03 第一章 汚した手の価値
【瑠璃】
目の前に広がる光景に、思わず息を飲んでしまいました。
赤と黄。
そして所々に残る緑。
山を彩る様々な色と秋晴れの空の青とが、鮮やかなコントラストを作っています。
「すごい、です……」
「確かに。一見の価値あり、だな」
思わず呟いた私の声を聞いて、玖郎くんが返事をしてくれました。
「ここは、このハイキングコースの最初の見所だ。標高こそまだまだ低いが、ちょっとした高低差があるおかげで、飯尾山の全貌が見える。この季節は格別だな」
「その通りですね。とっても綺麗です」
玖郎くんの言葉に、私はそう返すのがやっとでした。
私の表現力が乏しいせいで、目の前の景色に対するこの気持ちをうまく表現できません。こんなにも素敵な光景が目の前に広がっているのに、なんだか悔しいです。
――秋も終わりに近づいた土曜日の午後。
私たちは、飯尾山のハイキングコースを散策に来ているのでした。
王位継承試験の舞台となる地球世界――そのA県の秋は、とても素敵な季節でした。
夏に比べて気候が穏やかで、果物も美味しく、自然の様子もとても美しいのです。
私は、そんな秋の素晴らしさを、同じく王位継試験で地球世界を訪れたことのあるお母さんから聞いていました。だから、実はひそかに、この季節の訪れを楽しみにしていたのです。
そして、実際に体験する秋は想像以上に素敵で、すぐに気に入ってしまいました。
しかし、充分に楽しんだと満足する前に、ようやく訪れた秋は、足早に立ち去ってしまう気配なのです。
今の私の立場――遊びや観光ではなく、次の女王を決める試験の最中だということを考えれば、たかが季節に一喜一憂している場合ではないのかもしれません。
特に、夏の始めに海に行った時の自分のテンションの上がり様を思い出すに、恥ずかしさとともに反省せずにはいられません。
それでも。
過ぎ去ろうとする秋を惜しむように、紅葉の季節を堪能するため、休日の一日をハイキングコースの散策に充ててしまった以上――しっかり楽しまないと損なのです。
そんな訳で、今日は、みんなと一緒に出掛けているのです。
みんなと言うのは――。
次期女王の最有力候補である一番目の〈魔法少女〉、灯火・バーミリオン・茜。『火』の〈魔法少女〉で、地平世界の歴史中でも五本の指に入るほど強大な魔力を持っていて――私と同じく椎名小学校の五年生で、元気で、明るくて、一緒にいる人達を笑顔にできる子です。私の幼馴染で、親友なのです。今の地平世界よりもっと、みんなが笑顔で暮らせる世界を作りたいという願いのため、次の女王になりたいと思っています。
茜の〈騎士〉の灯火・バーミリオン・珊瑚くん。椎名小学校の六年生で、背が高くて、手足がすらりと長くて、いかにもスポーツタイプという雰囲気ですが、実は、この王位継承試験以前から地球世界に留学している女王様の甥っ子なのです。
次に、土の〈魔法少女〉の土地・ライムライト・向日葵ちゃん。椎名小学校の四年生で、元気な彼女の性格を表すように、頭の両側で結んだ髪がいつもふわふわと跳ねています。〈操作〉を使った召喚魔法が得意で、魔法世界に学校を作りたいという目的のために次の女王を目指しています。
その〈騎士〉の飯島翔さん。ほんの少しだけ明るく染めた髪を伸ばしていて、後ろでちょんと縛っています。背がすらっと高くて、前髪が伸びた様子も良く似合っています。美術大学に通う学生さんです。とても穏やかで優しい人で、冗談たっぷりな向日葵ちゃんとのやり取りは、横で聞いていても笑顔になってしまいます。
それから、風の〈魔法少女〉の風見・ビリジアン・常盤さん。〈魔法少女〉達の中で、彼女だけが中学生です。少し年上の彼女は、私達のお姉さんのような、静かに見守ってくれているような、そんな素敵な人なのです。髪を後頭部の高い位置でまとめたいつもの姿は凛としていて格好良いのです。地平世界を近代化することで、今よりも良い世界にしたいと考えているようです。
常盤さんの〈騎士〉の、武者小路綾乃さんは、常盤さんと同じく中学二年生で、とっても綺麗な黒髪を背中まで伸ばしていて、柔らかで優しく微笑む、まさにお淑やかという言葉が似合うお姉さんです。そして日本全国に影響力のあるような大きな企業の社長さんの一人娘で、とっても育ちの良いお嬢様なのです。
そして。
玖郎くんと私。
以上が、ハイキングコースを行くメンバー全員なのです。見事に王位継承試験の関係者、四組八名の〈魔法少女〉と〈騎士〉になってしまいました。
厳密には、玖郎くんは〈契約〉をしていないため、私の〈騎士〉ではなく、ただの地球世界の協力者です。それは、今となっては、ここにいる全員が知っていることですね。
ハイキングコースの入り口までは、例によってマイクロバスの運転手を務める滝沢さんも一緒でした。彼女の立場を一言で表すと、綾乃さん専属のメイド兼ボディーガード――そのようなものだと説明されたことがあります。
このハイキングコースを行くメンバーについて、実は、少し気になっていることがあるのです。
今回のハイキングの参加者は、最初からこうなる予定ではありませんでした。
と言うのも、昨日の段階では、ここに朝美ちゃんと、金谷先生が加わるはずだったのです。
朝美ちゃん――霧島朝美ちゃんは、私と玖郎くんのクラスメートで、クラス委員長を務めるしっかり者です。お母さんが風邪でダウンしたため家事全般を引き受けることになってしまったとのことで、参加できなくなってしまいました。
金谷先生――金谷薫子先生は、私たちのクラスの担任の先生で、とっても面倒見が良い性格で、休日にも関わらず引率を引き受けてくれる予定だったのです。しかし、学校の仕事で急に県外出張になってしまったとのことで、キャンセルになってしまいました。
そして香苗さん。天童香苗さんは、『女子高生は最強だからね』の言葉と一緒に信じられない量のアルバイトをこなしている、玖郎くんのご近所さんで、私たちフラッタース王国からの留学生、つまり地平世界から王位継承試験のためにこの地球世界に来ているメンバーと知り合いのお姉さんです。
秋は観光スポットが賑わうため、色々なアルバイトが忙しい時期なのだそうです。さすがに休めないと断られてしまいました。こういうイベントが大好きな香苗さんですが、夏に引き続いて不参加になってしまいました。残念です。
香苗さんは、誘った段階で断られていたので関係ないかもしれませんが――朝美ちゃんと金谷先生が二人そろって、当日のキャンセルというのは、あまりも偶然が重なり過ぎている気がします。
不自然です。
「その話か」
私が、その考えを伝えると、玖郎くんはそう返事をしました。
「まるで何者かの意志が働いたかのように王位継承試験の関係者だけになった。夏の出井浜海岸と同じだな。ほぼ間違いなく、ジャッジメントが魔法で操作しているのだろう」
玖郎くんの回答は、その内容は考察済みだという雰囲気のものでした。
「〈試練〉の開始を待つまでもなく、そう判断できる根拠がある。毎年、紅葉シーズンの飯尾山は、全国ニュースになるくらい混雑している。しかし――今日、ハイキングコースで会った人数を覚えているか?」
わわ。
突然聞かれても困ってしまいます。
「えーと、確か、七組くらいはすれ違いましたよね?」
「それだ。第一に、その数はかなり少ない」
玖郎くんは続けます。
「第二に、瑠璃の言う通り『すれ違った』だけだ。まだ午前中なのに、降りてくる登山者にしか会っていない。小学生ばかりの僕たちのペースは決して速くないのに、誰かに追い越されたか?」
言われてみれば、その通りです。
「――と言うことは」
「おそらく、この先は無人になっているだろう。ジャッジメントの魔法は底が知れないな。間違いなく〈試練〉が始まるぞ」
それは、観光気分だけでなく、気合いをいれないといけせん。
そこで。
「瑠璃ー! はやくおいでよ。こっちの展望スペースで、ちょっと休憩にするって」
そんな風に茜が声をかけてくれました。
「行きましょう、玖郎くん」
そう言って歩き出すと、後ろから玖郎くんが私の名前を呼びました。
「瑠璃。〈試練〉が次の瞬間に始まるかもしれないという状況は、実のところ、いつもと変わらない」
はい、その通りです。……ええと、つまりどういうことでしょう。
玖郎くんの発言の真意がわからず、足を止めてしまいました。
そんな私を追い越しながら、玖郎くんが続けました。
「せっかく飯尾山でハイキングだからな。しっかり楽しむのを忘れるな」
それって……。
胸の内側がほんわかと温かくなります。
玖郎くんは、本当に狙いすましたようなタイミングで優しい、温かい言葉をくれます。
本当に。
ずるいです。
玖郎くんが先を歩いてくれて良かったです。
そうでなければ、私は自分の頬が赤くなってしまうのをもっと意識して、さらに赤面してしまっていたでしょうから。
「瑠璃ー。はやくはやくー」
茜が私を呼んでいます。
「今いきますよー」
私は、そう答えて、先を歩く玖郎くんの隣に並べるよう、足を早めました。
展望スペースに着くと、先に到着していたみんなが、思い思いの格好で一息いれているところでした。
ハイキングコースの一角に作られたそのスペースには、簡単なベンチとテーブルがあって、まさに休憩には最適です。
それに、先程の場所ほどでもありませんが、ここからの景色もなかなか素敵です。
「紅葉に見とれる気持ちも分かるけどね。休む時はしっかり休む。水分もしっかりとってね。ハイキングコースとは言え、登山なんだからね」
「あら。今日はなんだか、一段とお姉さんらしいですわね?」
腰に手を当てた姿勢で言う常盤さんに、すかさず綾乃さんが茶々を入れました。
二人とも実用性重視なだけでなくオシャレなトレッキング系の服装です。遠足のような出で立ちの小学生組とは大違いです。
「まあ、ね。瑠璃たちの担任の先生にも頼まれちゃったし、滝沢さんも駐車場で待機してるでしょ? 一応、私たちが最年長だからね」
常盤さんは、照れた様子でそう言いました。なんだかとっても可愛らしいしぐさです。
それを聞いて、綾乃さんが微笑みます。まるで、そんな反応があることが分かっていたかのような笑みでした。
「素敵な責任感だと思いますわ。という訳ですので、小泉さんもこちらに座ってくださいね。特性スポーツドリンクがありますが、いかがですか?」
「必要ありません。自分で水筒を用意してありますから」
玖郎くんは、綾乃さんの隣に座りながらも、そっけない返事で自分のリュックサックの中を探し始めました。
綾乃さんがせっかく言ってくれているのに、玖郎くんはつれないのです。
そう言えば。
最近は、綾乃さんが玖郎くんの世話を焼きたがるのを見ても、以前ほどモヤモヤしなくなりました。夏頃を境に、綾乃さんの行動が、年下の弟をかわいがる種類のものだと気付いたからかもしれません。
うう。
こうやって冷静になると、私のあの気持ちは間違いようもなく『やきもち』でした。玖郎くんは、私のものという訳でもないのに。
私が、そんなことを考えながら自分の水筒に口をつけた時でした。
「あれ? この中で最年長って、常盤ちゃんたちじゃなくて、翔ちゃんじゃないの?」
向日葵ちゃんが、ふと思い付いたという様子で、そう口にしました。
……あ。
確かにその通りです。
中学二年生の常盤さんや綾乃さんよりも、美術大学に通う翔さんのほうが、ずっと年上なのです。
「あれ? いやでも、あれ?」
「あら? まあまあ」
「ふむ。確かに」
「やっべ、俺も『そうかー最年長は大変だなー』とか思いながら聞いてたよ。向日葵ありがと! というか誰か気づいてくれよ」
それぞれが、私と同じく、言われて初めて気が付いたという声を上げました。玖郎くんでさえ、思考が声になってしまっています。
なにより、翔さん本人が、向日葵ちゃんが言い出すまで疑問にも思わなかったようです。
「それって、翔さんが『とても最年長とは思えない』ってことだよね」
茜が、悪気のない様子でそうまとめました。
ああ、茜、それはヒドいです。
「ぐさっ!」
翔さんが、心境を擬音で表現しました。そう、時には、悪意がない方が傷つくのです。
「ちょっと茜ちゃん!」
あ、さすがに向日葵ちゃんが声を大きくしました。
大好きな〈騎士〉の名誉が汚されて、怒らない訳がないのです。
向日葵ちゃんは、その勢いのまま続けました。
「翔ちゃんは、そこが良いところなんだから!」
おー。ぱちぱちぱち。
断言されたその言葉に、歓声と拍手が沸き起こりました。
「向日葵……お願いだから否定して……」
翔さん本人が一人涙していたことは秘密です。
「あー、その。小泉、ちょっと良いかな」
みんなの会話がふと途切れたタイミングで、珊瑚くんがそう切り出しました。
そういえば、珊瑚くんはしばらく発言していませんでした。どうやら、話を切り出すタイミングを伺っていたようです。
「なんです?」
「いや、実は、報告とお礼がまだだったから」
「報告と礼、ですか」
珊瑚くんは頷きました。
「夏休みの自由研究のテーマ、相談に乗ってもらっていただろ? 椎名の乱について、長崎の島原の乱と比較しながらまとめたらどうか、って」
それは、夏休みに出井浜海岸に行った時の、バスの中での話ですね。
「結局、小泉のアドバイス通りに自由研究を提出したんだけど――」
「県大会で最優秀賞だったんだよ!」
結末を、茜が引き継いで言いました。
最優秀賞ですか。それはすごいです。。
「さすが小泉だよな。あんな簡単なアドバイスで最優秀賞なんだから。つまり、その報告とお礼だな。照れ臭かったり、発表は緊張したりしたけど、とても嬉しかったし、貴重な経験ができた。ありがとう」
そう言って、座ったままではありますが、珊瑚くんが玖郎くんに頭を下げました。
わ。
珊瑚くんが、こうしてきちんと感謝の気持ちを示して、しかも頭まで下げるところを初めてみました。
言葉を選ばずに言えば、まだ地平世界にいた幼い頃の珊瑚くんは、どちらかというと偉そうで、例え夏休みの宿題を手伝ってもらったとしても『大儀であった』などと本気で言いそうな性格でした。
地球世界での日々は、女王陛下の甥っ子の性格さえ、柔らかく溶かしてしまうものなのでしょう。それは、とっても素敵なことだと思います。
「珊瑚先輩。確認しますが、県大会で最優秀賞ですね。椎名小学校でもなく、B市でもなく、A県の県大会で間違いないですか?」
「そうだよ。発表は、A県庁の大ホールだったんだから。百人以上お客さんがいる前で、イギリスの宣教師の話とか、四つの村の話とか、大名の隠れキリシタン弾圧と立て籠りの話とか、とっても堂々と発表して、なかなか、その……」
なぜか茜が得意そうにそう答えました。途中から小声になってごにょごにょと続けた言葉は、『かっこよかったんだから』ですね。
「ふむ」
その確認で満足したのか、玖郎くんが大きく頷きました。
「だとしたら、僕の力ではなく、珊瑚先輩の努力の成果ですね」
玖郎くんは、そう言いました。
「僕の自由研究は、B市の奨励賞が最高記録です。小学生らしからぬ不健全な考察が、高得点の審査を邪魔しているようです」
それは、つまり――。
珊瑚くんの結果は、玖郎くんの結果より、ずっとすごいってことですね。
「誇って下さい。その結果は、あなたのものです」
玖郎くんのその言葉を、珊瑚くんは噛み締めているようでした。
「さて。そろそろ休憩は十分でしょう」
そこで、気分を切り替えるように、玖郎くんがそう言いました。
「そろそろ本題に入りましょう。ジャッジメント様、いつまでスナック菓子を頬張っているつもりですか? そろそろ〈試練〉の開始を宣言したらいかがです?」
『えっ?』
玖郎くんの言葉と視線を追って――私たちは声をあげていました。
いつのまにか、ジャッ爺がテーブルの上にいて、パリパリとお菓子を食べていたのです。
「あー、それ私のお菓子! 期間限定トロピカルめんたいマヨネーズいちご味のポテトチョップス、みんなで食べようと思って持ってきたのに!」
トロピカルめんたい!?
みんなで食べる!?
いえ、色々と衝撃的な茜の言葉はなんとか無視をして。 今、重要なのはジャッ爺の登場です。
「一体、いつからそこにいたんですか?」
私の疑問に、ジャッ爺はふぉっふぉっふぉっと笑ってから答えました。
「そうじゃの、『すごい、です……』『確かに。一見の価値あり、だな』のあたりからじゃの?」
一番最初からでした。
しかも、先に休憩していた茜たちではなく、玖郎くんと私の側にいたようです。
ということは、玖郎くんの素敵な気遣いや、それで私が頬を赤くしてしまっていたことも、全部見られていたということに……。
うう、なんだかとっても恥ずかしいです。
「おおい、ここでジャッ爺の登場かよ。珊瑚少年の自由研究報告が終わったから、小学生だった翔くんの努力の結晶『しいなのばけぎつね』を披露しようと思ってたのに……」
「翔ちゃん、それなあに?」
「出井浜海岸に行くバスの中で、椎名の化け狐について自由研究をやったって話しただろ? せっかく飯尾山にハイキングだし、それを持ってきたんだよ。調べた内容をもとに、独自の観点と独特の画風で、絵本にまとめたんだ。今見ても、拙いなりに頑張ったと思える出来なんだよ。化け狐が葉っぱを巨大にしたり、お寺を小さくしたりして、村人を驚かせるところなんか必見で――」
「翔ちゃん、その話、今しなきゃだめ?」
「……はい。後にします」
「うん。後で見せてね」
突然熱弁を振るい出した翔さんの話は、しっかりと向日葵ちゃんが押さえてくれました。しかもちゃんとフォローも忘れていません。翔さんは、すっかり向日葵ちゃんの掌の上で転がされているようです。
それはともかく。
マヨネーズいちご味のお菓子も、私の照れ臭さも、翔さんの絵本も、重要ではないのです。
今、重要なのは――。
「〈試練〉、だな」
それです。
玖郎くんの言う通りなのです。
「ふん。小童は相変わらず少しも驚いてくれないの。つまらないやつじゃ」
ジャッ爺のその反応に、玖郎くんは、ふん、と鼻をならします。
「これほど素晴らしい景色が楽しめる展望スペースを、僕たちだけで独占している状況は、間違いなく不自然です。通常なら、座れないどころか通過するのも苦労するはずです。ジャッジメント様、魔法で人払いをしていますね?」
そんな玖郎くんの言葉に。
「なるほどね。確かに、他に来ている人はいないのかなぁと思ってたんだよ」
「人払いの魔法、ですか。なるほど、そんなことができるのなら納得ですわ」
常盤さんや綾乃さんの反応を聞く限り、二人もこの状況に違和感を覚えていたようです。
そう、何かおかしいと感じることがあっても、それが『何』なのか、さらに『どうして』なのかを考えるということは、よほど意識していないと難しいのです。
「ふぉっふぉっふぉ。偉大なる精霊の力に恐れをなしたかの?」
休憩スペースのテーブルの上で、ジャッ爺は偉そうに胸を張りました。
「そうですね。恐れはともかく、感謝はしていますよ。王位継承試験に関係のない者を近づけないようにしているのに、僕は見逃してもらっていますからね」
玖郎くんが、見逃されて……?
ああ。
確かにその通りです。
私の〈騎士〉ではない――〈契約〉していない玖郎くんは、厳しく言えば『王位継承試験に関係のない者』なのです。
「気づいておったか。まったく小童は可愛くないの」
「しかし珍しいですね。いつもならもっと早く〈試練〉の開始を宣言しているでしょう。一緒にのんびり休憩しているなんて、どういう風の吹き回しです?」
玖郎くんが、疑問の言葉を投げ掛けました。
そう言われれば、ジャッ爺が現れているのに、のんびり一緒に休憩している状況というのは珍しいのかもしれません。
「――なに、懐かしい眺めに、少々感傷に浸っておっただけじゃよ」
「懐かしい? ジャッ爺、前にもここに来たことがあるの? あ、お母さん達の王位継承試験の時?」
茜の言葉に、ジャッ爺は緑の毛に覆われた顔を笑顔にしました。
「そんなところですな。――さあ、それでは始めるとしますかの」
いよいよ、〈試練〉がはじまります。
「今回の〈試練〉は、これまでと少し形式を変えていきますぞ。単独で困難に立ち向かうのでもなく、競って成果を争うのでもなく――」
ジャッ爺は、もったいぶるようにして続けました。
「――協力して課題に臨むのじゃ」