プロローグ 夢幻の彼方
誰かが、僕を呼んでいる。
「……くん」
泉の水のように透き通った声で、僕の名を呼んでいる。
「……トーヤくん」
どこか真っ白い空間にたたずむ僕の前に、少女はどこからともなく姿を現した。
腰まで届く緑色の長髪、エメラルドの瞳。僕より背は低いが、同じくらいの年に見える。
とても美しい。だが儚げに微笑む表情からは、どこか寂しさや哀しさが感じられた。
「き、君は誰なの?」
こちらを向いて儚い笑みを浮かべている少女に、僕は訊ねた。
緑の少女は、唇を微かに動かして応えようとして……。
「私は……」
最後まで言えずに、目の前から姿を消してしまった。
そして、真っ白だった世界は反転し真っ黒になる。
* * *
目を開くと、まず見えてきたのは天井だった。
月明かりに照らされ、部屋の中の様子はランプを使わずともわかる。
時刻は深夜。僕はベッドから上体を起こし、開け放たれたままの窓から満月を仰いだ。
「……夢、か」
そう呟き、僕は長袖の服の袖を捲る。
腕には沢山の傷や痣。
今まで村の皆に痛めつけられてきた、僕の生きた跡だ。
痛む腕をさすり、僕は自嘲的な笑みを浮かべる。
「僕にはもう家族すらいない。あんな夢を見たのは――」
自分を優しく包み込んでくれる人が、欲しかったからか。
でも……。僕は東洋人だ、皆とは違う。
ここでは、僕は孤独なんだ。他の人から蔑まれる対象だ。
だけど……夢を見ていたかった。
少しの間でいい、夢を見させて欲しかった。
「僕は……友達が欲しい」
あの緑の少女の儚い笑みを思い浮かべる。
僕を見下ろす満月の光は、決して温かいものではなかった。