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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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22  魂の道標

 青い炎の残熱を肌に感じながら、僕はリリスが消えた辺りを見据えていた。

 胸の内で感情が激しく渦を巻いている。


「……ッ」


 ……彼女は僕達を裏切った。わかりきっている事なのに、それを受け入れるのが酷く苦痛だった。

 本当に、あのレアさんとリリスは同一人物だったのだろうか。

 僕が知っているレアさんの笑顔は、あんな仄暗いものではなかった。明るかった。

 だが、しかし。彼女の笑みは狂気を帯びた不気味なものに変貌していた。


「カイ……」


 倒れている彼の元に歩み寄り、僕は瞳を歪めた。

 彼をこんな状態に陥れたのは、リリスだ。その事実が、あの女が確かに僕達の敵になったと告げている。


「……カイくんには、強度の昏睡効果のある魔法がかけられている。下手したらもう目覚めないかもしれない」


 静かなエルの声に僕は握った拳を震わせた。

 そんな、嘘でしょ……?

 あれほど望んだ『神殿』攻略を、カイはそれを目前にして朽ち果ててしまうというのか。


「そんなの……そんなの、ないよ……」


 カイの手に、彼の腰から抜いた剣を持たせてやる。

 力なく滑り落ちる銀の刃を目で追うことも出来ずに、僕は呟きをこぼした。


「……でも、まだ可能性はある」


 僕の肩に手を置き、言ったのはエルだった。

 緑髪を微風に揺らす彼女は『精霊樹の杖』に髪と同色の燐光を灯す。

 光の周囲には、ごく小さな白い光粒。『精霊』だ。


「エル……。そうか、精霊の魔法で……?」


 杖の先から、辺り一帯にまで緑の光は伝播していく。

 僕の台詞にオリビエさんは目を軽く見張った。彼はエルが精霊から転生した存在であることを知らない。


「精霊、だって……!?」


 口を小さく開け、立ったままの姿勢で硬直する。

 シアン達も微かに驚く素振りを見せたが、何も言わずエルの魔法を見守った。

 

「命や魂を扱う魔法は、精霊の得意分野だ。ここは私に任せておくれ」


 エルは僕の肩を軽く押し、その場から少し離れるよう促す。

 緑の燐光はそう言っている間にどんどん強くなり、先程リリスが放っていた青い炎に匹敵するくらいにまでなっていた。

 魔法を使用する彼女の妨げにならないよう、僕はそこから距離を取る。


「みんな、力を貸しておくれ……。【魂の道標(アニマ・クレド)】」


 短文詠唱の高位魔法。その光の球がカイを包み隠していく。

 エルは杖を持っていない手を前に出し、緑球の中へ突っ込んだ。

 ぐっと掴むように拳を握り、自らの胸の方に引き寄せる。


「カイくんっ……! 大丈夫、すぐに戻って来れる……」


 魔力を解放したエルは、精霊達の力も借りて一気にカイの離れかけた『魂』を引き戻した。

 緑光が嵐のごとく渦を巻き、僕の視界からエルとカイの姿を消していく。


「成功、したのか……?」


 渦が止み、あまりの眩しさに閉じてしまっていた目を開く。

 視界に映り込んでいたのは、エルがその腕でカイを抱え起こしているところだった。

 僕がまだ眩しさの残響に目を擦っていると、オリビエさんは真っ先に二人の元に駆け寄って訊ねる。


「カイ……意識は戻ったのか」


 逸る声音で訊くオリビエさんに、カイは静かに瞼を開いた。

 彼は小さく掠れた声で応える。


「オリビエ……。俺は、一体……?」


 そう呟きながら、カイは自分に何が起こっていたのか思い出したようだった。

 よろよろと立ち上がって辺りを睥睨すると、彼は表情を苦しそうに歪める。


「レア……何故」


 今の彼にレアが裏切り、敵になった現実を突きつける事は酷だろう。

 だが、悪魔と戦う事を決めている以上、彼も知らねばならない。


「カイ、レアさんの事なんだけど……君も知るべきだと思うから、言うね」


 オリビエさんが視線で止めた方がいいんじゃないかと訴えてくるが、それを彼よりも強い視線で退ける。

 カイは意識を取り戻したばかりで正直立っているのも辛そうだったが、僕はそんな彼に頷きかけ語り出した。




 全てを聞き終えたカイは、衝撃のあまり立っている事も難しくなり、その場で倒れそうになってしまった。

 咄嗟に出した腕で彼の身を支え、僕は蒼白な顔のカイに言ってやる。


「でも、リリスとレアさんの人格は別物の気がするんだ。たぶん、まだリリスの意識の奥底にはレアさんの自我がまだ残っているはず……」


 例を挙げるなら、悪魔に憑かれてしまった人間の状態に似ている。

 悪魔アスモデウスに憑かれたマーデル王子も、サタンの影響下にあったエルフのカルも、悪魔に憑かれている時は自分の意思を失い、そいつらに意識を乗っ取られていた。

 今回のリリスの場合も、同じようなものではないのか。レアさんに憑依したリリスの魂を彼女の身体から追い出すことが出来れば、元のレアさんが戻ってくることだって十分に考えられる。


「だから、まだ諦めるのは早いよ」


 カイと、そしてオリビエさんに向けて僕はこの考えを話した。

 カイはうつ向いていた顔を上げ、僕と視線を交差させる。


「……俺は戦う。リリスを倒して、レアを取り戻す」


 瞳に宿る炎。彼は僕の腕を強い力で掴み、言った。


「だから、トーヤ……。そのために、俺に力を貸して欲しい」


 今の自分には力が足りない。それを痛感しているカイは、彼より力を持つ僕に協力を頼んだ。

 僕は頷く。僕の力が誰かのためになるなら、力はいくらでも貸せる。

 それに、僕はレアさんが決して嫌いだった訳じゃない。出来れば彼女とまた会いたいと思っているし、色々な話をしたい。


「わかったよ。力を貸そう、カイ」


 微笑みかけ、言った。

 カイとは言い争った後に一度別れてしまったが、今はもうそんな事をしている場合ではない。

 それに、僕の中でも気持ちの整理がついていた。


「君の考えも、僕の考えも……どっちも尊重すべき大切な考え方だと思うんだ。双方の考えをよく理解して、その上でその場に合った行動をする。それで、いいんじゃないかな」


「そうか……そうだよな。俺も、大体同じことを考えていた」


 カイも海の色の瞳を細め、笑みを浮かべた。

 そして、僕達から離れていた間に考えていたことを語る。


「どちらの意見を通すかで争うなど、くだらない。熱くならず、冷静に考えないと……。トーヤ、一晩考えたのだが、あの時はお前の判断が正しかったと思う。あの『異端者(ハイレシス)』の強さは尋常ではなかった。それはお前が一番身に染みて知っていることだろう。そんな強敵の情報なら、今後のためにもどんな手段を用いても得た方が良い。そう結論づけた」


 笑みを収め、真剣な表情でカイは言った。

 彼を見上げる僕はまた頷くと、目を山頂に向ける。


「……じゃあ、行こうか」


「ああ。彼女も、待っているだろうしな」


 後ろを振り返り、エル達を見る。

 彼女達は微笑んだり、固く拳を握り締めたり、それぞれ表情は違ったが皆一様に決意を瞳に表していた。


 悪魔を倒すため。そして、その先である女性を救うため。

 僕達は、進み出す。


* * *


 そこでは、一切の風が止んでいた。

 先刻まで吹き荒れていたそれの代わりに、霧が辺りに立ち込めて僕達の視界を白く覆っている。

『迷宮』ヴァンヘイム高原、最後の山の頂。

 遂に、僕達はそこに到達していた。


「いよいよ、『神殿』だね」


 エルが緊張を孕んだ声音で呟いた。

 数々の戦いを乗り越え、ようやくやって来たこの場所。感慨深さを感じつつも、僕はそれを長く味わうこともなく前へ歩いていく。


「みんな、ついてきて」


 近づくにつれて、神殿は霧の中からその姿を鮮明に見せていった。

 大きなアーチを(くぐ)り、石畳の通路を進む。見上げると、これも巨大な尖塔付きの古い屋敷。

 屋敷の玄関扉の前まで歩ききり、僕は後ろを振り向くことなく声を発する。


「みんな、覚悟は出来ているかい」


 神殿攻略も三度目とあってか、僕の呼吸は落ち着いていた。

 胸に手を当てると心臓の鼓動。ドク、ドク、と鳴っているそれは律動的で穏やかだ。


 皆の答えを待つ。

 当然だ、と言わんばかりに真っ先に返事したのはエルであった。


「当たり前だろう? ここまで来て、逃げて帰るわけないじゃないか」


 神殿の扉に半分手をかけていた僕は、首だけを回して彼女達の顔を見渡した。

 エル、シアン、ジェード、アリス、リオ、ユーミ。皆の強い輝きを持った瞳が見返してくる。

 

「俺も、いつでも行ける」


 僕と目が合ったカイが剣の柄に手を添え、確かに頷いた。

 

 オリビエさんも一度長く瞑目すると、瞼を上げて口を開く。


「私も同様だよ。レアの事で色々あったとはいえ、ここで立ち止まっている訳にはいかないからね」


 レアさんの正体ーー【悪魔の母】リリスが本性を表したことで最も衝撃を受けていたのがオリビエさんだった。

 その彼だからこそ、レアさんを救い出すために神殿攻略を必ず果たさなければならない。そんな思いが胸に強く刻まれているのだろう。

 

「やり遂げよう。最後まで」


 オリビエさんは笑顔で言う。

 その言葉は僕達全員の気持ちであり、決意であった。



 

 僕は『神殿』の重い鉄の扉を押していく。

 開かれる扉。そこから黄金の光が溢れ、たゆたう海のごとく流れ出した。


「行くぞ……っ!」


 光の海の中に身を投げ込む。

 カイ達の気配も、もうしない。

 僕は無音の光の渦に引き込まれながら、自分が『神殿』へと転移していくのを感じていた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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