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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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14  飛翔

 長い夜が明け、眩い日差しが『ヴァンヘイム高原』を照らしていた。

 白い日光を全身に浴びて目を覚ました僕は、寝袋から抜け出すと立ち上がる。

 どうやら起きたのは僕が一番乗りだったらしい。他の皆は一様に地面に横になり、まだぐっすりと寝息を立てていた。


「よいしょっ、と……」


 持てる技術を駆使して高さ10メートルを越す崖の上によじ登った僕はそこに腰かけ、ため息を吐く。

 手に着いた砂を叩いて払いながら、見える景色を目に焼き付けた。


「これが、『迷宮』の朝……」


 神殿までの厳しい道のり『迷宮』。

 険しい地形に次から次へと出でるモンスターなど、その脅威は巨大なものだが、今この時間は一切の動きがなく平和的に見えた。

 岩々とその間に点在する灰色の木々。朝日を受けて白く輝くそれらは、昼間に見た時には無機質にしか思えなかったのに、今こうして眺めると何か大いなるエネルギーを感じられる気がするから不思議だ。


「僕達はこの地を越えて、神殿へと辿り着いていくのか……」


 水平線の向こうから昇る太陽。

 その光を受けながら悠々と空を(かけ)ているのはガルーダだろうか。大きな翼をいっぱいに広げ、一羽の鳥は遥か遠くへと飛んでいく。

 僕はどこまでも空を飛翔するガルーダの行方を、黒い点となって見えなくなるまで眺めていた。

 

「鳥はいい……飛ぼうと思えばどこまでも飛んでいけるんだから」


 と、僕が無意識に呟くと誰かが声を返す。


「そうだな。俺は、自由に空を飛ぶ鳥が羨ましい」


 声のした方向に視線を向けると、ちょうど崖下からカイがこちらへ登ってくるところだった。

 彼の手を取って引っ張り上げると、カイは僕の隣に腰を下ろす。


「いい景色だな……」


 額の汗を拭いながらカイが微笑み、眼下に広がる高原の風景を見渡した。

 僕は頷き、カイと二人でしばらく黙ってこの光景を眺める。

 早朝は『迷宮』の活動が活発ではないのか、日中吹き荒れていた風やモンスターの気配はぴたりと止んでいる。ここまで来るのに汗をかいてハァハァと息を吐いているカイには、風がないと結構暑く感じるかもしれない。


「そうだ、いい魔法があるんだけど、試してみてもいいかな?」


 ふと思い付いた僕はカイに訊ねる。

 魔法というものにあまり触れたことがないであろう彼は、興味深そうに話に食いついてきた。


「どんな魔法なんだ? 見せてみろ」


「僕も最近覚えた魔法なんだけどね……暑い時に役立つ魔法なんだ」


 手のひらを対象のカイに向け、(まぶた)を軽く閉じる。

 そして呪文を唱えると、その魔法は僕の期待通りしっかりと発現した。


冷却魔法(フリージ)!」


 目を開くと青白い光がカイの周囲を包んでいた。

 その光に包まれたカイは表情を和らがせ、心地良さそうにしている。

 冷却魔法(フリージ)。対象物を一定時間のみ冷やすことが出来る、これからの季節に便利な魔法だ。


「ありがとう、トーヤ。すごく気持ちいい」


「はは……どういたしまして」


 王子様であるカイにお礼を言われるのはもう慣れたつもりだったが、まだどこかむず痒い部分が残る。

 頭の後ろに手を回し、へらっと笑って応えると、カイは僕の手のひらを指差して訊いてきた。


「そういえばトーヤは魔法を使う時、杖を持たないんだな。魔導士はみんな杖を持っている印象があるが……」


 僕はエルの言葉を思い出しながら答える。


「うーん……僕の場合は杖を使わない方が上手く魔法が使えるみたいなんだよね。エルが言うに、それはセンスの問題だっていうんだけど……」


「そうか。じゃあ、トーヤはすごく魔法のセンスがあるのかもな」


 魔法使いが杖を用いるのは、魔力を収束させやすくして魔法の成功確率を高めるためだ。それを必要としない者ーー例えば、あのアマンダ・リューズなどだーーは、自力で充分魔力を操ることが出来る者ということになる。

 ただこれは魔力の扱い方が上手いかどうかの話であって、魔法の威力や速度、射程などはまた別の話だ。


「でもそれなら、エルやオリビエ、レアが杖を使っているのは何故なんだろうな。あいつらは魔法にかけてはお前より強いように見えるが」


「あぁ……それはね」


 あの時胸を張って付け加えてきたエルの言葉が脳裏に浮かび、僕は思わず苦笑する。


「誇り高き魔導士は皆、必要なくても杖を持ちたくなるものなんだって」


「なんだ、見た目のこだわりか」


 呆れたように言うカイ。僕もそれに苦笑を続けるしかなかった。


「あはは……。魔導士の人達って、変なところでこだわり強いからね……」


 僕の苦笑いはカイにも伝染し、普段は感情の乏しい彼も肩を竦めて頬を緩める。


 二人で苦笑しているとまた、静寂が訪れた。

 崖の縁に座る僕は足を外へ投げ出し、ぶらぶらと揺らす。

 昨夜のシアンの事もあって、僕は彼女の力をどうしたら引き出せるか考えを巡らせていた。

 彼女の今の武器は蹴り攻撃の魔具『炎熱鉄靴(イグニス・ブーツ)』。となると、戦闘形式としては接近戦ということになる。

 彼女の脚力はなかなかのものだが……僕は、彼女に接近戦はあまり向いていないんじゃないかと思っている。

 今では大分改善されたものの彼女はモンスター相手に怯んでしまう一面があり、恐ろしいモンスターに近づいて倒すことが本当は苦手だったのだ。『神殿テュール』攻略戦においても、彼女だけは明らかに戦闘後の疲労が目立っていて、心配が絶えなかったことを僕は覚えている。

 

「何か、飛び道具を持たせた方が良さそうかな……」


「……? シアンのことか」


 僕が呟くと、少しの間を置いてカイが察したようだった。

 うーんと唸る僕と一緒に彼も悩んでくれる。


「飛び道具……弓矢とかか?」


「それは最低でも使えるようにはなって欲しいね……でも、メインで使うには他にアリスがいる」


「投げナイフ、吹き矢、投げ槍……挙げられるのはこれくらいか」


「そうだね。その中で僕が教えられるものとなると、投げナイフとかかなぁ……」


 カイもそういった武器や戦術の話は好きらしく、僕達はシアンにどの武器を使わせるかの談義で盛り上がった。

 話していくうちに最初に出なかった武器の名前も後追いで出てきて、議論が全然終わらなくなる。ふと懐中時計を見ると、もう一時間近くこの崖の上にいる計算になった。

 もう下では皆が起き始めているのか、人が動く物音が聞こえてくる。僕達は一旦議論を中断し、崖から下を覗き込んだ。


「あれっ、トーヤくん……と、カイくん!? どうしてそんな所にいるんだい?」


 大変驚いた様子のエルに、僕は返事代わりに手を振った。

 カイと顔を見合わせ、「そろそろ降りようか」と頷き合う。


「今降りるよ! ちょっと待ってて……」


 登った時と同じ感覚ですいすいと降りていく。足を置けそうな場所を探しながら、手でしっかりと壁の出っ張りを掴んで落ちないようにする。

 僕の鍛えた体ならこんな壁を下りていくことくらい楽勝だ。特に普段から壁を登り降りする練習はしていないのだが、僕は持ち前の運動神経で素早くそれをこなしてみせた。


「カイ、降りられるー?」


 先に地面に着いてしまった僕は、まだ壁の半ばにいるカイに声を投げ掛ける。

 五メートル頭上から彼はよく通る大きな声を返してきた。


「ああ、大丈夫だ! すぐ降りる!」


 その言葉と違わず、カイは慎重ながらも早い動きでこちらへ降りてくる。

 エルが崖から降りてきた僕達にタオルをそれぞれ渡し、にっこりと笑いかけた。


「二人で随分楽しそうに話してたね。喉、渇いただろう? お水もあるよ」


 僕達は汗を拭いながら、ありがたく彼女から水筒を受け取る。

 ごくりと冷たい水を流し込むと、暑さにぼうっとした頭が冴え渡ってくる。

 頭の中に先刻見た高原の全体図を思い浮かべ、およそあと何日で到達できそうか計算した。


「よし……目標を決めたぞ。あと三日だ。あと三日あれば、僕達なら神殿まで辿り着ける」


「冴えが良いな、トーヤ。私の考えも大体同じだ」


 食事を終えたレアさんが布で口周りを拭きながら言った。

 皆は昨夜使った焚き火の周辺に散らばり、それぞれ朝食を取ったり武器の整備をしたりしている。

 僕とカイがみんなの元へ近づいていき全員が揃うと、シアンが張り切った声音で宣言した。


「私、この神殿攻略で絶対に強くなります! エルやアリス、ユーミ達と肩を並べて戦えるように……!」


 ーーそしていつかは、トーヤをも越えてみせる。

 シアンは声には出さず、唇の動きだけで僕にそう伝えてきた。

 にっこりと笑顔になり、彼女はさっそく僕の見ている前で魔具を使った蹴りの練習を始める。


「いい心意気だよ、シアン! これからも一緒に頑張っていこう!」

 

 僕も微笑み、溢れんばかりのやる気の彼女に応援の言葉を贈った。

 シアンだけじゃない。他のみんなにも、精一杯頑張って強くなって欲しい。

 僕はアリスやユーミ、リオ……みんなの顔を見渡し、拳を握って強い語気で言う。


「みんなも……常に向上の気持ちを持つことを忘れないで、初心を思い出して頑張るんだ。それがみんなの成長に一番繋がるし、自分達を守ることにも繋がるからね」


 成長して強くなれば、守れなかったものを守れるようになるかもしれない。強さがあれば、大切なものを失わずに済むかもしれない。

 亡くした妹の笑顔を思い、僕は目にうっすらと涙を溜めた。


「さあ、進もう。まだまだ先は長いよ」


 目元を拭う仕草をし、心からの笑顔で先の道を指差す。

 僕達が昨夜から休んでいた巨岩の間の広場には、複数の道が通じていた。その中でも北に進める道を選び、そこへ足を踏み入れる。

 

「はい。トーヤ……私達で、必ず戦い抜きましょう」


 シアンが蹴る脚を止め、頷いて応じた。

 ジェードは拳の魔具を、アリスは弓矢を、ユーミは大剣を、そしてリオは木刀を。

 武器を取り、立ち上がって進撃していく。


「……来たね」


 僕は安全圏から一歩先に出ると、早速複数のモンスター達と遭遇した。

 後ろを振り向き、頼れる仲間達に微笑みかける。


「みんな、頼んだよ!」


 相手はゴブリンやコボルトといったさほど強くもない亜人型モンスターだ。僕が出る幕もないだろう。

 さっと身を引き、その場を仲間達に譲る。すると、ちょうど後ろからやや遅れて来たエルたち魔導士組、そしてカイと鉢合わせた。


「なんだ、トーヤは戦わないのか」


「経験値を根こそぎ奪っていくのは彼女らに悪いかと思ってね。僕はここで少し様子を見ることにするよ」


 カイに訊かれ、僕は視線をシアン達に向けたまま答える。

 全く、強くなり過ぎたな、僕は……。

 僕は確実に力を増しつつある自らの身を顧みて苦笑する。

 カイは僕の苦笑の意味を図りかねたのか表情の乏しい顔で見てきたが、少し目を細めると自分の剣を抜いた。


「俺も、強くならなくちゃ……。あいつらの所で戦ってくる」


 そう言い残し、飛び出していく。


「…………」


 戦いに出た少年少女を後ろから眺めやる僕達は、皆揃って懐かしい思いでいた。

 僕にもあんな風に闇雲にでも戦い、強さを求めた時期があった。剣術、そして魔法。今自分が持つ技術は、最初から自分のものだった訳ではない。

 

「彼らもこうして戦い、力を手に入れていくのだろうね……」


「ああ、トーヤくん……。私も昔、大切な人と一緒にああして無我夢中に戦ったな……」


 エルが遠い目でシアン達と過去の自分を重ねて囁く。

 シアンはゴブリンに蹴りを見舞い、コボルトの腹には強烈な拳をめり込ませていた。この程度の相手になら、もう彼女は怯えることはなかった。

 まずは、小さな相手から勝てるようになればいい。大きな相手に立ち向かうにはとてつもない勇気がいる。勝ちと敗けを重ねる内に、その勇気を身に付けていければいいのだ。


「ねえ、エル……。僕達は、一体どこまで行けるのかな?」


 決して答えの出ない質問を、僕はあえてしてみた。

 レアさんとオリビエさんが僕達のやり取りを面白そうに聞いている中、エルはあえて、自分の希望を答えとして据えた。


「そうだね……私達が望むならば、どこへでも」


 僕はその回答に微笑むと、ふと空を見上げた。

 雲ひとつない晴れた空には、ガルーダが大きく翼を羽ばたかせて飛んでいる。

 

 そう、僕達は空を翔るあの鳥と同じなのだ。

 どこまでも飛んで行ける可能性を秘めた、まだ幼い(ひな)。それが、僕達なのだ。

 雛はやがて大きくなり、立派な成鳥となって旅立っていく。

 僕達が飛んでいける道はいくつもあり、それをどう選択するかがこの先の未来を決定付けるだろう。

 僕達が戦う理由は何かと問われれば、それは少しでも良い未来を手にするためであるのかもしれない。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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