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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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8  剣士の誓い

 ロイさんは、『神殿』攻略に必要な物資を驚くべき早さで用意してくれた。

 サングラスにスキンヘッドと一見怖そうな見た目の彼は、温厚な笑みを口元に湛える。

 

「用意した物品は、店の裏の倉庫に入れてあるが……いつ運び出すつもりだ?」


 ロイさんがレアさんに訊ねる。

 僕達と同様に彼の敏腕に舌を巻いていたレアさんは、腕を組んでオリビエさんに視線を向けた。


「『転送魔法陣』、今すぐ出来そうかね?」

「物品の量にもよるけど、多分出来ると思う」


 長い黒髪の先をいじりながら魔導士は答える。

 これから命懸けの冒険が始まるというのに、随分余裕そうな態度だ。彼はあまり歴戦の魔導士といった雰囲気には見えないが、危険には慣れきっているのだろう。

 口調が全く緊張や焦りを感じさせず、穏やかだった。


「私達は大丈夫だけど、トーヤ君達はどうなんだい? 戦える状態にはある?」


 僕とエルは二人して張り切った声音で返す。


「はい! 体調は万全です」

魔力(マナ)の状態もいつも通り。しっかり戦えます!」


 シアン達を見ると、彼女らも頷いて自分達がいつでも行けることを示していた。

 それを確認したレアさんとオリビエさんは微笑み、最後にカイ王子を見る。

 カイ王子は眉間に皺を寄せて口を真一文字に結んでいたが、レアさん達から言葉を求められ、声を出した。


「……俺達の力があれば、神殿は必ず攻略出来る。さあ、行こう」


 青い瞳に爛々と炎を燃やし、王子は剣を抜いた。カシャリ、と無機質な金属音が上げられる。

 途端に場が緊張感に包まれる。王子様は剣を掲げ、誓いの言葉をそれに捧げた。


「この剣に誓おう。俺が【神器】を手にし、この国の本来の姿を取り戻すことを。命を懸けて……」


 その言葉には強い意思力が込められていた。彼の周りの空気が揺らいで見えるほど、それは強く僕達の心に響いてくる。

 僕も黄金の片手剣『テュールの剣』を腰から抜き、王子様に倣った。


「王子様、僕達も殿下を守り、支える事を誓います。共に神殿を攻略し、生きて帰りましょう」


 黄金の剣が光る。僕はあえて、王子様に跪く事はせずに同じように剣を掲げてみせた。

 神殿では、立場ではなく実力がものを言う。いわば完全なる弱肉強食の世界だ。そこでは王子でも庶民でも一切関係無く、神による厳しい試練が待っている。

 ここからは対等な関係になると剣で告げ、僕はカイ王子と目を合わせた。

 真剣な瞳が見返してくる。その目は彼が神殿の攻略者である僕を買い、頼りにしている事を静かに伝えてきた。

 

「……オリビエ。転送魔法陣の準備を」

「了解。少し待っててね」


 カイ王子が言うと、オリビエさんは早速その魔法の準備を始めた。

 彼はレアさんに何事か囁いた後、短めのロッドを振ると呪文を唱える。


「転送魔法陣!」


 オリビエさんの足下の床に、人間が五人は入れそうなサークルが現れた。

 古代文字の紋章が刻まれたサークルは青白く光り、僕達を中に誘っているようにも思える。

 それは神殿オーディン、神殿テュールで神様が僕達の帰還時に使用した魔法と同じものだった。


「目的地は『神殿ロキ』があるヴァンヘイム高原だ。この中に入れば、すぐにそこに着ける」


 杖で魔法陣を指し、オリビエさんは微かに興奮を感じさせる声音で言った。

 僕達が輪になって魔法陣に歩み寄ると、彼はこう付け加える。


「トーヤ君達の馬車も、別の魔法陣で後から送っておくからね。着いたらすぐに行動せず、その場で待機していておくれ」


 頷いて了承を示す。オリビエさんが頷き返し、僕達は魔法陣に足を踏み入れた。

 青い光が激しく明滅を繰り返す。体が引っ張られるような、押されるような錯覚を覚える。

 一斉に魔法陣に入った僕達は、刹那、酒場とは全く異なる場面を目にしていた。


* * *


 ここは……。見たことのない場所だ。

 僕達は今、低い草の生える草原のような場所に立っていた。

 周囲を見渡すと、北の方にはこんもりと土と岩が盛り上がった岩山がある。だがそこ以外は西、東、南ともに草原地帯だ。

 春の草原では普通はトナカイの放牧が行われているものだが、ここにはそれがない。その事が、僕達に奇妙な不安を抱かせた。


「何もない、開けた草原……。何か寂しい感じがしますね……」


 シアンがぽつりと呟きを落とす。

 自然の中で生きてきたリオやユーミも、不自然なくらい何もない草原を見て違和感を持ったようだった。彼女らは訝しげに眉を寄せる。


「おかしいのう……。野性動物の気配すら感じぬ。こんな場所には少しくらい生き物がいるものじゃが……」

「あたしは元巫女で、神とか悪魔とかにも少しは通じてたから分かるんだけど……。この場所からは、何かとても強い力を感じる。みんなも感じない? この地には、神様の偉大なる力が働いているって」


 荒々しい風が僕達をなぶるようにして通り去っていった。

 確かに、この場所では溢れるような強い力を体感出来る。目を閉じて両手を大きく広げてみると、風に乗ってくるそのオーラが体で分かる。

 ……僕は、神の領域のすぐ側までやって来たのだ。

 神殿が、もうすぐそこに待っている。

 北から吹きすさぶ風が、『神殿ロキ』がその方角にあることを教えてくれた。

 エルは風で乱れる髪を押さえつけながら、ユーミの言葉に応える。


「私も神様の力は感じたけど……それを一番感じ取れるのはユーミだと思うよ。神ロキがどんな神様なのか、ユーミは知っているだろ?」

「そりゃあ、当たり前よ。神ロキは半分神、半分巨人の神様で……そっか、だからか」


 エルに言われるまで、ユーミはどうやらその意味に気づいていなかったらしい。

 彼女はハッとした表情になり、その後、首を振り納得した様子を見せた。

 カイ王子が纏うマントを風にはためかせ、いつもの無表情で呟く。


「この風……。ロキという神は、風の魔法を使う神のようだな」


 風か……。

 もし王子が神器を手にしたとしたら、彼には結構似合う属性かもしれない。無口で無表情な王子が冷たく吹く風を操っている情景は、容易に想像出来た。

 と、風を切って青い光が閃き、そこからオリビエさん達が姿を現す。


「お待たせ、みんな」


 オリビエさんは僕達が全員ここにいることを確かめると、目を細めた。

 そして、杖を抜いて立つ彼の後ろには、スレイプニルと僕達の馬車があった。

 スレイプニルは僕とエルの姿に気づくと嬉しそうに鼻を鳴らす。そんな彼の(たてがみ)をレアさんは微笑んですくように撫でる。


「必要なものは全部君達の馬車に積ませてもらった。……『神殿ロキ』は、このヴァナヘイム高原を北に登った先に待ち構えている筈だ」


 僕の隣でジェードがごくりと生唾を飲む気配がした。

 横目で獣人の少年を見、からかうように僕は問う。


「緊張してる? 君らしくもない」

「そ、そりゃ当然だろ。むしろお前は緊張してないのか?」


 強ばっているジェードの肩を軽く叩き、神殿が待つ高原の先を見据える。北に見える低い岩山を越えた所に、それは鎮座しているのだろう。

 僕は微笑し、彼に片目を閉じて言ってやった。


「僕は三度目だから、もう慣れちゃったな。それに、僕はこれまでの戦いの中で強くなっている。簡単にはやられたりしないさ」


 安心させてあげるつもりで言ったのだが、ジェードの不安そうな表情は微かに和らいだのみで、完全に消えることはなかった。

 

「そうだな。トーヤなら、大丈夫だよな。……信じてるぞ」


 ジェードが僕の肩を叩き返してくる。

 シアンやアリスも、僕の手を握って信頼の気持ちを伝えてきた。


「私も、トーヤ殿を信じています。トーヤ殿は、困難になればなるほど強くなる……そんな人ですから。だから、私はトーヤ殿を信じられるんです」


「私は……本当は、怖いです。あのモンスターの恐ろしい手の感触は、未だ私の心に刻み込まれて消えない……。でも、あなたがいれば、私は戦える。あなたの事を思えば、不思議とどんな敵にも立ち向かっていけるような気がする……」


 僕の脳裏に、シアン達と挑んだ神殿テュール攻略戦の思い出が浮かんでくる。

 暗闇の中で突き進んだ暗黒洞窟に、グールやオークなどの恐ろしいモンスター群。オークに捕まったシアンをアリスが弓矢で助けた事もあったっけ。

 そして、光の渦を越えて現れる霧に包まれた神の館……。


「神殿の神様に、強くなった僕達の姿を見せてやろうよ。大丈夫、僕達ならきっと勝てるから」


 そう言った瞬間、僕はあの血の色の炎を幻視した。

 常に不敵な笑みを浮かべた悪魔の男。悪器を用い、『七つの大罪』を操っている真の黒幕。

 あの男――ノエル・リューズを倒し、悪の連鎖を止めるための力を身に付けなければならない。

 

「神殿でもっと強くなって……必ず、あの人に勝つーー」


 カイ王子にとっての倒すべき敵が悪魔に憑かれた女王様であるなら、僕にとってのそれはノエル・リューズだ。

 僕は右腕を背に回し、そこに差した『グラム』の柄を強く握る。

 そして、その剣に静かに力を込めた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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