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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第5章  共生編

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エピローグ  方舟

 イェテボリの街を出た僕達は、アールヴの森に戻ってきていた。

 街で人間達に演説し伝えた事は、彼らの心にこれから先も残り続ければいい。僕はそう思っている。


「もう、お別れかな」


 エルフ達との関わりは本当に短い間だったが、濃密な時間でもあった。

 戦いの中で思いを通わせた分、別れるのは少し惜しくもある。


「行くのですね、トーヤ。我が一族のために行動してくれた事、私達は忘れませんよ」


 街道沿いの森の入り口に立ち、リヨスさんは僕に手を差し出してきた。

 僕は彼女からの握手に応じ、にっこり笑う。


「困っている人がいれば助ける。それが僕達の生き方ですから」

「ふふ、そうですか。でも、あまり背負い込み過ぎないようにしてくださいね」


 リオやカルが握手を交わす僕達を目を細めて見ていた。

 僕の手を離し、エルの方にリヨスさんは体を向ける。


「……エル。あなたのあの言葉、私は嬉しかったですよ」


 最初、エルは彼女が言ったことが何か分かっていない様子だった。が、それが指すことに気づくと口元を緩める。


「そう思って貰えたのなら、良かったです」


 何のことか僕には分からなかったけど、二人の微笑みを見て何だか嬉しい気分になった。

 暖かい春の風が、僕達の間を吹き抜けていく。

 風がリオの小さく結わえた髪を揺らした。彼女は揺れる髪を押さえ、僕達に笑いかける。


「エル、トーヤ、みんな。私からお主らに一つ、頼みがあるのじゃ」

「……頼み?」


 リオはカルとリヨスさんに目配せし、そして僕達に向き直った。

 胸の前に手を当て、青い綺麗な瞳で見上げてくる。


「トーヤ、お主らはルノウェルス国へ旅をしていると聞いた。その旅に、どうか私も同行させてもらえないか」


 ──驚いた。外の世界を拒むエルフ族の彼女がそんな事を言うなんて。

 目を見張っている僕に、リオはさらに続けて言う。


「お主らに出会い、人間の街に出て気づいたのじゃ。私が知っていた世界は、何と狭かったのだろうと。そうしたら……自然と、世界を見てみたくなった。私のまだ知らない様々な風景を見てみたくなったのじゃ」


 世界を見たい。エルやシアンと語り合った夢を、彼女も追いたいと願い出た。

 僕はリオに頷いてみせる。

 旅の仲間は少ないより多い方が楽しくなるしね。

 

「リオが付いてきてくれるのなら、とても心強いよ。あの風の魔法、すごかったもん」

「ああ。それに、リオと一緒にいると楽しいしね」

 

 エルも白い歯を見せて笑顔になる。彼女は男装のエルフの少女に向け、右手を差し出した。


「じゃあ、これからよろしくね。リオ」

「うむ。よろしく頼む」


 リオはエルの手をぐっと握り、本当に幸せそうに笑った。

 それを端から眺めるシアン達の表情も穏やかな微笑になっている。


「リオさんの事、私はまだよく知りませんが、これから知っていきたいです」

「はい。……ですが女の子が増えるとなると、少し私達にとっては厳しくなるかもしれませんね」


 アリスの発言に僕はジェード共々苦い顔になった。

 腕を組み視線をカルにやるジェードは、カルに訊ねる。


「でも、カルはいいのか? リオと一緒に来てもいいんじゃないかと思うけど」

「いや、私には次の族長として学ばなければない事が沢山ある。本当に癪だが、この女からこの森で色々と教えてもらおうと思っているのだ」


 カルも彼女なりに使命感をもって、これから頑張っていこうと覚悟を決めていた。

 もうそこに過去に囚われていた彼女の姿はない。彼女のサファイアの瞳は明るく輝いていた。


「互いにこれからどうするか、リオと昨夜話し合ってな。離ればなれになるが、時が来たら戻って来いとこいつに言ってやったよ」


 リオはこくりと頷き、最後に親友であり従姉妹でもあるカルを抱き締める。

 カルは僕達の前で突然抱き締められたことに赤面していたが、それでもどこか嬉しそうな表情でリオを抱き返した。


「カル、次に会った時には立派なエルフ族長になっておれよ」

「当たり前だ。リオこそ、トーヤ達に迷惑をかけるような事はするなよ。それと、帰ってきたら旅先であった話を聞かせてくれ」


 二人のエルフの少女は長く抱き合った後、体を離した。

 カルの澄んだ瞳には涙が浮かんでいる。やっぱり、リオと離れる事が寂しいのだろう。


「リ、リオ……」


 涙声で彼女の名を口にするカル。

 そんなカルに、リオはただ黙って彼女の美しい茶髪を撫でていた。

 と、エルが何か声を上げる。


「あ、あれ見て……! 新しい芽が……」


 エルが指差した先に皆の視線が集まった。

 そこにあったのは、枯れ木から芽生える新たな生命。


「枯れた筈の樹から、新たな命が芽吹くとは……。これも、何かの始まりを表しているのかもしれませんね」


 リヨスさんの言葉の余韻が静かにこの場を満たしていった。


* * *


 アールヴの森を後にした僕達は、徒歩でヨトゥン渓谷へ向かった。

 その一行の中にはリオもいる。彼女はこれからの旅に胸を踊らせているのだろう。

 ヨトゥン渓谷に着くまでの間、彼女は(しき)りに僕達に話しかけてきた。

 

「ヨトゥン渓谷……。一体どんな場所なんじゃろうか」

「ふふっ、着いてのお楽しみよ」


 リオにそう返すのはユーミだ。彼女も何だかやけにそわそわした様子に見える。

 何かあったんだろうか?




 ユーミがそわそわしていた理由は、渓谷に辿り着いてから明らかになった。

 雪解け水の流れる谷の空気を吸いながら僕達が一息ついていると、彼女はニカッと笑って話しかけてくる。


「ねぇ、トーヤ。あたしからもお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかしら?」


 ユーミからのお願い? 一体なんだろう……。

 隣で渓谷の壮観をうっとりと眺めていたリオも、気になってユーミに目を向けた。


「うん、いいけど……」

「良かった! じゃあ言うわね、トーヤ。実は、あたしもあんた達と一緒に行きたいな~、なんて思ってるのよ」


 ユーミは視線を空に泳がせながら、照れ臭そうにして言った。

 なんだ、そんなことか……。

 ユーミの事だから、僕に変なお願いでもするかと思って身構えちゃったよ。


「何よ、そのホッとしたような顔は……。私があんたに何を頼むと思ってたの? 少なくとも、私はそこのエロ小人とは違うんだからね」

「何で私と比べるんですか、ユーミ殿!?」


 ユーミが半眼を作り、アリスが悲鳴に似た叫びを上げる。

 僕は目を弓形に細め、彼女の願いに応える。


「いいよ。ユーミには色々とまだ聞きたいことがあったし……それに、僕はユーミのこと好きだから」


 僕の言葉にユーミは耳まで真っ赤になっていた。

 アリスがユーミと同じく顔を紅潮させて僕を睨み付ける。近くにいたシアンもむすっと頬を膨らませた。


「ユーミがいてくれれば高い所の物とか取ってもらえそうだし、それに力持ちそうだからいると助かるよね」

「……っ、馬鹿っ! あたしはか弱い乙女なのよ、力仕事は男のあんたがやりなさいよ!」


 ゴンッ、と頭上に振り下ろされる拳。

 ……どこがか弱い乙女なんだ。


「痛っ、少しは手加減してよ……力ではそっちの方がよっぽど強いんだから」

「あっ、あんたが女の子のハートを弄ぶような事をするからよ! 好きって言っといて、その後に言うことがそれ!?」

 

 ユーミは顔から火が出る程に真っ赤になっている。僕に怒鳴り付ける彼女を、ナミがなだめてくれた。


「まあまあ、姉さん。少しは落ち着いてください。あまり騒ぐと嫌われちゃいますよ?」

「……まぁ、確かに」


 深呼吸して上がった息を整えるユーミは、ナミを見下ろして訊く。


「ナミ、あんたも一緒に来たいんじゃないの?」

「いいえ、私は谷に残ります」


 ナミは首を横に振り、清流で喉を潤すエルに目を向けた。

 意外なその応えに僕達は少し驚く。

 ナミはエルにあれだけぞっこんだったのに……。どうしちゃったんだろう。


「姉さんがいなくなった後の巫女の仕事は、私が継ぎますよ。そして巫女としての地位を手に入れた私が、いつかエルさんと結婚する……!」

 

 彼女の恋の炎は燃え尽きた訳ではなかったようだ。それどころか、巫女の地位を利用してやろうと画策までしているし……。

 さっき驚いたのが馬鹿らしくなる。


「愛する者を待ち続ける、健気な巫女……。あのエルさんも、こんな私だったらきっと振り向いてくれる筈ッ……!」


 グッッと拳を握り、ナミは力説する。

 それは、どうなんだろうか……。エルが巫女さん好きだなんて聞いたことないしなぁ。


「あ、ああ……。頑張って、ナミ」

「はい! エルさんのためなら、幾らでも頑張りますよ!」


 ユーミはやれやれといった様子でナミを見つめた。

 ユーミ、苦労して来たんだろうな……。


「じゃあナミ、後の事は頼んだわよ。お父さんは……」


 と、その時。丁度タイミング良くウトガルザ王が姿を見せた。

 彼は背に太い縄のようなものを結んで担いでいる。

 

「あっ、お父さん! 昨日話したこと、トーヤ達に伝えたわ」

「そうか。……その表情は、皆に認めてもらえたか」


 正確には、僕以外のみんなはユーミの同行について意見を言っていない。だけどユーミのことだ。誰かが拒否しても強引についてきそうな気もする。

 ユーミの笑顔を事の成功と取ったウトガルザ王は、太い綱をブンブン回して口元を綻ばせた。

 あの綱、一体何に使うものなんだろう。


「ああ、これか? これはな、トナカイを飼うために使うものだ」


 ウトガルザ王は僕達の視線が綱に注がれたのに気付き、振り回す腕を止めて説明してくれる。

 僕も勿論びっくりしたが、一番驚きを露にしていたのはリオだった。


「巨人族が、家畜を飼おうというのか!?」


 目を見張り、変革に挑もうという巨人の王を仰ぎ見る。

 これまで、巨人族は狩猟を主に採集なども行って生活をしてきた。

 だが、自然は常に安定しているとは限らない。巨人族が食糧難に陥ってしまったのも、先日の山火事が原因なのだ。

 ならば、ある程度は自然に左右されにくい食糧の供給方法をとればいい。

 ウトガルザ王がそう考えた結果が、「家畜を飼う」という選択であった。


「家畜だろうが多少は自然の影響を受ける。だが、全てを自然に任せてしまうよりかはマシだ。家畜を飼うことで元々の自然の形を少し変えてしまうことになるが、俺は一族を守るためにこの選択肢を取った」


 これが、ウトガルザ王の考えた自然との「付き合い方」なんだろう。

 全てを壊しはしないが、少し形を変えて利用する。街の人間と森のエルフの中間的な考えだ。


「……ウトガルザ王」


 やっぱり、この人は素晴らしい王者だ。

 一族を引っ張り、革新へと導く王。

 エルフのカルも、将来は彼のような立派な指導者になっているといい。

 たぶん、良い王に種族など関係ないのだ。スウェルダ王も、リヨスさんも、ウトガルザ王も──それぞれが一長一短な部分を持ち合わせている。

 

「娘さん、しっかりとお預かりします」

「おう、頼むぞトーヤ。そいつは手がかかる娘だからな、くれぐれも暴走させないよう気をつけてくれ」


 僕がニヤリと笑うと、ウトガルザ王も笑いを返した。

 僕達のやや冗談めいたやり取りを、ユーミはきっぱりと否定する。


「私はそんなに手のかかる女じゃないわ。むしろ皆の役に立つ有能な女よ」

「……冗談の通じない娘だなぁ」


 ユーミは腕を組み、ぷいとそっぽを向いている。恐らく、彼女は自分が低く見られるのが嫌いな(たち)なのだろう。

 うーん、また随分と個性的な女の子が入ってきたなあ……。


「じゃあ、そろそろ行こうかな」 


 ヨトゥン渓谷の先には、僕達の目指すルノウェルス王国の国境がある。

 そこを越えて新たな世界を見に行くのだ。


「おーい、エルー!」


 清流のほとりに佇んでいた精霊の少女は、僕を振り返る。

 エルが何を思い、何をしてきたのか。静かに立ち尽くす彼女の後ろ姿ろ姿を見ていて、僕がそれをまだ殆ど知らなかった事に気づかされる。

 僕なんかより遥かに長い時を見てきた彼女の目には、この数日間の事はどう映ったのか。

 ……それを知ることが出来るのは、彼女独りだけなのかもしれない。


「トーヤくん、どうしたの?」

「……いや、何でもないよ。さあ、行こう」


 八足の黒馬、スレイプニルが引く大きな馬車の乗組員はこれで二名増えた。

 僕達は馬車に乗り、巨人族の人達、そしてヨトゥン渓谷に別れを告げる。


「皆さん、本当にありがとう! ウトガルザ王、ナミ……さようなら。お元気で!」


 僕達が出立すると聞いた多くの巨人達が、馬車を見送りに出てきていた。

 去り行く僕達に言葉をかける者や、別れを惜しんで握手を求めてくる巨人の少年もいる。

 馬車が進むのにも尋常でない時間がかかった中、ようやく僕達はヨトゥン渓谷の出口地点に着いた。

 出口まで送りに出てくれたウトガルザ王とナミが、最後に僕達に向けて言ってくれる。


「お前達の乗っているその馬車は、俺達の神話で言う『箱舟』だ。未来へ向かって、異なる種族の者達が手を取り合っている。その状態が何よりも素晴らしい事だということを、どうかこの先も忘れずにいて欲しい」


「父さんの後で私が言えることなんてあまりないですけど……。皆さんには、これからも優しい人でいてもらいたいです」


 ウトガルザ王の深く響く言葉、ナミの優しく包むような言葉。

 二つの言葉が僕達の胸に染み渡っていく。


「ウトガルザ王、ナミ。今の言葉は、この先何があっても絶対忘れない!」


 僕は叫ぶ。

 その叫びと呼応するかのように、スレイプニルは静かに加速していった。




 ──さよなら。そして、ありがとう。




 馬車は霧のゲートを潜り抜ける。

 白い空間に揺られ、御者台に座る僕には視界の先が何も見えない。

 シアン達が不安げな囁き声を上げるのが聞こえた。

 霧は嫌いだ。人の心を寒くするから。




 数秒間の沈黙を経て、突如世界は明転した。

 白一色の世界に色が着き、眼前には人間の手で作られたトナカイの放牧地帯が広がっている。

 トナカイ達は地表の草を食み、近くには人間達の姿もちらほらと見受けられた。

 人間達が話している言葉はミトガルド地方の共用語であるスウェルダ語だったが、その発音には北部特有の訛りが存在していて──。


「ここが、ルノウェルス王国──」


 間違いない。

 僕達はようやく、目的だったこの地を踏んだのだ。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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