ──敵は手加減してくれない、その命すら擲ってくるかもしれないと、頭ではわかっていた筈なのに……。

 甘かった。あの女の首を一瞬でも早く跳ねていれば、こんなことにはならなかった。

 深い自責の念に苛まれながら、カイは主が亡き後も戦い続けるスパルトイ達が鳴らす剣劇の音を聞いていた。



「ば、爆発……! 団長、カイ達はあの中に入ったんですよね!? あの子達、大丈夫かな……」


「よそ見をするな。お前が相手するべきなのは目の前の敵だ。他のことに気を取られる暇なんてねーんだよ」


 激しい戦闘の中にありながら、塔から響いてくる爆発の音を耳にしたリリアンはその方向を振り仰いだ。

 すかさず気づいたヴァルグが叱咤するものの、アマゾネスの女傑の表情から不安は拭い取れない。

 奥歯を噛み締めたヴァルグは柄を握りつぶさんばかりに力を込め、剣で敵兵の屍を一つ、また積み重ねていく。


「うーん……この戦場はとにかく混沌カオスって言うしかないね。ヴァルグ達の猛攻に敵の隊列はすっかり崩されている。こうも簡単に事が運んだのも君のお陰だよ、ヒューゴ君」


「……弓矢に関しては、俺は誰にも負ける気なんかない。どんな標的も俺の弓なら百発百中さ」


 壁に囲まれた王宮の庭園で展開される白兵戦は、ヴァルグ率いる革命軍が優勢であった。

 オリビエが口にする通り、その結果となったのはヒューゴが敵の指揮官を射止めたことに理由がある。指揮官が倒れ、一瞬でも指揮系統を失われたその隙は、ヴァルグ達《傭兵団》が斬り込むのには十分すぎるものだった。


「そろそろ、奴らもこっちに上ってくる頃なんじゃないの?」


 転移魔法で二人だけ壁の上に移動していたオリビエとヒューゴは、そこから戦場を俯瞰して的確に敵軍を乱す細工を施している。

 新たに指揮官となったと思われる男を軍師の指示通り弓の神業で倒しつつ、胸壁の上に立っているヒューゴはちらりと隣のオリビエを見た。

 小さく頷くオリビエは周囲を見渡し、「そうだね」と呟く。


「場所を変えよう。ここでの勝負はこれ以上の介入がなくともヴァルグ達が勝つだろう。民衆に渡した魔剣も効果を発揮しているようだしね」


「……じゃあ、アリスのところに行かせてくれよ。さっき爆発の音もしたし、心配なんだ」


「決まりだね。ではそこまで一緒に向かおう」


 オリビエが来たときと同様に足元に小さめの魔法陣を作り出す。

 移動する先の王宮内の光景を鮮烈に脳裏に思い返し、彼は目的地の設定を完了させた。ヒューゴが胸壁から下りて、その前に立つ。


「……あのさ、一つ聞きたいんだけど」


「何だい?」


「こんなことで償いになるのかな。いくら恩に報いるためとはいえ、俺はまた人間を殺してしまった」


 ヒューゴの顔が苦しげに歪む。震えている小さな少年の肩に手を置き、魔導士は穏やかな声音で言った。


「この戦いに勝てば、カイが悪魔を倒せれば今より多くの人が救われる。君はこうして彼を助けることで、間接的にだが誰かを救っているんだよ。……まぁ、負ければ罪人扱いだけどね。だから何としてでも勝たないと」


 アリスと似て自分を責めやすい性格の彼の背中を、オリビエはそっと押して魔法陣の中へ送り込む。

 そして自分もそこに足を踏み入れようとしたその時。

 オリビエは城壁の外に、そこにあってはならないものを視認してしまった。


「────」


「オリビエ……? オリビエ、どうした!?」


 床に下りたヒューゴからはそいつは見えていない。

 ──あれを放っておいては不味い、しかしカイ達も心配だ。一瞬迷ったオリビエだったが、悠長に考えている時間などない。


「アリスを、トーヤやカイ達を頼む」


「おい、オリビエっ……!? 何だよ、何が起こって──」


 ヒューゴがオリビエに届けられた声はそれきりだった。

 自分のもとに敵兵達が向かってくる気配は感じていたが、そんなものより遥かに脅威的なそれに意識を奪われる。

 彼を捕らえようと駆けてきた兵士達も、遅れてその存在に気づく。 


「おい、何だあれ……!?」


 オリビエを捕らえるべく城壁に上がって来た敵兵だが、その目的は彼らの頭から立ち消えてしまった。

 月明かりに照らされた怪物の姿を見て、彼らは各々に驚愕の声を上げる。

 

「蛇、なのか? なんて巨大な……!」

「何であんなものがここに……!? おい、早く指揮官に伝令を飛ばせ!」

「いや、えっと……今の指揮官って」

「──っ、誰でもいい! とにかく知らせるんだ!」


 得体の知れない怪物に焦燥と恐怖を感じる。

 一人の男が上官の命を受け、短く考えた末に仲間達へ向けて叫ぼうとするが、魔導士に止められた。

 オリビエは兵士達に包囲されることも構わず、一人の男の口を塞ぎながら忠告する。


「今あの脅威を知らせれば、彼らは完全に統制を失う。そうなれば戦いどころではないだろう。兵士達よ、ここは私が何とかしてみる。私に任せてくれ」


 早口で捲し立てたオリビエに頷くことしか兵士達には選択肢がなかった。

 夜風にローブをなびかせる魔導士は、杖を握り締めてその《蛇》を射るような目で捉える。


「まさか、これが出てくるとは思わなかったが……。私の魔導に不可能はない。必ず潰す」


 竜よりも長大な体躯は闇の黒色で、側面には緑色に浮かび上がる筋模様が毒々しく光る。

 スオロの大通りを静かに、静かに這って進む大蛇の名をオリビエは重々しく口にした。


「《ヨルムンガンド》──」


 緑の眼光が確かに壁上の彼へ向けられる。

 その威圧感に一瞬気圧されかけたオリビエだったが、覚悟を決めて壁から空中へ身を踊らせた。

 

「──このオリビエが、お前を討つ!」


 杖を振り抜き、氷の柱を地上へ何本も立ち上げる。

 宙を自在に浮遊する魔導士と大蛇の戦闘が、幕を開けた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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