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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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22  敵と味方、魔法と科学

 荒涼とした夜の街に風が吹く。

 東西南北、四つの行路から進軍する《ルノウェルス革命軍》は、夜の静寂の中に靴音だけを響かせていた。


「…………」


 先程カイが《神器》の光を天へ掲げたため、敵もこちらの存在には気がついている。

 いや、それ以前にカイやオリビエは敵がこちらを既に待ち構えているのだと確信していた。

 敵側には《神殿ロキ》でカイの陣営が神器を得たことを知ったシルがいる。そのことを考慮すると、完全な奇襲は最初から不可能だと考えられるのだ。

 では、何故カイはこの時間に進軍に踏み切ったのか。


「カイ、気持ちが逸りすぎてないかい? 僕はそれが心配だよ」


「……大丈夫だ。十分集中できているし、勝算だってある」


 トーヤに指摘され、正直に言うとドキリとした。

 だがカイは落ち着き払った声音で返す。部隊の先頭を歩く足を速め、彼はここから一直線上に位置する王宮を見据えた。

 

 ルノウェルス王国首都のスオロは、高い市壁に全体を囲まれた円形の街だ。

 街を外敵から守る壁は絶対の防御を誇り、これまでどの戦争でも陥落したことはないほどだった。そのため、壁の内部の防御に意識はあまり向けられず、中に入りさえすれば宮殿まで攻め込むのは容易である。

 以上の理由から、カイ達を阻む障壁は王宮周辺の堀以外には存在しない。この都市の構造は「侵攻」よりも「内乱」に弱いのだ。


「王宮の方はまだ静か、か。さて、連中はどう出てくるかな……」


 魔導士のオリビエが黒い瞳を眇め、呟いた。

 今回の戦は《組織》との初めての本格的な激突となる。

 悪魔の力を最大限に活かしたい相手からすれば人々に多大な影響を及ぼす女王を傀儡として利用しておきたいはずなので、持てる戦力をつぎ込んで迎撃してくることは必至だ。

 これから起こる大戦に兵士達は緊張に包まれている。しかしオリビエやヴァルグ、リリアンなど歴戦の戦士達は一切動じることなく、普段通りに振る舞っていた。


「団長。この戦いが終わったら私の願い事、聞いてくださいね」


「それは今言うことじゃねーだろ……。お前は自分の役割に専念しな。他のことは全部後だ」


 リリアンは四つに分けた部隊の内、第一部隊125名を率いる立場に任命されている。

 敬愛するヴァルグに声を飛ばす彼女だったが、彼に注意され口をつぐんだ。背後の部隊員を振り向き、少し考える。

 それからややあって、アマゾネスの女性は拳を振り上げて声を出した。


「みんな、緊張してると思うけど……気合い入れていこう!」


 皆を鼓舞するリリアンが今のカイにはありがたい。

 静かに、しかし表情は先程よりはほぐれた兵士達の様子を見て、それからカイは目の前に迫った目的地を見据えた。

 王宮の周りを取り囲んで守る堀。彼は月光を反射して煌めく水面を眺めながら呟く。


「やはり、橋はかけられていないか」


 東西南北四つある桟橋のうち、カイ達が目前とした東側のそれは上げられていた。

 橋を上げ下げ出来るのは宮殿の中からだけであるため、この橋を渡って侵入することは出来ない。

 

 ──戦いが幕を開けるとしたら、今だ。


 同時に別の橋にも到着しているだろう仲間達を案じつつ、カイはトーヤ達を見た。

 黒髪の少年はカイの視線を受け止め、頷いてくる。奴らが来る、その瞳はそう鋭く伝えてきた。

 作戦通りにオリビエが兵士達を浮遊魔法で堀の向こうまで送り届けようとするのを、大将である青年は腕で制する。


「いや、待て。今向かっては蜂の巣にされる」


「……!」


 直後──重々しく鎧の音が響き、堀の向こう岸の城壁の上から重装備の王宮兵士達が姿を現した。

 槍兵と弓兵で構成される彼らの数はおよそ60名ほど。カイ達の方が数では利がある。

 しかし、


「何なんだ、あの威圧感は……」


 革命兵士の一人がそう漏らすのも無理はなかった。

 20メートルの距離を隔てて対峙する同胞の《眼》に、ルノウェルスの民である革命軍の兵士達は立ち竦んでしまう。

 激しい殺意と夥しいほどの悪意。兵士達はかつてない同胞の眼に困惑し、恐れを抱いた。


「お前達……! それに、サイラスまで──」


 それはカイも同様のことである。

 拳を固く握り締める王子は、敵となった相手の中に旧知の男の顔を見て唇を噛んだ。

 同じ国民同士で討ち合わなければならないなんて──覚悟してきたはずなのに、いざ相手と向き合うとその思いがぶり返してくる。

 

「王子様、お久しぶりです。随分とご立派になられましたね。最後に見たのが13の時でしたから……もう16歳になられますか」


 まだ若い武官は穏やかな口ぶりながら、その声色にはかつてはなかった冷たさがあった。

 あまりに遠い距離から見つめてくる相手の瞳に、カイは意を決して問う。


「サイラス。お前は、もう……」


「ええ。私の忠誠は女王の元にあります。ここを離れた時点で、あなたもミウ殿下も既に敵。全力で潰して差し上げます」


 答えははっきりと、きっぱりと告げられた。

 もう何を言っても無駄だと受け入れざるを得ない。カイは剣をかつての忠臣に向け、戦いの口火を切る。

 

「第一部隊、《魔剣》用意」


「第三~第七小隊は弓撃準備。整い次第、射て」


 紅や蒼の剣が、王宮兵士達の弓が互いに向けられる。

《魔剣》から魔法攻撃が放たれるのと矢の斉射が行われるのは同時だった。

 夜の静寂は破られ、兵の怒号と悲鳴がこの場を戦場へと変えていく。

 やはりやりきれない思いを抱きながらも、カイは自軍の将として戦に身をなげうつのだった。


* 


 僕の目から見ても見方の民衆達が戦いに慣れていないことは明白であった。

 彼らの大多数は降り注ぐ矢の雨に萎縮し、《魔剣》の炎を放てない。その中でも勇猛な者は懸命に剣を振るが、氷や雷を無茶苦茶に撃つだけでは場馴れした敵兵も対処は簡単だった。


 魔法が飛んできても城壁の胸壁に身を隠せば防げる。大量生産された魔剣は、それ故に火力では僕が使っていた《ジャックナイフ》のような高出力は出せない。壁に当たってもそれを壊せるだけの力は持ち得なかった。


「トーヤ君──私、本当に防衛魔法を使わなくていいのかい? 作戦とはいえ守れる命を捨てることになる」


「カイだって最終的には納得してくれた策だ。全ては女王を討つために、必要な糧なんだよ。それに、君には今やらなければいけないことが他にある」


 飛んでくる矢を《テュールの剣》で的確に弾きながら僕はエルに声を返す。

 悪魔をのさばらせていれば、後にもっと多くの犠牲者が出るかもしれない。何より、今も悪夢に囚われる決して少ない人達にこれ以上の苦痛は与えたくない。民達の不幸の連鎖を切るには少なからず犠牲は必要になる、それは誰もが理解しているはずのことだった。


「ぐあっ!?」

「うっ、くそぉッ!」


 今もすぐ近くで矢に胸を貫かれて一人、倒れている。

 腕を射られ、剣をまともに振れなくなった者がいる。そしてその男は痛みに呻いた後、もう一本の矢に射られて死んだ。

 

「ちッ……見てていい気分はしねえ、なッ!」


 ヴァルグさんが黒の魔剣を振り抜き、闇の波動を放出する。

 横一列に出された力の波は降ってくる矢を全て無力化し、その間に《傭兵団》の団長は民衆に檄を飛ばした。


「おい、お前ら! お前らはここに何しに来た!? このガキのために──カイのために戦いに来たんだろう! ならそれらしく戦え、恐れるな! 恐れてちゃ何も始まらねーぞ!!」


 張り上げられた怒声が堀の水面を揺らす。

 民達ははっとして、剣を持つ手を懸命に動かし始めた。表情を歪め、同胞に剣を向ける辛さに耐える彼らの姿は僕らの心を確かに打った。


「……トーヤ」


 僕はヴァルグさんに皆の注意が集まった隙に、ひっそりと戦場の後方まで移っていた。

 エルを伴った僕に耳打ちするのは、リオだ。


「戦闘が始まって既に五分が経った。《結界解除》は、出来たのか?」


「……まだ、かかるみたいだ。エルも頑張ってるんだけど、相手は悪魔だから簡単にはいかない……」


「すまないな、私も同じ技が使えたら力になれたというのに……」


 唇を噛むリオに、僕は自分を責めるなと言ってやる。

 エルと、そしてオリビエさんは王宮に張ってある可能性のある《魔法無効化結界》を解除する役割を受け持っていた。

 瞬時に結界がここに存在すると見極めた二人は、難解な結界解除に即行で取りかかっている。


 民衆は言わずもがな、傭兵団にも魔導士は少ない。この部隊にもエルとオリビエさんを除くとあと三人しかいないので、防衛魔法で民衆の全てを守るのは物理的に不可能だった。


 刻一刻と戦士者が増えていく──そのためにエル達が負う責任は重大であり、彼女らには失敗は決して許されない。

 しかしエルもオリビエさんも焦りを顔に出さず、黙々と結界の解除に挑戦していた。

 解除の段階を踏むための《窓》の呪文を唱え、この魔法の情報を開示させる。


「何て難解な魔導の文なんだ──くそっ、間に合うか……!」


 彼女の眼前に浮き上がる黄金の紋章。そこに映し出される古代文字に目を通しながらエルは漏らす。

 結界解除にはこれを読み解き、そこから答えを見つけ出さなければならないのだ。手がかりはある、だが解法が分からないと何をすることも出来ない。文字から見えるはずの数式を解読するのは、答えを知る発動者以外には不可能に限りなく近い。

 でも、エルはやろうと強く訴えた。僕は無防備になる彼女を守りながら、数十分前を思い返す。



「オリビエさんが提案した作戦だけど、私はこれに二つの新たな変更点を加えたいんだ。その一つは王宮への侵入手段を《転送魔法陣》にすること、二つ目はそのために王宮に張られているだろう《魔法無効化結界》を解除するということだ」


 エルの言葉を聞いて、オリビエさんは無言で首を横に振った。

「どうして」と視線で問うと彼はため息を吐き、僕達に理由を説明した。

  

「私が作戦会議の時にその戦略を語らなかったのは、ひとえに《結界》の解除が不可能に際限なく近いためだ。一度張られた結界の解除呪文は発動者しか知り得ない。……全く方法がないわけではないが、試すのはあまりに無謀だ」


「無謀でもやるべきだと私は思うけどね。魔法を使えない条件でどこまで戦えるか──神器の超人的な力もその結界の中では無力だ。いくらトーヤ君達が強くても、女王の元に着く頃には満身創痍になってしまうんじゃないかい? この戦いに確実に勝つために、結界の解除は必須だよ」


 綱渡りの戦いより、より勝利に近づける戦いにする。エルの力説にオリビエさんは唸るが……やはり、首を左右に振った。


「解除できる宛はあるのか? それがなければ、試すのは止めるべきだ。魔導士の仕事は戦士達を守り、支援すること。それを放棄してまですることなのか、私にはそうでないとしか思えない」


 エルは少しの間押し黙った。早歩きする足元を見つめ、考える。

 僕の魔法の知識は彼女と比べたら天地の差だ。でも、僕だって母さんから教わった魔法の知識、少ないながら知恵がある。

 何かないか……エルの戦略を後押しできる何かは──。


「……あ」


「トーヤ君、何か思い付いたのかい?」


 天啓を得たように僕は閃いていた。

 オリビエさんに訊かれ、頷いてみせる。


「エルにしかないもの、そして僕に出来ることを考えて思い付きました。精霊の声を聞き、彼らの力を借りるんです。どんな魔導の深淵も、全ての魔法を生み出せる彼らなら見通せるかもしれない。僕達に、やらせてくれませんか」


 エルはエメラルドの瞳で僕を見つめてくる。彼女の目には強い光が宿っていた。

 一人では厳しくても、二人で協力すれば上手くいくかもしれない。それに僕達は最初の冒険から一緒に戦ってきた、いわば一心同体の関係だ。どんな難題だって絶対解ける。


「私からも、お願いします。その分、オリビエさんには負担をかけてしまいますが……どうか」


 僕の手をぎゅっと握ったエルも訴えてくれた。

 オリビエさんは嘆息し、それから肩を小さく竦める。


「それだけ言われちゃ、やるしかないな。……ただし、私も解除作戦に参加させて欲しい。《防衛魔法》を私達全体に張っては少し都合が悪いからね」


「それは、なぜ……?」


「私達がしていることが敵に分かれば、奴らは何としてでも潰しに来るだろう。だからカモフラージュが必要なんだよ。……混沌っていう、ね」


 自嘲の笑みを浮かべる彼に、僕達は一瞬返答に迷った。

 しかし僕達が言葉を発する前に、カイがオリビエさんの意見を肯定する。


「それで結界とやらが解けるなら、やればいい。だが与えられる時間には限りがある。最長で10分、それを超えればもう諦めてもらうことになるが……」


「ありがとう、カイ君。10分あれば十分さ。私達が必ずやり遂げる」


 不敵な笑みを浮かべてエルは言った。

 信じて役割を託してくれたカイに感謝しつつ、僕達は先にある王宮の尖塔を見据える──。



「あなたの真……真なる、力。死の勇者は、それを手に入れる──で合ってるかな?」


 エルの肩越しに覗くルーン文字を読みながら僕は確認した。

 うなずく彼女はその先の文を若干詰まりつつも声に出していく。


「勇者の魂、乙女の元に還り、転生の時を待つ。待つ先にある黄昏を、ゆ、勇者が知ることは決してない……」


 魔剣の炎が弾ける音や雷魔法が放たれる轟音など、精霊の声を聞き取ろうとする僕を戦闘音が邪魔してきた。

 意識を集中させて彼らの言葉の一字一句に耳を向け、他の全てを頭から削ぎ落とす。

 一つになるんだ。精霊と、そしてエルと。


『お前に知恵を貸してやろう、《精霊樹の稚児》よ』


 周りのことはカイ達に任せておけばいい。

 僕に見える景色が金色の文字盤、聞こえる音がエルの声と精霊の奏でる声達になった頃……精霊の一つが穏やかに語りかけてきた。

 

『その文が示すのは精霊の記憶にもある光景の一部……私達なら、きっとお前の力になれるだろう』

 

 よかった……通じた。

 僕の頭は精霊の知恵と完全に交信でき、その途端にこれまでとは比べ物にならない量の情報の奔流が押し寄せてきた。

 全て読み解くにも普通なら10分では到底読み終えられない量の文を、高速で読み進めて理解していく。

 これは精霊の記憶だ。彼らの見たもの、感じたことがそのまま文字となり、映像となって僕の中へ入り込んでくる。


「勇者が知ったのは、ただそこから逃れられぬということだけだった。天上の世界で永遠の時を過ごし、時間の檻に閉じ込められるのみの生き方──嫌気が差した勇者は、乙女に懇願する……」


 僕はエルの言った続きを読み上げた。

 声に出しながら彼女の手を上から自分のそれで包み、《精霊の知恵》を共有する。


 結界の解除法……それは魔法の中に込められた《文》を紐解き、そこから解除式を立てることだ。

 魔法は《科学》なのだと母さんは過去に僕に教えた。

 科学の法則と同様に魔法にも法則──《式》が存在するのだ。

 火、水、光などの属性の魔力を組み合わせ、魔法という形にする。その式を解けば魔法の解除法も明かすことができる。


「【どうか我が魂に肉体を、生命を与えんことを】──きっとこれが呪文の詠唱文だ。この文に出てくる台詞はこれだけだから、可能性は高い」


「でも、魔法式が分からないよ。文から式を導くなんて、どうすれば……」


 頭をこれ以上ない速度で回すが簡単には思い至らない。

 精霊が与えてくれたのは文を解読する知識だけ。膨大な文章をどんどん読み進めていくも、式を導けるような一節は見つからなかった。

 何かヒントになるものはないか? いや、ダメだ、僕には経験が足りなすぎて──。


「トーヤ君、諦めないで。君が普段魔法を使うときと同じように考えればいい」


 エルの助言。僕の焦る心を落ち着かせる彼女の声音に、ひとまず救われる。

 深呼吸して文字盤に向き直り、流れる古代文字を眺めた。そこから見えるもの、導かれる《正解》を探していく。

 無数の文字の羅列。僕もよく知る『アスガルド神話』を記した文章。戦乙女と勇者の禁じられた契約。文字列の最後に残された乙女の言葉……。


「見えた」


 この物語は戦乙女が勇者の魂を転生させるようになったきっかけとなった話だ。

 転生を望んだ勇者に、戦乙女はこう言葉を授ける──


「一人の男が今、下界で死んだとしよう。お前はその男として転生し、一生を終えるのだ。そしてまた生まれ変わる。この輪廻からは永遠に解放されない。永久の不変か永遠の輪廻か……お前に与えられた選択肢はそれだけだ」


 生まれて死ぬ。廻って元の場所へ戻る。その魂は廻り続け、決して解放されることはない。 

 この選択を取らなければ時の止まった天界での生活が待っている。

 戻っても進んでもいない数、永久の円環を刻む数字……すなわち、0。

 この式の答えは、《0》だ。


「命属性の、《0》……それがこの式の答え」


「よくやったね、トーヤ君。でもね、この式にはもう一つ意味がある。ゼロ以外に《Oオー》という記号がね」


 エルは僕に振り向くとにこっと笑って頷いた。

 それから素早く呪文を唱え、光の文字盤に新たな文節を書き加えていく。


魔力マナ元素記号Oオーのゼロ、通称《円環の魔素》……扱うのがとてつもなく難しい魔素なんだけど、まさかこれが使われてるなんてね。精霊樹の森にすらほとんど発生しないこれを、一体どこから仕入れてきたのか」


 魔力の属性を決定する要素が魔素と言われるものだ。

 この結界を形成する魔素の種類をやっとのことで解析した僕達は、早速それの解除へ移行していく。

 エルが大体やってくれたから、僕は最後の方は見てるだけだったけど……。


「【どうか我が魂に肉体を、生命を与えんことを】! ……ふぅ。これで、なんとかなったと思うよ」


 額の汗を拭いながらエルは王宮を見上げた。僕もそれに倣う。

 その光景は一見なにも変わったように見えないが、僅かに感じていた魔力が消えたような感じがする。王宮の兵士達には気づけないくらい、変化は目立たなかったが。

 

「後は、転送魔法陣を使うだけだね」


「うん。魔力大奮発で行くよ──」


 エルが杖を高々と掲げ、自陣の兵士達の足元を囲むように巨大な魔法陣が出現した。

 敵陣がざわめく。魔法の発信源である僕達の元に矢が何本か飛んできたが、それは剣で払い落とした。

 

「──【転送魔法陣】!」


 光が立ち上がり、夜闇に高く黄金の柱を作り出す。

 エルの詠唱と同時に兵士達は全員が王宮内へ転送され、途端に壁の向こうが騒然となった。怒号が飛び、壁上にいた敵兵の多くが一斉にそこから中へ戻っていく。

 

「貴様らか、魔法を使ったのは!? おのれッ、許さん……!」


 若い士官が赤い弓を構えて僕とエルを見据えてきた。

 僕はエルを背に庇い、弓使いと視線をぶつけ合う。

 炎のような瞳に射られながら、その時を無言で待ち──剣を振り抜いた。

 

「なッ──!?」


 赤い弓の弦が弾け、魔力を纏った矢が飛来する。

 テュールの剣の見えない斬撃がそれを切断したのを見届ける時間も惜しんで、僕はエルの手を引いてまだ残っている魔法陣の中へ足を踏み入れた。

 弓使いの驚倒の声も聞かずに宮殿内へ侵入する。



 エル達の転送魔法陣により、カイが率いる第一部隊と傭兵団は見事王宮に入ることに成功した。

 懐かしい庭園の風景をろくに眺める暇もないまま戦闘へ。こちらへ駆けてくる敵兵士を睨みつつ、壁上から未だ降ってくる矢を剣で弾く。

 戦場はたちまち敵味方入り乱れる様相を呈した。兵士達の中を潜り抜け、カイは一直線に王宮の玄関口へ向かう。


「ここは通さん!」


「ちッ、どけっ!」


 黄金の兜を被っているため、走るカイの姿はどうしても目立つ。彼が走る前に幾人もの兵士達が立ちふさがった。

 表情を歪めて剣を抜くカイだったが、そこに、


「【光の捕縛網ルミナ・リガーレ】!」


 光の網で兵士達を縛り、身動きできなくした少年の手助けが入る。

 一つの大きな役割を終えたトーヤとエルがカイの元までやって来て、彼と並走を始めた。


「まずは礼を言う。助かった。……オリビエは他の部隊を転送させてるんだよな?」


「うん。彼は僕達の魔法陣には入っていないはずだ。こちらに敵の注意が向いている間に、他の三部隊の転送は彼がやっているはず」


「トーヤくん、カイくん。君達の出番はここからが本番だよ。あの扉を開けば、もう神器の力を解放してもいい」


 三人は顔を見合わせる。

 トーヤが落ち着いた表情で頷き、対するカイはごくりと生唾を飲んだ。

 二人のブレーンであるエルは、先程トーヤが使ったのと同種の魔法で周囲の敵を無力化していく。彼女の瞳はどこまでも冷静に、先だけを鋭く見据えていた。


「私達も行きます! 私も貴方達の力になりたいから」


「俺達を忘れてもらっちゃ、困る。お前らばかりを暴れさせるのも面白くない」


「トーヤ、私はお主の騎士でありたいと言った。先へ突っ走っていくのも良いが、たまには騎士の私にも付いて行かせてくれ」


「あんた達を守らせてちょうだい。それがあたしの役割だって思うの。違わない?」


「助けられた恩に報いるため、私も精一杯戦います! どんな強敵が相手でも私達なら打ち勝てる。そうでしょう、トーヤ殿」


 シアン、ジェード、リオ、ユーミ、そしてアリスの五人がトーヤ達の後を追ってくる。

 小人族の少女の言葉に頷き、トーヤは目の前に迫った扉に手をかけた。カイ、エルと共に重い石の扉を押し開け、いよいよ宮殿の建物内部へ足を踏み入れる──。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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