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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
番外編Ⅱ

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太陽 3

 翌日の朝。

 アリスは昨日寝る前に大急ぎで用意した私服を着用し、リューズ邸の門の前でトーヤが来るのを待っていた。

 髪型や服は鏡の前で何度も確認したはずなのに、彼とこうして会うとなると緊張して余計に気になってしまう。

 この日のアリスはいつもはポニーテールにしている髪を解き、肩から背中へと自然と流す形にしていた。いつも縛られていた髪が解き放たれ、ふわりと広がって顔の周りに纏わりつく。

 服装は白のワンピースに白い帽子を被り、傍らにはこれも純白のバッグを携えている。白一色で統一した服装は清楚な雰囲気で、見る者に確実に好印象を与えることだろう。


「トーヤ殿も、私のこの格好を気に入ってくれると良いのですが……」


 不安げにアリスは一人呟いた。

 髪をしきりに触り、ワンピースの裾を引き伸ばしてよく確かめる。大丈夫だとわかっていても、緊張と不安は途切れることはない。

 父に貰った懐中時計を見ると、七時五十分だった。約束の時間まであと十分もある。


「あーっ、髪型やっぱり別のものにした方が良かったでしょうか……。いや、普段とは大きく異なる姿の方が、彼の記憶にはっきりと印象づけることが出来るはず……で、でも……」


 アリスはその場でぐるぐると回りながら苦悶する。


「うーん、トーヤ殿は女性のこの髪型が好み、なはず……」


 エルのあの長い髪が風に揺れた時、トーヤの視線がその流れる髪に移ることをアリスは知っている。ならば、エルと同じ髪型にすれば彼女もトーヤの心をより掴めるかもしれない。

 アリスは脳内で恋の算段を懸命に働かせた。

 そうしている内に、約束の時間はあっという間に迫ってきてしまう。




「お待たせ、アリス」




 心臓がひっくり返るような胸の高鳴り。

 アリスは少年の低く穏やかな声を耳にして、その声の方向を振り向いた。

 邸の方からやって来たトーヤは、門前に佇んでいるアリスを見つけると微笑んで声をかける。


「おはよう。アリス、髪型変えたんだね。よく似合ってるよ」


 アリスはトーヤの言葉に顔を赤くし、髪を何度も撫で付けた。

 全く、どうしてこの人はここまで私の心を揺さぶってくるのですか……! アリスは心の中で叫ぶ。

 アリスが内心で羞恥に悶えていることなど関係なしに、トーヤは彼女の服装をじっと眺めていた。

 アリスにとってはとっておきの勝負服である。彼がどんな風に評価してくれるのか、どきどきしながらその答えを待つ。

 

「ど、どうでしょうか……?」


「うーむ……」


 トーヤが口元に手をやり、しばし考え込んだ。

 上から下まで目を動かして見ていたトーヤだが、ある一点でぴたりとその視線が留まる。


「どう、なさりました……?」


「いや、ね……」


 彼の頬が仄かに紅潮しているのに気づいて、アリスははっとした。

 トーヤの視線の先は、彼女の開かれた胸元だったからである。

 

「す、すみません! 目のやり場に困っちゃいますよね。よく考えればトーヤ殿も年頃の男の子でしたものね……。そんなことも気遣えなくて、本当にごめんなさい!」


 彼なんかよりも言っているアリスが一番恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていると、トーヤは目を逸らして声を絞り出した。


「に、似合ってるんだけど、その服じゃ寒いでしょ? 上着貸してあげるから、着ていいよ」


 と、言ってトーヤがアリスに自分の上着を脱いで押し付ける。

 アリスも寒さを痩せ我慢している節があったし、このまま胸元を見せた状態でいるのも、よく考えてみればかなり恥ずかしい。これではジェードに『エロ小人』呼ばわりされてしまうのも当たり前だ。

 お色気はアマンダなどの領分で、私が挑戦するべきものではない――。アリスは自分にそう言い聞かせ、トーヤの上着をさっと着用した。


「ありがとう、ございます」


「どういたしまして。僕は上着一枚なくても平気だから、心配しなくていいよ」


 心配の言葉をかけようと思ったら、先にその言葉を制されてしまう。

 トーヤの黒いコートの下はこれも同じ色のセーターで、寒さ対策はばっちりのようだった。彼はアリスに手を差し延べ、「じゃあ、行こうか」と笑いかける。


「この上着……。すごくぶかぶかなんですけど、大丈夫ですかね……?」


「大丈夫、大丈夫! 暖かければいいんだよ」


 彼の楽天的な台詞に少し首をかしげるも、深く考えるのを止めてアリスは彼について歩き出した。

 これから、いよいよトーヤとのデートが始まるのだ。アリスの気分も否応なしに高揚し、自然と表情も笑顔になる。

 

「そういえば、トーヤ殿はもう朝食をとりましたか?」


 アリスはだぶたぶのコートの裾を引きずりながら、前を歩くトーヤに問うた。

 ゆっくりとした歩調の彼は首を後ろへ回し、頭を掻いて苦笑する。


「あ、まだ、食べてないや……」


「そんなことだと思いましたよ。では、今日はまず最初に私イチオシの喫茶店へ向かいましょうか」


「お、いいね。アリスが案内してくれるのかい」


 よし、彼の反応は良い。アリスはこの調子でいこうと意気込み、一旦早足になって彼の隣に追いつくと、明るく話しかけた。


「初めてこのストルムに来た日にトーヤ殿と一緒に街を歩いて回ったでしょう? その時、私良さそうな店を見つけてたんですよ」


「そこってどんな店なの? ……僕の知ってる店だったりして」


「それは、わかりませんねぇ……。でも、本当に良さそうな店だったんですよ!」


 この町のことにかけては当然トーヤの方が詳しい。今さら大丈夫だろうかと不安になるアリスは、トーヤの前をテトテトと歩いてその店までの道を辿る。

 リューズ邸を出て東の大通りへ。

 聖堂や学院のある東地区にあるその通りは、立ち並ぶ店の数々の雰囲気が落ち着いていて気品がある。

 異邦人でありながらそこを歩く姿が妙に様になっているトーヤを横目に、アリスは目的の場所へとせかせか進んだ。

 

「そろそろですよ」


 朝早い時間のせいか、まだ通りには人がまばらだ。

 北地区の市場などは時間に関わらず盛況しているのだがそれは例外といってよく、このストルムに住む者達は朝はゆったりとした時間を過ごす。

 だからこの時間帯は、種族や人種の問題からあまり人前に出たがらないリューズ邸の使用人達が気晴らしに出かけるには丁度良かった。


「アリスは、もう街の暮らしには慣れた?」


 それまで黙ってアリスの案内に従ってきたトーヤが、ふと訊いてくる。

 二人きりという状況のせいで普段より遥かに話すハードルが上がってしまっている中、彼の方から話題を提供してくれたことにアリスは心から安心した。

 呼吸を整えながら首を横に振り、落ち着いた声音で応える。


「いえ……流石にそんなに早く慣れてしまうような人はいないのではないですか? たった三日間で街の暮らしに順応出来るのなら、誰だって苦労しませんよ」

 

「そうかなぁ……アリスは割りと慣れるの早いなーって思いながら見てたよ」


「そ、それはシアン殿達と比べて、ということですか?」


「まあ、そうなんだけど……」


 トーヤは頭に手をやり、ぼりぼりと掻きながら笑った。

 アリスはなんとなく恥ずかしくなってきて頬を赤く燃やす。


「それは、褒めてるんですか?」


「うん。適応力があるのはいいことだ」


 トーヤがアリスの髪をそっと撫でてきた。その優しく温かい感触に、アリスは心の底から安らぎを覚える。

 この瞬間がもっと続けばいいのに――そう思ったが、トーヤはすぐに手を離してしまい別の所に注意を向けていた。


「と、トーヤ殿?」


「……あ、分かっちゃったぞ。あの店でしょ」


 彼が指差していたのはアーチ型の看板が特徴的な一軒だった。

 アリスは苦笑し、頷いてみせる。


「やっぱり、知っている店でしたか?」


「見覚えはあるんだけど、入ったことはないかな。だからアリスがこの店を選んでくれてよかったよ。一人じゃ入りにくかっんだよね……」

 

 それに使用人の身分でこんなお洒落な喫茶店入りづらいし、とトーヤは付け加えた。

 アリスは小人族の娘で人間とは見た目が少し異なるが、トーヤもこの国に住む人間達と別の人種である。こうした店を利用しづらい理由はここにもあるのだろう。

 アリスは大幅に余っている袖からちょこんと指を出し、トーヤの腕を引く。

 彼を見上げて笑みを作り、彼女は言った。


「大丈夫ですよ、トーヤ殿。他の人がどう思おうが私達は気にしなくていいんです。堂々としてましょう」


 まだドアの前でどこか躊躇しているように見えるトーヤを、アリスは半ば強引に店内に連れ込む。

 店内は人が少なかった。が、テーブル席に座る数人がアリス達を見ると不快そうに顔をしかめる。

 

「そうだよね、気にしない、気にしない……」


 呪文を唱えるようにトーヤが呟き、うつ向きがちに一番奥のテーブル席へ向かった。

 アリスは彼の前の席に座り、置いてあるメニュー表を取って見る。


「へえ、安いですねぇ……」


 リューズ邸で取り寄せている食材の数々はどれも費用の多くかかったもので、料理も豪勢なものを作っている。この店のメニューを見ると邸で見たような料理名が並んでいるものの、価格は大分安く抑えられているようだ。


「邸と比べちゃ、どこの料理も安く見えてしまうよ……あそこの料理の質は最高だからね。でも、ここの料理も美味しそうだ」


 周りの客が食べているパンケーキやスクランブルエッグの良い匂いを鼻に感じ、トーヤはじゅるりとよだれを垂らす。

 

「あれを頼みましょうか? それと、コーヒーを」


「そうだね。お願いしようかな」


 アリスは近くの席に出されている料理を差した。トーヤは頷き、他に良さそうな料理がないかメニュー表を眺め始める。


「すみません、店員さん。これと、あとコーヒーを二人分お願いできますか?」


 アリスが店員に伝えると、若い男の店員は淡々とそれに応対した。

 トーヤは店員がちゃんと頼みを聞いてくれたことにほっとしていたのだが、アリスは彼とは全く異なることを考えていた。


 ――もしかしたら私とトーヤ殿、見る人から見れば兄妹にも見えているのかも。

 ということは、デート中の男女には見られていないんだろうな……。


 先程自分で他人の目を気にするなと言ったばかりなのだが、どうにも気になってしまう。

 一人で頭を抱えるアリスにトーヤは訊ねた。


「どうした? 具合悪いの……?」


「いえ、違うんです。心配いりませんよ」


 アリスは顔にかかった髪を払いながら笑顔で答える。

 ――いけない、トーヤ殿に余計な心配をさせてしまった。

 内心で反省し、これから今日一日どうするか彼に訊く。


「そうだなあ……僕は新しい武具を見たいかな。前から使ってた弓が、最近の戦いで傷んできていたし。それに前から欲しかった格好いい鎧があって……」

 

 武器や防具の話を展開し始めた彼の表情はとても楽しそうで、アリスはその表情を見ているだけで幸せな気分になれた。

 兄の後ろ姿をずっと追い続けていた彼女には武具の知識がそこそこある。途中で出された料理を口にしながらアリスは彼の話に相槌を打っていた。


「重めの鎧は防御力が高いんだけど、その分戦闘での動きが遅くなっちゃうんだよね。僕は速さを重視する戦闘スタイルだから、そういったタイプの防具は好みじゃないな~」


「確かに、トーヤ殿には重厚感のある鎧は似合わない気がしますね。なんと言うか、もう少しシュッとした感じといいますか」


「シュッとしたってどんな感じだい? ……シュッ?」


「えーとですね、あの……細くて軽い感じ、ですかね? というか、そこ突っ込みますか」


 トーヤの切り返しづらい発言に苦労しながらも、アリスは言葉を精一杯選んで返した。

 彼女と話すトーヤの表情からは笑みが絶えない。自分の好きな話題だということもあるだろうが、彼がとても楽しそうな様子であることに、アリスは喜びと安心を感じた。


「じゃあ食べ終わったことだし、次行くか」


 食事代を支払い、トーヤはアリスの手を引いて店を出る。

 次に足を運ぶ店がもう決まっているのか、彼の足取りに迷いはなかった。熟知した道程を辿りながら、アリスのために早足になりすぎないよう注意して彼は進んでいく。


「あの、トーヤ殿。その武具店とはどんな店なのですか?」


「おそらくこの街で最も腕の良い鍛冶職人さん達がいる店だよ。結構人気で、王宮の兵士やここに流れてくる傭兵にもよく利用されているらしいんだ」


 訊くと、トーヤが弾んだ声で教えてくれた。

 アリスはその店に着くのが一層楽しみになり、なるべく歩を急ぐようにする。早く、その店を見てみたいのだ。


「……無理して急がなくてもいいんだよ?」


 本気で心配するトーヤ。

 正直に言うとアリス自身トーヤの歩きに付いていくのが限界で、早歩きなどもってのほかだった。

 一旦路上で足を止めるトーヤは、どうしようかと考え込む。


「た、たぶん休憩を挟みながら行けば大丈夫です」


「いや、それでも心配だよ。よく考えてみれば、僕と君で歩幅が全然違うんだから、同じ距離を歩くにも君の方がずっと疲れるんだよね……。こんな簡単なことにすぐに気づけなくてごめんね、アリス」


 本当に大真面目にトーヤは言った。

 自分は割と真面目な方だと思っているアリスだったが、トーヤのこうした純粋さには感心させられてしまう。

 と、同時に少し振り回されることもある。

 何を言っても心配だと言って聞かないトーヤに悶々とするアリスに、彼は更に追い打ちをかけてきた。


「そうだ、なら僕がアリスをおぶって歩こうか?」


「は……?」


 アリスは顔を真っ赤に染め、小さく口を開く。

 そんなこと、恥ずかしすぎますよ――と彼女は喉の奥で呻き声を上げた。だがその台詞は意味のない音として彼女の口から出ただけで、トーヤが言葉の意味を理解することは出来なかった。


「ほら、アリス。乗っていいよ」


 トーヤが奇妙な挙動の彼女の前にしゃがみ込み、背中に乗るよう促してくる。

 しょうがない。この分じゃ彼はここから動いてくれそうにないし、それにせっかくのチャンスだ。彼が私だけのためにこんなことをしてくれるなんて、滅多にあることではないじゃないか。

 アリスは自分で結論を出すと、どうせならとトーヤに提案する。


「あの……。肩車、してもらいたいんですが、よろしいですか?」


 トーヤの肩の高さから景色を見てみたい。そうアリスは彼に説明した。

 ――本当はエルやシアンが彼にされた事のないことなら何でも良かったんだが、それは黙っておいた――。

 トーヤは快く受け入れ、アリスを自らの肩に乗せてやる。


「よいしょ……これでどうかな」


「おお~っ! 高いですね!」


 人間の幼児ほどしかない身長のアリスにとって、肩車されて見えた景色はまるで別世界だった。

 いつもより世界が広く見渡せる気がする。アリスはトーヤの頭の少し上から、ルーカスなどは常にこの視点から世界を見ているのかと思い感嘆した。

 

「すごいです、トーヤ殿! 私、今感動してます!」


 生まれて初めて体感する、まさしく夢のような光景。誇張なしにアリスは大粒の雫を眼に溜め、涙声で言った。

 

「はは、そっか。アリスが喜んでくれて良かった」


 トーヤが嬉しそうに笑い、ゆっくりと歩き出していく。

 これまでとは異なる視点から通りを見回しながら、アリスは朝の閑散とした通りを楽しんでいた。

 やがて辺りに人が増え始めた頃、二人は目的の武具店に到着する。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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