12 森に認められし者
雪が残る街道沿いを歩くエルとナミ。
彼女らが目指す場所は『ヨトゥン渓谷』より南の方角にある森、『アールヴの森』だ。
目的地へ向かう彼女らの足取りは決して軽くはない。やるべきことを考えれば、足取りは重くなる一方だった。
「エルフ達は、そもそも私達の話を聞いてくれるのだろうか……」
エルの心配はそれであった。
谷を出る前はみんなに啖呵を切って見せたが、いざ森へ向かうとなるとやれる気がしない。
それに、自分についてくるナミが何やらやらかしそうで……。
「はぁ……」
「どうしたんですか、エルさん? ため息なんて吐いて」
エルとは対照的に、ナミはそれほど心配している様子は見られない。
彼女はエルに笑って見せ、「大丈夫ですよ」と励ます。
「君が大丈夫ならいいけどね……」
彼なら、トーヤくんならどうするだろうか。
きっと、巨人もエルフも説得して上手く収めてしまうのだろうな。
いや、彼でさえそれをやれるとは限らないか。今回の問題は、かなり難しそうだ。
「もう、やるしかないか。ナミ、足を引っ張らないでくれよ」
「エルさん、私を誰だと思っているんですか。私は偉大な巨人王の娘ですよ」
エルがナミを見上げて言い、ナミは笑いを引っ込めて真剣な表情で返した。
それから二人は間もなく、『アールヴの森』に着く。
二人は見るものにどこか涼やかな印象を与えるその森の前に立ち、深呼吸をした。
エルは胸の前に手を当て、最後にトーヤの顔を思い浮かべる。
何が起こるかはわからない。エルの実力ならどんなピンチでも潜り抜けられる自信はあるが、今回はナミが一緒だ。
万が一エルフからの攻撃を受けたとしたら、ナミを守りながら逃げ切ることが出来るのか。
それに、いくら自分が優秀な魔導士だとしても、限界というものは存在する。複数人に囲まれでもしまったら、全ての攻撃を防ぐことなど出来ないのだ。
エルの頭の中は「心配」でパンクしそうだった。
「エルさん、あまり心配しすぎないほうが良いですよ。肩の力を抜いて行きましょう」
「うん、そうだね……。なんとかなる」
もう一度深呼吸し、エルは森の中へ入ろうとする。
だが逸る彼女の足をナミが止めた。
「待ってください! 他人の家に入るときは、まず挨拶をするべきですよ」
こういうところは、意外ときっちりしているらしい。
だが、それも道理だ。エルだって自分の家に勝手に誰かが上がり込んで、腹が立たない訳がないのだから。
エルは同行者の巨人の少女に頷き、二人で声を揃えて森の住人達に呼び掛ける。
「『アールヴの森』のエルフ族の者達よ、私達は『ヨトゥン渓谷』からやって来た者です! あなた達と少し、話がしたい! 姿を現してくれませんか!?」
呼び掛けは、森中に届くように大声で行った。
誰か一人でもいい、私達の声に応えてくれないか……。
エル達はしばらくエルフ族からの返答を待っていた。だが、一向に相手からの返事は来ない。
「もう一回、呼び掛けてみようか」
「そうですね。それがいいでしょう」
二人は諦めずに、再び先程と同じような事を叫ぶ。
次には森の奥から風音とともに矢が飛んできて、エルに防衛魔法を使用させた。
バリア魔法に阻まれた矢は、弾け飛んで雪の上に突き刺さる。
「巨人どもも懲りない奴らじゃのう。……? 奴らの倒れる音がしなかったが……」
流れるような美しい声と足音がして、木々の間から顔を出したのは金色の髪の美麗な少年。
少年……男装の少女、リオはナミよりもエルの姿を見て目を丸くする。
リオは、エルを見つめたままの姿勢で固まった。エルもリオに凝視されたまま動けずにいる。
三人の間に奇妙な沈黙が降りた。
その沈黙を破ったのは、ナミだった。
「あの、私達の話を聞いてくれませんか?」
「馬鹿な事を言うでない。誰が巨人などの話を聞くというのじゃ」
ナミの言葉を、リオは突っぱねた。 エルフが巨人に抱く感情は、神話の時代に巨人族がエルフ族を攻めて以来、かなり悪いものになっている。
一族の中でもかなりの変わり者であるリオでも、他の同胞と同じように巨人を嫌悪していた。
「お主らが我らをどれだけ害してきたか、お主は知っておるか? 古代から、我らは巨人族に迫害されて来たのだぞ」
リオの瞳に映る巨人族の少女は、醜い獣の姿をしている。
エルフから見る巨人は、獣や化け物と同じ存在であった。
そんなリオの目を見たエルは……彼女らを「可哀想だ」と思った。
巨人族がかつてエルフにした事を考えれば、リオがそんな目になってしまう事も仕方ないのかもしれない。
だが、知って欲しい。巨人は獰猛で気性の荒い性格かもしれない。でも、その全てが残虐な破壊者だと決めつけるのは、違うと思うのだ。
みんなが暴虐ではない。中には温和な性格の巨人だっている。
ユーミやナミを見ていると、エルには巨人達が悪い人達には決して思えなかった。
「エルフ君、少し私と話をしてもらえないかい? 巨人達がみんな悪い人だという訳ではないということを、わかって欲しいんだ」
エルは暗い色をしたリオの瞳を見据えて、言った。
リオの瞳が揺れる。エルが微笑むと、その瞳の揺れは大きくなり明らかな動揺を露にした。
「精霊どもが……ざわめいておる」
エルフ王族の末裔であるリオには、精霊の声が聞けるし、その光粒のような姿を目にする事が出来る。
まさか、精霊と通じることが出来る人間がいるなんて。リオは信じられない思いでいた。
だが今、エルの周りでざわめく精霊達の声を聞いて、リオはエルを「森が認めし者」と判断した。
精霊の声は、すなわち森の声である。リオはそう考えている。
「……良いじゃろう。だが、私の名は『エルフ君』ではない。リオというれっきとした名前があるのじゃ」
動揺の抜けきらないリオが応えると、エルとナミは顔を見合わせて喜びを共有した。
これで、巨人側の主張をエルフ族に伝えられる。ひとまず二人は安堵の息を吐いた。
「良かった、これでエルフ達を説得できるかもしれない」
「はい! 私達の主張が通れば、谷のみんなも安心します!」
「巨人、お主とは話さん。私はこの人間と話すと言ったのじゃぞ」
大喜びのナミだったが、リオの放った冷たい台詞によって撃沈する。
リオはそんなナミには目もくれず、エルに訊ねた。
「お主の名は何というのじゃ? こちらが名乗ったのじゃ、そちらも名乗るのが礼儀というものじゃろう」
そう言われ、エルはリオに手を差し出して笑う。
緑色の艶やかな髪をそよ風に揺らす彼女は、己の正体を目の前のエルフの少女に明かした。
「私はエル。天界より転生し、精霊の一人さ」




