12 異端者と超越者
僕は『神器グラム』を上段に構え、突如目の前に現れた剣士を睨み付けた。
くぐもった声で僕の名を問いただしてきた剣士。奴の目的は何だ? そして、奴の正体は……?
未だ状況が上手く飲み込めず、僕は剣を構えた姿勢のまま剣士に訊ねる。
「お前は、一体何者なんだ……?」
背後にエルの気配がした。加勢しようという彼女に気づいたのか、剣士は軽く剣を振って威嚇する。
唸る風切り音。剣士の剛腕から放たれた斬撃は、僕達を戦慄させるのに十分すぎるくらいの威力を持っていた。
「おい、そいつは……!?」
レアさんが掠れた声を上げる。彼女は唇を噛み、眉に皺を寄せて表情を歪めていた。
言葉の続きを発しようとしたレアさんだったが、剣士の無機質な声にそれを阻まれる。
「私の目的ハ、『神器使イ』のトーヤヲ殺スこト。ソノ邪魔をすル者も、殺セと命ジラレテいル」
異国人が話すような慣れない言葉遣いで、剣士は話した。
『殺す』。そう淡々と言う剣士の表情も、心情も僕達には計り知ることすら出来なかった。
鞘のない剣を抜き払い、硬質な金属音を立てて剣士は叫ぶ。
「お前達! コノ者共を殲滅セよ!」
ずざっ、と一斉に何かが動く音。
その直後、砂煙と共に無数のモンスター群が崖の上や巨岩の陰、枯れ木の裏から姿を現した。
「なっ……!?」
そう驚愕するのはカイだろうか。
声の元を振り向くことも出来ず、僕は待ち伏せていたモンスター群に目を釘付けにされていた。
ウェアラット、オーク、ゴブリン、リザードマン、グール。ざっと見た限りでもこれほどの種類のモンスターがいる。
五匹のモンスターだけなら僕達の力で簡単に狩れただろう。だが、今回はモンスターの数が尋常ではない。
20……40……数えるのが嫌になるくらい、そいつらはひしめいて僕達を見据えていた。
「全部、亜人型モンスターだね……厳しくなりそうだ」
エルは呟く。
亜人型モンスターとは、その名の通り人に近い姿をとったモンスターだ。小人族や獣人族といった亜人と異なる点は、知性を持たず人間に襲いかかる習性である。
だが亜人型モンスターには低度の知性を持つものもいて、普通のモンスターより手強いと言われる理由がそれだった。
「……来るよ!」
モンスター達が激流のごとくこちらに迫ってくる。
空気をつんざく奇声を上げながら、モンスター達は木をへし折って作ったような棍棒を振り回した。
この数を前衛と中衛だけで防ぐのは不可能だ。僕達は全員で武器を構え、臨戦体勢に入る。
「神様……お力を貸してもらいます」
「オッと……お前ノ相手ハ私だよ」
と、前に出ようとした僕を黒銀の剣士が阻んだ。
剣士は長剣を振りかざし、僕は魔力を纏わせたグラムでそれを受ける。
最初に受けた時と同程度……もしくはそれ以上の衝撃が僕を襲う。あのガルーダの急降下攻撃より強い力だ。
目を見開き、驚愕せずにはいられない。
「うあっ……!?」
「トーヤくん、大丈夫かい!?」
防衛魔法を展開し、大量のモンスターが放つ殴打攻撃を全て防いでみせているエルが叫ぶ。彼女も流石にこれだけの数のモンスターの技を捌ききるのはきついのか、声に余裕は感じられなかった。
「いや……大丈夫、とはいえないかもね……」
押し上げるようにして剣士の長剣を弾き、僕は一旦相手と間合いを取る。
周囲には無数のモンスターがいて、そいつらからの攻撃も防ぎきれるのか危機感を感じていたのだが、なぜかモンスター達は僕のことは無視して他のみんなの方へ行ってしまった。
「……?」
「アイツらニハ、お前ヲ標的としナいヨウ調教してアル。安心しロ、私がお前ヲ闇に葬っテくれよう」
相変わらずの片言で剣士は言う。
さっき、こいつは『僕を殺せと命じられている』と口にした。異国からの雇われ剣士なのか? だとしたら、こいつの雇い主は一体……?
「……そっちが僕を殺すつもりなら、こっちだって容赦はしないよ。誰だか知らないけど、僕はここで死ぬわけにはいかないんだからね」
剣を握る手に力を込め、眉を吊り上げて相手を睨む。
……あの強攻撃はそう何度も受けられない。いかに攻撃を受けず倒すかが、今回の戦闘の鍵になるだろう。
「はあああッ!!」
エル達がモンスター群と戦う音が遠ざかっていく。周囲の音が消え、聞こえるのは相手の息遣いと鎧が立てる音のみ。
いつもの戦闘態勢に入った僕は、『グラム』を高速で突き出し攻撃をする。
剣士はそれを長剣の刃で防ぐ。赤い火花がバチリと散った。
神器の攻撃を受けていながらも、相手の剣は折れることも砕けることもなかった。僕は思わず舌打ちする。
「ちッ、随分いい剣を持っているみたいだね……」
いくら相手が実力のある剣士であったとしても、僕の剣術と神器の力があれば負けはしない。
僕は一度の失敗に諦めず、剣の連続技を相手にお見舞いする。
「……ウぉッ!?」
今度は剣士が驚く番だった。
右上に斬り出された僕の剣は次には左下、それから横に薙いで剣士の脚を狙う。
魔力の補助もあって人間離れした速度の剣技。これを防ぐのは、人間には不可能だ。
だが人間離れした動きが出来るのは僕だけでなく、剣士の方もそうだった。剣士は右上、左下と撃ち出された攻撃を剣の側面でなんとか弾いてみせる。
が、最後に脚を狙って放たれた斬撃を防ぐことは出来ず、僕のグラムが奴の鎧にヒビを入れた。
「どうだい、神器の技の味は!」
初めて技を決めた高揚感からか、僕は自然と叫んでいた。
奴に剣を弾かれる度に技が最後まで決まらないのではないかと一瞬不安を抱いたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
ただ、技が決まったものの威力は一、二撃を弾かれた時に弱められており、相手の脚を斬り飛ばすまでにはいかなかった。
「フン、大シタ事はナい」
それでも、剣士は焦りも苛立ちも一切見せなかった。
驚きはしたものの激しく動揺することはなく、奴は兜の下から僕を強く射抜いてくる。
その視線はさながら野獣のようで……僕はごくりと生唾を飲み、剣を構え直した。手汗がじわりと滲み出る。
何か、嫌だな……。
「ぎゃァッーー!!」
突然、剣士が奇妙な雄叫びを上げた。
硬直する僕の前で、奴は深く被っていた兜を脱ぎ捨てる。
周囲で激しい戦闘の音が鳴り響いている中で、その兜が地面に落ちる音が妙に耳に残った。
僕は目を張り裂けんばかりに見張る。
兜を取り払った奴の正体は、人間とはかけ離れたものだった。
「ギギャッ、驚イタか、人間ヨ」
兜の下に隠されし顔。
奴の目はギラギラと輝く黄金色で、鼻は蛇のように細い二つの切れ込みがあるだけだった。唇は薄く、ほぼ無いように見える。
頭に毛は一切なく、体毛の代わりに緑色の鱗が見える範囲の全体を覆っていた。おそらく、この鱗は奴の全身を覆っていて固く体を保護しているのだろう。
その姿の特徴は、完全にモンスター『リザードマン』のものと一致していた。
「も、モンスター……!?」
嘘だ。ありえない。
モンスターが人間の言葉を話し、武装して剣術を使うなんて……。
僕達の知るモンスターとは、凶暴で知性の低い怪物だったはずだ。それなのに、こいつは……。
絶句するしかない僕を見て、リザードマンは高笑いする。
「ギギャハハッ、私ハ他のバカなモンスター達とハ違うンだヨ。ギギャッ、そノ驚いた顔……これまで私ガ殺シてキタ奴らモ同じ顔ヲしてイた……」
剣を持つ手が、動かせなかった。
今までの常識が覆され、世界が反転するような感覚。
僕が硬直している間、モンスターは舌舐めずりして愉快そうに僕の様子を観察していた。黄金色の目は抉るように獲物の瞳を見据える。
そして、奴は牙を剥くと怪物の前で縮こまる小動物に襲いかかった。
「……ぅ、あ」
口から溢れた微かな声。それはすぐに、モンスターが放つ吼声に掻き消されてしまう。
リザードマンが剛腕を振るい、剣を炸裂させる。
赤い光を帯びた黒い剣。魔力を纏ったその一撃が、僕の体を切り裂こうとしてーー。
「トーヤ、立ち向かうんだ……っ!」
横に振り切られる長剣と僕の間に、銀の剣が割って入る。
リザードマンも、僕も目を見開いてその剣の主を見た。
「……カ、カイ……!?」
カイは歯を食い縛り、リザードマンの怪力を押し返そうとしている。
リザードマンは舌打ちし、瞳孔を縦に細めてカイを睨んだ。
「お前……邪魔しヤガっテ……」
炎のごとく輝くモンスターの剣。
何の魔力の加護も受けていないカイの剣では、それを支えられる時間はあまりに短い。
今こうしている間にも剣は嫌な音を立てて、ミシリ、ミシリとひび割れていき……。
「トーヤ、お前、さっき俺に剣を振れって言っただろ……! そう言った張本人が、モンスターを前に剣を振れなくてどうする!?」
カイがちらと視線を僕に送る。
……そうだ。僕が戦わなければ、誰が戦うっていうんだ。
こいつが欲しいのは僕の首だ。なら、こいつを……リザードマンを倒すべきは、この僕だ!
赤い光が視界に満ちる。モンスターの長剣が放つ魔力の光だ。
その光が強くなるにつれて、カイの剣の寿命が縮まっていく。
やがて、彼の剣はその命を終えた。激しい破砕音を上げて、その剣は砕けて消えていく。
「トーヤ、後は……任せたぞ」
カイは弱々しい笑みを浮かべると素早く身を引き、僕に敵を倒す役割を託した。
改めて『神器グラム』に魔力を込め直した僕は、その剣をリザードマンの剣とぶつける。
「うおおおおッ!!」
雄叫びを上げ、魔力を高めていく。
もっと、もっと、こいつを倒す力を……!
鼓動が早くなる。全身から力が溢れ出してくる。
魔力の脈動。心臓から腕にかけて、それは流動し神器に更なる力を与える。
「ナっ……!?」
リザードマンが明らかな動揺を見せた。
戦闘から一歩引いたカイも限界まで目を開き、僕の姿に見入っている。
僕の腕にあるのは、『グラム』が姿を変えた漆黒の長槍『神器グングニル』。神の槍は眩い魔力の光を放出し、青い稲妻を纏っている。
「うああああああッッ!!」
だが、変化していたのは僕の武器だけではない。
咆哮する僕の身体もまた変化を遂げていた。
肩から右腕、グングニルを握る手にかけて白い光粒が纏わり、たゆたう魔力をそこから発散する。
白い光を纏う腕は、龍の鱗のような光沢を帯びた漆黒へ。手も指先まで龍の鱗に覆われ、鋭い爪をそこに発現させていた。
最後に僕の黒い髪が白く反転し、一つに括られた長い白髪が風になびく。
「シ、『神化』……ッ! そレモ、よリ神ニ近づイた……!?」
リザードマンはこの時、初めて僕に対して恐怖の感情を瞳に宿した。
が、奴はかなりの剣豪であるだけあって、恐れを見せても戦意を喪失することはない。
「ギ、ギギギッ……! ギギャギャギャギャッ!!」
悲鳴に聞こえなくもない奇声を放ち、狂戦士は剣を振りかざし僕に立ち向かってきた。
赤い剣が唸る。モンスターの剛腕と魔力の補正もあって威力、速度ともに桁違いのものになっているはずの一撃。
並みの剣士なら受けることも避けることも出来ずに死んでいるその一撃が、今の僕にはものすごくゆっくりに見えていた。
「……遅い」
リザードマンの剣は、僕がそう呟いている間にもう砕け散っていた。
奴の目が眼球が飛び出るほどに見開かれる。
奴の瞳の中に映る、自分の変わらない黒い瞳を見つめた僕は、手の中で槍を高速で回転させた。
「……待テ、止メ……!」
奴が纏っている鎧など、グングニルの前では紙切れに等しい。
僕はモンスターの言葉を最後まで聞くことなく、『グングニル』を奴の左胸に突き刺した。
リザードマンはその死の間際、黄金色の目で僕を強く睨み、何かを言おうと口を半ばまで開いたが最期に言葉を発することは出来なかった。
リザードマンの胸から『グングニル』を抜き、僕は自分の変化した姿を見下ろす。
「これが……『神器』の、真の力……!」
強敵リザードマンを倒し、荒く息を吐く僕は辺りを見渡した。
戦闘時には気にならなかった周囲の音が両の耳に雪崩れ込んでくる。
新たな力を得た感慨に浸るのは、もう少し先になりそうだ。
「さあ、残りのモンスターも片付けちゃおうか」
そう呟き、僕はグングニルを繰って無数のモンスター群の中に飛び込んでいった。




