23 協力
ウトガルザ王の言葉に、エルフ族長の立場であるリヨスさんは目を見開く。
彼女を首を横に振り、巨人王の頼みをきっぱりと拒否した。
「そんな事、言語道断です。エルフ族はあなた方には一切、手を貸しません」
「いやいや、勘違いしてもらっては困る。俺達がすることは、人間に武力を持って立ち向かうことではない。巨人とエルフ、この二種族が手を取り合って人間と話し合いをすることだ」
ウトガルザ王は、そんな事を考えていたのか。
僕は驚いて巨大な男を見上げた。リヨスさんも、他のみんなも口を大きく開けて驚愕している。
「まさか、本当にそんなことを? 第一、人間が私達と話し合いをする機会を設ける訳がありません。それに同胞達だって……」
「それは大丈夫だ。俺達と人間との架け橋になってくれそうな少年が、そこにいるだろう。エルフ達だって、戦いを起こすよりかは話し合いで穏便に済ませた方が良いと思っている筈じゃないか?」
視線を向けられ、僕は静かに頷いた。
亜人と人間、似て似つかない彼らを繋ぐ架け橋に僕などがなれるのなら、なってやる。そして、亜人に対する差別を少しでも減らすんだ。
「僕、やりますよ」
「よし。良く言った、トーヤ。リヨス殿、どうか手を貸してはくださらんか」
ウトガルザ王は僕の頭をそっと撫でてから、リヨスさんに再度訊ねる。
リヨスさんはこれ見よがしに溜め息を吐き、「仕方ありませんね」と肩を竦めた。そんな態度の彼女だったが、表情を見るとあまり悪い気はしていないように見える。
もしかしたら、これまで手を取り合えることのなかった二種族が協力関係になれたことを、内心では喜んでいるのかも……なんて、考えすぎかな。
「ですが、どうするのですか? まさか、いきなり私達が人間の街へ下りていく訳にもいかないでしょう?」
リヨスさんの問いはもっともだ。突然人間の街に巨人やエルフが姿を現したら、少なからず騒ぎになることだろう。
では、どうするか。
「……僕が先に街へ下りて行きます。目的は、人間に森の木々の伐採を止めさせること。これでいいんですよね」
「ええ。それで良いです。トーヤ……迷惑ばかりかけて、本当にごめんなさいね」
リヨスさんは僕に対して頭を下げる。
僕は微笑み、エルの方を向いた。
エルも笑みを返し、片目を閉じて見せる。彼女の緑の瞳は覚悟に燃えていた。
「トーヤくん、私もこの頭を貸そう。私が考えて、トーヤくんが行動する。……二人で力を合わせて、森を救うんだ」
「うん。僕達が協力すれば、出来ないことなんてない」
ウトガルザ王とリヨスさんが鋭い目で僕らをしっかりと見据えてくる。
僕は彼らの目を見て、もう一度しっかりと頷いた。
「大丈夫です。きっと、上手くやりますから」
「それならいい。では、頼んだぞ」
ウトガルザ王が笑って親指を立てて見せ、リヨスさんは静かに出立しようとする僕達を見守る。
「トーヤ、エル。あたし達のために動くと言ってくれて、ありがとう」
リオとユーミ、ナミ、そしてシアン達が僕とエルの周りに集まった。
彼女達は僕らに、それぞれの思いを言葉にしてかけていく。
「二人とも、相手は人間じゃ。どんな危険なことをされるかわからぬ。街に出たらよく注意することじゃな」
「……リオさん、お二人は人間なんですから、そこまで人を恐れる必要はありませんよ。ですが油断は禁物です。エルさん、元気に私の元へ帰ってきてくださいね!」
「う、うん……。多分ちゃんと帰る」
リオが真剣な顔で言い、ナミは元気に笑う。
エルはナミの最後の台詞にげんなりと肩を落とすも、一応帰ると約束した。
「トーヤ殿、エル殿。どうかお気をつけて……」
「私は二人なら上手くやってくれると信じてますから、必ずやり遂げて戻ってきてください!」
「エル、トーヤの足を引っ張るなよ」
三人も僕達の手を握ったり励ましたり、エルをからかうような声を出したり……。
それぞれの言葉で、僕達を送り出してくれた。
僕とエルは、リヨスさんとリオの案内で森の外を目指す。
サタンの炎が燃え広がった森は、かなり広い範囲が黒炭と化してしまっていた。見回してみて、改めてその惨状に悪魔への怒りが湧き上がる。
「サタン……。あいつのせいで、森がこんな事に……」
拳を握り締め、歩く僕は目の前の木の残骸を避けた。
リオが僕の横顔をちらりと見、唇を噛んで絞り出したような声を上げる。
「あいつは、カルに憑いていたあいつは、何なのじゃ……? あの恐ろしい炎は……」
何故だか、しばらくは声を返すことも出来なかった。
僕達が灰になった木々を踏む音だけが辺りに満たされる。
緑が消え、黒と灰色に塗り替えられてしまった『アールヴの森』。全てが燃やし尽くされなかったから良いものの、今や森の三分の一ほどの面積が焼失してしまった。
人間に切り尽くされる前に、こんな形で木々を失うことになるなんて……。悪魔の炎は、エルフ達の心に深く消えることのない傷を残していったのだ。
「……あいつは、悪魔だよ。悪意を世界にばらまくためだけに生み出された、悪意の塊。私達は、奴らをこの世から消し去るために戦っているんだ」
押し潰されそうな空気の中、鉛のように重い口を開いたのはエルだった。
リオは両の拳を関節が白くなるほど強く握り締め、歯ぎしりする。
「悪魔……あいつが、悪魔……? エル、トーヤ。私は、お主らに協力するぞ。お主らの使命が、悪魔を消し去ることならば、私はその使命に協力する」
憎しみに瞳をたぎらせ、彼女は顔を上げた。
森を破壊されたことで、沸き上がる怒り。それは森に住むものとして当然の怒りだった。
この惨劇を二度と繰り返さないためにも、リオは僕達に力を貸したいと言ってくれている。
「……厳しい道になるよ」
「それでも、ついて行く。誰が何と言おうと、これが私の意思じゃ!」
本当は、彼女をこんな戦いに巻き込みたくはなかった。
でも彼女はやりたいと、自分がやらねばならないと心の底から今思っている。
激しく強い語気でリオは僕の呟きに応え、僕とエルに目を合わせた。その瞳から彼女が本気であることがひしひしと伝わってくる。
「……母上が止めても、私はやる」
「止めはしませんよ。悪魔は、私達にとって仇であり憎むべき存在であるのだから……」
この森で、一人の――いや、もしかしたら二人かもしれない――エルフの少女の心が悪魔によって狂わされた。
母親は娘に復讐を託す。
それがどれだけ危険な道程か想像出来ていながら、彼女は決めていた。
「……そろそろ、森の外に出ます」
森の外側に近い部分の木々は、まだちゃんと残っていた。
この森は最も奥の中央部から焼け落ちてしまったため、上空から見たら幅の太い輪っかのような形に見えるのだろう。
輪っかの外側から出る僕達は、リオとリヨスさんに最後に言葉を交わした。
そうして僕達は、森の南方面にある街を目指して街道を下ることに。
もちろん、一緒に行くのはエルだけではなく彼……スレイプニルも一緒だ。
指笛を鳴らすとすぐに駆け寄って来た愛馬に、僕は飛び乗る。
「エル、ほら……」
「ありがとう、助かるよ」
スレイプニルの高い背に乗るのに毎回苦労するエルへ、僕は馬上から手を差し伸べた。彼女の細い腕を引き、馬の背に引き上げてやる。
僕の腰に手を回して後ろに跨がるエルを、首を回して確認する。彼女がきちんと乗っている事を確かめた僕は、スレイプニルの横腹を蹴った。
「ご武運を祈っておる。頑張れ、二人とも」
「武器で戦う訳じゃないけどね。ありがとう、頑張ってくるよ」
「ふふっ、絶対上手くいく策を用意してあるんだ。作戦は必ず成功させて戻ってくるから、凱旋パーティーの準備を忘れずにね!」
疾風の黒馬は、まさに突風のように駆け出す。
森の景色がどんどん遠ざかり、長い街道を僕達は下っていった。
目指すのはここから南にある街、イェテボリ。
僕達は久し振りに二人でスレイプニルに揺られながら、その街を遠目に見るのだった。




