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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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9  風の戦士

 僕達は歩き出した。『神殿ロキ』を目指し、風の吹き荒れる『ヴァンヘイム高原』を進んでいく。

 食糧や武器など、必要な物資はスレイプニルの引く馬車に載せ、自分達は己の足で歩いている。馬車に乗っていては、敵が現れた時に瞬時に対応出来ないからだ。


「にしても、疲れるね……」


 そう呟くのはエルだ。筋肉がなくすぐ疲れてしまう彼女に、僕は笑って言う。


「エルも少しは体力付けた方がいいよ。そうだ、今度から一緒に筋トレなんてどう?」

「そんな事したら、腕や脚が太くなっちゃうだろ。私はこの美しいスタイルを保つために……」

「そんな理由つけて、どうせ面倒なだけなんじゃないの」


 エルは黙り込んだ。図星か。

 僕が半眼で彼女を見ていると、ややあってエルは大声を上げる。


「で、でも私には魔法がある!」

「……お前達、随分と呑気なんだな……」


 周囲に細心の注意を払いながら、カイ王子が呆れたような口調で言った。 少し肩に力が入りすぎているように見える彼に、僕は微笑みかけた。王子の目が僅かに丸くなる。


「あまり緊張するのも良くないよ。体が力んでいると、思った動きをしづらくなる。深呼吸して、体に入った力を緩めるんだ」


 一旦立ち止まり、遠くを見る。

 僕達が今登っている緩やかな岩山の果てには、ぼんやりと縁の(かす)んだ稜線。更にその果てに、神殿ロキが鎮座している。

 前衛を務める僕とカイ王子の後ろから、馬車を守るオリビエさんが穏やかに声を発した。


「まだまだ道は長い。緊張するのも、もう少し先でいいんじゃないかい?」


 カイ王子は口を小さく開けて、遠く見える山の影を眺めていた。

 ……そうだ。神殿はまだ遥か遠い。そこに辿り着くまで早くて数日、長ければ一週間はかかってしまうくらいだろう。

 長い長い高原を越えた先、高く黒い山の麓に神様は待っている。


「今気づいたが、神ロキはもしかしたら人間に優しい神なのかもしれんな。山の頂上ではなく、麓に館を構えてくれるなんて親切の極みだろう」


 レアさんは、本当にたった今思いついた感じで口にした。

 後ろを振り向いてみると、オリビエさんもこくりと頷いている。


「神様の親切に応えて、しっかりと神殿まで辿り着かなきゃね。一日目で精神をすり減らしてしまっては元も子もない。だから、緩急の付け方には何よりも気を払っておくんだよ」


 乾いた土の上を、馬車の車輪がガタガタと回る音が妙に耳に残った。

 馬車もずっと走らせていては、それを引く馬が疲れ果ててしまう。人間も同じだ。

 力を入れる時と、抜く時。その切り替えを上手く行わないと、神殿まで辿り着くことはままならない。

 オリビエさんやレアさんが言いたいことはつまり、こういう事だろう。


「……すぅ」


 カイ王子は深く息を吸い、そして吐き出した。

 剣を抜き、軽く一振りする。


「よし。大丈夫だ」


 満足そうに剣を鞘に戻し、王子様は呟いた。

 

「じゃあ、進もうか」


 僕は笑ってカイ王子の肩に手を置く。

 カイ王子は頷き、早い足取りで固い地面を踏み歩き出した。

 後ろを遅れて進んでいた馬車は、既に僕達に追い付いてきている。さっきは若干僕達の方が前に出すぎていたので、今度は馬車からなるべく離れないようにしなければ。

 僕は前へ急ぐカイ王子に声を掛ける。


「カイ……って呼んでいいかな?」

「いいが……何だ?」

「カイ、馬車から離れすぎないように少し歩調を緩めてくれない?」


 こちらを振り返ったカイは歩く速度を遅らせ、僕の隣に来た。

 ありがとう、と僕は思わず笑みを漏らす。

 王子様とはいえ、カイは僕と同年代だ。出来ることなら同い年の友達のような間柄でいたかったのだ。

 だけど、自分からそれを言い出すのはちょっと勇気がいったな……。ミラの時は相手側から申し出てくれたからよかったけど、カイはそういったタイプではないし。

 でもこれで、今後より良い関係をカイと築けそうだ。


「トーヤと王子様、良い仲になれそうですね!」

「はい。本当に、いいことです」

 

 中衛を担当するシアンとアリスは、二人で顔を見合わせて笑顔になる。

 彼女らの明るい表情を眺めていたかったが、前衛の僕が後ろばかり向いている訳にはいかない。

 しっかりと前を見る。岩がごつごつした天然の道は直線だったが、両脇は高い岩壁となっていて、いつどこからモンスターが姿を現してもおかしくなかった。


「この先、馬車通れますかね……?」

「ぎりぎりだろうな。だが、よく見ろ。ここを通り抜ければ、向こうはまた道幅が広くなっているぞ」


 進行方向を見てちょっと不安になった僕は、スレイプニルの手綱を握る女神官に訊ねた。

 レアさんに言われて向こう側を見ると、なるほどこの狭い道を通ればまた道が広くなっている。




 ひゅうひゅう、と風の音が鳴っている。

 胸の内がざわめき、僕は腰から黄金の片手剣を引き抜いた。

 僕の横でカイも剣を取る気配がする。

 その道に足を踏み入れ――その途端。


「出たなっ……!」


 風が唸った。ごうごうと激しい音を立て、僕達の視界にそいつは大きく広げた翼を見せる。


『ギギギャァァーッ!!』


 怪鳥の甲高い奇声が冷たい岩山に響き渡った。

 白い羽、黄色味がかった鋭い(くちばし)。鍵のように曲がった爪は長く尖り、金属質な輝きを放っている。

 見るものに原始的な恐怖感を呼び起こさせる、巨大な(わし)の姿。それが一羽だけでなく、三羽も上空から飛来してきた。


「あれは『ガルーダ』だ! 中型の飛行モンスター……手強い相手かもしれないね」


 あれで「中型」っ……!?

 僕はエルの言葉に心の中で叫ぶ。

 あのガルーダは、翼を広げれば恐らく四メートルは優に超している。普通の鷲の倍以上はある大きさだ。

 初めて戦う飛行モンスター……でも、僕にはテュールの剣がある。上空にいる相手にも攻撃は当てられる筈だ。


「二人とも、来るよ!」


 エルが警鐘を鳴らす。

 一羽のガルーダが空高く舞い上がり、そして恐ろしい速度で急降下してきた。

 翼を折り畳み、弾丸になって怪鳥は迫ってくる。風が叫びを上げる。


「ぐっ……!」


 僕の刃の側面とガルーダの嘴がぶつかり合い、火花を散らした。

 そのまま力で押し返す。ガルーダは翼を広げると、また空へ向かってとんぼ返りした。

 よく反応できたなと自分で思う。あと数瞬遅れていたら、あの嘴に頭から貫かれて死んでいただろう。

 僕は冷や汗をかきながら、中衛の彼女達へ指示を飛ばす。


「アリス、リオ! 弓矢で援護を!」

「了解!!」


 次に、隣のカイを見る。

 彼は青色の瞳を見開き、剣を構えた姿勢のまま固まってしまっていた。瞳が恐怖に震えている。

 何も出来ずに動けないやつは、モンスターの格好の餌だ。僕はカイに怒鳴り声を浴びせかける。


「カイ! 敵を恐れるな、剣を振れっ!!」


 カイはそれでも動けない。

 ガルーダがカイを殺そうとかぎ爪を閃かせた。

 怪鳥は獲物の頭を狙って蹴りを放つ。

 僕はガルーダとカイの間にテュールの剣を滑り込ませ、神器の力でなんとか彼が致命傷を食らうのを防いだ。

 激しく光粒を発散させる剣は、受けた衝撃にびくともしない。不壊の神器でなければ成せない事だっただろう。


「トーヤ君の消耗が激しいね。レア、私達も助力した方が……」

「いや、彼はここで倒れるような器ではないはず。まだその時ではない」

「で、でもカイが……」

 

 オリビエさんとレアさんの会話が遠くで流れていった。

 最後までそれをのんびり聞いている余裕などなく、次から次へと攻撃してくるガルーダを僕は相手取った。

 巨大な翼や剛脚による殴打。研ぎ澄ました意識の中、『テュールの剣』でそれらを全て捌ききる。モンスターの緑色の血液が飛散する。

 

「ハァ、ハァ……ッ」  


 一羽目のガルーダを倒し、二羽目、三羽目のガルーダへと目を向ける。

 僕が一羽目と戦闘を交えている間に、他のガルーダはカイを集中的に狙っていた。

 カイは剣を懸命に振るい、アリスらの援護を受けながら必死に戦っている。その目に余裕は一切ない。

 カイは幸いにもまだモンスターの攻撃を食らってはいないようだったが、同時にこちらの攻撃を当てられずにもいた。彼が剣を振り上げても、ガルーダはそれより速く舞い上がり、攻撃をかわしてしまう。

 アリスらが矢を放っても、ガルーダは突風を起こしてその勢いを殺す。勢いを殺された矢など飛行モンスターにとって避ける事はいとも容易い。


「はぁ……アリス、お主は下がれ」

 

 ガルーダが上空にいるその隙に、リオは自分の弓矢をアリスに押し付けて言う。

 彼女は腰から木刀を抜くと、口の中で小さく呪文を唱えた。


「では、リオ殿も……」

「ああ。剣で戦ってやる」


 リオ達の矢が止んだ。ガルーダ達にとって、それは獲物を殺す最高の好機でしかない。

 怪鳥に感情があるとしたら嬉々とした様子で、そいつらはカイめがけて降下してきた。


「カイ! 私も剣で戦おう。これで二対二、互角に戦える筈じゃ!」


 カイの目に光が宿る。彼は頷き、向かってくる怪鳥に剣を突き出した。

 初めて攻撃が当たる。偶然かもしれないが、それがカイの士気を大いに上げたことは間違いなかった。

 カイの剣を脚に食らった一羽目が一旦離脱し、連続で二羽目が爪でカイを狙う。

 

「うおあああっ!!」


 腹の底から声を上げ、彼は二羽目の爪を斬り砕いた。

 二羽目が『ギギェッ!?』と驚いたような奇声を発する。


「カイ、良いぞ! 次は私もっ……!」


 リオが風を帯びた木刀を構え、張り切った声を出した。

 二羽のガルーダはまた上空へと戻る。

 神器を使い、荒く息を吐く僕はガルーダの脚に目を留めた。

 一羽は右足を血に濡らし、もう一羽は爪が破壊されている。モンスターにも痛覚はあるだろうから、脚を使った攻撃を少しは躊躇する筈だ。

 となると、奴らは翼による攻撃か、最初に僕を襲った嘴の技を出してくると予測できる。


「……来る」


 カイは呟き、剣を持つ手に力を込めた。

 リオと共に天を仰ぎ、翼を畳むガルーダの攻撃に備える。

 ……あれは恐ろしいスピードだった。奴らの姿が空から消えたと思ったら刹那、僕の前に奴の刃物のような嘴が迫っていた。

 その速さに追い付けることが、カイとリオに出来るのか。

 僕は痛みに喘ぐ全身に(むち)を打ち、神器に魔力を送る。

 

「カイ、リオっ!!」


 二人の名を叫び、彼らの元へ駆ける。

 僕が叫んだのとガルーダが弾丸になるのは、ほぼ同時だった。


「…………ッ」


 神器を使用した反動で、脚が速く動かない。

 ……これでは、間に合わない。

 僕は喉の奥から掠れた声を絞り出す。


「二人とも、避けろッ……!」


 カイの瞳は一点に釘付け。

 迫り来るガルーダの目を見据え、剣に全力を込めて刺突攻撃を放つ。


「う、がッ……!」


 弾丸と剣が激突する。

 バキバキ、と嫌な音。砕けたのは……。


『ギキャーァッ!?』


 ……ガルーダの嘴だった。

 ガルーダは突き出された剣に頭からめり込み、軸に沿って全身を貫かれていく。

 激しい衝撃だったがそれでも剣を離さず、カイは踏ん張って耐えた。

 巨大な鷲は緑色の血を噴出し、絶命する。


「最後は、私が」


 リオが柳眉を吊り上げ、未だ上空で日和見している最後のガルーダに木刀の先を向ける。


「『風』の力……存分に食らうがいい」


 リオの足元から右腕にかけて、渦を巻きながら風が上がっていった。

 右腕に収束させた風の力。それは使用者に爆発的な力を与える。

 槍のように投擲された木刀は、ガルーダの心臓を直撃した。


『――――――!!』


 断末魔の声を上げ、怪鳥は爆散する。

 苦戦したものの、こうして僕達は怪鳥ガルーダを全て討伐する事に成功した。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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