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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第5章  共生編

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17 『テュールの剣』

「頼む……カル、私をこの網から解放してくれ」


 リオは喘ぐ。心身の痛みがもう限界だった。

 網が絡まり手足が締め付けられ、身動き一つ取れない。地面に無様に仰向けで倒れ、鼻は湿った苔の匂いを嗅いでいた。

 

「ハァ、ハァ……頼む、せめてこの人間の少女だけでも、解放してくれないか……」


 リオが目を上げると、カルに代わって彼女の部下の男が答える。


「馬鹿な事を言うな。何のためにそのガキごと捕らえたと思っている?」


 男はリオを嘲り笑う。リオは唇を噛んだ。

 エルを捕らえることも、カルの目的の一つだったのか。しかし、私はともかく何故エルなのじゃ……?

 リオの視界には、エルは入っていない。だがそれでいても、エルが酷く傷付いた姿になっていることは明白だった。

 激しい殴打音に、生臭い血の臭い。カル達はエルが死のうが構わないということらしい。

 それにしても、カルはリオ達をどうするつもりなのだろう。殺すつもりで捕まえたのなら、とっくに二人とも殺されている筈だ。

 カルの目的が見えて来ない。リオは今度は歯を食い縛った。


「カ、カル……。お主、一体何をしようというのじゃ? 私を捕らえようが、何も変わらぬぞ」

「……変わらない? 何を言っている、変えるために行動を起こしたのだ。安心しろ、リオ。お前の死は十分同胞のためになる」


 カルは刃物の目をリオに向ける。彼女の刃は血に濡れ、リオの心に刃を滑らせていく。

 

「教えてやるよ、私の崇高なる計画を。……私は、エルフ族を変える。リヨスも、お前も殺して私が新しいエルフの女王となるのだ」


 強い語気で唾を飛ばしながら、彼女は赤い左目を輝かせる。

 拳をぐっと握り、突き上げてカルは高笑いした。


「ははははっ! お前の苦しむ顔を見るのが今から楽しみだよ。ふふっ、どんな殺し方をしてやろうか……」


 やはり、カルの本当の目的は……。

 リオは静かに暝目(めいもく)する。 自分に罪があるわけではない。だがカルにとっては、リヨスの娘であるという事だけでリオは復讐の対象なのだ。

 

「リオ、呪うなら私ではなくお前の母親を呪え。お前の母親……リヨス・アルヴヘイムが、偽りの冠を被っていることを」


 その過去を知るものは、エルフ族内でもたったの三人しかいない。

 まず、リオの目の前で復讐の炎を燃やすカル。そして、リオ。最後に、リヨス自身がその過去を胸の内に隠している。

 知られざるエルフ王族を巡る物語。 それは、森の妖精といわれるエルフにあってはならない、血と憎悪にまみれた物語だった。


「ふふっ……十七年、十七年だ。私は生まれた時からこの瞬間を待ち望んできたのだ。真の女王は私であるということを……隠蔽された物語が語られるべきは、今日この日だ」


 リオは顔を歪める。もう、どういった顔でカルと接したら良いか彼女には分からなかった。

 無責任といえば無責任だ。しかし、それは今の彼女にはどうにもならない問題だったのである。

 カルは右手を横に振り、男達を呼ぶ。カルが目配せすると、男達はリオとエルが捕らえられた網を持ち上げた。


「なっ、何を……!?」


 リオがうめき声を上げる。カルは何も言わずに男達に付いてくるよう合図し、男達を先導して森の奥へと歩いていった。

 自分達をどこへ連れていくのか。リオは訊きたかったが、声が出なかった。


 静まりかえった森の中。

 片目の赤い少女と彼女に従う男達は、誰も見物人のいない行進を始める。


* * *


 エル、どこに……。

 僕はアールヴの森の前に立ち、黙って辺りを見渡す。昂った感情は、黒馬の背に揺られている間に少し冷めた。

 息を潜めて森の様子を窺っている僕を見て、スレイプニルも彫刻のように動かず静かになる。

 いきなり森の中へと入り込むのは危険な気がして、僕は立ち止まって耳を澄ませる。

 何かがこの森で起こっているとしたら、物音がする筈。まずはそれを聞き、どこで何が起こっているのか探らなければ。


「なっ、何を……!?」


 どこかで聞いた覚えのある、少年の声。

 直後、僕はその声の主が以前この森で出会ったエルフの少年であることに気づいた。

 どうする……? 近づいてみるか?

 躊躇している間に声のした方向から足音がして、それは遠ざかっていく。

 

「……後をつけてみよう」


 僕は小さく呟いた。スレイプニルの頭を軽く撫で、ここで待っていろと伝える。

 前回この森に入った時とは比べ物にならないほどの緊張感。森に足を踏み入れた僕を、森は全く歓迎していないような気がした。

 

『……少年、止まりなさい』


 女の人の静かに制する声。

 森に入って数歩歩いた僕に、その人は声をかける。


「誰、なの……?」


 さっきの足音はどんどん遠ざかっていき、離れれば離れるほど追尾が難しくなる。

 時間が惜しいというのに、この人は一体…….。


『心配はしなくて良いです。私達は君には害意はない。私達の声を聞くことの出来る、君にはね』


 その女性は、精霊だった。よく目を凝らして見ると、近くには白い光の粒が細かく漂っている。

 僕は囁き声でその精霊の女性に訊ねる。


「どうして、僕を止めたの?」

『この先には、悪意を持つ者達がいる。その者達は巨人や人間といった他種族を憎んでおり……君がそこに向かえば、ただでは済まされないでしょう。そこを見なさい』


 僕は少し先の木立の裏側に目をやった。そこには、鮮血が水溜まりのように広がっている。恐らくここで戦いがあったのだ。

 精霊が、震えている。彼らが恐れるほどの悪意が、この先にある。

 だけど、どんな悪意を持つ相手でも僕はそこに向かわなければならない。

 もしかしたら、エルがそこにいるかもしれないのだから。


「ねえ、精霊さん……。この森で、緑色をした長い髪の女の子を見なかった?」


 精霊の女の人は一瞬言葉に詰まる。それが全てを表していた。

 さっきの血を流したのも、もしや……。


「どこにいたか教えて欲しいんだ。僕は、彼女を助けなきゃいけないんだ」


 僕は低いが強い語気になって、精霊に詰め寄る。

 精霊の彼女は、若干言葉を濁して教えてくれた。


『向こうの方向に……エルフの少女と一緒に連れていかれました。急いで追いかければ、追い付くことは出来ると思いますが……』


 そこまで聞いて、僕は駆け出した。

 もう、なりふり構っていられない。エルと、彼女と一緒に連れていかれたエルフの子を助け出す!

 誰かを助けるために、僕の神器はあるんだ!

 

 僕は腰から『テュールの剣』を抜き、魔力(マナ)を剣に込めながら走る。

 柳眉(りゅうび)を吊り上げ、先にいる相手をきっと睨み付けた。

 猛進する僕に気づいて、慌てたように男性が叫ぶ。

 

「後ろから、何者かが来ます! 剣を持って、俺達を睨んでますよ!」

「矢でも放っておけ! そんな者に構っている暇はない!」


 女性が一喝する。凄みのある大声だ。

 彼女らが運んでいるのは、網にかかった何か。人のように見えるそれが、エルとエルフの少年に違いない。

 数人のエルフの男が僕に向けて短弓を構える。矢をつがえて、それを撃ち放った。

 

 森の木々の間を泳ぐように、矢の群れは飛んでくる。

 木に当たらないようよく計算された、絶妙な弓技。森を知り尽くした者にしか出来ない技だ。

 僕はエルフ達の完成された技術に舌を巻きながら、『テュールの剣』を振り抜く。

 

「ぜあッ!!」


 黄金の剣は、光の軌跡を描く。

 次の瞬間には、無謀な挑戦者の息の根を止めようと矢が各所から僕に突き刺さろうとした。矢を放っていたのは、前にいる男達だけではなかったのだ。


 普通なら、この時点で既に死んでいる。

 でも僕の『テュールの剣』は特別だ。


「……おいおい、おかしいだろッ!?」 


 どこからか一人の男が驚愕する声がした。隠れて右から僕を狙った男だろう。


「け、剣は矢に触れていなかった筈だ! 一体、何故……」

「エルフの皆さん、止まってください」


 僕は静かに言う。足元には、へし折れて(やじり)を砕かれた無数の矢があった。

 驚きの声を上げた狙撃者の男に遅れて、僕の前を走る男達も足を止めて口をポカンと開ける。


「そんなガキ、さっさと潰せないのか、お前達! 残り矢を全てつぎ込んでいい、そいつを殺せ!」


 強気そうな金髪のエルフの女性が、必死に走りながら怒鳴り付ける。彼女の声は先程とは異なり、僅かな動揺があった。


「う、うああああッッ!!」


 男達が雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げて、矢が放たれる。が、矢は前よりも乱れて幾つかは樹木に突き刺さった。

 僕は狩りで鍛え上げた動体視力で、風を切って飛んでくる矢の数々を捉える。

『テュールの剣』の柄にはめられた紅玉が(まばゆ)く輝く。僕は父さんに教わったナイフ術を活かした動きで黄金の剣を振り、右足を軸として一回転した。


「はああッ!!」


 白と赤の光の円が僕を中心として現れる。

 風と衝撃波が渦を巻き、僕に近付く凶暴な矢を弾いて破壊した。


「ハァ、ハァ……観念してくださいね」


 またしても固まってしまっているエルフ達に、僕は怒りを抑え込むのに苦労しながら言い放つ。

 今度は、金髪の女性も立ち尽くしてしまっていた。

 僕はテュールの剣を、本当に弱い力で小さく振る。


「――――なっ!?」 


 すると次には、金髪の女性が目を見開き、片膝を地面についてうめいていた。

 動きやすそうなパンツが裂け、彼女の脚からは血が流れ出す。 


 これが、『テュールの剣』の能力だ。

『テュールの剣』は、放った斬撃を自由自在に操ることが出来る。

 斬撃を遠くへ飛ばしたり、自分の周りに渦のように維持させたり……使い方は多岐に渡る。

 

 僕は剣を抜いたまま、地面に膝を突き動けなくなってしまった金髪の女性に歩み寄った。

 彼女は僕を睨み、口を真一文字に結んでいる。人間などには屈しない、そんな意思がその目からは伝わってきた。


「……エルを、その子達を解放してください」


 僕は静かに言い渡す。彼女は首を横に振ることも縦に振ることもなく、ただ笑うだけだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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