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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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11  最適解

 怪鳥ガルーダを倒し士気も高まった僕達は、また態勢を立て直して進行を再開した。

 前衛にはオリビエさん、シアン、ジェードの三人が位置し、中衛はエルとアリス、ユーミが務める。最後の後衛はレアさん、そして馬車で体を休める僕とリオ、カイの四人だった。

 狭かった道を抜けると、灰色味がかった岩が所々に転がる広い空間へと出る。そこには枯れた木々がまばらに立ち並び、転がっている岩々は気味が悪いくらい巨大で奇妙な形をしていた。

 

「なんだか、とても無機質な空間に来てしまいましたね……」


「そうだな……全く生物的じゃない」


 互いに同じ感想を口にするシアンとジェード。

 彼らの後ろの馬車から辺りの全容を見渡した僕は、吐息を漏らした。

 この空間はとても広い。見渡してもその終わりは見えず、どこまでも続いているように感じる。

 そしてこの場所は、僕が知っているあの場所に限りなく近い景色であった。


(いにしえ)の森……。この空間は、僕がかつて挑んだ神の迷宮と良く似ている……」


 時が止まったような灰色の世界。僕達は『ヴァンヘイム高原』第一の関門を突破し、現実と切り離された空間へ足を踏み入れた。

 僕が呟いたのを聞いて、レアさんは深く息を吸い込み、穏やかに吐き出す。


「ここからが、神の領域……。本格的に神殿へ近づく道の一つって訳か」


「ふふっ、面白いじゃないか」


 腕で体を抱いて震えを隠そうとしているようにも見えるレアさんに、オリビエさんは振り返ると笑って言った。

 まだまだ余裕をかもし出す魔導士の男に、彼と旧知の仲であるレアさんは呆れた声音で言い返す。


「一体、君のその余裕はどこから生まれてくるのかね? 私達がいくら強くても、必ずこの先の障壁を破れるとは限らないのに……」

 

 オリビエさんは何も言わない。前を向くと、持っている杖を強く握り締めた。


「オリビエ……」


 カイがオリビエさんの後ろ姿を見つめ、小さな声で魔導士の名を口にする。 

 カイの呟きが聞こえたのか、オリビエさんは微かに震えた声で囁くように言った。


「……私の心配をしてくれているのかい、カイ? もしそうなら、残念だけどそれは杞憂だよ」


 もしかして、この人も ……。

 余裕そうな顔をして、本当は弱さを見せたくなくて……?

 僕がつい踏み入った考えをしていると、オリビエさんは明るい調子で声を上げた。


「さあ、まだまだ先は長いよ! 張り切って行こう!」


* * *


 風が吹き荒れ、砂塵が舞う。

 枯れ木が揺れると、灰色の地面が不気味な地鳴りを起こした。

 巨大な岩群のおかげで馬車は進めない。仕方なく、スレイプニルとそれを残して僕達は険しい道を歩み出す。

 多めに用意した食糧や物資を背負うのは、後衛の僕達の役割となった。


「お、重いのう……。トーヤ、私の代わりにこれを持ってくれないか?」


「無理だよ、僕だって辛いんだから……」


 肩に食い込む荷物が重く、足取りもつい一緒に重くなる。

 僕より若干小柄なリオにも当然それはきつく、僕に荷物を押し付けようとしてきたが、残念なことに僕にも一切余裕はない。


「その荷物、あたしが持とうか? 代わりに中衛に上がってくれれば大丈夫よ」


 ユーミの申し出にリオは顔を輝かせ、自分の荷物をさっと彼女に差し出した。

 苦笑しながらもユーミはリオの荷物を受け取り、僕の隣に並ぶ。


「本当にありがとう、ユーミ! 中衛の仕事はしっかり果たそう」


「頼んだわよ、リオ! ……トーヤも、疲れたらあたしを頼っていいからね」


 リオは苦痛から解放され、本当に喜んだ風の笑顔で前へ飛び出していった。

 彼女には荷物持ちをしているより、前で戦っている方がずっと適している。

 対照的に、ユーミは大きな体と持ち前の体力を活かして荷物を運ぶ役割が適任だ。

 適材適所。ユーミはそれを知っていたから、自分から仕事の交代を申し出たのだろう。

 

「ユーミは優しいね。それに、意外と頭がいい」


 普段から目立つことはないが存外賢い彼女を見上げ、僕は微笑みかける。

 ほんのりと頬を染めるユーミは、僕の頭を軽く叩くと言った。


「それはトーヤも一緒じゃない。あたしなんかより優しいし、頭もいいし……」


「僕はそんなに賢くはないよ。いつも作戦を考えてくれるのはエルだし」


「……そうじゃなくて、自分の考えをしっかりと持てる事が頭がいいって言ってるの」


 …………?

 僕はポカンと口を開け、ユーミの顔をまじまじと見た。

 ユーミは頬の辺りをカリカリと掻くと、苦笑を浮かべて付け加える。


「トーヤは巨人族とエルフ族の問題を解決した時も、今回も、自分の意志をしっかりと持って行動していたでしょ? 私は、頭の悪い人間にはそんな確かな行動はとれないと思うの」


 そういうもの、なのかな?

 ユーミの考えに頷き、納得する。


「まぁ、よく言われる『頭がいい』とは意味合いが異なるかもしれないけどね」


 ユーミはへらっと笑って言うが、僕は彼女のその考え方に感心していた。

 僕の考えがあれば、彼女の別の考えがある。他人の異なる考えに触れるのは新鮮で、興味深く面白いものに思えた。


「……物事は、一つの物差しでは測れないってことか……」


 僕とユーミだけではない。エルも、リオも、アリスもカイもレアさんも……それぞれ別の見方というものを持っている。

 この神殿攻略を終えた後、僕達はこの冒険をどういった視点で振り返るのだろう……。


* * *


 激しい戦闘の音。砂煙が立ち込め、視界はぼかされている。

 前衛を務めるシアンとジェードは、突如現れたモンスター群を相手取っていた。

 二人の後ろでは魔導士オリビエが杖を抜き、二人を魔法で援護してくれている。

 現れたモンスターは人とネズミが混じった『ウェアラット』。薄汚れた顔に気味の悪い笑みを貼り付け、その手に持つ長い棍棒を振り回してくる。

 そいつをはじめ、他にも『リザードマン』、『オーク』など多くのモンスター達が久しぶりの獲物を捕らえようと次々と集まっていた。

 

「はあああッッ!!」


 巨岩の数々の間を掻い潜り、シアンは炎の魔具『炎熱鉄靴(イグニス・ブーツ)』でオークを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたモンスターは岩に体を打ち付け、そのまま再起不能になる。


「うおらああッ!」


 魔具『雷光鉄拳(トニトリス・グローブ)』でウェアラットの腹を貫き、シアンの隣に飛んでくるジェード。

 彼は地面に立て膝を付き、流れる汗を拭いながらシアンを見上げた。


「あと、何匹残ってる……?」


「まだ、数えるのも嫌になるくらい残ってますよ……。ああ、どうしてこんな事に……」


 モンスターとの戦闘が始まって、おおよそ十分は経っただろうか。それだけの時間が経ちながらも、未だにモンスターは減る気配を見せない。

 前線に立って戦う前衛、物資を守る後衛、双方を繋ぎ戦闘のサポートに徹する中衛。本来後衛は戦闘にはなるべく参加せず、前線の支援役として行動するはずだったが、その後衛さえも今はモンスターとの戦闘に駆り出されていた。


炎魔法イグニス)!!」


 オリビエとエルが火球を放ち、四匹のウェアラットの頭を吹き飛ばす。

 顔を砂埃に汚す二人は、徐々に減りつつある魔力マナ)を気にしながらも魔法の攻撃を途切れさせることはない。


「どうしてかって……? シアン、そりゃあ……」


 エルは少し離れた所から聞こえてきたシアンの声を聞き、火球を放ち続けながら言った。


「私のせいだね。……本当に、すまない」


「……いや、エル。君のせいじゃないよ」


 オリビエがフォローするが、エルは唇を噛み、悔しそうに炎をモンスターにぶつける。

 モンスターの体が爆散し、緑色の血液が乾いたこの空間を僅かに湿らせた。


* * *


 話は十五分前に(さかのぼ)る。

 ガルーダを倒した後の一行は、順調にモンスターを突破しながら北へ進んでいた。

 が、高さ10メートルはあろうかという崖が前方に現れ、越えて行くのも難しいと判断した彼らはそれを回り込むように地面の道を迂回することにした。

 そうしようと最初に発言したのはエルであり、その発言に異議を唱える者は誰一人としていなかった。


「さっきまでと比べると、随分と寒くなったな。日が当たっていないせいか……」


 腕で体を抱えるようにしてレアが呟く。

 トーヤは彼女の憂いを帯びた横顔を見つめ、温かく声をかけてやった。


「大丈夫ですよ。ここを抜ければ、多分また日が戻ってきますから」


「だと、いいがな……」


 それでもレアの声は歯切れが悪い。

 何か嫌なことを予感したかのように、彼女は崖の上を見上げた。トーヤもつられて彼女と視線を同じ方向へ向ける。


「遠回りでもいい、安全に進める道を通る。エルさんの言うことはもっともです。皆さん、道のりは長いかもしれませんが、根気よくいきましょう!」


 先頭を歩くシアンが体ごと後ろを向き、明るく笑って言った。その柔らかな笑顔に、皆の緊張した空気が少し弛緩する。

 エルはシアンの頭を軽く撫で、微笑んで囁いた。


「ありがとう、シアン。『神殿攻略』のいつモンスターが現れるか知れない状況では、今の君のような役割を果たしてくれる者が絶対必要になる。今後も皆の様子を見て声をかけてくれると、私としてもとても助かるよ」


『神殿攻略』の先輩であるエルに言われ、シアンは使命感を燃やした目で頷いた。

 トーヤ達の士気はシアンの言葉により立て直され、皆は自然と足取り早く先の道へと進行していったのだが……。


 最初の異変は崖沿いの道が開けた所に出た時にあった。

 その場所には巨大な岩が累々と転がっており、それに枯れた木の根が絡み付いている。これまで見てきた風景と違うのは、岩群の中央にモンスターの「巣」のようなものがあることだろうか。


「あれは……?」


 枯れ枝を積み重ねて作られたようなその巣を目にして、カイは興味深そうにそれを注視した。

 巣にはモンスターの姿はない。そこには人間の子供ほどの大きさをした卵があるだけだ。

 何の巣だろう? トーヤは首をかしげたが、すぐにある答えを導き出す。


「……まさか、ドラゴン?」


 ドラゴン。数あるモンスターの中でも、最上級の力を持つといわれる真の『怪物』だ。

 もしこの巣が本当にドラゴンのものであるなら……早く、この場を離れた方がいい。

 トーヤはレアに目配せする。レアが頷き、彼女は前衛のオリビエらに声をかけた。


「どうする? この巣がドラゴンのものだとしたら、この場に居残るのは得策ではないぞ」


「そんなのもう決まってる。この場から急いで離れるんだ。わざわざここまで来ておいてあれだけど、一旦後退するしかないだろう」


 オリビエが冷静に状況を分析して指針を示した。筋の通ったその指示に、皆は首を縦に振って同意を表す。


「あっ……ちょっとあそこを見て。抜け穴のようなものが……」


 が、エルが指差したその横穴に気付き、トーヤ達の考えが少し揺らいだ。

 ドラゴンの巣ばかりに気を取られて気づけなかったが、岩の壁に開いた穴は結構大きい。見てみると、穴の向こう側から白い光が通っているので、出口も近いのだろう。ここを通らない理由など無いように思えた。


「おお……。あの抜け穴を使えば、近道をして私達の進行方向に進めるかもな」


 レアが顎に手を当て思案する。

 彼女だけでなくオリビエも考える仕草を見せ、ややあって口を開いた。


「……そうだね。あそこを通るのはそう悪い事でもないだろう」


「……では」


「うん。あそこを通り、北の神殿をこれまで通り目指す。それが私達にとって最適解であるはずだ」

 

 アリスの視線を受け、オリビエは穴を杖で指す。

 彼の言葉を聞いてまず最初に動いたのは、レアとエルだった。


「近くにドラゴンがいるかもしれない。なるべく音を立てないように、慎重に進むことだ」


 杖を抜き、前方に開いた穴の向こうを睨みながらレアは呟く。

 目を凝らし、耳を澄ます。モンスターの気配がないと見るや、彼女は足音を一切立てることなく歩み出した。


「行こう、みんな」


 エルが後に続き、トーヤやカイ達も穴へと入っていく。

 特に何も変わった所のなさそうな短い洞穴。危険などあるはずがない。

 だが、油断こそが最大の危険を生む。

 洞穴に足を踏み入れ、確かに聞こえる唸り声を耳にした時はもう、遅かった。


「……!?」す


 最後尾のユーミの両足が洞穴の床を踏んだ途端、モンスター達は姿を現す。

 出口の一歩手前でレアは足止めをくらい、舌打ちして数歩あとずさった。


「チッ、こんな時に……」


 現れたモンスターはウェアラットの大群。その薄汚れた姿を目にし、吐き気を催したような表情でレアは杖先をモンスターへと向ける。


「はぁ……蹴散らしてくれようか」


 光の収束、そして解放。

 白い浄化の光が、汚れたモンスター達を粛清していく。エルもよく使う魔法『光線(ルミナ・ラディウス)』を浴びたウェアラットの群れは、あっけなく消滅していった。 

 

「なんだ、驚かせておいて……」


 レアは溜め息を吐き、肩の力を軽く抜いて杖を下げる。

 簡単にモンスターを倒し、エルやトーヤも安心したような顔でレアの元に駆け寄った。


「相手がそれほど強くなくてよかったですね……。さあ、行きましょう」


 エルはレアの背中を押す。

 女神官は首を回して振り向き、微笑んだ。少女に押されるがまま出口へと向かっていく。

 まずレアが外に出、その後からエル、トーヤと続いた。

 トーヤがちょうど出口から体を抜けさせる所で、何か物音に気付いたのか辺りを頻りに見回した。その挙動を目にし、エルは奇妙そうに眉をひそめる。


「どうしたんだい、トーヤくん」


「いや……何か金属質な、剣や鎧が触れ合うような音がしたんだ……」


 生まれつき優れた聴覚を活かし、トーヤがその音の源を探る。

 彼が見上げた先ーー洞穴を出てすぐの崖の上に、そいつはいた。


「……ひ、人?」


 黒みを帯びた銀の鎧。頭には深々と(かぶと)を被り、『神器グラム』ほどもある両手剣を装備している。

 騎士のような見た目をしたその者は、人間とは思えない跳躍力で崖の上から一気にこちらへ舞い降りて来た。


「な、なんだあいつ!?」


 トーヤがのんびり驚いている暇もなく、黒銀の騎士は剣を打ち振るう。

 咄嗟にグラムを抜いたトーヤは、騎士の剣をなんとか受け止めた。が、彼はそれを受け止めることが精一杯だった。剣は激しく火花を散らし、耳をつんざく衝撃音が辺りに反響する。


「一体、こいつは何者なんだ……?」


 そう呟いたのはレアだ。彼女は腕を組み、正体不明の黒銀の剣士を見据える。

 



「お前ガ、神器使イのトーヤ……?」




 剣士が兜の下から、くぐもった声で訊ねた。

 トーヤはその剣士を睨み、神器を煌々と輝かせながら応える。


「……そう。僕が、『神器使い』のトーヤだ」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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