表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

174/400

17  軍議

 炎の中に悠然と立つ、赤髪の魔法剣士。

 それがカイの新しい《神化》の姿だった。

 自分も《神化》して燃える大地を歩く僕は、カイの側に近寄って声をかける。


「やったね、カイ。これで君も悪魔と戦える」


「……ああ。戻ったらすぐに戦仕度としよう」


 カイはこくりと頷き、ふと天井を見上げた。

 そこから見ているであろう《神殿》の主に向け、彼は声を投じる。


「おい、ロキ! もう戦いは終わった。俺達を元の場所へ戻してくれないか?」


『はぁ……それが神に対する口の利き方かい? まぁ、試練をクリアしたことだし、ちゃんと戻してやるけどね』


 カイのすぐ近くに横たわり、絶命しているニーズヘッグの身体を僕は一瞥した。

 この強大なドラゴンを彼が、倒したのだ。その手に持つ神器、《魔神剣レーヴァテイン》を使って。

 深紅の波状剣は激しい炎熱を刃から放出している。

 あらゆる闇を払う正義の光。その炎を見て、僕はそんな風に感じた。


「カイ……よかった」


 エルの防衛魔法ディフューズの中からミウさんが涙声で溢す。

 感極まったように目を潤ませる彼女に微笑みかけながら、エルは《精霊樹の杖》を高く掲げた。

 白い光が迸る。その光は神ロキが生み出す黒の光と混じり合い、やがて灰色の渦が生まれ出た。


『私とエル、二人分の《転送魔法陣》だ。これなら一気にここから君達がもといた場所まで送ってやれるよ』


「神殿は私達の世界とは異なる空間に存在している。これから時空を越えて元の世界へ帰るわけだけど……おそらく、ここに来る直前の時間まで戻れるはずだ」


 一人と一柱の言葉に僕達は頷き、目の前にある灰の光へと歩み寄っていく。

 足を踏み入れると、もう何度目とも知れない身体が何かに引っ張られるような感覚がし──。


『君達は必ず、悪魔を倒す。この私の力をものにしたんだから間違いないさ。──どうか、頼んだよ』


 神ロキの声を最後に、僕達の意識は別世界へと飛ばされていった。


* * *


 足が平らな床板に着くのを理解したその時には、僕はもう目の前に何人もの大人の姿を認めていた。

 オリビエさん達だ。皆一様に驚いたような顔をしている。

 場所はここに来る前と同じ、ロイさんの酒場。


「本当に、戻ってきやがったのか……今転送されたばかりだってのに、もう……!?」


 ヴァルグさんは立ち上がり、目を丸くして僕達を見ていた。

 そんな彼に苦笑いを返し、僕は頷きで答える。

 

「は、はい。……その様子だと、つい数分前に僕達が出てったところだったんですか?」


「数分前どころじゃねー、数秒前だ。まさか、あのガキはもう《神化》を完成させて帰ってきたんじゃねーだろうな?」


「そ、それが……」


 背後にいるカイに立ち位置を譲り、彼の口から結果を報告させる。

 転送時に《神化》の解けた彼は、深い海の色の瞳でまっすぐヴァルグさんを見つめて言った。


「黒竜ニーズヘッグを倒し、神ロキの《神化》も完成させた。俺の──俺達の、力でな」


 今度こそヴァルグさんの口が大きく開いた。

 彼だけじゃない。オリビエさんはグラスに口付けたまま硬直し、リリアンさんは勢いよく立ち上がってカイを凝視している。

 ロイさんが黒いゴーグルの下から僕達の顔を穿つように伺ってきたので、カイは不満そうに口を尖らせた。


「……なんだ、信じてないのか? なら見せてやってもいいぞ」


 そう言って剣を抜く。《神器・魔剣レーヴァテイン》の虹色の剣身があらわになった。

 ……ちょっと待って、カイの《神化》は常に炎のベールを纏うものだから……。

 

「カイ、ストップストップ! それはここで使っちゃダメだ!」


「おっと、そうだった……」

 

 僕がヒヤヒヤした思いで見守る中、カイは頭をかきながら剣を鞘に収めた。

 その光景にこの場のみんながどっと笑声を上げる。

 

「はははっ、つまりカイの《神化》は炎属性――それも、いるだけで周りを燃やしてしまうほどの強力なものってわけか。よくやったね、カイ。戻ってきてすぐで悪いけど、さっそく決戦の準備を始めよう」


 微笑むオリビエさんは、テーブル上にあるこの街『スオロ』の全体図を示した。

 僕達がいない間に作戦会議を始める予定だったのだろう、その地図は開かれたばかりでまだ何の書き込みもされていない。

 カイが仲間にした狼の獣人、ルプスさんもその地図を入念に眺める中、僕らも地図の中央の『ルノウェルス王宮』に視線を留めた。

 女王との戦いの要になるカイと僕、魔導士のエルは六人がけの席に座り、その向かいにオリビエさん、ヴァルグさん、リリアンさんが着く形で会議は始まっていく。




「スオロ街区は王宮を中心として、そこから放射状に大通りが伸びている。私達の戦力は傭兵団とトーヤ君達を含めても40を下回る数だ。この広い街で分散すれば、敵からすぐに見つかることはない。だけど……」


 オリビエさんは地図上に指を走らせ、大通りを経て王宮を囲う外壁をなぞった。

 王宮を守る壁は、街のどこにいても見ることが出来るほど高い。簡単には登ることはできないだろう。

 そしてその壁よりも遥かに高い、尖塔のような王宮の本殿からは街中を一望することが可能だ。

 

「あえて目立つ集団で動き、敵の注意を引く……そうするわけか」


「ああ。私達の本命はカイやトーヤ、《神器使い》だ。彼らを王宮内部に送り込み、女王との最終決戦に臨ませる――それが私達の役割になる」


「王宮の洗脳兵、それに《組織》の構成員達も相手取らないといけないってわけね。ねえ、カイ、ミウ。王宮にいる兵の数はわかる?」


 ヴァルグさんが顎に手を当てて呟き、オリビエさんが首肯する。

 リリアンさんは王族である二人の方を見て、腕組みしながら訊ねた。


「俺が最後に王宮にいたのは数年前だったからな……当時は王宮全体でも500人も兵はいなかった。今の数は、姉さんがわかるかな」


「そうね……。あそこから脱出する時は、私一人でも相手できるくらいの数──15人くらいを一気に魔法で吹き飛ばしたわ。その敵は皆ローブの男達だった。それからすぐに数人の黒ローブと戦いながら脱出に成功したわけだけだから、私は王宮の正規兵の姿は目にしていないの。ごめんなさいね、有用な情報を与えられなくて……」


 ミウさんは期待に応えられない不甲斐なさに顔を俯かせる。

 だが、彼女の台詞から得られる情報は実に大切なものなのだ。

 考え方を変えれば、ミウさんが脱出に使った通路には組織の魔導士しかいなかったとも捉えられる。

 僕がそのことを彼女らに伝えると、ミウさんを始めカイやリリアンさんもはっとしたように顔を上げた。


「ルノウェルス国の財政は大変な危機に陥っている。その原因はひとえに悪魔が引き起こす《怠惰》のせいだけど……そのために、正規の兵士を養いきれるだけの食糧が尽きているんじゃないかな? その証拠に実際に王宮には殆ど兵士はいない。これが、王宮兵の実情なんだと僕は思う」


《怠惰》による統治は国民の、国の首を確実に絞めていっている。

 それによる「悪意」の増幅を悪魔が狙っているのだとしても、今はそれはデメリットとしてしか働かない。


「俺が王宮に斬り込みに行った時も兵士の姿はろくに見かけなかったな。あの時は奇妙だと思ったもんだが、まさか本当にいなかったかもしれないだなんて……」

 

「そうなると、王宮は私達が想像していたよりもかなり手薄になっているということかな。組織の戦闘員の数も話を聞く限りじゃそう多くないみたいだし……一気に攻め込んだ結果、それ以上の大軍に迎撃されるなんて事態も避けられそうか」


 ありえねーと声を漏らすヴァルグさんに、勝利への確信をより強めていくエル。

 僕と同じく最初から負ける気など一切ない彼女は、視線を地図に戻して軍師役であるオリビエさんに問うた。


「円形の外壁には東西南北の四ヶ所に門が存在する。私達はどこを攻めるべきなのか……オリビエさん、あなたはどう思う?」


「そうだね……敵戦力を分散させるために最低でも二つ以上からの門を攻めたいけど、門の強度によっても話は変わってくるからなぁ……。あとで斥候を門付近まで送り込んで確かめさせる必要がありそうだ」


「どんな門でも《神器》の攻撃なら破壊できる。俺達が一気に壁ごと突き破るっていうのはどうだ?」


「ダメだよ、カイ。僕だって今も魔力消費の倦怠感が残ってるんだ。神化を成功させてすぐの君が、門を破った直後の戦闘を潜り抜けられるとは思えないよ」


 宮殿を守る壁に備えられた門となれば、宮の中でも一番守りが強固なはずだ。

 それに、もっと大事な問題がこの壁のさらに外側にある。


「そもそも門を突破する以前に、王宮の周りには堀があるんだ。橋を下ろされてしまっては通ることも出来ないよ」


「その件については私の浮遊魔法があるから大丈夫。地図によると堀の幅は20メートルで結構深そうだけど、このくらいの距離ならまとめて40人くらい運ぶのは余裕だよ」


 あまり楽観的になれないけど、一応対応策はあるか……。

 なら、この件はこれで終わりかな。


「では、決行の日付だが──それは二日後にしよう。今日は皆色々あって疲れてるだろうし、明日の準備期間も含めての日程だ。で、カイとミウに頼みがあるんだけど……ちょっといいかな」


 オリビエさんは二人に手招きしてみせ、席を回り込んで顔を近づけてきた彼らに耳打ちした。

 軍師からの策を受け取った王族の二人は、彼から言葉を聞くと首を縦に振って応える。

 

「さて、当日するべき行動をまとめると……まず堀を越え、それから出来れば私達だけの力で門を突破する。そこで戦闘が起こることは必至、混戦になることも予想されるため《神器使い》の二人はそれに紛れて内部へ侵入。そこからはヴァルグがやったように個人単位で敵陣を切り開いていくこととなる。──大まかに言えばこんなところかな」


 総括的なオリビエさんの言葉に僕達は表情を引き締め、頷いた。

 全員が真剣な顔でいる中、会議のまとめ役の彼はそこでふっと微笑む。


「まぁ、決戦まではまだ時間がある。それまではのんびり過ごしているといい。……じゃ、解散としよう」


 オリビエさんが卓上の地図を畳んで仕舞い、会議はそこで幕を下ろした。

 僕とエルは顔を見合わせ、次にカイとミウさんの顔を伺う。

 今二人がオリビエさんに言われていたことが何だか気になったのだが……二人は曖昧な笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかった。


「トーヤくん、君はこれからどうするんだい?」


 エルに問われ、僕は机に突っ伏した体勢になりながら答える。


「うーん、少し眠らせてもらいたいかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ