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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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5  地下街

 レアさんが埃を被った木箱をずらすと、そこに現れたのは地下へと続く縦穴だった。

 屈んだ体勢で鉄の蓋を開ける彼女は、僕達を見上げてニヤリと笑った。


「さあ、入れ。この下で王子は待っている」


 僕は穴を見下ろし、ごくりと唾を飲む。

 穴は意外と深く、上から見ても下は暗くて中に何があるのか全く見えない。本当にこの下に人がいるのかと訝ってしまう程に、穴の中は深い黒色だった。


「レアさんが先に行ってくださいよ……」

「む、そうか。ならば行かせてもらうが……」


 正直に言うと、この中にはあまり入りたくはなかった。

 神殿テュールの時と比べればどうってことない筈なのだが、やはり暗闇は苦手なのだ。

 レアさんは縦穴の壁に設置された錆び付いた梯子に足と手をかけ、下へ下へと躊躇なく降りていく。


「ほら、トーヤくん」

「あ、うん。じゃあ行くね」


 レアさんは片手に杖を持ち、それに光を灯らせて穴の内部を照らしている。

 それをありがたく思いながら、僕は彼女に続いて細い穴を下っていった。その後にエルやシアン達もついてくる。


「何だか、レータサンド村を思い出すね」

「はい、そうですね。ですが、ここは彼処(あそこ)よりもずっと冷たい場所な気がします……」


 何気ない僕の呟きに、シアンが囁き声で返した。

 上の方にいるアリスも、同胞達のいる故郷を懐かしむように言う。


「この街にも、地下街があるのでしょうか……」

「ああ、あるぞ。ただ、君達が期待するようなものは無いと思うがね」


 レアさんがすいすいと素早く梯子を降りながら答える。

 ちょっと、そんなに速く行かないで欲しいなぁ……。

 僕の考えなどいざ知らず、レアさんは歩調を緩めることなく先へ進んでいってしまう。

 困ったな、と思うと上から光が降り注いできた。エルが光魔法を発動したのだ。


「ありがとう、エル」

「えへへ、どういたしまして」


 エルは嬉しそうに、笑いを含んだ声を出した。

 ずっと先へ行ってしまったレアさんが、穴の上まで届くような声で告げる。


「もうそろそろで地下街の床に足がつく頃だ」


 その直後、人ひとりが地面にスタッと着地する音がした。レアさんが地底に着いたのだ。

 僕達も遅れながら順々に地下街の床を踏んでいく。


「真っ暗闇だ……何も見えないぞ」


 ジェードが不安を孕んだ声音で言った。どうやら、獣人の優れた視力でも暗闇には敵わないらしい。


「大丈夫だ、すぐに明るくなる。……おい、オリビエ! 来たぞ、照明を点けろ!」


 レアさんは穏やかに言った後、ここにいる誰かに向けて叫び声を放った。 レアさんの呼び掛けに、若い男の声が応じる。


「ここで待っているというから、わざわざやって来たというのに……逆に待たされる事になるとはね。まぁ、会えて嬉しいよ!」


 地下街にぽつぽつと明かりが灯され、男の姿がくっきりとその場に浮かび上がった。

 同時に、闇に包まれていた地下街の全容も明らかとなる。

 

「こ、これは……」

「おや、連れがいるのかい」


 僕は辺りを見て茫然と呟き、魔導士風のローブを纏った男が僕達の姿を捉えて意外そうに言った。

 

「君達、行くぞ」


 レアさんが水色の髪を手で後ろに流しながら、顔をしかめる。

 どうやら彼女も、この街の空気が好きではないようだった。


 通りの両脇に点在するランプの光がぼんやりと照らすその街は、一言で表すならば「死人の街」だ。

 地上の街と同様の建物はあるものの、表に人の姿は一切見えない。空気は冷たく、押し潰されそうなほど重かった。

 こんな所に人が住んでいるのかと疑ってしまうくらい、この場所には生気が感じられなかった。


「……ここに、人がいるんですか?」


 レアさんの背中を追いながら、僕は訊ねる。


「ああ、いる」


 ごく短く、レアさんは答えた。

 オリビエと呼ばれた魔導士の視線が気になったが、僕は続けて問う。


「それは、どういった人達なんですか?」

「その内わかるさ」

 

 レアさんは、押し殺した抑揚の無い声で返してくる。

 あまり話したくない事なのだろうと二度の質問で察し、僕はそれ以後は口をつぐんだ。

 オリビエという長髪の魔導士が僕達を先導して、無個性な灰色の建物の前を通りすぎていく。

 建物の側を通った時、中から人の呻き声が聞こえた気がして、僕はその建物に視線を向けた。

 と、突然思い出したかのように魔導士のオリビエが大声を上げる。


「そういえば、レアが誰かを連れてくるなんて珍しいね。どんな風の吹き回しなんだい?」

「別に問題はないだろう。私にだって、誰かと行動を共にする事くらいあるさ」


 それが気に障ったようで、レアさんは棘のある口調でオリビエさんに言い返した。

 オリビエさんは「ふーん」と呟き頭の後ろに腕を回すと、今度は僕達の方に顔を向ける。


「まぁ、いいけど……。君達は一体何なのかな?」


 黒みがかった青い瞳が無遠慮にじろじろと見つめてくる。

 この人……レアさんと同じくらい胡散臭い。本当の事を言っても良いのだろうか……不安になる。

 僕の表情から察したのか、レアさんが渋い顔でオリビエさんを紹介してくれた。


「こいつはオリビエ。見れば分かると思うが魔導士だ。私の古い馴染みでもあるな。うーむ、あとは……うん、それといった個性は無いな」

「おいおい、それはないだろう? ほら、もっとあるじゃないか、私の個性! 足が速いとか、料理が上手いとか」

「そんなことを聞かせても意味がないだろう。それを教えて、トーヤ君達にとって何になるというんだね?」

「……それも、そうだな。ところでトーヤ君というのは誰の事かな?」


 レアさんが言うと、噛みつくようにオリビエさんは声を張り上げる。

 レアさんの主張に納得してしまった彼は、僕とジェード、普段から男物の服を着ているリオの間で目を泳がせた。

 

「僕が、トーヤです」


 自分から名を明かす。

 極力静かに言ったつもりなのに、人気の無い地下の空間には声がよく響いた。


「『神器使い』のトーヤ。……僕の名前、聞いたことはありますか?」


 スウェルダでは、王女であるミラを救い出した事で多少は僕の名が知れ渡っている。

 なんとなくこの人も知っているような気がしたが、一応訊いておいた。

 オリビエさんはこくりと頷き、まじまじと僕を眺めてくる。


「……まさか君が、神器使いのトーヤだったとはね。極東の鬼蛇人だという事は聞いていたけど、まだこんな少年だったなんて」


 顎に手を当て、本当に驚いた様子でオリビエさんはそう口にした。

 それまで黙っていたエルは、オリビエさんの長身を見上げてニヤリと笑って言う。


「オリビエさんは、トーヤくんがどんな人物だと思っていたんですか?」

「……いかつい顔をした大男で、巨人族と見まがう程に大きな身体をしていると……」


 いくら何でも、それは変化し過ぎだ。もう完全に別人じゃないか。

 僕は苦笑を浮かべるしかなかった。

 と、後ろからシアン達がクスクス笑いをする声が聞こえてきた。……止めて欲しい。


「それじゃあ、実際に君と会っても『神器使いのトーヤ』だと気づく者は少ないという訳か」


 レアさんが可笑しそうに目を細める。

 彼女の憐憫の視線から、僕はそっと目を逸らした。

 はぁ……伸びろ僕の身長。


「……そろそろ、王子の隠れ場所が見えてくるぞ」


 レアさんに言われて先を見てみるも、どれも同じ見た目の建物なので、どの建物の事を指しているのかさっぱり理解できない。何か僕達には分からない目印があるのだろうか。

 古ぼけたランプから漏れるオレンジの光が照らす道を、レアさんとオリビエさんは真っ直ぐ進んでいく。

 ランプといえば……僕は一つ気になった事を思い出した。僕がそれを口に出そうとすると、ユーミに先を越される。


「そういえば、何故さっきは明かりが消えていたのかしら?」


 天井スレスレの頭に手をやり、彼女は道の両端にあるランプを見やった。

 眉根を寄せるユーミの腰をポンと叩いて言うのは、リオである。


「あれは魔力(マナ)を動力としたランプじゃな。魔具のようなものじゃと思う」


 リオの考察に、オリビエさんは感心したように手を叩いた。

 パチパチ、と軽い拍手の音が重苦しい空気の地下街に響く。


「その通りだよ。あれは私が開発した魔具で、この地下街全域に配置してある。魔力の出所は、まぁ企業秘密ってことにさせておくれ」


 秘密……。何か、知られると不味いものでも隠しているのだろうか?

 気になったがそれを追及することは出来なかった。オリビエさんの顔に張り付いた笑みが、僕の追及を拒んできたのだ。


「ふふっ、トーヤ君、中々良い目をしているね」


 深い青みがかった黒の目が、僕の瞳を射抜く。

 その瞳に僕の心まで見通されているような気がして、腕に寒気を感じた。

 オリビエさんは歩を速め、とある建物の前で立ち止まる。


「ここだよ。皆は少し後ろに下がって待っていてね」


 相変わらず無個性な灰色の建造物。

 他と何ら変わる所のないその建物の中で、本当に王子様が待っているのかと思わず訝しんでしまう。


「ここが、ですか……?」

「なんか、普通ですね……」


 僕とシアンは二人で建物を眺め、声を重ねた。

 同時に台詞を発した僕達を見てレアさんは笑い、杖を建物に向ける。


「この建物にはな、ある仕掛けが施されているのだよ。……周りに人がいないか確認してくれ」


 辺りを見回し、見られる事を恐れるように。

 レアさんは鋭い視線を走らせ、杖を軽く握る。


「私達以外には、誰もいないですよ」


 アリスが緊張を感じさせる声音で呟いた。

 それを聞いたレアさんはオリビエさんと頷き合い、短い杖先を一軒の建物に据える。


「では、いくぞ。ーー魔法解除」


 その瞬間。

 建物の周りの大気が揺らぎ、陽炎のようにそこにある物を見えなくした。

 揺れる空気の中で、建物がどんどん姿を変えていく。

 全ての変化を終えた時、そこには元の建物の面影は一切残らない茶色の洒落た建造物が現れていた。


「な、なんと……」 


 リオが驚愕に目を見開いた。恐らく、僕も全く同じ表情をしているに違いないだろう。

 が、僕はそこに現れた建物の外観を眺める間もなく、レアさんに背中を押されて建物の開けられたドアの中へ押し込められてしまう。

 

「なっ、何するんですか」


 いきなり強い力で押されて僕は憤った。

 だがレアさんはそれに取り合わず、シアン達もこちらに引っ張り寄せる。更にオリビエさんが後ろから仕上げとばかりにグイッと押してきたので、僕達はみんな建物の中に押し込められる形となった。


「誰にも見られていないだろうな?」

「ああ。多分、見られてない」


 額に浮かんだ汗を拭いながらレアさんが訊き、オリビエさんは確証のない曖昧な返事をした。レアさんが顔をしかめる。


「こ、ここは……」


 建物の中を見渡すと、正面にはカウンター席、奥にはテーブルの席がありカフェとか洒落た酒場に近い雰囲気をかもし出していた。

 カウンターには一人の大男がいてグラスを磨いており、またカウンター席の端には金色の輝く髪の少年が座っていた。

 少年は、僕達という想定外の来訪者に驚いた様子でこちらを見ている。


「お前らは、一体……? オリビエ、こいつらは誰なんだ?」

「ああ、こちらの彼女がレアだ。そして、この少年は『神器使いのトーヤ』」


 オリビエさんが僕の名を紹介すると、少年の開かれた目が更に大きく見開かれた。

 少年は席から立ち上がり、僕とレアさんの前に来ると無表情で自らの名を告げる。


「俺はルノウェルス王国第二王子、カイ・ルノウェルスだ。アスガルドの神官レア、そして神器使いのトーヤ。……どうか俺を、神殿へと連れて行ってくれないか」

 

 ルノウェルスの王子様が放った言葉は、僕の想像から大きく外れたものであった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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