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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第6章  神殿ロキ攻略編

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2  荒野

 寒々とした街。

 その街の地面を初めて踏んだ瞬間、そう感じた。

 僕達は街に近付くにつれて激しくなる盗賊の襲撃をなんとか往なしながら、ルノウェルス王国の首都スオロへやって来ていた。

 雲一つ無い晴天。昼間の太陽が暖かい日差しを注いでいるが、その街の寒々とした印象は拭えない。


「ここが、スオロ……」


 アリスが小さな腕で身を抱え、体を揺すりながら不安げに呟いた。

 街道から都市に入り、舗装された道を馬車で進んでいく。

 ガタガタ、と馬車が進む度に音が鳴る。道路の石の舗装が剥がれかけているためだ。


 灰色に薄汚れた民家の数々。

 建物の軒下に座り込み、何かに絶望したような表情で動こうとしない若い男。

 痩せこけた女は、これまた痩せこけた赤ん坊を抱いて通る僕達を見送っていく。その女性と目が合って、僕は堪らなくなって視線を逸らしてしまった。


「なんというか……皆、生気がない」

「こんな街が本当にあるの……?」


 リオとユーミは、かなり衝撃を受けているようだった。

 二人とも口元に手を当て、目を見張って驚きを露にしている。


「この光景……となると、やはり」

「ああ……見たくもなかったけど」


 元奴隷のシアンとジェードは苦々しい顔になった。

 二人の視線の先には、黄ばんだ服を着た小さな子供達の姿がある。子供達の年齢はまだ六、七歳くらいだろうか。

 

「あっ……!」


 思わず声を上げる。

 数人いる子供の内の一人が、道路の通行人の懐から何かを奪い取ったのだ。

 その早業に通行人の男性は仰天する。男性が子供を追いかけようとしたその時には、もう子供の姿はなくなっていた。


「クソっ」


 男性は悪態をつき、悔しげに地面に唾を吐くと足早に立ち去る。

 去り際に彼はこんな言葉を残していった。


「クソッタレが。こんな街、さっさと出て行った方が吉だ」


 隣に座っていたエルが、僕の手に自らの手をそっと添える。

 深刻そうな表情の彼女は僕にできる限り身を寄せ、耳打ちして来た。


「トーヤくん。これがこの街の現実だ。君は、これからどうする?」


 ……僕がここでどうするのか。

 僕に出来ることは何なのか。


 大きな箱馬車を進める僕達に、街の人の目も自然と集まる。

 彼らの飢えた瞳を見ていると、僕はこんな豪奢な馬車に乗っていることが申し訳ない気持ちになった。


「一応、この街にも宿屋はあるようです。まずはそこを目指しませんか?」


 シアンが囁くように言う。僕はぎこちなく首を動かし、頷いた。


「……銀貨の袋はある?」

「ええ、ありますが……何故?」

「こっちに寄越してくれ」


 シアンに頼み、スウェルダ王から貰った銀貨の袋を受け取る。

 僕はそれに手を突っ込み、道路に座り込んだ浮浪者達に銀貨を放り投げた。


「こんな物しかありませんが……自分達の生活のために使ってください」


 街の住人達は、たちまち僕の放ったお金に飛び付く。

 エルはその光景を見やった後、何だか神妙な目を僕の方へ向けた。


「いいのかい、トーヤくん。大切なお金だろう」

「いいんだ。お金は本当に必要な人達にこそ与えられるべきで、僕達が余分に持っていてもしょうがないでしょ」


 笑顔を作ろうとしたけど、無理だった。

 この街の光景を目にしてしまった僕達には、もう無責任な事は何も言えまい。

 深刻そのものの表情を崩すことなく、後ろを振り返らず馬車を走らせる。


「それにしても、途方もなく広い街ですね……」


 アリスが溢す。彼女の言う通りスオロは広大な街で、いくら道路を進んでも都市の中央にそびえる王宮には辿り着けそうにもなかった。

 街の道筋は複雑に入り組み、曲がり角や分かれ道も多い。

 いくら頭の良いスレイプニルといえど、初見の街でしかも迷路のような構造をしているとあれば迷うのも必然である。

 僕は見覚えのある角の前で馬車を停めた。


「困ったな……」


 頭を掻き、眉を下げて力なく笑う。

 完全に、迷ってしまった。これ以上動いてもこの迷宮を抜けられる気がしない。

 全く、この都市を設計した人は頭のネジが外れていたのかもしれない。

 僕がそう思ってしまうほど、この街は侵入者を拒む作りになっていた。


「トーヤ、どうするの? このままじゃ(らち)があかないわ」

「この街に詳しい者に道を聞いてみたらどうじゃ? きっと分かることもあろう」


 ユーミが訊ね、リオが提案する。

 僕は瞼を閉じ、しばらく黙考した後でこう答えた。


「一旦この街から出ることを目標にしよう。街の外に馬車を停め、街の探索は徒歩でする」


 スレイプニルに軽く声をかけ、来た道を戻ってもらう。

 神オーディンの愛馬というだけあって、スレイプニルは一度通った道を絶対に忘れることがない。

 時間はかかるがもと来た道を辿り、街の外を目指していく。


「少し、昔話をしますね」


 落ち着いた声音で語り出すのはシアンだ。

 僕は前を向き街の風景を目に焼き付けながら、耳は彼女の言葉に傾ける。


「……ある奴隷の話です。その奴隷は昔、南のとある大帝国の植民地で働いていました」


 馬車の目の前を無邪気に笑う子供達が横切っていった。

 僕はその子供達を見て微笑した。

 と、同時に僕の頭は遠い南の国へ飛んでいく。


「その地は、長年戦乱が続いた荒野で……形成されたスラム街では犯罪が日常になっていました。その奴隷は貴族の館で働いていましたが、主人に連れられて外に出た時、そういった光景を数えきれない程見たそうです」


 略奪や殺人は日常茶飯事。その光景を直に見た幼い少女はその時、何を思ったのだろうか。


「その奴隷は、絶望した。自分が生まれた世界は、これほどまでに殺伐として残酷なものであるということを、その時その奴隷は知ったのです。ですがその残酷な世界を塗り替える出来事が、奴隷が絶望してすぐ後に起こりました」


 シアンの語りは鮮明な情景を僕達の心に浮かび上がらせる。

 日が強く照りつける乾いたその地に、突如として現れた強大な侵略者。

 閃く赤い光、耳をつんざく破壊の爆音。

 魔導の力でその国の軍を潰滅させ、たった一夜で国一つを支配下に置いてしまった帝国の王は、その国の国民だった者達にこう言ったという。


「『私がこの国を地獄から引き上げてやる』と。事実その言葉通り、その国の生活水準は侵略される前よりも遥かにましなものになりました。その帝王が敷いた政策が、まるで魔術のようにものの見事に上手くいったからです。人々も彼になびき、民衆は簡単に帝王に旗を翻しました」


 強い指導者がいれば、国は変えられる。

 人の在り方さえ変化させてしまえるほどの力を持つ者が、実際にいるのだ。

 僕は彼女の言いたい事を何となく察して訊ねる。


「じゃあ……つまりシアンは、僕に強い指導者になって欲しいってこと?」


 シアンはたじろいだように首を捩り、うつ向いた。

 その反応に僕は戸惑うしかない。


「ち、違った?」

「い、いえ……。大体はあっているのですが、トーヤは強い指導者というよりかは、何でしょう……もっと別の何かになりそうな予感がするんですよね」


 別の何かって……?

 シアンにも漠然としたものがあるだけで、具体的な事は何も説明出来ないのだろう。

 僕の瞳を見つめたまま、彼女はそれ以降の言葉を発しようとしなかった。


「無責任な発言をするね、君は」


 シアンの大きな茶色の瞳が微かに揺れる。だが、目を逸らさず口はぐっと結ばれたままだった。

 僕は強ばった表情のシアンに微笑みかけ、こう付け加える。


「……でも、悪くは思わないかな」

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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