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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第5章  共生編

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25  言葉の刃

 エルの変身魔法(メタモ)で姿を変えた僕らは、この街の総督に近付くために役所に潜入する。

 僕達は怪しまれないよう平然とした態度を意識して、建物に入ってすぐのロビーに目を走らせた。

 夕方という時間帯もあってか、帰り支度を始めている人達が多い気がする。

 入ったはいいが、さてどうするか……。横にいるエル――ブラウンさん――を横目で見、視線で問いかけた。


「ふむ……。わからん」

「ちょっと、どういうことよ……」


 黒髪の美女に変身している僕はそれっぽい口調になるようにして、隣に立つエルを肘で小突く。

 

「いたっ、ごめんよトーヤくん。まずは、総督がどんな人物か探る必要があるね」

「やっぱりそうだよね……」


 困ったことが一つある。

 それは、僕が変身している女性の名前も素性もわからないということだ。この女性のことがわからなければ、動くに動けない。


「大丈夫だよ。その女の人の事がわからなくても多分なんとかなる。それに、ブラウンという男は彼女と付き合っていたみたいだし。一緒にいても怪しまれることはない筈だから、心配はしなくていい」

「うん、そうだよね。あまりこそこそしているのも好きじゃないし、ここは思い切って行動してみるよ」


 僕達は頷き合い、とりあえず二人で役人達から総督に関する話を聞き出すことにした。

 黒髪の美女である僕は、通りかかった真面目そうな役人の男性に声をかける。


「ちょっと、あなた。少しお話しません?」

「は、はあ……いいですけど」


 なんか、微妙な反応だなあ……。

 これほどの美女を相手に全く動じないこの人は、もしかしたらかなりの大物かもしれない。


「ねえ、総督様のあの噂聞いたことある? 私がこの前、耳に挟んだ話なんだけど……」

「噂? 聞いたことがありませんが……何かあったんですか?」


 どうやら総督様とやらには、悪い噂は立っていなさそうだ。少なくとも、誰もが知るような噂は。


「あっ、知らないならいいのよ。もう帰るところでしょ? 気をつけてね!」


 若い役人さんは僕に会釈をして去っていった。

 僕は少し離れた所で見守っていたエルの元に戻り、耳打ちする。


「悪い噂はなさそうか……。ちっ、何かあったらそれをネタに脅そうと思ったのに」


 エル、考えが黒いよ……。

 でも、脅して動かすのが一番手っ取り早いのも確かだ。

 僕達にはノエルさんから貰った金貨や、ミラを救った際のスウェルダ王からの謝礼金がまだたんまりある。それも併せて利用すれば、何とかなるかもしれない。

 エルはロビーの掲示板にある館内案内を見て呟く。


「総督室は三階か……よし、今から行こう」

「えっ、もう行くの?」


 もう少し調べてから行くものだと思っていたから、僕は驚いてしまった。

 エルは口元のちょび髭をいじりながら言う。


「ああ。総督に会って、話してみよう。方法は何なりとある、私に任せてくれ」

「わかった」


 ここはエルに任せよう。今回の彼女は割りとまともな判断をしているし、きっと上手くいくと思う。


 総督に会おうと決めた僕達は、ロビー脇の階段を早足で上がっていった。

 階段の掲示板に大きく張り出された紙には、「役人の心得」と書かれている。それを一瞥したエルは溜め息を吐いた。


「はぁ、『考えるな、働け』だって。ブラックだなー」

「なら、何かしら不満を抱いている役人さんも多いかもしれないね。それも利用できそう」


 エルは嫌な気分になったのか、腹いせに階段をわざと大きな音を立てて上がっていった。

 忘れちゃいないが僕は黒髪の美女なので、上品さを意識して静かに階段を歩こうーーと、思ったけどエルと一緒に音を立てて階段を駆け上がった。

 どうせ誰も見てないし、別にこの姿だし何をしても気にならない。


「よいしょっと。ここが三階だね……」 


 階段を一気に駆け上がった僕は、浅く息を吐いた。

 開かれた胸元が汗ばんで(ほの)かに紅潮する。結構刺激的だ。


「トーヤくん、顔を赤くしてると思ったら自分の胸を見てるのかい? まったく、けしからん」


 そう口を尖らせながらも、エルもうっとりと黒髪の美女に見惚れていた。

 この女の人には、女の子さえも惚れさせてしまう魅力があるようだ。これじゃあ本人も色々苦労しそうだな……。ナミのエルへの接近ぶりを思い返し、僕は苦い顔になる。


「総督室はどうやら廊下の一番奥の部屋みたいだね。行こうか」


 もし誰かがエルのこの台詞を聞いていたら、不審に思うことは間違いなかっただろう。

 だが運の良いことに、今は廊下には人影は一つも見当たらなかった。運に恵まれた僕達は、無人の廊下を闊歩(かっぽ)していく。


「ブラウンさん、ここからはちゃんと本人になりきらないといけないわよ」

「分かっている。君も気を抜かないようにな」


 僕達は声をひそめて耳打ちし合った。

 逸る歩調を緩め、総督室の前で並んで立ち止まる。

 僕はエルに目配せした。彼女もちょび髭を撫でながら僕を見てくる。

 シンクロしたように僕達は頷き、一緒に総督室のドアを叩いた。


「ブラウンです。失礼します」

「……入れ」

 

 機嫌の悪そうな声が返って来た。

 ブラウンに変身したエルがドアを押し開け、僕は少し身を縮めながら後に続く。

 高額そうな品物が多く置かれた、だだっ広い部屋の奥。窓際の机に向かっていた男は顔を上げた。


「ブラウン、一体何の用だね? 私は貴様に仕事を頼んだ覚えは無いが……」


 銀の高級そうなスーツを身に纏っている、でっぷりと太ったブロンドの男。

 この街の全ての権限を握る総督は、ブラウンの声を聞き大層嫌そうにしていた。

 が、僕の姿を目にして顔色を変える。


「おお、カリスティアじゃないか! 良かった、考え直してくれたか」


 総督の言うことが何のことかさっぱり分からなかったが、僕はとりあえず頷いておいた。

 そうすると、総督は更に嬉しそうな表情になる。ブラウンさんなんて視界に入っていないようだった。

 エルは咳払いすると、総督に対して嘘臭い笑顔を見せる。


「……総督様、実はこのカリスティアが一人では入りにくいというので、私がここまで同伴したという訳なのです」

「そうか、そうだったか。ならばブラウン、貴様にはもう用は無いな? 早急に私の前から立ち去れ。目障りだ」


 総督はブラウンさんのことが相当気にくわないらしい。嘘の事情を聞くと、彼はエルに冷たく出ていくよう告げた。

 エルは不快さを全開にした目をしたが、笑みは崩さず総督にお辞儀をしてから退出していった。


 エルがブラウンさんに変身したのは失敗だった。

 二人で総督を説得しようと思ったのに、これで僕一人でやらなきゃいけなくなった。

 しかも、総督と部屋に二人きりなんて正直言って嫌だ。この男の僕を見る目といったら……本当に気持ち悪い。下心丸出しじゃないか。

 こんな姿に変身するんじゃなかったな……。僕をこの姿にしたエルが少し恨めしくなる。


「カリスティア、とにかくそこに座りなさい。長い話になるだろうからね」


 この部屋のど真ん中に鎮座する、黄金張りのソファー。そこに腰を下ろすよう総督は僕に指し示した。

 僕は遠慮なく、無駄に高級なソファーに座らせてもらう。

 座り心地はまあまあといったところだった。見た目よりも質が悪い。

 僕がそんなことを考えていることなどいざ知らず、総督は下卑た笑みを浮かべて、僕の反対側のソファーにどっかりと体を沈めた。


「カリスティア、ようやく私と結婚することを決めてくれたのだろう? 君はこれまで数々の男と遊んで来たようだが、私はそんなことは気にしない。君を受け入れる準備はいつでも出来ているつもりだ」


 えっ……。

 思ったより面倒なことになりそうだと感じながら、僕は固まってしまった。


「ん? どうした、カリスティア」

「えっ、あっ、ごめんなさい。私もあなたと結婚出来ると思うと、嬉しいわ。あははっ……」


 笑い事じゃないな、これは。

 カリスティアさん、本当にごめんなさい。あなたの知らない所で、あなたが総督さんと結婚しそうになってます……。

 

 ああっ、もう。どうしよう。

 もしかしたら、用件を言えばこの人相手なら通るかもしれない。だけど、僕が本物のカリスティアさんじゃなかったって分かったら終わりだよね……。

 

「ね、ねぇ。私から一つお願いがあるの。聞いてくれないかしら?」

「おっ、なんだ? 何だって聞くぞ」


 調子のいい人だな、全く。

 上目遣いされたら鼻の下を伸ばしてデレデレだよ。


「あのね、北に『アールヴの森』ってあるじゃない? あそこから木々を伐採してるみたいだけど、その……少し、森に住むエルフ達が可哀想じゃないかしら?」

「流石はカリスティア、エルフどもの事まで思いやるとは清い心の女性だ」


 総督さんは僕が演じるカリスティアに感心している。

 が、他の人に同じことを言われたら今のような反応をするのか疑問だった。


「それでね、あそこで樹木の伐採をするのを止めて欲しいと思うの。森は昔に比べて随分と狭くなったと聞くわ、流石にこれ以上は止めるべきよ」


 総督さんは僕の言葉に若干狼狽(うろた)えたが、すぐに首を横に振って否定する。


「いくらカリスティアの頼みとはいえ、そんなことは出来ない。この街の収入の多くがそこから賄われているのだからな。これを止めてしまっては、この街の者達の生活が苦しくなる」


 それは至って正論だった。

 人間の側から見れば、森林伐採は生活していくために必要な事であり、これを止めれば失業者が確実に出る。そんな事をすれば街は貧しくなるし、総督を支持する者達も離れていってしまうだろう。


「街の住民の事を考えて言っているのだ。分かってくれ、カリスティア」

「総督様……」


 僕はこの総督さんのことを少し見直した。

 階段のあの張り紙を見て、どんな酷い人なんだろうと思っていたけど……。街と住民の事を第一に考える良い人だったようだ。

 勿論、あの張り紙は駄目だと思うけどね。


「全部止めるのは駄目でも、少し減らしてみてはどうかしら? 今木々を()りすぎると、後に響くと思うのだけれど……」

「いや、駄目だ。今の財政はかなりきつい、もう少し収入が欲しいのだよ」

「でも、それじゃあ森が……!」


 総督さんは突然立ち上がり、僕に鋭い目を向けて来た。手を前に出し、彼は僕の言葉を制する。


「この話はまた後にしようか、カリスティア。実は君に渡しておきたいものがあるのだ」


 彼はそう言って部屋の奥の机の所に戻っていき、何かを机の下から取り出した。

 黒い大きな箱のような物だ。中には何が入っているんだろうか。

 

「ふふっ、見て驚くなよ。君のために用意した特別なものだ」


 総督はでっぷりとした体を揺らしながら、僕の前の応接机にその箱を置く。

 僕が箱を覗き込んでいると、彼はうきうきした様子でそれを開けた。


「あらっ……!」


 思わず、溜め息を吐いてしまう程の美しさ。

 箱の中に溢れんばかりにぎっしりと詰まったそれらは、金銀財宝や色とりどりの宝玉だった。

 よくこれだけの財宝を集めたものだと僕が感心していると、総督は得意気に笑う。


「ふふ、全てこの私が稼いだ金で手に入れたものだ。どうだ、カリスティア。私の財力の結晶を目前にして、更に私に惚れ込んだだろう?」


 本物のカリスティアさんがどうかは知らないけど、僕は金に釣られるような人間じゃない。別にそう思ったわけではないが、「すごいわね」とだけ言ってやった。

 

「ねえ、ちょっと見てみてもいい?」

「ああ。好きにしたまえ」


 僕は宝の箱を引き寄せ、中の財宝を確認する。どれも本物の財宝に見えたし、価値のあるものだとは思うけど……。

 何かおかしくはないか?

 僕は総督のご機嫌そうな表情を見て思う。

 あの目の仄暗さ……。これまで何度も見てきた目だ。

 マティアス、リヨスさん、カル……何か後ろめたい事のあった者が見せる目。そいつをこの総督は隠し切れていない。

 

「こんなに大きなダイヤ……」


 僕は輝く金剛石をつまみ、目の前に晒す。光に透かして見ても、やはりそれは美しく輝きを放っていた。

 でもその美しさは、虚飾でしかないかもしれない。


「ねえ、総督様。あなた、こんなに多くの財宝を揃えられるだけのお金持ってたの?」

「カ、カリスティア? 何を言っているのだ」


 総督は明らかに動揺した。

 やはり、と確信した僕は彼に追及する。


「私のためにお金、どこかから用意して来たんでしょ? これだけの財宝が湧いて出るなんてあり得ない。どこからお金を持ってきたのかしらね」

「ち、違うのだカリスティア。私は君のために……!」


 これはチャンスだ。

 総督さんを追い詰める材料を手に入れた僕は、更に彼に詰め寄った。


「どこで手に入れたお金か、正直に言ってごらんなさいよ。これから結婚する仲でしょう? 嘘なんてつけないわよね」

「あ、ああカリスティア。私が君に嘘などつく筈がないだろう!? 分かった、正直に言おう」




 案外、あっさりと彼は告白した。

 金に目が眩んで、市民から徴収した税金の一部を横領していたこと。

 しかも税金の横領は彼がカリスティアと出会う前、彼が王の命を受けて総督に就任した直後から行っていたこと。

 そして横領の金額は年々大きくなり、カリスティアと出会って暴走に歯止めが効かなくなってしまったこと……。


「本当に、後悔している……。私は王に信頼された総督である筈なのに、王に(そむ)くような真似を……」

「……愚かな人だね、あなたは」


 もう変身の必要がないと思うと、僕の姿はカリスティアのものから元の自分に戻っていた。

 総督は驚愕し、ソファーにうずもれたまま僕を見上げている。

 ソファーから腰を上げて総督の前に立った僕は、彼にあることを約束させた。


「総督さん。横領の事を市民に知られたくなければ、今から僕が言う二つのことを実行してください。一つ、アールヴの森の木々を伐採することを止めるよう条例を発布すること。二つ、市民に横領した金を何らかの形できちんと返すこと。……僕はスウェルダ王と知り合いです。あなたが何をしたか、本当なら王に知らせてもよかったんですからね」


 不正を種に脅すなんて柄にもないことをしたが、僕の目的はアールヴの森の伐採を止めることであって、目的を実行出来るのなら手段は何でもいい。

 それに彼は反省しているようだし、下手に抵抗して王からの信用を失う訳にもいかないだろうから僕の言うことは聞くだろう。


「……わかった、従おう。その代わり、私が不正を働いたことは市民には知らせないで欲しい。総督府からのお裾分けだと言って金は渡すつもりだから」

「はぁ……それで市民はあなたをまた支持するようになるってことですか。やっぱり、不正の事ばらしちゃおっかなー」


「それがいいんじゃない? トーヤくん」


 エルが元の姿に戻って、ドアを開けて現れる。

 総督さんは目を見開き、突如現れた美少女を凝視していた。

 緑の髪の少女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、腕を組んで僕を見据えている。


「トーヤくん、どうするかは君が考えなよ」


 ……エルは僕を試そうとしているんだ。

 脅しの通り不正は市民には隠し、エルフ達を取るか。不正を許さず総督を裁判にかける代わりに、エルフ達の森を見捨てるか。


「僕は……」


 ごくりと唾を飲み、言葉を吐き出す。

 言葉という刃を身に付けた僕は、それを目の前の男に静かに切り付けた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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