3 影の傭兵団とアマゾネス
「……お前ら、こんな所にいたのか。『神器』の特訓をするならもっといい場所があるってのに」
僕達が魔剣レーヴァテインの能力に興奮を覚えていると、そこに声を掛けてくる人がいた。
青紫のツンツン逆立った髪に、額に黒い布を巻いた男性。二刀の剣士、ヴァルグさんだ。
「あ、ヴァルグさん……僕たち今、魔剣レーヴァテインの力を試してたんですけど、これがすごいんですよ!」
「……どんな風にすごいっていうんだ?」
ヴァルグさんは眉をひそめて訊ねる。
どこか飾ったようにも思える見た目の剣を見、彼は腕組みした。
「どうやらこの『神器』には魔法を吸収し、複製する能力が備わっているらしい」
カイが剣を鞘に収めながら呟く。
ヴァルグさんにあまり良い感情を抱いていない彼は、そう言うと僕に背を向けた。
「戻るぞ、トーヤ」
「あ、カイ……」
すたすたと歩き出すカイの後を慌てて追いかける。
すると、ヴァルグさんが低い声音で僕達を呼び止めてきた。
「おい、ここよりいい場所を教えるって言ったろ。案内する、俺に付いてきな」
確かにここでは狭いし、何より『神器』の魔法を派手に使うことも出来ない。ここより便利な場所があるというのなら、彼に付いて行った方がいいだろう。
目でカイに訴えると、彼は渋々といった体だったが頷いてくれた。
「よし、決まりだな。一度ロイの酒場に寄って、他のガキどもも連れて行くぞ」
* * *
ヴァルグさんが僕とカイ、エルやシアン達を連れて向かったのは、地上だった。
街の西にある地下街の出入り口を抜け、スオロの街区を歩いていく。西の目抜き通りを進み、衛兵すらいない門を出た。
街道から逸れた針葉樹林の中へ僕達は踏み入っていく。
「練習するなら街の外、ってことですか……でも、どうしてシアン達まで一緒に?」
「お前達には一度、会わせておいた方がいいと思ってな。……もう少し先へ進んだ場所だ」
何か……誰か、待っている人がいるのだろうか。
ヴァルグさんの口ぶりからして、僕達の『協力者』であるような感じはするけど……。
「あ、そうだ。どうせ会うなら、せっかくだしスレイプニルも紹介することにしようか」
僕はポンと手を打ち、この辺りの木陰に隠している八足の黒馬を呼んだ。
ガタガタと馬車の車輪が鳴る音と共に、スレイプニルが姿を現す。
「スレイプニル! 最近、待たせることが多くなってしまってごめんよ。悪魔を倒したらまた走れるようになるから、もう少し辛抱していて欲しい」
僕達が神殿ロキを攻略したのと同時に、このスレイプニルも馬車と一緒にスオロ周辺に転送されていた。
帰還した僕達はまず彼を捜し、見つけるとこの場所にもうしばらく隠れているよう命じていたのである。
「何だか気味の悪い馬だな……。だが、スレイプニルか……確か、神オーディンの繰る馬だったか」
ヴァルグさんは八足の彼を見て正直な感想をこぼし、細い線の顎をさすった。
スレイプニルの手綱を引きながら僕はヴァルグさんに頷いて見せる。
「はい。もしかして、ヴァルグさんはアスガルド神話に結構詳しかったんですか?」
「ああ。友人の女神官に聞いてな」
ヴァルグさんは素っ気なく返した。
そうか、この人もレアさんと……。
楽しげに神話について話す女神官の顔を思い出し、僕は少しうつ向く。
その様子に気づいたヴァルグさんは小さく舌打ちをした。
「ちっ、途端に辛気くせぇ顔になりやがって。これだからガキは……」
強く髪を掻きむしり、歩く足を早める。
僕は顔を上げた。彼の口調は粗暴だったが、言いたいことはわかる。
いつまでもくよくよしてはいられない。後悔するよりも、まずは前進を優先するべきだ。
僕達がヴァルグさんの後に続いて黙って歩いていくと、やがて林の中に開けた空間が現れる。
微かに人声が聞こえるその場所に近づくと、ヴァルグさんはよく通る大声で誰かの名を呼んだ。
「おい、リリアン。連れてきたぞ」
「……あら、団長! 随分と遅かったですね?」
彼の声に返答したのは朗らかな女の声だった。
下草を踏み歩く軽い音と共に現れたその女性は、僕達の姿を捉えるとにこりと笑いかける。
「さて……『神器使い』の子は、誰かなー?」
肩の辺りで切り揃えた黒色の髪に翡翠色の瞳。褐色の肌をしている彼女は長身で、豊満な胸がよく目立った。
艶やかな容姿に浮かべられる微笑みは、これまで多くの男性を魅了してきたに違いない。
褐色の肌からわかる通り、彼女もまたヴァルグさんと同様に異国の出身であるようだった。
「あっ、じ、『神器使い』は僕と……」
「お、俺です」
夏ということもあって大きく開かれた彼女の胸元に釘付けになりながら、僕とカイは答える。
女性の胸を目にして赤面する僕の頬に、横からエルが強力すぎるつねりを入れてきた。
「と、トーヤ君! こんなエロエロしい女にうつつを抜かしているんじゃない」
「エロエロしいだなんて、私にとっちゃあ誉め言葉よ。なんてったって、私は元娼婦なんだからね」
しょ、娼婦……。
異国人であり、娼婦となると彼女の過去も何となく察せられた。
この人は、やはり……。
「あ、私の紹介がまだだったね。……私はリリアン。元々奴隷だったところを、ヴァルグに救ってもらったのさ」
その言葉を聞いて、シアンとジェードの肩が揺れた。
彼女達もかつては奴隷だった過去がある。同じ境遇だった人とリューズ邸を出てから初めて出会って、感じることもあるのだろう。
「ぼ、僕はトーヤです」
「俺はカイだ。……モーガンの息子の」
僕とカイから始まり、皆がそれぞれ名をリリアンさんに告げた。
褐色の肌のリリアンさんは僕達を一通り見渡すと、またニコリと微笑む。
それから後方を指し、開けた空間に幾つか用意されている天幕に目を向けた。
「ここが私達の『陣』さ。来るルノウェルス王宮での戦いに備え、総勢三十名が控えている。皆、ヴァルグ団長が選りすぐった精鋭達だよ」
『陣』、それに『ヴァルグ団長』? まさか、ここにいるのは……。
「兵士達……? でも、一体どこの……」
「うーん、あまり察しが良くないようだね。団長、あなたの口から直接説明してやったらどうですか?」
「仕方ねーな……」
ヴァルグさんは展開された『陣』の中に足を進めながら、僕達の方に首を回して言う。
その組織の名を口にした彼の表情はどこか喜びを帯びているように思えた。
「『影の傭兵団』……俺が作った契約兵士の集団だよ。俺はその団長をしてるってわけだ」
……傭兵団。各々で武器を整備したり、遅めの朝食を取ったりしているこの人達が……。
僕が彼らを見回していると、何人かの屈強な男性と目が合った。その誰もが獣のような鋭い瞳を持ち、『荒くれ者』という単語を連想させる。
彼らの種族は様々だった。人間だけでなく獣人や小人、巨人など亜人達が多く見られる。中には争いを好まない性質のエルフも僅かだがいた。
「ここにいるのは行き場を失ったはぐれ者達だ。俺はそういう奴らを集めて……戦争が起これば兵として貸し出してるってわけだ。だが皆生命力だけはしぶとくてな、中々死んで戻ってこねー」
死なないのは良いことなんだがな、とヴァルグさんは続けた。
僕達を品定めするように眺めていたリリアンさんは、僕の肩に軽く手を置くと笑う。
「トーヤ君、だったかな? ここらで一度、私と手合わせしてみない? 『神器使い』の実力がどんなものか、見てみたいわ」
挑発的な視線。不敵に目を細める彼女は剣の柄に手を当てた。
「ここで、ですか」
僕はあまり気が乗らなかった。
リリアンさんがあまり強そうには見えなかったことと、女性に対して本気で剣を振るってもいいのだろうかと迷ったからだ。
が、そんな僕を後押しする女の子がいた。エルである。
「トーヤくん、彼女と一戦交えてみてもいいんじゃないかい? 私としては、この人達がどれくらい強いか確かめておきたい」
リリアンさんの話によると、この傭兵団はヴァルグさんが悪魔との戦いに備えてここに集めたものらしい。
恐らく傭兵団の幹部以上の地位にあるだろう彼女の力をここで見ておくのは、僕達にとっても悪いことではないのだとエルは言っていた。
「……分かりました。でも、手加減はしませんよ」
「ありがと! じゃあ、早速始めようか?」
リリアンさんが陣の中央に開いた空間を指し示す。
傭兵団の人達みんなに見られる位置。これだけの人に見られることなんてあまりないけど……頑張ろう。
「トーヤ、負けるなよ」
カイが念を押すように言ってくる。
彼の声を背に僕は戦闘の舞台に立ち、優美な笑みを浮かべるリリアンさんと相対した。
「……リリアン。血が騒ぐのも分かるが、ほどほどにしておけよ」
「分かってますよ、団長。私だって少しはわきまえています」
ヴァルグさんに注意され、リリアンさんはこくりと頷く。
傭兵達がわいわいと見物の輪を作り、エル達もその輪の中に入って見守る中……僕と、リリアンさんは剣を抜いた。
得物を構え、相手を鋭く見据える。張り詰めるような緊張感がこの場を包んだ。
「……私は『アマゾネス』。最強の戦闘民族よ。そんな私達の戦い方がどんなものか、思う存分教えてあげる!」
叫びと共に薙がれるのは、長剣。
漆黒の『神器』と銀の刃が激しい音を立てて火花を散らし、衝突する。




