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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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14  神殿ロキ再び

 視界を覆っていた光の幕が途切れると、そこには僕達の記憶にも新しい山岳の光景が広がっていた。

『神殿ロキ』、そして『ヴァンヘイム高原』。

 魔剣レーヴァテインを得るために激闘を繰り広げたこの地に、僕達は今、再びやって来ている。

 

「また、ここに来た……!」


 カイが眼下の険しい断崖を見下ろしてごくりと唾を飲んだ。

 僕達が立っているのはヴァンヘイム高原で最も標高の高い地点、神殿ロキの真ん前である。

 下から冷たい風が強烈に吹き付けているなか、僕達は背後の巨大な【神の館】を振り仰いだ。


「みんな、覚悟は出来てるかい? 扉を開くよ──」


 館の入り口、そこの大扉に手をかける。

 僕はみんなに最後の意思確認をした。二度目とはいえ、前回と同じように無事に済むとは限らない。

 皆が頷いたことを確め、僕は扉を押し開けた。

 眩い光が溢れ、白の渦に吸い込まれていく──。


* * *


『……おや? どうやら珍客のご登場のようだ』


 頬に伝わる大理石の冷たい感触に目を開けた次には、頭の中に神殿の主の声が流れ込んでくる。

 神殿の床から身体を起こし、僕はとりあえずその声に返答した。


「神ロキ、実は少々事情がありまして……。また、ここに来てしまいました」


『はぁ……何か早急に解決したい問題を抱えてるみたいだね? 大方、神化が出来ないとかそんなところだろうけど……』


 流石は神だ、全てお見通しって訳か。

 僕は頷き、周囲にいるカイ達を見渡す。

 どうやら最初に目を覚ましたのは僕であったらしく、他のみんなはまだ誰も起き上がっていなかった。


『トーヤ君、まさか君に再び会えるなんて思っていなかったよ。あれから大して時間が経っていないとはいえ、まぁ元気そうでよかった』


「ええ、まあ……。あの、神ロキ。僕達、この場所でカイの『神化』のための特訓をしたいんです。無理を承知で頼みますが、どうか協力していただけませんか?」


 気まぐれな神に、僕は両手を合わせてお願いする。

 ここで神様の了承を得られなければ特訓も何もない。

 なので、何としてでも神様の首を縦に振らせなくてはならなかった。


「どうか……お願いします」


『むー、どうしよっかな……。正直に言うとね、私は面白いものが見られればそれでいいんだよ』


「あなたのその性格は存じています。ですが、悪魔を倒すためにはどうしても必要なことなんです!」


 語気を強めて僕は言う。

 顔が見えればニヤニヤと笑みを浮かべているだろう神の気持ちを、こちら側に振り向かせるんだ。


『言ったよね、私は面白いものが見たいって。それもとびきりの……特訓するなら最高難易度の仕掛けを用意してあげるよ。それで良ければ協力してやってもいい』


「あ、ありがとうございます!」


 良かった、これで何とかなりそうだ。

 最高難易度というのがちょっと引っ掛かったけど、どうせ特訓に使うなら難しい仕掛けの方がいい。

 その方が僕も楽しめるし……と口の中で呟きながら、僕はカイ達が起きてくるのを待つことにした。




 それから数分と経たずに、カイやエル達は目を覚ました。

 彼らは起きると一様に辺りをきょろきょろと見回し、自分達が本当に神殿に来ているのだと認識する。


『君達、私の話をよく聞いておきなさい』


 全員が床から立ち上がったタイミングで神ロキは口を開いた。

 初めて神殿に来たミウさんはそれに驚いているが、声が神様のものだと理解すると表情に緊張を纏う。


「さっきトーヤ君と話して、私は君達の特訓とやらに手を貸すことを決めた。それに伴い、神殿の『仕掛け』を最高難易度に設定したから、是非頑張って攻略してもらいたい。私からは以上だ』

 

 簡潔に神ロキが話した。

 特訓の目的、その当事者であるカイは神の言葉を聴いて静かに頷く。


「あの、トーヤ殿。あれを……」


 神の声が終わると、現在地であるホールの最奥に黒い重厚そうな扉が出現していた。

 アリスにそれを指し示され、僕はあれが試練への入り口だと瞬時に気づく。


「前にも一度通った道だ。俺なら……俺達なら行ける」


 カイの瞳には覚悟と闘志が宿っていた。

 必然を語るように彼は言い、ゆっくりとした歩調で足を前に出していく。


 僕達もカイに続いた。僕達がカイを支え、彼を鍛えてやらなければならないのだ。

 悪魔を倒すため、カイやミウさんの愛する国を取り戻すために、僕達は彼への助力を一切惜しまない。


「トーヤ君、ありがとう。あのロキから協力を取り付けてくれて」


「ううん、大したことじゃないよ。僕は何だかあの神に気に入られてるみたいだし……特に何かをした訳じゃない」


 横からエルに笑いかけられ、僕は苦笑で応えた。

『最高難易度』の試練の直前、否応なく緊張しているだろうカイに、ミウさんはあえて明るすぎるくらいの態度で接している。


「カイ、いよいよ特訓開始だねー! 私、ここに来るのは初めてだからなんかワクワクしてきちゃった」


「ね、姉さん……あまりくっつかないでくれよ。その……トーヤ達が見てる」


 天井から照らしつける光に煌めく白のマントを纏うミウさんは、カイの背中から腕を回してぎゅっと抱きついた。

 お姉さんの大胆な行動に、カイは耳まで真っ赤にして照れている。

 滅多に見せない彼の羞恥の様子に、僕はにやりと笑みを浮かべて言ってやった。


「いや、僕達全然気にしてないからさ。せっかくだしそのままやってもらっちゃえば? 別に見てないし」


「と、トーヤ……うぅ」


 ミウさんの抱きつきを拒絶できないカイ。

 結局彼は恥ずかしさに爆発しそうになりながら、姉にされるがままになっていた。


「なんだか、こういうのいいよね……って、な、何!?」


 束の間の日常的な風景を楽しんでいた僕だったが、突如背後から身体を抱くように回された手に目を丸くしてしまう。

 い、一体誰……?

 僕は首を後ろに回し、その抱擁の主を確めた。


「エ、エル……」


「えへへー。カイくん達がやるなら、私達も同じようにしても問題ないよね。トーヤくん、出来れば体をこっちに向けてくれないかい?」


 体をそっちに向ける……つまり、この体勢でエルと正面から向き合うってこと?

 そ、それって……。

 さっきカイをからかっておきながら、そう考えて僕は思わず頬を染めてしまう。


「トーヤくん、……ダメ?」


「ダメじゃないけど、えっと、その……」


「そんなのダメに決まってます! トーヤは最近エルさんとばかりくっついて……たまには、私達のことも気にかけて欲しいです!」


 エルに耳元で囁かれ、僕はしどろもどろな言葉でしか返せない。

 そんな僕を見て、むきー、とご立腹の様子でシアンが声を荒げた。


「確かに、エルやアリスにばかり傾いてる感じはあるわね。……というか、私ってトーヤに女として見られてるのかしら」


「確かにそうじゃのう。私にも少しエルが羨ましい部分はあるな。……あとユーミ、お主は十分女として見られていると思うぞ。その規格外の胸があるじゃないか」


 ユーミとリオも僕のことをじーっと見て言う。

 彼女らが台詞の最後に小声で交わすやり取りが気になったが、僕は苦笑いで答えるしかなかった。

 

「あー……そうだ皆、忘れちゃいないと思うけど、今はカイの特訓のためにここに来てるんだから、こんなことをしてる場合じゃないよね」


「に、逃げるんですか? そうはさせませんよ」


「いや、今は……じゃあ後でにしないかい? 特訓を終わらせて悪魔も倒したその後でなら、好きなようにしていいから」


 汗をかく僕は苦し紛れの逃げ道を作る。

 シアンの恐ろしい瞳から目を逸らすことは許されず、彼女の咎めるような視線を受け続けていたが……ややあってその目は伏せられた。

 彼女は溜め息を吐き、僕の鼻先を細い指でつんと押す。


「約束、ですよ? 後で忘れたとは言わせませんからね」


「は、はい絶対忘れません」


 僕が勢いよく首を縦に振るのをしっかりと確認すると、ようやくシアンは表情を和らげてくれた。

 ユーミやリオも「絶対だからね」と僕に念を押し、ジェードが微笑ましそうにその様子を眺める。

 そんな中、僕の身体に腕を回したままのエルは。


「あのー、トーヤくん。この続きは」


「ごめん、今回は諦めて……」


 本当に名残惜しそうに、僕から体を離すのだった。


* * *


 重い鉄の扉を開いたカイは、その先に広がっている景色に目を見開いた。

 後からついて来たトーヤ達も驚きに息を呑んでいる。


「こ、ここは……?」


 その部屋は見渡す限り緑の木々が生い茂っていた。

 とても暑く、湿度も高い。

 まるで遥か南の熱帯地域にやって来たような錯覚を、その空間はカイ達に抱かせた。


「すごく広い。それに、どこか懐かしい匂いがする」


 ジェードが獣人の鼻をひくつかせて呟く。

 尻尾を無意識に振りながら、シアンは彼の言葉に頷いた。

 

 ──この部屋が、神ロキが自分のために用意してくれたものか……。


 樹木に手を触れながら、カイは熱帯林の中へ足を踏み入れていく。

 無秩序な間隔で生える樹は天然のものと相違なく、人の手は一切入っていないように思われた。

 ジェードの言う通り部屋はかなり広い。ここからでは壁すら見えず、天井の高さから考えても確実に『神殿』本体よりも大きいだろう。


「天井があることから推察するに、本当に南の国に転移させられたなんてことではなさそうだね。この空間は『神殿』が、神ロキが試練のために作り出したもの……」


 エルが顎に軽く手を当てて考え込んだ。

 彼女の隣で、ユーミも鋭い眼光で辺りを観察する。


「にしても、ロキ様は随分と凝った仕掛けを作ったわね……。私は南国の熱帯林なんて見たことないけど、きっとこれ、本物に限りなく近いものだと思う」


「試練っていうのはここにいるモンスターの討伐……ありきたりかもしれないけど、これがやっぱり可能性としては多いんじゃないかな? 『神化』は戦いの中で起こるものだし、覚えるなら戦闘をすることが一番手っ取り早い」


 試練の内容について考察するのはトーヤだ。

 彼は一同の殿(しんがり)を務めながら、木々の密集するこの部屋を彼だけの視点で見据えている。


「精霊の声は、聞こえない……。ただ、別の何かの気配は感じるね」


 おそらくそれがモンスターだろうな、とカイは溢した。

 思えば、この『神器』を振るったのもルプスとの剣戟の中だけだった。

 あの時は相手の魔法無効化のために真価を発揮できなかったが、今度こそは。

 道なき道を歩むカイは、神器の柄を強く握り締める。


「お主らに訊ねたいのじゃが……私達は一体どこを目指しているのじゃ? 目的地もわからずふらつくのは良くないと思うのだが」


 と、そこでリオが先頭のカイに声を投じる。

 彼女の問いはカイの想定の内だった。彼はその問いに、即座に回答を用意する。


「俺達の目的はモンスターとの戦闘。目的地はモンスターのいる地点に他ならない。明確な道が示されていない以上、自分達の手で道を切り開くしかないだろう」


 神が用意したのはこの部屋だけだ。

 そこで何をするか、何を求めるかは挑戦者の意思に委ねられる。

 神化を発現させるため、とにかく戦って経験値を積まなければならないカイには、密林を探索する以外の選択肢は最初から存在しなかった。


「……しかし、先が見えないな。シアン、ジェード、お前達は何か感じたか?」


 カイの視覚、聴覚では近くにモンスターがいるのかどうか判別がつかなかった。

 彼は一瞬、背筋の辺りに嫌な視線を感じた気がしたが、それも明確な怪物の殺意とは異なるように思える。


「鳴き声は聞こえないし、臭いもしない。だけど……俺達からずっと離れた遠くから『視られている』のは確かだ」


「私も同じ視線を感じます。視線の感じからすると、敵の数はそう多くないでしょうね」


 ちらりと右斜め後方を覗くジェードに、寒気を抑えるように腕を抱えるシアン。

 二人の判断が正しいとすると、そのモンスターは遠目が利いて一匹でも十分に強い種族のはずだ。

『最高難易度』という神ロキの言葉が脳裏によぎる中、カイは提示された条件から照らし出されるモンスターの名を列挙していく。


「ドラゴン、フェニックス、スフィンクス……バジリスク辺りが出てきたらかなり厄介そうだな……。どれにせよ、攻める時は飛び道具を使うべきか」


 いつ敵が現れてもいいように右手は剣の柄にかけておく。

 後ろでトーヤ達が無言の警戒を払っている中、カイは足を止めることなく進んでいたが……。


 ──なんだ、この匂い……?


 ふと鼻腔に流れ込んできた、吐き気がするほど甘い香り。

 それは毒の臭気というよりも、花が虫を呼び寄せるために放つ匂いに近いものだった。

 反射的に鼻をつまみ、その場で静止する。


「急に匂い出したのう……シアン、ジェード、平気か?」


「は、はい……ちょっと気持ち悪いですけど、なんとか……」


 訝しげに周囲を見回すリオは獣人の二人に訊ねた。

 見ると二人とも急激に顔が青ざめ、吐き気を堪えるようと口元に手を当てている。


「ここはさっさと通りすぎた方がいいか。この匂いが気になるところだが……」


 焦ってこの先に踏み込んではダメだ。

 以前のカイなら、シアン達のその様子を危惧してとにかく先を急がせたことだろう。

 だが今の彼は、冷静に一歩引いた視点から物事を見られるようになっていた。


「エル、防衛魔法を展開してくれ」


 静かな声音でカイは指示を出す。

 まずは身の安全の完全な確保。やることはそれからだ。


「姉さん、宝玉を」


「わ、わかったわ」


 次に、ミウの『宝玉』で匂いが魔法によるものなのかを調べる。

 臭気に魔力が微量でも込められていれば、それはモンスターの『罠』であることを証明している。

 近くに目立った花も見えない、だから十中八九反応するはずだが……。


「反応はないか。ならば……トーヤ、光魔法の攻撃を辺り一帯に放ってくれ。モンスターがいれば確実に引っ掛かる」


 言うと、トーヤはすぐに光魔法でモンスターがいるかどうか探りを入れてくれる。

 だが今度も失敗だった。驚いたモンスターが木立から飛び出してくる気配は微塵もない。


 ──奇妙だな。本当にここにはモンスターはいないのか? 

 カイは腕組みして考え込む。

 辺りを観察しても、これまで通った道のりと何ら変わらない光景が広がっているだけだ。


「もう、吐きそうです……」


「シアン、しっかりして……! エル、回復魔法で何とかならないのかい!?」


 シアンのか細い声に、焦燥を隠せないトーヤの声音。

 それを耳に入れながら、カイは五感を総動員させて敵の正体を推理しようとする。

 視界に敵らしき影はなし、怪しげな音も聞こえない。

 あるのはさっきから酷くなる一方の甘い匂いと、背筋に感じていた視線……。


 ──視線?


 とてつもない違和感に襲われて、カイは背後を振り返った。

 そこには先程まであった視線などどこにもない。

 視線の主は、消えたのか。

 いや違う。確かにまだ存在する。


 だとしたら、その場所は──?



「──まさか」



 視線の主は移動していた。

 それも、驚くべき速度をもって。

 これまでカイ達から一定の距離を保って観察し続けていたモンスターは、期が熟したと判断したのだろう。


 足元の地面に亀裂が走る。

 カイは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、叫んだ。


「下だ────! 来るぞッ!!」


 横っ飛びに回避を試みる。

 が、気づいた時には身体の動きは自由が利かなくなっていた。


 あの匂いの成分か……!

 カイは唇を噛む。皆の退避も防御も間に合わない。

 全ては、エルの防衛魔法の強度にかかっていた。



『オオオオオオッッ────!!』



 地面が盛り上がり、樹木ごと大地がせり上がる。

 轟音の砲声を放つそいつは、カイ達が瞠目する中、その巨体を地中から出現させた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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