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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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23  ロキの試練

 目を開けると、まず最初に見えたのは天井だった。

 白い大理石で出来た空間。僕は立ち上がり、辺りを見回すとそれを認識する。

 

「みんなは……」


 いない。この広い『部屋』の中には、僕以外の誰もいなかった。

『神殿オーディン』の時は、まず入ってすぐにモンスターに襲われたものだが……ここにはモンスターすらいないようだ。


「カイとはせっかく力を合わせようと言ったのに……。これじゃ、一人で戦わなきゃならないわけか」


 どうして僕だけ一人で――もしかしたら、全員が一人ずつにされている可能性もあるが――この先を進むことになったのかは分からないが、神殿攻略を狙う以上、一人ででも戦っていかねばならないだろう。

 僕は小さく吐息し、腰から黄金の片手剣『テュールの剣』を抜いて歩き出した。


「…………?」


 と、そこに。

 僕の耳に、どこからともなく何者かの声が流れ込んできた。


『やあ、よくやって来てくれたね。神オーディン、神テュールに認められし「英雄の器」よ……』


 中性的で、男とも女ともつかない掴み所のなさそうな声。

 頭の中に直接語りかけてくるこの声は、これまでの神殿攻略で体験していたものと同じだろう。


「あなたが、神ロキ……?」


『そう、その通りだよ。私がこの「神殿」の主、ロキだ。少年よ……君は今、自分が何故一人でこの場所にいるのか考えていたね?』


 僕は姿の見えない声だけの存在に向けて頷いて見せた。

 僕が頷いたことを確認したようで、神ロキはわずかに間を置いた後、その理由を語る。


『まぁ理由を単純に説明すれば、君が他の者より随分と強いせいだね。「神器使い」と他の者達を同じステージで戦わせては、どうしても他の者が遅れを取ってしまう。……そんなの、見ていて面白くないじゃないか』


 語尾に笑いを含んだ声で言い、神ロキは指をパチンと鳴らした。

 すると広い部屋の僕からずっと離れた壁に、新たな扉が出現する。


『その扉を開けてごらん。君が望んでいたものが全てそこに詰まっているはずだ。それに……面白い先客もいるしね』


 顔が見えたら含み笑いをしているであろう神ロキの声を聞き、僕は視線の先の縦長の扉をじっと見据えた。

 あの扉の先に、僕の望んでいたものがあるだって? それに、先客って……?

 何が待ち受けているか全く分からない。でも、好奇心には勝てなかった。

 僕は扉へ向かって駆け出す。扉まで数十メートル、その時間は一秒にも満たない。


『おおっ、いいねぇ。さあ行けよ、トーヤ君!』


 神の声を聞き流し、僕はその扉を一気に押し開けた。

 扉を開けた勢いで前屈みになりながら、その部屋に飛び込む。


『じゃあ、頑張ってね。その部屋に現れるものが、君が心から欲しているものだよ!』


 剣を抜き払い、辺りに目を走らせる。

 そこにいたモノを視界に捉えると、僕の意識は一瞬飛びそうになった。




『ォオ……』




 低い唸り声を上げる口は大きく裂け、剥き出しの黄色い歯が見えている。

 短い灰色の髪、赤い瞳孔。筋骨隆々の身体は、その全身に鎧を覆っているような錯覚をこちらに覚えさせた。

 そいつは二つの腕を持ち、二つの脚で立っている。

 人とよく似た身体の構造だが、違う点がただ一つだけあった。


「な、なんて巨大な……」


 僕がかろうじて呟けた言葉がそれであった。


 そいつは、一言で言えば『巨人』だった。

 だが、僕がよく知っている亜人族の『巨人』とは全く異なるように見える。

 衣服を一切纏っていないし、第一大きさの規模が違い過ぎる。

 巨人族で最も背の高いウトガルザ王が身長は五メートルなのに対して、その巨人は身長が十五メートルはありそうだった。

 

「……ッ」


 頭の割りに小さな眼に射抜かれ、僕は歯を食い縛った。

 僕と巨人が相対する白い光が降り注ぐこの部屋は、果てしなく広い。白大理石の床、天にも届くほど高い天井。

 巨人が足を踏みしめると固い石の床がみしり、と音を立てて軋んだ。


『ウオオオッッ……!』


 その叫びと共に戦闘は開始する。

 僕は『神器』グラムを抜き、あまりに強大な敵に攻撃を敢行した。


* * *


「ここが、『神殿』……」


 カイは吐息すると辺りを眺め回した。

 今自分が立っているこの空間こそが、神殿の中なのだ。

 遂に足を踏み入れたこの場所を目にし、緊張感が高まっていく。


「みんな、いるか?」


 光の渦に引き込まれるような奇妙な感覚と共にこの部屋に転移させられたカイは、皆に訊ねる。

 首を振って周囲を眺めていると、すぐに数人が姿を消していることに気がついた。

 彼の隣にいるシアンが声を上げる。


「トーヤとエルさん、それにユーミさんもいませんね……」


「ああ……。まさか、ここに来るのに失敗した訳じゃないだろうな……?」


 カイが懸念を口にすると、オリビエが応えた。

 王子が最も信頼している魔導士は、瞳を細めて天井を見上げると言う。


「彼らは、何者かの意思……恐らくは神の意思によって、私達とは別の部屋に飛ばされたのだろう。何故そうなったのかは私には計り知れないが、彼らがいなくとも私達で進まなければ」

 

 ここにいるのは、カイとシアン、ジェード、アリス、リオ、そしてオリビエだ。

 一番の戦力であったトーヤと最も魔法の知識と魔力に優れるエル、トーヤに勝ると劣らない膂力(りょりょく)を持つユーミが抜けてしまったのはかなり痛いが、ここまでの戦いで存分に成長しているカイ達ならどんな相手にも立ち向かっていける。

 カイはそう信じていた。彼は胸に手を当てて鼓動を確かめ、呼吸を整える。

 

「……みんな、行けるか」


 カイは問う。

 ここにいる仲間達の顔を見渡すと、皆は頷いて答えた。


「でも、どちらに向かえば良いのだろうか……」


「カイ殿、よく見てください! 向こうの壁に扉があります」


 困惑するカイにアリスが前方の壁を指差して言う。

 だが、目を凝らして見ても扉のようなものは見えない。リオやオリビエ達も同じようで首を捻っている。

 カイがうーんと唸っていると、アリスは彼の服の裾を引っ張って歩き出した。


「壁に近づいてみてください。よく見れば、壁の色と同化して扉が存在していることが分かるはずです」


「……ん、本当だ」


 その壁に手を触れてみると、確かに扉が存在した。

 カイは感心してアリスをまじまじと見つめる。


「凄いな、アリス。眼が良いんだな」


「ふふっ、小人族にはこれくらいしか取り柄がありませんから。さあ、扉を開けてください」


 微笑むアリスに促され、カイは白い扉を押し開けた。

 眩い光が目に飛び込んでくる。目をしばたたかせ、一歩踏み込むとそこは――。




「何故、ここが……!?」


 カイは張り裂けんばかりに目を見開いた。

 驚愕し、硬直するカイの隣でまた、シアンやアリス達も驚きの表情を隠せない。


「嘘、何で……!?」


「どうして、あなたが……」


 背後で大きな音を立て、先程開けた扉が閉まった。独りでにガチャリと鍵のかかる音も後から聞こえてくる。


「母上……それに、姉さん?」


 カイの目に映っている光景――それは、自らのよく知るルノウェルス王宮だった。

『女王の間』にいるカイの目の前に立っているのは、母であるモーガン女王と姉のミウ。

 自分と同じ金色の髪に青色の瞳を持つ女性二人を前に、カイは動揺を露にする。


「こ、ここは『神殿』のはず……。これは、幻なのか……!?」

 

 カイが口にしたその時、眼前で微笑む姉が告げてくる。


「その通りよ、カイ。私達は神ロキが作り出した幻……」


 肩の辺りまで垂らされた淡い金色の髪を揺らし、彼女は笑った。

 その笑顔を見ていると、とても幻とは思えない。どう見ても本物の姉さんだ、とカイは胸が痛く締め付けられるのを感じていた。


「これは神の試練……。カイ、これから私達と話をしましょう」


 モーガンがミウから言葉を継ぐ。

 母親の姉より長い髪は、腰を通り越して足元まで届いていた。こちらも、カイの記憶にある母の姿と何一つ変わらない。

 あの慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、モーガンはカイに手を差し延べてきた。


「かあさーー母上、俺は……」


 迷いながら辺りに目を走らせると、カイの周りからはシアン達はいつの間にか姿を消し、この場にはカイとミウ、モーガンだけとなっていた。

 一人きりで幻の相手をしなくてはならない状況に、カイは懸命に打開策を考えようとする。

 幻影を相手取るとなると、これは普通のモンスター戦よりも厳しくなりそうだな……。


「どうしたの? カイ」


 ミウが首をかしげてカイの顔を覗き込んできた。

 やむを得ず、思考を中断する。


「いや、何でもない」


 首を横に振って言うと、カイは二人をじっと見つめた。

 自分から話しかけることも出来ず、彼は黙りこくってしまう。


「……」


「そういえば昔、カイが初めて剣を持った時のこと覚えてる? 私、あの時のカイの表情を今でも覚えてるの」


 姉が勝手に話を始めてくれたので、カイはそれに耳を傾ける。

 その時の事はカイ自身も強く記憶に残っていた。

 剣を握り、振った瞬間のあの高揚感。自分が強く、大きくなれた気がして心の底から喜びの気持ちが沸き上がって来たのだ。

 

「ああ……確かあの時、母上は俺が魔法より剣の方に強い興味を抱いたことにがっかりしていたんだったな……」


「ふふっ、そうだったわね。懐かしいわ、あの頃が」


 モーガンがクスッと笑って応える。

 この感じ……あの頃と何も変わらない、母上だ。それが幻だと分かっているのに、カイはその事に安堵の感情を抱いてしまう。

 自分よりずっと背が低い母親に頭を撫でられ、何とも言えないむず痒さを彼は覚えた。


「頬を染めちゃって……幼い頃からあなたは何も変わってないのね。そう、何も……」


 刃物のように冷たい目がカイを射抜く。

 彼が思わず身体をのけ反らせると、モーガンは口元に小さく笑みを作った。


「私が何を言いたいか、あなたは分かっているわよね?」


「……ッ」


 カイはその笑みを目にした瞬間、背筋が粟立つのを感じていた。

 澄んだ青い瞳は黒く濁り、優しく穏やかな母親の表情は消えている。

 悪魔の顔へと変貌するモーガンに、カイは目をそらすことしか出来なかった。


「ねぇ、カイ……」


 モーガンがカイの耳元に顔を近づけ、囁きかける。

 

「あなたには、私を倒すことなど出来ないわ。絶対にね」


 金色の長い髪が色を変えていく。

 エメラルドグリーンの髪ーー奇しくもエルの髪色と同様のーーを蛇のように少年へと絡ませ、モーガンは笑った。


* * *


「どうやら、私達だけ別の場所に飛ばされたみたいだね……」


 冷たい石の床にぺたりと座り込み、エルが呟いた。

 ユーミは嘆息して彼女と顔を見合わせると、首を縦に振る。


「そう、みたいね……。あたし達がいなくてもトーヤやカイ達は上手くやってくれるはずだけど……心配だわ」


「むしろ心配すべきなのは私達の方なんじゃ……。いや、大丈夫だと思うけど……」


 互いに不安感を抱きながら、二人は今自分達がいる部屋を見回した。

 それほど広い部屋ではない。薄暗く、光源は部屋の四隅に据えられた松明のみであるようだ。

 他の部屋に移動できる扉らしきものも見えない。

 閉鎖されたこの空間は、彼女達の脳裏に『牢屋』という言葉を嫌でも連想させた。


「狭くてしょうがないわ……早くこんな所からは抜け出したい」


 天井が頭すれすれのユーミはぼやく。

 エルは吐息し、彼女を見上げた。


「私達はきっと、神の意思によってここに閉じ込められているんだ。どうしてかは分からない……でも、待つしかないだろう」

 

「待つって、何をよ?」


「そりゃあ、神様をだよ」


 エルはすがるようにそう口にした。

 彼女の澄んだ緑の瞳を見ては、何も言い返せない。ユーミは黙って腕組みし、瞑目してエルの言う通り『待つ』ことにした。




 その時はそれほど待たずにやって来た。

 冷たい閉鎖空間で神経を張り詰めさせるエルとユーミの脳内に、突如何者かの声が入り込んでくる。


『やぁ、こんにちは』


 それが神の声であることを知らなかったユーミはその場でびくりと身を震わせたが、既に体験しているエルは冷静に受け止めた。

 眦を吊り上げ、怒りを孕んだ強い口調で神に問う。


「神ロキ……何故、私達をこんな場所に閉じ込めたのですか?」


『そりゃあ、君達を捕らえておけばそれを救おうとトーヤ達がもっと本気になれるかなー、と思って』


「真面目に答えてください!」


 ふざけ混じりの声音で言う神ロキに、エルは怒鳴り付けた。

 実はエルとロキは、遥か昔の話だが神オーディンを通じて知り合っていた。神話の時代から相変わらずの旧知の神に、エルは思わず呆れてしまう。

 その事情を全く知らないユーミは終始困惑顔だったが。


『わかった、わかった。エルちゃん、それに我が子孫であるユーミちゃん。……私が君達をここに転送したのは、れっきとした理由があるんだよ。女の子二人を閉じ込めて変なことしようとか、そんな魂胆じゃない』


 エルが空を睨むと、ロキは『そもそもここに身体がある訳じゃないから、イタズラするにも出来ないけどね』と付け加え、次に本当の理由を語った。


『君達をここに呼んだのは、私が君達と対話したかったから。そして、伝えたかったからだ。……神話に隠されし秘密を、君達に特別にね』

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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