4 強者と弱者
叫んだリリアンさんと僕の剣が交差した。
漆黒と銀の長剣は激しくぶつかり合い、赤い火花を散らす。
「……っ」
最強の戦闘民族、アマゾネス。自分がその民族の一員であると語る彼女の言葉は、どうやら嘘ではなさそうだった。
女性でありながら男の僕を圧倒する膂力。衝突した刃から伝わる衝撃に、僕は顔をしかめる。
「驚いた? 私、並みの男には負けないから」
翡翠の瞳を細めてリリアンさんが言った。
打ち合わせた衝撃で互いに数歩後退する中、彼女はすぐに体勢を直し突進してくる。
真正面から堂々と、美麗なアマゾネスは攻撃をしかけてきた。
唸る風切り音を纏わせ、大上段に振りかぶられた剣が下ろされる。
漆黒のグラムを横に構えた僕は足を踏ん張ってそれを受け止めた。
「くっ……! 中々、強いですね……」
歯を食い縛り、声を絞り出す。
その見た目からは想像もつかないほどの力をもって攻める相手に、僕は素直に称賛の言葉を送った。
目線を上げるとリリアンさんはニコリと笑っている。
「ありがと! 『神器使い』の君にそう言ってもらえるなんて、嬉しいよ」
対する僕は笑みを浮かべることも出来なかった。
この人に敗れるようでは、悪魔達など到底倒せない。『神器』の力を解放していないとはいえ、純粋な勝負で勝てなくては意味がないのだ。
僕は剣を握る腕に力を込め、ぐっ、と相手を押し返す。そのまま勢いをつけて刃を弾いた。
「流石に押し戻されちゃうか。でも、勝負はまだ始まったばかりだよ!」
リリアンさんの銀の剣閃が加速する。
残像としてしか見えないその剣筋をなんとか見極め、僕は彼女の一撃一撃を打ち弾いていった。
「……っ!」
例えるならば、風だろうか。もしくは、雷光か。
そう形容できるほどに高速の攻撃が打ち出され、展開される。
踊り子のような露出の多い衣装と相まって、剣を扱う彼女の姿は見る者には最上級の美しさを覚えさせただろう。
「……剣を相手取るだけで精一杯になってるね?」
リリアンさんが呟く。
僕がはっとした時にはもう遅く、眼下には彼女の膝が打ち込まれていた。
腹に食らった攻撃に突き上げられ、僕は背中から地面へ吹き飛ばされる。
激しい音を立てて身体を叩きつけられ、思わず衝撃にえずいた。
「が、がはッ……!」
表情を歪めながら身体を起こそうとする。
が、アマゾネスの戦士はそれを決して許さなかった。
彼女は数メートル離れた僕との間合いを一瞬で詰め、道端の石ころを蹴るような軽い動作で蹴りを放つ。
吹き飛ばされながらも握ったままだった『魔剣グラム』が、激烈な蹴打によって強制的に手から引き離された。
「あっ……!?」
喘ぐ僕にリリアンさんは剣を捨て、容赦のない拳と蹴りの嵐を浴びせてくる。
野獣のごとき獰猛な瞳。一方的に加えられる暴行に、誰も言葉を発することは出来なくなっていた。
立ち上がりたくても立ち上がれない。剣を失ってしまえば僕はただの人間だ。
力も何もない。神器の圧倒的な力に溺れていた僕に、彼女は身体をもってその現実を突きつけてきた。
「…………」
口内が血の味に満たされる。
意識も朦朧とし、体に力が入らない。
糸の切れた人形のようになってしまった僕を、リリアンさんは無言で見下ろしてきた。
と、そこに。
低く発せられた声が彼女を振り返らせた。
「やり過ぎるなと言っただろーが。もしこのガキが死んだとしたら、お前は責任を取れるのか」
静かに怒る声音に、リリアンさんは固まった。
そして、誰か足音が近づいてきて僕に何かを振りかける。
冷たい液体。小瓶からそれを注いでいたのは、黒衣の剣士ヴァルグさんだった。
「う、うんっ……」
「動くな。それが完全に傷を治すまでじっとしていろ」
治癒魔法にも劣らない速度で身体を治してくれる回復薬。それを僕に与えてくれたヴァルグさんは、有無を言わせぬ口調でそう言い放った。
大人しく、身体が回復するのを待つようにする。
「全く、これだからアマゾネスは……。加減ってものを知らねーのか」
「だ、団長……ごめんなさい」
自分のした行為を改めて思い知ったのか、リリアンさんがしゅんとしおれる。
そんな彼女の頭をヴァルグさんは慣れた手つきで叩いた。
「と、トーヤ! 大丈夫ですか……!?」
倒れた僕のもとに真っ先に駆け寄ってきたのは、シアンだった。
彼女の後からアリスやリオ達も心配そうな顔をして集まってくる。
シアンは僕の側に跪くと、胸の前に手を当てて今にも泣き出しそうな表情で覗き込んできた。
「シアン……僕なら、大丈夫だよ。この回復薬は、とても質の良いもののようだし……」
皆に見守られながら立ち上がり、自分の体を見る。
殴る蹴る等の攻撃を受けた僕の身はすっかり癒え、元の様相を取り戻していた。
それを確認し、ようやくエル達は安堵に胸を撫で下ろす。
「良かった、トーヤ殿……」
「一時はどうなるものかとヒヤヒヤしたわ。だが、助かって何よりじゃな」
アリスとリオが微笑んだ。
僕は彼女らに「心配をかけてごめん」と謝り、申し訳なさそうに僕に頭を下げているリリアンさんに向き直る。
「トーヤ君、本当にごめんなさい。私、歯止めが効かなくて……ついやり過ぎてしまった。酷い痛みを与えてしまったことは、どんなに謝っても取り返しのつくことでは……」
「リリアンさん、ありがとうございました!」
謝罪の言葉を連ねるリリアンさんに、僕は笑顔で礼を言った。
それには流石のアマゾネスも度肝を抜かれたのか、一瞬呆けたような表情になった後、困惑したように首をかしげる。
「そ、それはどういうこと……?」
「僕、リリアンさんに負けて分かったんです。自分は剣にすがることしか出来ない軟弱者だったんだって。だから、それを気づかせてくれたあなたにお礼を……」
僕は、剣以外にも『体術』を完全に会得したと自分では思っていた。
だがそれは違った。僕はいざという時、何もすることが出来なかった。
それではいけない。この先の戦いを考えれば、この弱さを必ず克服しなければならない。
「だから……リリアンさん、僕にあなたの体術を教えてはくれませんか? 僕はもっと強くなりたいんです!」
語気を強め、心から頼み込んだ。
彼女の肩が大きく揺れる。その後ろで黒衣の剣士が目を細めて僕を見ていた。
「お願いします」
深く頭を下げる。
誰が見ても明らかな『強者』である彼女に師事を受け、更なる力の昇華を図る。それだけを願って、僕は深く深く頭を下げて懇願した。
そして、ややあってリリアンさんは返答した。
「わかった。アマゾネス流『体術』、君の身体に叩き込んであげる」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございますっ!」
微笑んで言うリリアンさんにまた頭を深々と下げる。
そんな僕の様子を見て、彼女は少々困惑したような声を出した。
「あっ……顔、上げていいよ」
僕ははっとして頭を上げた。視線を彼女の顔に向けると、リリアンさんは柔らかい笑顔でいる。
「じゃあ、とりあえず悪魔との戦いが始まるまでの間、体術の特訓を行うことにしようか。この後少し休んだら開始でいいかな?」
「は、はい!」
僕は勢いよく頷いた。
* * *
トーヤとリリアンの体術の特訓が決定したのを横目に、ヴァルグは先程の戦いに未だ圧倒されているカイに声を投じた。
「おい、モーガンのガキ。お前、その剣で悪魔に勝てるつもりでいるのか?」
訊いたが返事はない。
カイがヴァルグに対してあまり良い感情を抱いていないせいもあるだろうが、それよりも間近で人が人を殴り傷つける光景の衝撃が抜けきっていないのだろう。
ちょうど側にいたエルに目配せし、ヴァルグはこいつをなんとかしろ、と無言で示した。
「……カイくん、ヴァルグさんが何か用だってさ」
「え……ヴァルグが?」
少女に肩をつつかれ、ようやく気づいたカイは慌ててヴァルグに向き直った。
自分より少し背の高い黒衣の剣士を見上げ、彼は申し訳なさそうに訊ねる。
「すまない、俺に何か用があったのだな? もう一度言ってみてくれないか」
そう言われてヴァルグは深い紫の瞳を鋭く細めた。
だが特に刺のある言葉を吐くこともなく、彼は腕を組んで静かに口を開く。
「カイ……お前、神器を使いこなせるようになりたいか?」
カイはその問いにもちろん首肯した。
悪魔を倒すことはこの国を救うことであり、彼の何としてでも達成しなければならない悲願だ。カイは王宮を逃げ出した三年前から、それを忘れた日など一度もありはしない。
強い眼差しがヴァルグを射抜く。
「ああ。俺は『神化』を絶対に完成させたい。それが出来なければ、俺に母さんを救うことなんて到底出来るはずがないのだからな」
今の自分は弱い。
弱いから、強さを求めるのだ。
そして強さを求めるにはどうするか。
一人でやってもいい。だが、力というものは何も知らずに個人で高めようとするよりも、その力を知る誰かの手を借りた方が格段に伸びやすいのだ。
「だから、ヴァルグ。俺に剣術を教えてくれ。お前が世界を巡って手に入れたものを、俺に伝えてはくれないか」
真剣な眼差しでカイは黒衣の剣士に頼み込んだ。
そんな彼の声を聞いたヴァルグは鋭い目を細め、口元を微かに綻ばせる。
腕を組み、静かに頷いた。
「ありがとう、ヴァルグ。……ところで、俺に何か用があったんだよな? 一体何だったんだ?」
礼を言い、それから首をかしげるカイにヴァルグは返す言葉を思いつかなかった。
なので言葉の代わりに軽く首を横に振ることで応えることにした。
「……? どういう意味だ」
「ぼけっとしてるな、やると決めたらさっさとやるぞ!」
こうして、ここでも一つの師弟関係が誕生したのだった。




