11 目指す姿
「この勝負……何としてでも勝たせてもらう。俺達は、一刻も早くトーヤ達の元へ向かわなければならないのだから」
カイは獣人の男を見据え、『魔剣レーヴァテイン』を握る手に強く力を込めた。
赤い炎を宿す瞳でカイを睨む男は、彼のその言葉に唇を僅かに歪める。
「勝たせてもらう、だと? お前に勝利などない。私がお前を殺し、敗北者となった姿を嘲笑ってやるよ」
灰色の尻尾を揺らしながら、その光景を想像したのか男は舌なめずりする。
銀の刃に赤い光粒を纏わせ、彼は剣を鋭く打ち払った。
「ぐっ──!」
攻撃を受け止めたカイの腕に激しい衝撃が走った。
先程までとは別人のように変貌した、敵の速さとそ力。
不壊の神器だからよかったものの、普通の武器だったら間違いなくへし折られていただろう。
「クッ、ハハハハッ!! そうだ、その顔だ……。俺はなァ、お前達のような人間のその表情を見るのが、何よりの快楽なんだよ!」
カイが瞠目していると、男は高笑いする。
型も何もなく、剣をむちゃくちゃに振り回して彼はカイを苦しめていった。
本来なら戦いではありえない剣の扱い。
剣術を学ぶ機会を与えられなかった男がとれる、自己流の攻撃手段だ。
「……ッ!」
だがそれがカイにとってはやりづらい。
相手の攻撃は戦術などと言うものを一切考えておらず、全く『読む』ことが出来ないのだ。
剣の戦いを王宮剣術しか知らなかった少年にとって、この相手は全くの未知である。
『未知』にどう対応するか。
それがこの戦いで真にカイに問われる力であった。
「ちッ、倒しても倒しても出てきやがる。きりがない」
カイが獣人の男と剣を交えている間、ヴァルグ達は男が呼び寄せた『凶狼』と交戦していた。
「【牙を剥け、孤高の覇王】──『闇の殺戮』!」
スオロの街で巻き起こった人とモンスターの戦闘。
それによって大破した民家の上を移動しながら、ヴァルグは高位の付与魔法を行使する。
黒いオーラが長刀に纏い、刀の主にも爆発的な加速力と膂力を与えた。
「らああああッッ!!」
雄叫びを上げ、ヴァルグは前方より表れる狼の群れを一刀の元に切り伏せる。
その数10匹。剣劇の後には緑の鮮血が雨のごとく降り注ぎ、剣士の体をその色に染めた。
「流石ですね、ヴァルグさん……私達も頑張らないと……!」
シアンは弓矢で狼達を射ながら、遠目にも分かるヴァルグの奮闘ぶりに感嘆していた。
彼女の放った矢は殆どが敵の急所を的確に捉えて息の根を止める。
狭い街路に怪物の死体がうず高く積まれ、生きて動いているモンスター達は徐々に数を減らしていった。
「【蒼天を翔る風よ、我に力を】──『疾風』!」
傭兵団のエルフであるルークと背中合わせに戦うリオは、十八番である風の付与魔法を発動する。
ヴァルグのものよりも更に『加速力』に特化したそれが彼女に翼を与え、戦場を縦横無尽に駆け巡らせた。
「邪悪なモンスターどもめ、このリオが全て討伐してくれるわ!」
リオは愛武器である木刀を打ち鳴らし、狼達の首をへし折っていく。
細い街路は彼女にとって有利に働く地形だった。
家々の壁を蹴り、屋根の上を飛び回る。
疾風のごときその動きは『凶狼』に追うことは出来ず、リオはモンスター達を蹂躙した。
「すごいっすね、リオさん。これが、エルフ王族の力……」
足元に黄金の魔方陣を出現させるルークは、リオの勇姿に心から震えた。
それは他の傭兵団の兵士達も同じだったのか、モンスターを相手取る剣の動きが更に力を帯びる。
ヴァルグやリオ、強力な戦士の戦いぶりに皆が感銘を受け、それに奮起されていた。
「二人には負けてらんないわね──ふふ、私も本気出しちゃおっかな」
みずみずしい褐色の肌をさらけ出し、舞うように蹴打をモンスターに浴びせるのはリリアンだ。
傭兵団の副団長である彼女もまた、同僚達と同様に二人の活躍に大いに刺激されていた。
「──ハアッ!」
地面を蹴りつけ、絶え間なく迫ってくる狼の群れに向かって突貫。
一人の女性が無数のモンスターに突っ込んでいくなど、彼女を知らぬ者が見れば自殺行為に思えるだろう。
だが、弾丸のように突撃する彼女をモンスター達は──一匹として止めることは叶わなかった。
『ギャン!?』
奇声を上げる凶狼達も、リリアンにとっては片手でいなせる子犬でしかない。
その首を千切っては投げ、千切っては投げ。
蹴りも混ぜられた圧倒的な暴力により、数十秒と経たない間にモンスターの群れは壊滅した。
「ふふっ、どうよ? あんた達がどれだけモンスターを引き連れて来ようが、私達を止めることなんて出来ないわよ」
かつて南の大陸の征服者であった最強戦闘民族、『アマゾネス』。
その末裔であるリリアンは、緑に血濡れた髪を掻き上げ、にやりと笑みを浮かべた。
「ちッ、役立たずどもが……!」
カイと獣人の男の戦闘は未だ決着していなかった。
手駒である『凶狼』達が傭兵団やリオらに駆逐されている状況に男は舌打ちする。
「お前の自慢のモンスター達も、ヴァルグ達の前には敵わなかったようだな。もう諦めたらどうだ?」
焦りからか男の剣筋は少しずつぶれてきている。
これまで恐るべき膂力で振るわれていた攻撃も、致命的な失敗はないものの何度か外すようになっていた。
戦局はカイに有利に働いている。
「はっ、何を言っている? 諦めるだと? そんなことをするくらいなら、死んだ方がましだ!」
男は叫び、足掻いた。
憤怒の炎を帯びる剣を打ち振り、斬り上げ、突き出す。
まるで最後の抵抗と言わんばかりに、男はこれまでより激しく剣を繰った。
「俺は、出来ることならお前を殺したくはない! 俺が殺すのは人類の敵であるモンスター、そして『悪魔』だけだ! 同じ人間を殺すなんて、嫌なんだ……!」
カイはこれまで『人殺し』をしたことがない。
王宮から脱出した時はオリビエが手引きしてくれたし、それ以降も彼らに守られて生きていた。
自分のために殺された人の存在を本当に痛ましく思い、自分のせいでと苦しんだこともあった。
同じ人間なのに、どうして殺し合わなければならないのか。
何度自問しても、その答えは出てこない。
「甘いなァ、王子様……そんなんじゃあ、お前も先が短そうだ」
男の瞳が笑むように歪められる。
今のこの国の情勢では、自分で自分を守れない者に生きる道はない。
嫌でも刃を向けなければ殺される。その者が王子であるなら、尚更だ。
「そんな甘ったれた事を言っているから、お前は母親を守れなかったんじゃないのか? 俺はなぁ、そういう事を言う人間が大っ嫌いなんだよ!」
自分の力のみを信じて生き抜いてきた獣人の彼には、カイの言葉を聞いて苛立つ。
彼は激しく怒声を飛ばし、相手の首を狙って剣を振り上げた。
「それは――」
カイの瞳が揺らぐ。
まだ心の底で「母を殺す」ことに躊躇している自分を見透かされたような気がして、彼は声を震わせた。
だが彼は怒りを乗せて向かって来る相手の剣を、咄嗟に刃の側面で受け流すことでなんとか防ぐのに成功する。
「ふん、命拾いしたな。だがこのまま防ぎ切れるとは思うなよ?」
相手の眼に宿る憤怒の炎。
視線を交錯させながらカイは内心、それが恐ろしくて仕方なかった。
悪魔に憑かれた母親とよく似た「悪意」に満ちた瞳。
男の激しい怒りに正面から曝され、カイの心は萎縮してしまいそうになる。
「まだ倒れんぞ……! 『凶狼』ども、来いッッ!!!」
空気を震わせる男の咆哮が、荒い呼気と共に吐き出された。
天を仰ぎ、狼のように高らかに雄叫びが上げられると、周囲からそれに呼応した声が上がり始める。
耳をつんざく叫びに一瞬気圧されたカイは、頭を振る暇もなく男の剣を弾くことを余儀なくされた。
『『『オオオオオオオオオオ…………!』』』
唸り声の重曹が低く奏でられている。
これまでとは段違いに、その数は多かった。
鳴き声の規模からいって、狼達は100、200……いや、それ以上いるかもしれない。
果たして、それほどの数と交戦してヴァルグら傭兵団は耐えられるのか?
いや耐えられない。死者は確実に出るだろう。
そしてカイだって、生きて戦いを終えられるとは限らない。
「おい、なんだよ、これ……!?」
「クククッ、怖気づいたか、王族のガキめ! 俺の同胞――俺の狼達が、お前達に真の絶望を与えるんだよ……ククッ、そうだ、粋な遊びを思いついたぞ」
狼達の更なる出現はカイに確かな「恐怖」を植え付けていた。
無数の赤い両眼がカイたち人間を睨み、殺戮の牙を剥き出しにしている。
そのため歯をガチガチと鳴らし体が硬直してしまった彼を、男が好きに弄ぶことは容易かった。
「おらッ!」
男はカイの腕を強引に引っ張り、彼を民家の屋根に打ち上げる。
それから自分も同じ場所にひとっ飛びに移動すると、カイの襟首をすかさず片手で掴み、空いた方の手で彼の首に刃を突きつけた。
「抵抗するなよ……今からお前は、仲間が俺の狼に喰われるところを最後まで見届けるんだ」
笑い混じりの男の荒い息がカイの顔にかかる。
動きを封じられた彼は表情を苦痛に歪め、歯を食い縛った。
カイのその様子を見て、ヴァルグ達は目を張り裂けんばかりに見開くしかない。
「か、カイ君……!」
「……くそったれが。余計な手間かけさせやがって」
リリアンが悲痛な声を絞り出し、ヴァルグは吐き捨てるように言った。
ただでさえ彼らは一気に増えたモンスター達を迎撃することで精一杯なのだ。
この状況でカイの救出に向かうなど不可能に限りなく近い。
その事実がヴァルグ達には許せないし、悔しかった。
「どけぇっ! この糞狼どもがッ!!」
すでに傷だらけで、体力も魔力もかなり削っている筈のヴァルグが、巨大な狼を前に怒鳴り声を上げた。
彼は血濡れた両手の二刀を唸らせ、狼達を続々と斬殺していく。
魔力量が限界に近づいている中、最後の『闇の付与魔法』で鬼神のごとき剣劇を見せた。
「団長……私も、カイ君を助ける! この命に代えてでも──」
胸に手を当て、リリアンが誓う。
攻撃を受ければ受けるほど力を増す『最強戦闘民族』の彼女は、部下達に指示を飛ばすと自らもヴァルグに続いた。
「ルーク、あんたはシアンちゃん達を守りなさい! 他の魔導士も彼の補佐を! 残りの戦士は──あの狼達を殲滅しなさい!」
リリアンの指示を受け、傭兵団の者達は瞬時に行動に移る。
シアン達がルークの元になんとか集まると、彼を起点として魔導士達の『防衛魔法』の結界が展開された。
少女達を守る鉄壁の壁を背に、剣士達はより凶暴性を増している狼達に斬りかかる。
「うおおおおおおッッッ!!!」
腕自慢の荒くれ達による剣撃の嵐が巻き起こった。
叫ぶ彼らは集団としての隊列を乱さず、仲間と支え合いながら狼達を着実に倒していく。
死体の山を積み上げているのは彼らだけではない。
彼らに指示を飛ばした傭兵団の参謀役であるリリアンは、ヴァルグ同様に個人で大量の敵に抗っていた。
「ギャンギャン煩いわね、いいから死になさい!」
苛立った声音で吐き捨て、長い脚からの蹴りが獣達の全身を貫く。
暗黒の二刀流で無双するヴァルグと肩を並べ、彼女は戦士達の先頭に立って不利な戦局を覆していった。
傭兵団の奮戦ぶりを目にしたカイは、まずその戦いに打ち震わされていた。
そして次には思う。彼らが苦しい状況に抗ってまで戦うのは自分を救うため、ただそれだけの理由なのだと。
ならば、カイはここで男に捕まったままではいられない。
この男を倒す、もしくは捕縛することで彼らに必ずや報いなければならない。
「……残念だったな、彼らを倒すために投入した狼達だが、どうやら逆効果だったようだ」
首元には未だ刃が突きつけられたままだ。
ちょっとでも動けば自分の首が飛ぶ状況は何も変えられていない。
それでもどうにかして打開策を探そうと、カイは声が震えないように感情を抑え込んで言葉を選んだ。
「……ふん、どうやらそのようだな。これじゃあ、「泣きながら命乞いするお前の姿を拝んでから殺す」という計画が台無しじゃないか……」
男はカイの言葉に答え、そして舌打ちする。
彼はカイを拘束したまま、赤い眼で戦場を見渡した。
ぐるりと一巡したその視線はやがてある場所に留まる。
「まあ、『蛇』の計画はまだ破られてないからいいか。多少の邪魔はあるが狼達は順調に地下へと侵入を果たしている」
『蛇』とは、何だ?
カイは男の発した一単語が引っ掛かった。
恐らく奴の仲間だろうが……カイはその単語を聞くとどうしても、あのリリスを思い出してしまう。
「お前の真の狙いは俺ではないな? トーヤを殺して、組織の願いを叶えるつもりなのか?」
傭兵団の兵士達が戦ってくれているが、外から来襲する狼達の勢いはまだ衰えることはなかった。
最初はヴァルグ達に積極的に襲いかかっていた彼らは、徐々にその優先順位を別のものに移行しているように見える。
先発の大群が傭兵団の動きを封じ、後発のものがトーヤ達のいる地下に繋がる穴へと侵入していた。
「……そんなことを聞いてどうする? お前はこれから俺に殺されるのだぞ」
男が返す。
今のカイに出来ることは、男との会話で時間を稼ぐことだ。
自分一人で脱出することはかなり難しいこの状態では、ヴァルグ達の助けを待つほかない。
「何度も言わせるな、俺は死なない。お前になんか殺されない」
「ふん、強がりを……お前の命の手綱は今、私が握っているのだぞ? 発言はそれをわきまえてからにしろ」
剣での戦いは望めない。ならば、舌戦を挑むのみだ。
目と鼻の先にある男の顔をしっかりと見て、言葉を慎重に選択していく。
この男はカイと剣を交えたさっきまでは興奮状態だったが、今は結構落ち着いてきている。
引き金を引こうとするその手を止められるのは、一体何だ?
彼が踏みとどまるための材料になるもの……もし自分だったら、何が引き留めるきっかけになる?
「お前の……お前には、家族がいるのだろう」
人を止められるのは、やはり人だ。
両親、兄弟、恋人、子供。愛する人の事を思えば、この男でも考えを改め直してくれるのではないか。
カイはそんな希望から、なるべく穏やかな声音で語りかける。
「…………」
「先程、娘がいたと言ったな。お前はその娘を深く愛していたのだろう? 死んだ娘のために人を殺そうなど、それで娘は喜ぶのか? 幸せになるのか?」
男の表情がわずかに翳った。
うつ向いて黙り込む彼の様子を見、カイは静かに言葉を続ける。
「違うだろう。親が殺人を犯して嬉しい子供などいない。……悲しいんだ。だって、俺もそうなんだから……」
カイの父親は民衆に慕われる善良な王であった。
その父王を母親が暗殺させたという事をカイが初めて知ったのは、彼が12才の時だ。
姉のミウに連れられた離宮の中で、告げられた真実は今も彼の頭にこびりついて離れない。
『あのね、カイ……。カイには信じられない事かもしれないけれど、父上を殺したのは──』
その時、カイは深い悲しみを覚えた。
怒りよりもまず先に、何故そんなことをしてしまったのかと涙が流れた。
そんな殺人、カイもミウも望んではいなかったのに。
カイの中で優しい母親の偶像は崩れ去り、残ったのは涙とほんの少しの怒りだった。
「俺の母親は、夫である先王を殺した。俺はそれが、ひどく悲しかったんだ。母上が『悪魔』に憑かれていたとはいえ、それはやはり悲しかった……」
目に涙を溜め、カイは震える声を絞り出した。
男は言葉を発さない。
最後に、カイは男の『憤怒』が悲しみに変わるように、静かに訴えかけた。
「だから……破壊や殺人で復讐するのは止めてくれ。お前が人間に怒りを抱く気持ちは正当なものだ。だが、取った手段が間違っている」
カイと出会う前、トーヤは巨人族とエルフ族の持つべき権利を取り戻させるのに協力したらしい。
彼にだって出来たのだ、カイだって王子の立場を使えば同じことは出来る。
「獣人と人間が上手く歩み寄れるように……俺も、手助けすることは出来る。だからどうか、俺と共に戦わないか?」
獣人の男の身体が小さく震えた。
間を置かず、彼は呟く。
「どうかしている。俺は『組織』の構成員なのだぞ? なのにどうして、そんな事を言える?」
男はカイの首筋に刃を強く押し付け、燃える瞳で彼の青い目を睨んだ。
首から細く流血しながらもカイは微笑み、答える。
「苦しんでいる人がいれば手を差し伸べる。それがどんな状況でも、関係ない。この国の王族として、俺はそんな人間でありたいんだ」
かつて民に慕われた王の、父親のように。
優しい微笑みを向けてくれていた、母親のように。
カイは自分の目指すべきと思う姿を語った。
「カイ・ルノウェルス──お前は……?」
男はカイの顔をまっすぐ見て、訊ねる。
直後、別の声が二人の胴を強く打ってきた。
「カイ! 今、助ける!」
声の主はヴァルグである。
狼の群れの中をくぐり抜けて彼がここまで来てくれた事に、胸を熱くしながらカイはヴァルグに命じた。
「待て、その必要はない!」
瞠目し、ヴァルグは男の直前で踏みとどまる。
微笑を浮かべるカイは、男の手から剣をそっと抜き取った。
「血で血を洗う争いはもう終わりだ。……狼達の攻撃を、止めさせてくれ」
カイの頼みに男は素直に従う。
狼を呼んだ時と同様に遠吠えすると、たちまちこの場にいた狼達が動きを止めた。
と、同時に。
地面に空いた地下への穴から巨大な炎柱が立ち上る。
天高く燃え上がるそれを目にして、カイはトーヤも戦いに勝利したのだと悟った。
「勝ったんだな、トーヤ……」
俺も勝ったぞ、とカイは胸中で呟く。
皆もそれぞれの思いを胸に炎を見上げていたが、それはやがて勢いを失い、消えていった。
「ひとまずこれで、終わったってことなのかしらね。でも……」
リリアンが辺りを見渡し、一息吐く。
狭い街路一面に転がっているのは無数の狼達の死骸だ。
だがその怪物達の命を絶つために、また別の命も潰えることになってしまった。
「デリク、マークス、トム、クルス……俺達の陣営も、少なからず犠牲者が出てしまったっす……」
ルークは拳を強く握り締める。
今名前を上げた兵士以外にも、多くの兵士が死んでいる。
その殆どが、前線に出て戦った剣士達だった。
「……それでも、死んだ奴らがいなければこの戦いに勝利することは出来なかった。奴らの命は、ちゃんと役に立ったんだよ」
ヴァルグが誰に言うともなく言った。
シアンは少し離れた所に倒れた一人の兵士を見、涙に息を詰まらせる。
ルークら魔導士が尽力したお陰でシアン達は生きている。そして魔導士達を守ったのは、剣士達だ。
「彼らのお陰もあって、私達は助かったんですね……。本当に、ありがとうございました……」
ジェードやユーミ、リオも静かに頷く。
そしてカイは、獣人の男に語りかけた。
「これからお前は『組織』から縁を切って、俺達の側についてもらう。あの兵士達を殺した罪は、これから同じ数の命を救うことで償うんだ。いいな?」
男はカイに、深く頭を下げる。
「ああ。私が人間に復讐したい気持ちは変わらないが、間違った手段だったことをお前は気づかせてくれた。償いは果たそう。お前にも忠誠を誓う」
カイは笑った。
首の傷口を押さえ、だいぶ苦しげな笑みであったが。
「お前には、俺の右腕となってくれることを期待しようか」
これで良かったのだろうか、とカイは考える。
結局『神器』の力でも剣術の腕でもなく、相手の情に訴えるような形で勝負をつけてしまった。
神器の力も少しは活かしたかったと残念な気持ちにヴァルグは気づいたのか、小さく笑みを浮かべて言った。
「どんな形であれ、勝ったことこそに意義がある。それに相手を殺さず味方につけてしまうなど、俺達には到底できねえ芸当だ。お前は、よくやったと思うぞ」
彼の最上級の誉め言葉に、カイは今度こそ満面の笑みを浮かべるのだった。




