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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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29  勇者の魂と戦乙女

 目を開くと、そこは白い光に満ちた広大なドーム状の空間だった。

 僕は異端者(ハイレシス)の巨人、ギガの頭上からその天井を見上げる。


「うわぁ……」


 とても高い。床面から100メートル以上は離れているだろうその天井に、僕はため息を吐くしかなかった。

 僕の足元でギガも同様の感想を抱いたのか、彼もふっと吐息する。

 視線を下に向けてこの空間の全体を眺め回すも、何もない景色が広がっているだけだった。


「……本当にここが『神の間』なのかな」


「まさか、ロキ様が俺達にそんな嘘を吐く訳がないだろう」


 そこに何もなく、部屋に入っても神の声が聞こえてこないことに僕は疑念を持ちつつ言った。

 ギガが唸るような低い声で応える。


「……?」


 と、僕の視界の隅に小さな影が動いた。

 何かが現れたのか? 僕はそちらに目を凝らす。

 銀に輝く剣を提げた、金色の髪の姿。……カイだ。

 神ロキに転送されてきたのだろう彼に、僕は大きな声で呼び掛ける。


「おーい、カイー!」


「……トーヤ?」


 上方から降ってきた僕の声に、カイは奇妙そうな口調で呟いた。

 首を上向けた彼は、そこにいるモノを目にして硬直する。


「…………何だ、あれ」


 その反応に思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、僕はギガを紹介する。


「この巨人は異端者(ハイレシス)なんだ。名前はギガ。彼は僕との戦闘を経て、僕のために力を貸すことを決めてくれたんだ」


「なっ……!? そんなことが……」


「あはは、何か頑張ったらこうなっちゃった」


 僕が首の後ろに手を回し眉を下げて笑うと、カイは嘆息した。

 剣を鞘に収めると彼は僕達の元に駆け寄ってくる。


「トーヤ、俺も乗せてくれよ」


 ギガの差し出した手のひらに飛び乗り、カイも僕の隣までやってくると、また眼下に動くものが見えた。

 今度は複数いる。予想に違わず、その者達は僕達に気づくと驚きの叫びを上げた。


「と、トーヤ殿、カイ殿! その巨人は一体……!?」


「危険です、今すぐ降りてきてください!」


 アリスとシアンの悲鳴にも似た声。

 ジェードとリオ、オリビエさんも驚愕している中、僕は彼女達にも事情を語っていく。

 簡潔に説明を終えると、彼女達は感嘆の表情を浮かべながらギガの足元に集まった。

 ギガは僕とカイを床面に下ろすと、顎の辺りをぽりぽりと掻きながら呟く。


「やはりおかしい。俺達がこの場に集まってもなお、ロキ様から何の反応もねぇなんて……」


「エルとユーミがまだ来ていない。彼女達も揃ってから神ロキは現れるんじゃないかな」


「いや、それはねぇ。本来なら、最初に俺達が来た時点で神から何らかの反応があるはずなんだ」


 僕が考えを口にするとギガは首を横に振った。

 静寂に包まれる空間の中、皆が何ともいえない不安感を胸に抱く。

 エル達が現れる気配も一向に無く、僕達の不安が焦燥に変わり始めた頃。

 

 彼女は、現れた。




「始めまして、みんな。……いいえ、トーヤ君にだけは、お久しぶりと言った方が良いかしらね」




 血の紅色の魔法陣の中から姿を見せた、金色の長髪を流す魔導士の女性。肩に赤猫を乗せ、その毛並みをすくように撫でている。

 初めて会う人だ。……いや、彼女が口にした通りこの声はどこかで聞いたことがある。

 そう、彼女はーー。


魔導書(グリモア)の主……シル・ヴァルキュリア」


 僕は彼女の名を静かに声に出した。

 金髪の美女、シルはその微笑みを崩さぬまま僕だけを見据えている。


「シルって……エルさんが以前話していた、あの……!?」


 エルは折りを見て彼女にまつわることをシアン達に話していた。

 エルからの情報だけでシルについて知っていた彼女達は、ここでシルと初対面となる。


「あなた達がトーヤ君のお友達かしら? ……でも、エルがいないわね。それに珍しい顔も見えるわ」


 シアン達の顔を見渡してシルは怪訝そうに目を細める。

 何故彼女がこの場に現れたのか、僕は必死に思考を働かせていた。

 神殿テュールの時とは異なる彼女の姿。恐らく、今の人間の姿がシルの本来の姿なのだろう。


「……」


 シルの澄んだ青色の瞳と目が合い、僕は少し身動ぎした。

 僕に対してだけ向けられる視線。あのリリスのものともまた異なる、慈しむような感情の込められた目だ。


「トーヤ君、私はこれまであなたをずっと見てきたの。そして気づいた。あなたは誰よりも平和を求めているけれど、同時に誰よりも戦いを求めていることにね。……そんなあなたのために、今日は特別に『戦い相手』を一人連れてきたわ」


 シルの台詞と共に、彼女の足元の魔法陣が立体的に広がりを増していく。

 立ち上る円の階層は激しく赤の閃光を散らした後、そこから一つの小柄な影を生み出した。


「うふふっ、彼は強敵よ。神器を使ったあなたでも、必ず勝てるとは言えないくらいにはね」


 神器使いに渡り合えるほどの敵……!? 一体、どんな相手なんだ……?

 息を飲みながら、反射的に神器グラムの柄に手を掛ける。

 素早く臨戦体勢に入る僕の前に、『彼』はその姿を現した。




「やあ。……久しぶり、だね」




「君は……」


 僕より小柄な背丈に白い髪。瞳は血の赤色で、炎のように煌々と輝いている。何より特徴的なのは、その二本の触角のような前髪だろうか。

 エイン・リューズ。

 僕に向けて微笑んで見せている彼には、スウェルダ王宮での晩餐会で一度会ったことがある。その時は彼が敵になるとは思っていなかったけど……こうして相対した以上、戦いは回避できない。

 

「トーヤ、知り合いなのか?」


「……前に一度、顔を合わせたことがある」


 カイの問いに答える。答えながら、僕はエインのその立ち姿をじっと見つめた。

 相手に警戒心を与えさせない柔和な笑み。小さな身体はひ弱そうで、とても神器使いに渡り合える戦士のようには見えない。

 リューズ家が敵になった時点で、彼と戦うことになる予感も少しはしていた。でも、まさかこの場所で、こうした形で戦うことになるなんて……。


「改めて紹介するわ。この子はエイン。私の育て上げた、取って置きの『勇者』よ」


 杖を振るって魔方陣を消し、シルは言った。

 僕はエインを無理矢理睨み付け、剣を中段に構える。

 彼の表情はとてもこれから戦闘を行おうという人間のものには見えない。

 相手に戦意を悟らせないのだ。そして、それこそが彼が僕の計り知れないほど強敵であることを暗に証明している。


「……」


「……」


 沈黙が両者の間に流れる。僕とエインの静かな睨み合いに、他の誰も邪魔をすることは許されなかった。

 互いに向き合い、長い静寂の後、最初に動いたのはエインだった。


「トーヤ君……君はすごい人だよ。神器を二つも手に入れ、今は神殿ロキさえも攻略しようとしている。でもね、そんな強い君でも僕には勝てない」


 触角のような前髪を弄りながらエインは言う。

 彼はごく自然な笑顔を浮かべたまま、甲高い金属音を立てて腰からレイピアを抜いた。

 天井から照らされる光が反射し、剣尖が眩く輝く。


「僕に剣の戦いを挑もうっていうのかい?」


 僕はグラムに魔力を溜めつつそう口にする。

 エインは、眼を僅かに細めるとこくりと頷いた。


「トーヤ君、怖じ気づいちゃいないよね?」


「まさか」


 僕は笑って肩を竦める。

 すると、エインの瞳の中の炎が強さを増した。

 それが合図だったかのように、彼の扱うレイピアが唸りを上げてくる。


「じゃあ、いくよッ!」


 僕は上半身を素早く捻り、彼の突き攻撃を回避した。

 が、レイピアの攻めはすぐに別の方向から襲いかかってくる。

 左方からの斬撃をグラムの刃で受け流し、右方からやって来る剣筋は力で弾き返した。

 

「……!」


 息つく間もない三連撃。中々の速さだ。

 手首と脚のみの最低限の動きから的確な攻撃を放ってくる。初動で遅れを取ってしまったことに、僕は内心で唇を噛んだ。


「どうしたの、トーヤ君? 君の神器の力、見せてごらんよ!」


 シルとシアン達が離れた所で見守る中、エインはわくわくしているような口調で言ってくる。

 相手との間合いを一瞬にして詰めるそのスピードを活かして接近、細剣(レイピア)を僕の懐へ。


「……言われなくても、見せてあげるよ!」


 僕はグラムに炎を灯した。

 器用に剣先でレイピアの軌道をずらし、魔力の付加もあってそのまま弾き飛ばす。

 衝撃と共に吹っ飛んだエインは両足でなんとか踏ん張り、狂ったような赤い瞳で僕を睨んできた。


「あははっ……それでこそ、『神器使い』だ。もっと、もっと力を出してよっ……!」


 直後、エインは神器による衝撃を全身で受けたにも関わらず、駆け出して再び僕に肉薄する。

 剣と剣が交わった。

 

「流石だね……やっぱり、強いや。母さんが目をかけるだけある……」


 何合か打ち合い、赤い火花を散らしながらエインが呟く。

 攻撃の速さは僅かにエインの方が速い。だが、一撃の威力は僕の方が上だ。

 レイピアの刃が何度か身をかすったが構わず、僕はエインの細剣に長剣をぶつけ続ける。

 彼を神器で無惨に殺すことはしたくなかった。

 武器を破壊し、戦いの手段を奪う。

 そうして早急に決着を勝負を終わらせなければ。……本当に戦うべき敵は、他にいるのだから。


「君は、どうして戦うんだ?」


 彼の剣を狙い、グラムを斜め斬りする僕は訊ねる。

 リューズとかは関係なしに彼自身の意思を問うと、エインは初めて表情を固くした。

 

「それは……僕が、戦うために生まれた魂だからだよ。僕の魂は輪廻する……戦うための『勇者』として、『戦乙女(ヴァルキュリア)』に何度も生まれ変わらせられる運命なんだ」


 一際激しく剣を撃ち合い、僕達は一旦距離を取る。

 シルに目を向けると、彼女は腕を組み僕達の剣戟を静観していた。

 シアン達もまた、身動ぎ一つせず見守ってくれている。彼女達の真っ直ぐな瞳が、僕に負けないで、と強い気持ちを伝えてくる。


「ああ、負けないよ」


 両手で魔剣の柄を握り直し、視線をエインの小さな姿に鋭く向ける。

 少しの間を置いた後、僕達は再び切り結んだ。


 高速で繰り広げられる剣戟。

 僕が剣を振るえば、エインはそれを細剣の縁で受け流す。

 その隙を突く彼の閃光のような刺突攻撃に、僕は咄嗟に上半身を沈めると肘を突き上げて応戦した。

 体術も織り混ぜた僕の戦い方に、エインは感心したのか目を丸くする。


「へえ、面白いね」


「ルーカスさんに教わった戦闘法だよ」


 思わず口走りながら体勢を立て直す。

 飛び退さるように間合いを取ると僕は背にグラムを戻し、腰から『テュールの剣』を抜剣した。

 本来、レイピアと長剣ではリーチの長い長剣の方が有利だ。だが、それも相手の戦い方で変わることがある。

 エインは恐るべき速度で相手の懐に攻め入り、超至近距離から攻撃を放ってくる。接近戦においてリーチが長すぎると、かえって不利になってしまうのだ。


「! 剣を変えてきたね」


 僕が武器を片手剣に持ち変えたのを見てエインが瞳に警戒の色を浮かべる。

 探るような目をしている彼に、僕は鍛えられた瞬発力を発揮し肉薄していった。


「はああッ!」


 黄金の片手剣はグラムに比べると軽く扱いやすい。威力では劣るものの、速さと小回りがよく効くことでは優れている。

 強力な第二の武器で迫り来る僕に、エインは銀の細剣で迎撃した。


「……っ」


 剣舞の如く展開される僕の攻撃に、エインはその敏捷をもって対応するも全ての斬撃を防ぐことは叶わない。

 一、二発の刃が彼の服の袖を切り裂き、鮮血を床に滴らせた。


「ようやく本気を出してくれたかな」


「……!」


 彼を殺さず武器を破壊するだけのつもりでいたはずなのに、気づくと僕は本気になっていた。

 自覚はある。僕はどうしても、剣を握ると本気で戦わずにはいられない性分らしい。

 

「良かった、案外僕達、似た者同士なのかもね」


 エインは痛みに片目を瞑りながら、どこか嬉しそうに言う。

 言いながら、彼の腕の傷は静かに回復を始めていた。自動回復の魔法でもかけているのだろうか。

 

「ご覧の通り、僕は少しの傷くらいなら簡単に治癒できる。それに、どうせ死んでもすぐ生まれ変わってまた君の前に現れるよ。遠慮せず、思う存分剣をぶつけてきて欲しい」


 エインはにこりと笑う。

 その笑みが僕には、とても不気味なものに思えた。

 彼は死を恐れない。死の恐怖など、とっくの昔に捨ててしまっているのかもしれない。幾度とない戦いの果てに、それを忘れてしまったのかもしれない。


「どうせ、か……僕、その言葉は好きじゃないんだ」


「どういうこと?」


「どうせこうなるから、どうせ出来ない、とか……僕はそんな考え方はしたくないな。そんな風に考えるくらいなら、今を精一杯戦い抜くべきじゃないか」


「ふうん……つまらなくはないね」


 エインは顎に軽く手を当て、小さく頷いた。

 そして表情を引き締めると、(まなじり)を吊り上げて僕を見据える。


「母さんには『殺さない程度に』って言われてたけど……僕も本気、出しちゃおうかな」


 その瞬間、エインが纏う空気が変わった。

 柔和な笑みも、戦闘中にあっても敵意を感じさせない物腰も引っ込み、冷たい刃物のような眼が僕を射抜いてくる。

 

 不意に、その目が奇妙な光を宿した。

 彼の左目、その瞳の奥。ゆらゆらと陽炎が揺らめき、熱と輝きを放っている。

 左目を一度手で覆い隠し、そして戻すと、彼は静かにそのモノの名を呼んだ。


「さあ、おいでーーベルゼブブ」 

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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