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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第7章 【怠惰】悪魔ベルフェゴール討伐編

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5  発端

 アマゾネスの褐色の長脚が振り上げられる。

 相対する僕は上半身を捻ってそれをかわし、大きく隙が出来た相手に拳を叩き込もうとした。

 

「はああッ!」


 が、しかし。


「甘いね」


 振り上げられた脚は恐ろしい速度でそのまま振り下ろされ、僕を怯ませるのに充分すぎる威力を持っていた。

 地面にめり込む踵落としに僕が僅かに動きを鈍らせた瞬間、リリアンさんは僕に怒鳴りつける。


「こら、これくらいの攻撃に怯んでちゃダメ! 君はこれまで多くの恐ろしい敵と戦ってきたんでしょ!? 私なんかにビビってちゃあ、悪魔なんか倒せないよ!」


 ゴツンと頭に拳を食らい、僕は涙目になった。

 訓練の中で既に拳を数発、蹴りを二発浴びせられていた僕は、ずきずきと痛む体をさすりながら頷くことしか出来ない。

「次、行くよ!」と叫ぶリリアンさんに、僕は諦めず飛びかかった。


 僕とリリアンさんの『体術』の訓練は模擬戦を通して行われていた。

 拳、蹴り、投げ、受けなど戦いに必要な技術の数々を戦闘中に体で覚えさせられる。

 剣は用いず、己の身一つで相手と向き合う。

 慣れない戦い方に僕は戸惑いつつも、必死にリリアンさんの攻撃を捌き続けた。


「なかなか飲み込みが早いね……。そろそろ疲れてきたでしょ、一旦休もうか?」


「は、はいっ……」


 ハァハァと息を吐きながら首を縦に振る。

 や、やっと休憩だ……! ハード過ぎるリリアンさんの訓練に、僕は正直辟易する思いだった。

 彼女に軽く一礼してから水を求めてエル達の元に向かう。


「トーヤくん、お疲れー」


 木陰にぺたりと座って僕達を眺めていたエルが、水筒を差し出しながら言ってきた。

 僕は彼女に力なく笑いかけ、滝のように流れる汗を腕で拭う。

 

「す、すごい汗……私が拭いてあげる」


 エルの隣に腰を下ろすと、彼女は懐から取り出したハンカチで僕の顔や首回りを丁寧に拭き取ってくれた。

 

「ありがとう、エル」


「えへへっ、どういたしましてー」


 僕が礼を言うと、はにかんだ笑みをエルは見せた。

 熱いので互いに少し距離を置き、木の幹に背をもたれかけさせる。

 水筒の水をあおりながら僕は完全に疲れきった声を上げた。


「全く、リリアンさんは手加減ってものを知らないらしくてね……。身体中がズキズキ痛むよ」


「それなら丁度いい魔法があるよ。疲れを一瞬で癒す呪文さ」


「あ、いつもの『回復魔法』?」


 僕達が戦いの度にお世話になっているエルの十八番、『回復魔法(レストラーレ)』。

 それをかけられると期待した僕だったが、彼女は何か意味ありげな微笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「違う違う、そういう意味の魔法じゃないよ。……トーヤくん、まっすぐ私を見つめているんだ」


 いつになく真剣な声音のエル。

 僕はごくりと唾を飲み、彼女のエメラルドグリーンの瞳を見据えた。

 するとエルは僕の顔に両手を添えて、自分の顔を近づけてくる。


「トーヤくんは頑張れる、元気になーる!」


 明るい言葉と一緒に、彼女は僕の頬にそっと唇を落とした。

 思わず赤面する僕だったが、同時に胸の奥底からたまらなく彼女を愛しく思う感情がこみ上げてくる。

 彼女が僕を心から想ってくれている。それだけで、僕は何でも出来る気がした。


「エル、ありがとう……リリアンさんの体術、絶対マスターしてくるよ!」


「ふふ。頑張っておいで、トーヤくん」


 僕は視線を少し離れた先、リリアンさんに向ける。

 僕と数十分はやり合った後なのに全く疲れた素振りを見せていない彼女は、ニヤニヤとした表情で僕達のことを眺めていた。


「おーい、私は君達をイチャイチャさせるために休憩時間を与えた訳じゃないぞー。さっさとこっちに来る!」


 どこか妬むような口調で言うリリアンさん。

 僕は持っていた水筒をエルに預けると、数日限りの師の元に走っていった。


* * *


「あっ、ちょっと見てよシアン」


「何ですか、ユーミさん? 今いいとこなのに……って、ええっ!?」 


 こちらも模擬戦形式で行われているカイとヴァルグの剣の訓練に見入っていたシアンは、上から指で軽くつつかれて何事かと視線を動かした。

 すると、なんということだろうか。ユーミが示す先、木陰にトーヤとエルが二人きりでいて、しかもエルはトーヤの頬に唇を落としている。

 雷に打たれたような表情をする獣人の少女は、ぐぬぬ、と唸った。気に入らない、という風に犬の尻尾をもて余したように振る。


「あ、ははは……。あの二人は私達が加わるずっと前から一緒にいたんでしょ? だから、私達が割って入れる仲じゃないってことなのかな……」


 激しく嫉妬の炎を燃やしているシアンに、ユーミは空笑いを送った。

 あの二人は相思相愛。そんな言葉がぴったり似合う。

 ユーミもトーヤのことは好きだが、自らエルを押し退けて彼を奪うつもりなどない。

 それにユーミは、エルがトーヤに対して抱く愛情の深さが彼女以外の誰にも越えられないことを察していた。


「そ、そうかもしれませんが……けど。私は、あの人を好きなんです」


 シアンにとって、トーヤは自分を奴隷から救ってくれた大恩人だ。

 強く、優しく、シアン達をどんな時でも守ってくれる。

 そんな彼がずっと側にいてくれているのに、恋情が芽生えない方が無理があるじゃないか。

 アリスだって、もしかしたらリオさえも、そうかもしれない。……いや、きっとそうだ。そうに違いない。


「…………」


 自分で勝手に恋敵を増やしているシアンはエルを獣の眼でじーっ、と睨む。

 見ているとトーヤはすぐにエルの元から離れ、リリアンとの特訓に戻ったようだった。

 シアンはほっと溜め息を吐く。


「あんたも大変ねぇ……。まあ、他人の恋愛に口出しはしないけど」


 頭の後ろに手を回し、ユーミは木の隙間から見える空を仰ぐ。

 夏の青空に昇る太陽は、中天へと差し掛かっているところだった。




 虹色の波状剣と銀の二刀が激しくぶつかり合う。

 太陽の光を反射して煌めく刃は美しく、それを繰る者の動きも相まって舞のようにも見える。

 カイとヴァルグの剣の模擬戦。もう三度目にも渡るこの戦いに、リオは見惚れていた。


「素晴らしい剣の型じゃ。私も見習わなくては」


「そうですね。カイ殿もヴァルグ殿も、それぞれの剣術を存分に発揮しておられます」


 リオの漏らす声にアリスが相槌を打つ。

 二刀の相手に波状剣一本では、単純な手数でカイは負けている。そして『波状剣』という形状だが、実はこれは刃として見ると切れ味は微妙だった。

 ヴァルグの攻撃にどんどん押されていくカイ。

 もしかしたら、あの剣は白兵戦に向いていないのかもしれない。そうリオが推測するよりも前に、ヴァルグはその事実に気がついていた。

 それはカイも同じだっただろう。


「もう何度やったって結果は同じだ、お前の『神器』は剣戟に向いてねえ。たぶん『魔法』主体で戦う種類の武器なんだろうな。剣で戦いたいというお前のこだわりも分からなくもねーが、ここは諦めて戦い方を変えるべき……」


「分かっている。もう認める」


 カイがようやく言うとヴァルグは刀を振る手を止めた。

 二人は改めて向き直り、『魔法』を使った戦い方について考え込む。


「…………」


「…………」


 二人とも、沈黙。

 カイは言わずもがな、ヴァルグだって魔法の扱いに長けている訳ではない。

 ヴァルグの覚えている魔法は強力な付与魔法だが、彼はそれ以外の魔法を発現させておらず魔導士としての才に優れるとはいえなかった。


「『魔法使い』といえば、やっぱりあいつの手を借りるしかねーか……」


 エルに協力を仰ぐのもいいが、彼女は今トーヤの特訓を応援するのに忙しい。

 邪魔するのも悪いと思ったし、オリビエにはいつまでも落ち込んでいてもらっても困るので、気晴らしに丁度いいだろう。

 ヴァルグは「おい、オリビエを連れてこい」と近くにいたアリスに言いつけた。

 

「な、何故私なのですか!? ここからあの酒場までって結構遠いじゃないですか……」

 

「いいから行け。悪魔を倒すためだ」


「は、はい……行って参ります」


 有無を言わせぬ口調で迫ると、アリスも首を縦に振らざるを得なかった。

 大急ぎで街へ駆けていく小人の少女を見やり、傭兵団のエルフの男性団員が心配そうに訊ねる。


「団長、よかったんスか、彼女を一人で行かせて。あんな小さな女の子一人であの街に行くなんて、ちょっと危なくないっスか?」


「心配なら勝手に追って行けばいいだろ。まあ、あの小人の娘は『魔具』を持っているみてーだからある程度の危険は回避できるだろうが」


 吐き捨てるように言うヴァルグに、エルフの青年は納得した風に頷いた。


「ああ、『魔具』があるなら骨折り損っスね。じゃあ俺達は気長に待つとするっスか?」


「何を言ってんだ? ぼけっと立っているくらいなら素振りでもしとけ。……お前らもだぞ」


 辛辣な団長の言葉にエルフの青年をはじめ、部下の男達が面倒臭がりながらもその指示に従う。

「私にも木刀を振らせてくれ」と飛び入り参加するリオに若干辟易しつつも、彼らは団長の監督の下で訓練に勤しむのだった。


* * *


 郊外の森を抜け、街道を通って街へと入っていく。

 アリスは既に記憶した道のりを辿って例の酒場を一直線に目指した。

 小さな体が許す限りに脚を振り、目抜き通りから外れた入り組んだ街路に突入する。


「相変わらず、迷路のような道ですね……。奥の方に来ると人っ子一人いない」


 通りには仕事を放棄した人が酒を飲み歩いたりしていたが、街路には人どころか生き物の気配すらしなかった。

 まあ街中で野性動物やモンスターの気配がするよりマシですが、と呟きながらアリスは地下街への入り口に辿り着く。

 カムフラージュの木箱をずらし、石の地面に作られた鉄の扉を露にさせた。


「よいしょ……中が暗くて、やっぱり多少は怖いですね……」


 穴に取り付けられた梯子を降り、地下街へ。

 明かりは道路にある幾つかの『魔具』によるランプしかない闇の街は、地上が真っ昼間にも関わらず真夜中であるかのようだった。

 一人で来たせいもあるかもしれないが、妙な不安感を煽られる。


「…………」


 押し黙りながら、早足で目的の場所へ向かう。


(一人になると途端に弱くなるのですね、私……)


 トーヤ達に守られていないと、ダメなのかも……。

 いや、そんなことはない。嫌な考えが頭に浮かんだが、アリスは首を横に振ってそれを否定する。

 私だって強くなったんだと、彼女は自分に言い聞かせた。

 

「……!」


 と、その時だった。

 急いでいたアリスの耳に、人のざわめく声が聞こえてくる。

 そう離れていない所で多くの人達が集まっているようだ。

 

 嫌な予感がする。

 ここから近い所には例の酒場もあるのだ。もしや、何か異常事態が起こっているのではないか……。

 胸騒ぎを抑えつつ、彼女は走り出す。


「はぁっ、はぁっ……! こ、これは……っ!?」


 息を切らしながら辿り着いた先。

 酒場に隣接した人家の前に人だかりが出来、その中にある何かを覗き込んでいるようだった。

 小さな体のアリスは集まった人の足元をすり抜け、建物内で何が起こっているのか確かめようとする。


「…………!?」


 そして、彼女は見た。

 血の海となった玄関口、そこに倒れ伏す男の姿を。

 男の背には大きな穴が開き、そこから血が激しく流れ出している。普通の刃物による殺人ではない。

 まさか魔法によるものなのか、とアリスはそこで言葉を失った。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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