プロローグ 王子と魔導士
「……いつ見ても、淋しい街だな」
ルノウェルス王国の首都、スオロ郊外の高台に一人の少年がいる。
彼の名はカイ・ルノウェルス。この国の王子であった。
背丈の低い草花がそよ風に揺れるその場所で、カイは静かに呟きを落とした。
「そうかい? 私にはそうは見えないが」
と、カイの呟きに男が声を返した。
不意にかけられた声にカイは驚き後ろを振り向くも、その男の姿を見て安堵する。
「なんだ、オリビエか……。驚かすな」
「あまり気を張りすぎては、疲れてしまうよ。少しは楽になりなさい」
黒い長髪に、美麗な顔立ち。その美しい顔に浮かんでいるのは微笑だ。
黒いローブを翻して歩み寄る彼は、そっとカイの肩に手を置いて言う。
「いつ見ても険しい顔だね……。君の笑顔も一度は見てみたいが、当分は無理なのだろうな」
むっつりと、カイは魔導士の男を睨んだ。無愛想なその表情に、オリビエは苦笑を返すしかない。
「当たり前だ。民は今も苦しんでいる。そんな状況で、俺だけが笑っている場合ではないだろう」
カイはオリビエから目を離し、街のとある一点を捉えた。彼の夜空の色の瞳は、そこに留まったまま動こうとしない。
彼が見据えるのは、都市の中央に鎮座する王宮だ。
そこを見て彼は歯をぐっと食い縛る。
「モーガン・ルノウェルス……。この国を腐らせた元凶のあいつを、この手で潰さなければ……」
常に脳裏にちらついてくる母親の幻。
それを振り払おうと、カイは関節が白くなるほどに拳を強く握り締めた。
「俺は逃げた訳ではない。これからだ。反撃の時は……」
必要なのは力だ。今のカイにはそれが無い。
悪魔に憑かれ、その力を日々増しているあの女を殺すには、あいつ以上の力を身に付けるしかない。
「ふふ、張り切ってるね。何を始めるつもりなんだい?」
「言わなきゃ分からないか」
背から長杖を抜き、オリビエは吐息した。
カイは変わらない無表情で背後に立つ魔導士を見上げる。
「力を貸せ、オリビエ。俺にはお前の力が必要だ」
「……仰せのままに。王子様」
わざと仰々しく礼をするオリビエ。だがその振る舞いとは逆に、彼の瞳は鋭く冷たかった。
「私の友人にレアという女がいて、彼女は【神殿】の知識に精通している。まずは彼女を頼りましょう」
「そうか、わかった」
カイは口をきつく結び、確かな足取りで歩き出す。
力を手にし、悪魔を殺す。その手段こそが【神器】だ。なんとしてでもそれを手に入れ、あいつを倒さなくては。
確固たる歩みを見せる彼に、オリビエは問うた。
「ところでカイ、レアの居場所は知っているのかい?」
「? ……知らなかった。教えてくれ」
相変わらず無愛想なカイだったが、オリビエは「私についてきなさい」と彼に手招きする。
この魔導士もカイと同様に悪魔討伐を目的に動いていた。その目的のために、今はカイの下についている。
「カイ、君がダメになったら私は別の者に乗り換えるかもしれない。それでもいいね?」
「勝手にしろ」
首都スオロに二人は下りていく。
悪魔を憎み、互いに契約を結んだ彼らは力を求めて今、進み出した。




