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能面

作者: 光道進

黒川 能は阿弥陀が大成した猿楽の流れを汲むが

いずれの能楽にも属さず独自の伝授を続け

600年もの間受 け継がれてきた、庄内地方固有の郷土能楽である。

奉納神事でもあ り、最初に能を演じるにあたり

春日神と氏神など の許しを受けるために神主が祈祷してから能を行う。

その為能役者は玄 人の能楽師によるものではなく

囃子方も含めて春 日神社の氏子が務めるのが習わしである。


能面

私の叔父 もその氏子の一人として、選ばれた人材であった。

私は叔父 の能面をかぶり奉納する姿を一目見たく庄内の黒川へと出かけた。

叔父は春 日神社の氏子としてもう40年も尽くしてきた人材である。

今年が叔 父の最後の奉納である。

また若い 世代に引き継がれて行く絶える事のない能役者の氏子を育てるのも

役目と考 えるように仕込まれていた。


私が叔父 の家に出向いたのは、奉納の1日前であった。

明日に備 えて、叔父は落ち着かない様子である。

しかし、 私の訪問をそれは喜んでくれた。


叔父と従 弟と酒を酌み交わし,明日が奉納日とは思えないほど騒いだ。

そして夜 中を迎えた。


夜中の2時を回っていたころだろう。叔父の部屋の廊下には部屋の明かりが漏れて

その明か りに能を踊っているであろう、叔父の姿が浮かび上がり

ユラユラ と揺れては影はひとつになり、またふたつに割れた。

私に気を 使っていたのだ。そう思うと私も寝てはいられない。

何か手助 けは出来ないかと考えた。

叔父の部 屋に向かい何か手伝う事が無いかと障子を開けた。

叔父は能 面をかぶり能を舞っていた。


まるで先 ほどまで飲んでいた叔父とは思えないほどの

変貌で あった。


叔父の舞 に見とれていた。

しかし、 おかしなことに気がついた。


叔父の舞 は般若の面をつけた般若の舞であった。


今年の奉納舞は竹取のはずである。竹取には般若は出てこない。

叔父は般若になりきって踊っている。

時として激しく荒らしい凄みのある舞いである。


見事としか言いようが無い。


私は障子の前で棒是と食い入るように見ていた。

叔父は私に気がつき、能を止めた。

その時,叔父は面を着けたままその場に倒れた。


私は従弟を呼び叔父のところに近寄り面を外そうとした。

しかし般 若の面を外す事が出来なかった。

無理やり 外そうとしたら叔父は痛みでのたうちまわった。


叔母や従 弟も外そうとしたが、はがす事は出来なかった。


そして面 をつけたまま30分、要約叔父が意識を取り戻しました。


すると面 はすんなり外れたその時、面から何か湯気のような白い煙が昇った。

しかし叔 母と従弟は気がつきません。私だけに見えてるようでした。


叔父の顔 はゆがんでました。


アゴが外 れて、口はダラーとたれ目は恐怖で瞬きできず

頬は面に張り付いたように

鬼の頬の 通りに腫れてました。


私たちは 恐ろしさに棒是と叔父を見つめていた。


夜中の3 時を回ったころ、救急車の音が遠くに響いた。

「もうす ぐ助けに来るからね」と3人して励ました。

しかし、 叔父はすでに意識不明に陥っていた。


叔父をあ ざ笑うかのように、叔父がつけていた般若の面が叔父の脇に転がっていた。


能面の裏には「 寛永14年」とかすかに読める字が書き記されていた。


叔父はまもなく救急車に載せられ病院へと運ばれた。


もう朝の 5時である。従弟は父親のするはずだった、翁の役を自分からやると言い出した。

開演は夕 方6時である。もう後には引けない状態であった。

父の演技 を見て見よう見まねと父より習った事で対応する。


私と叔母 は叔父に付き添い病院に向かった。


従弟は昼 過ぎまで別の役者との演技あわせを行い本番に望む。


叔父の様 態は変わらなかった。鎮静剤や色々な手を尽くしたが

様態が変 わることは無かった。


私はあの 煙や般若の面が気になり始めた。


どうし て、叔父の顔に張り付いて取れなかったのか?

それに、 あの踊り。

いろいろ な疑問がわきあがった。


叔父とお ばを置いて、帰宅した私は従弟のところに行き

一緒に会 場である神社に出向いた。


従弟に楽 屋裏で、叔父の様態は良くなったとウソの報告をした。

従弟は安 心したように、翁の衣装を着て能に望んだ。


私は、従 弟の背に向かいうそをついたことを私は謝った。


従弟は, 未熟だとは思えないほど、立派に親の代役を果たして

舞続け た。


500 人以上の観客を魅了した。


私は叔母 に電話して、能の音と演技を報告した。

叔母は電 話先で泣いていた。


叔父の様 態を聞くと前と変わらないと答えるとまた涙声になった。


私は無性 に悔しさが沸きあがり、叔父の家に引き返し能面の収めてある蔵に出向いた。

蔵の中は真冬だと思えないほど暖かく能面の保存に気を使っている事を感じた。


中に入る と能面が収めてある桐の箱が50ほど並んでいた。

その箱の ふたの上には、能面の名前と製作年が漢字で書かれていた。


すべて寛 永年間のものである。500年は経っていて、

中には文 化財クラスの能面も並んでいた。


私は、あ の般若の面が入っていた箱を捜した。

箱を見つ けるのに、20分以上もかかった。

箱の外側 を確かめると、

桐の箱に は寛永14年天草と書かれていた。


叔父がか ぶっていた面をしまう為に箱を開けようとしたとき、

上の紐を 解き上ふたに手を掛けた

ふたがひ とりでにずれたような気がした。

そしてふ たを開けると、また白い煙があたりに立ち込めた。


私は浦島 太郎を連想していた。しかしその煙は煙ではなかった。

私の足の 周りや太ももそして腰にまとわりついてきた。

まるで生 きてるかのように。


私は、驚 き振り払おうとしたが、中々振り払う事はできなかった。

そして 10分煙との押し問答が続いた。


全体が煙 に包ま れた私は、気を失った。

どのくら い気を 失っていたのかはわからない。

気がつくと、そこには般若の面が転がっていた。

布に包ん だはず の面がむき出しのまま、私の横に転げていた。


そして私 はその 面を拾おうとしたときだ。

私の腕を 鷲つか みするように、

どこから とも無 く般若のめんをかぶった人が現れた


私の横に 転げて いる赤の面とは対照的に真っ白で、

真っ赤な 口に 金色の牙が蛍光灯の明かりとは裏腹に

不気味な 光を 放っていた。


つかんだ 腕を 私は振りほどき逃げようとすると、今度は首元をつかみ、

「ケタケ タ」と 言う笑い声と共に、思い切り首をしめてきた。

恐怖と苦 しさに 足や腕を無我夢中でバタバタさせた。

鬼はその 勢いに 負けたのか,つかむのを止めて

私の首か ら手を 引いた。



私は転が る様に その場を逃げ出した。

倉庫のド アを開 けて外に裸足でとびだした。


しかし、鬼は私の後をつけてきて、また後ろから襲いかかろうとした。

鬼の全貌 が浮か び上がり残バラ髪に、ぼろぼろの羽織、

はかまと 言うい でたちで、私に腕を伸ばしてきた。


私は倉庫 の前で 転び、また鬼につかみかかられそうになった。


その時

私の後ろ の方か ら、声をかける人が現れた

「どうしたん だ、そんなに慌てて何かあったか」という神主の声だった。

私は「助 かっ た」と思い神主にしがみ付いた。


「私の後 ろに襲 い掛かろうとする鬼が居るのです」と言うと

「どこ だ」と私 の 後ろを覗き込みました。


私も一緒 に振り 返るとそこには、何も無かった。

そして私 は、神 主に事情を説明した。




「倉庫に 収めて ある能面すべてには、人の怨念や恨みそして喜び、悲しみが込められている。

その時代 に能を 奉納したときの色々な事情が込められている。

時とし て、その 面に込められた怨念が出てきて悪さをする事もある。

そのため に、その怨 念や恨みを払う為に神官が御祓いをする。

今、襲い かかろ うとしていた怨霊も例外ではない。」と言うと

神主は面 を置き 去りにした倉庫に足を運び

般若の面を持ち 奥の神殿に消えていった。


私は気を 取り直 して従弟の居る会場に足を運んだ。

従弟の舞 は叔 父が踊っているのと同じように時にはやさしく、時はあらあらしく翁の心を訴えるかのようでした。

あの般若 の面が 無ければ、今頃は叔父が見事に踊って今年で奉納は終えていたのにと思う と、悔し さがこみ上げてきた。

しかし、 寛永 14年の天草は山形の庄内地方とどう関係があるのか?

理解が出 来ない なぞが私の中に拡がって行った。

私は大学時代の友達が長崎出身の事を思い出した。

連絡を取ると遊びに来 ることを進められた。


長崎に着くとフェリーに乗り、早々島原に向かった。

島原に着くと、天草四郎の墓に行った。

江戸初期最大の反乱で、食糧難とキリスタンの断圧が きっかけになり

勃発したことがわかった。しかし山形の庄内とのつながりがつかめなかった。

そして、重要な事が浮上してきた

天草資料館に、最後の籠城で2万人余りの農民やキリシ タンを率いた天草四郎が

籠城した城「原城」で幕府の最後の攻めの前に、天草四 郎が舞を披露している。

その時に、般若の面をつけ幕府の断圧を恨む舞を披露し たことがわかった。

その面が白い顔に金の牙をした鬼の面だっ たことがわかった。

幕府の攻めに負けて捕まる前に細川氏の家臣に首を切 ら れ、その際に鬼面を

腰にぶら下げていた。其の鬼面が最後の舞いで使われた 物で、鬼面は誰かの

手で持ち去られ、後に出羽三山神社に奉納された.

奉納したのはキリシタン断圧を加えた徳川家光の母春日局で した。

家光が幼少のころ体が弱く、何とか徳川の跡継ぎにと思い母は大日坊に

お願いして、奉納と仏教寺院を建てた。

わずか、17歳にして才能があるばかりに祭り上げられ2万もの

百姓の犠牲になった天草四郎を哀れに思い、腰にぶら下げていた

般若の面を大日坊に託して祀った。

春日大社を経て、黒川に寄贈されたことまでわかった。

その面が出羽三山から庄内の黒川に流れてきた事がわかった。

その天草四郎の呪いのかかった面と私が遭遇したこともわかった。

私は友達の家を後にした。山形の鶴岡市黒川に戻る手配をした。

般若の能面をかぶり、私を襲ったのはもしかすると天草四郎の亡霊なのかもしれない。

その亡霊が現れたのがどうしてか?

なぜ、叔父が犠牲になったのか?

なぜ、2つの般若が現れたのか?

これから、どうすれば亡霊や怨霊から逃れられるのか?

この課題を背負い山形に戻る飛行機の中考えていた。

そして、黒川に到着した。


叔父が入院している重苦しい空気の中、ひとりであの亡霊と

謎に取り組まなくてはいけない。


叔母に断り、叔父の書斎に手がかりはないか探し始めた。

叔父は、元々うちの父と同じで婿に入るのと同じように

叔母の土地に骨をうずめた。

叔父の実家は熊本で、天草には近い。

叔父の家計を調べる必要があった。書斎には叔父の実家の写真が

飾ってあった。そこには、大勢の叔父を囲む人たちと

親戚であろう人が叔父に肩を掛けて映っていた。


そして、写真の下には、小さな文字で、熊本細川家ご一同様

という見出しが書いてあった。


私は驚きとこれが現因だと悟った。

熊本藩細川忠利の配下吉田十右衛門と言う事はわかっていたが

まさか叔父が細川家の血筋だとは。

驚きもひとしおだった。私はこの事実があの亡霊を引き寄せたのだと

確信した。

しかし、2つの般若がどうして?

それを確かめることは難しい。もう叔父の家には般若の面は無くなっていたからである。


春日神社の神主の神来社からいとさんに直接聞いてみることにした。

神主を引き継いで7代目の人である。

神主の家に出向くと、私が来ることを予測していたかのように

玄関で待ち受けていた。


「来ると思ってましたよ。さあ上がってお茶でも」と言うと奥の部屋に通された。

何も返す言葉が見つけられないまま奥の部屋に行くと、そこにはすでに

従弟が来ていた。


従弟は父の容態を伝えに来ていた。

私はいとこの脇に座ると話し始めた。

「叔父が細川家の血を引いた人であることは御存知ですか?」

すると、神主は顔を曇らせて下を向いた。

そして開き直るように「知ってます。以前本人から聞いております。」と答えると

今の事態について話し出した。「私の先祖はあの面を受け継ぎ奉納の際に使われないように別の面を用意して、本当の面は春日大社の奥にしまっておりました。

しかし、あの日に限り誰が持ち出したのか、奉納面の中に紛れ込んでしまっていたのです。」そう言うと

従弟に対して管理が悪かったと謝った。


それで、なぞは解けた。しかし顔が張り付いたり、

別の面をかぶった人があらわれたことにたいしては

判らないと口をつぐんだ。


叔父は3ヶ月をかけてリハビリを行い顔面は元の状態に回復した。

あの、叔父を病気に落とし込んだ般若の面は、倉庫のあの場所から消えた。

神主がど こかに持って行ったのか?叔父が細川家の祖先で天草四郎の首を直接

跳ねた家来の城主だったことは事実である。

それを根に持った人物が面を持ち出したのか?それとも先祖から恨みを持続させ

今になり、その恨みを晴らそうとしているのか?

それとも 神社のどこかに封印したのか?

叔父はあの面について説明している。

あの面が 叔父の 部屋の隅に置いてあり、おかしいと思い中を開けたら

煙に包まれて 気がつくと踊りに夢中になっていた。と証言した。

いずれにしろあの面は消えてしまいもう20年間見た人も居ない。

神殿の奥に忘れ去られてしまったのか?

誰も知ら ない。


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