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2番目の魔法少女[3]汚した手の価値  作者: 秋乃 透歌
第三章 玖郎が知らない物語

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 その後、朝美との話は小一時間かかっても終わりませんでした。

 寒さを理由に私の家に場所を移し、ようやく全ての話を終えた頃には、すっかり日も暮れて遅くなってしまっていました。

 朝美を自宅近くまで送った帰り道。

 昨日の〈試練〉(トライアル)も含めて、とても色々なことがあったので、なんだか少し疲れてしまいました。

 一人暮らしの悲しいところで、お腹が空いたら自分で食べるものを用意しないといけない訳ですが。これから夕御飯の準備をする気は起きませんね。

 とは言え、玖郎くんに『明日の朝会いましょう』と言ってあるため、琴子さんに甘えるという選択はできません。

 そうですね。

 久しぶりに近所のお弁当屋さんに寄りましょう。デザートに、あのお店の手作りプリンが食べたいところですが、まだ残っているでしょうか。

 そんなことを考えながら歩いていると――。

「小学生の一人歩きには、遅い時間ね」

 ぞくり、と。

 突然耳元で囁かれた声に、背筋が凍りつくのを感じました。

「――っ!?」

 反射的に前方へと跳躍し、背後の人物と距離をとりつつ、体をひねります。

 視界に声の主を捉えるのと、その声が聞き覚えのあるものだと認識するのが同時でした。

 その人物は――。

「クロミっ――!?」

 いつもの黒衣が闇に溶け込んでいます。

 対照的に、わずかな光を反射する金属の仮面と身に付けたアクセサリーが、不気味に浮かび上がっているようでした。

 仮面から覗く唇が、薄く笑みの形を作り――。

 こちらへ大きく一歩踏み込んで来ました。

 彼女の手元で煌めく光。

 ナイフ――!?

 私は悲鳴を噛み殺しながら、もう一歩後ろへと飛び下がります。

 振るわれた銀光を、なんとか避けることができました。

 その動作と同時に、右腰のホルダーからペットボトルを手に取り、急いでその蓋を――。

〈生成〉(クリエイト)!」

 先に響いたのは、クロミの魔法の呪文でした。

 その仕組みは玖郎くんが解明済みで、私も正体を知っています――でも、だからと言ってその発動を防げる訳ではありません。

 魔法によって〈生成〉(クリエイト)された――正確には〈開門〉(オープンゲート)から取り出された――氷の礫が、私の手を打ちました。

 痛っ――。

 蓋を開けることのできないまま、ペットボトルが私の手を離れ、くるくると宙を舞い――。

 さらに私との距離を縮めてくるクロミに、私はペットボトルをあきらめ、さらに後ろへと――。

「っ!?」

 背中に、強い力で何かが押し当てられました。これは――壁です。

 クロミは、私を追跡するコースをコントロールすることで、私を壁に追い詰めるよう誘導したのです。

 これでは――。

「はい。チェックメイト」

 私のあらゆる動作に先んじて、クロミは私の体を壁へと押し付けました。

 クロミは左手で私の襟元を掴んで捻り、そこを支点にして腕全体に体重をのせて、押さえ込んで来ます。

 痛――苦し――。

 その一瞬で、十分でした。

 クロミの右手は、金属の〈生成〉(クリエイト)で作ったと思われる、禍々しい刃のナイフを私の喉へと――。

 そこで、クロミは動きを止めました。

 動きを、止めた――?

 ナイフの切っ先が、私の喉元に触れているのでしょう。その冷たさに、頭が真っ白になりそうです。

 っ――。

 こんなところで――。

「あなた、自分が小泉玖郎にどれだけ守られているか、全く理解していないでしょう?」

 口許ににやにやと笑いを浮かべ、私の顔に自分の顔を近づけるようにして、クロミはそう言いました。

 守られている?

 一体、何のことです?

「私の目的を達成するためには、〈女王候補〉(プリンセス)の一人でも暗殺すれば十分なのよ?」

 私は、クロミの言葉の意味が理解できませんでした。

 それが私の表情に現れたのか、やれやれという様子でクロミがため息をつきました。

「こうやって、命を奪ってしまえば私の勝ちってことよ。まさか、私のことを〈試練〉(トライアル)に時々現れる邪魔者くらいに思ってる訳じゃないでしょう?」

 クロミが私たちの命を脅かす存在であるという事実は、認識しています。

 頭ではずっと前から理解していましたし、昨日の〈試練〉(トライアル)――あの最悪の状況を目の前に、嫌と言うほど実感しました。

〈魔法少女〉(プリンセス)は暗殺の危険性があるかも知れない。その状況を受けて、みんなそれなりに対応してるのよ?」

「対応――?」

 私は、なんとか疑問の声を絞り出しました。

 ふふん、とクロミが笑いました。

「この地球世界にいる魔法使いは、ほぼ全員が火のお姫様を守ってるの。さすがは一番目の〈魔法少女〉(プリンセス)よね。最優先保護対象というところね」

 ――。

「土のお姫様は〈騎士〉(ナイト)の道場の門下生が守っているし、風のお姫様なんか武者小路家のガードが堅すぎてネズミ一匹近づけないほどよ」

 ――。

「そして、あなたを守っているのは、たった一人の小学生。それなのに、他の〈女王候補〉(プリンセス)達に劣らないほどあなたは安全だった。そうなるように、水の騎士様が考えたからでしょうね。天才少年なんて呼ばれているのは伊達じゃない、って感じ」

 ――玖郎くんが。

 ずっと。

 私を守ってくれていた。

「それが、よ。今日はどうしたの? あなたは完全に一人だわ。罠じゃないかと疑ってしまうくらいにね」

 それは――。

 私が、玖郎くんに頼んだからです。朝美と女同士の話をするために、今日は別行動にしようと。

 いいえ、例え別行動にしたとしても、私自身がもっと行動に気を付けることはできたはずです。一人で暗い時間に出歩くなど――。

 玖郎くんは、私が自分の身は自分で守れると信頼して、それで別行動を了承してくれたはずなのに――。

 それを私は――。

 いいえ。

 後悔も反省会も後回しです。

 この状況を、切り抜けなければいけません。

 玖郎くんに頼れない以上、私の力だけで。

 やはり、ここであの切り札を――。

「そして、この瞬間もあなたは小泉玖郎に守られた」

 え?

 私の行動より一瞬早く。

 クロミは私を拘束する力を緩めると、乱暴に突き飛ばすように私を解放しました。

 地面に倒れ、両手をついてしまいます。

 襟元にかかっていた力が急になくなって、私は数度咳き込んでしまいました。

「さ、間違いなく約束は果たしたわ。命拾いしたわね」

 仮面からのぞく口許ににやにやと笑みを浮かべた表情で、クロミはそう言いました。

「――どういうことです?」

 見上げて問う私の言葉に、クロミは大袈裟に肩をすくめて見せただけでした。

 答える気はない、ですか。

「さて、やり直しよ。次は、ナイフを止めたりしない。その喉を刺し貫くから」

「――っ」

 クロミの言葉は、人を小馬鹿にしたような、いつもの調子のものでした。

 しかし、その演技の仮面と、身に付けた金属の仮面の向こうから覗く瞳は――。

 暗く燃える炎を宿し始めています。

 吹き付けてくる、殺意。

 無造作に。

 クロミは、ナイフを構え直しました。

 会話の余地はない、ですか。

 いいえ、それでも――。

「待って――」

 私の言葉は、クロミの動きをわずかもとどめることができません。

「話を――」

 私の言葉は――。

 クロミが地面を蹴り、一瞬で私へと迫り――。

 ――ああ、私の言葉は、またしても届かない。

「そのまま、二番目のお姫様のまま、死んじゃえ――」

 クロミが、言葉とともに私に向けてナイフを振り上げ――。

 ――そういう訳には、いきません。

 このまま。

 願いを叶えることなく。

 地平世界をこのままにして。

 二番目のまま。

 女王になれないまま。

 フラッタース王国を、誰もが誰もに優しくできる世界にすることなく。

 死んでしまうなんて。

 ――許容できません。

 私の言葉は届かない。

 そうだとすれば――。

 行動で、示さなければ。

 先ほどのように、もう一度、無抵抗に拘束される訳には――。

「――いきませんっ。〈開門〉(オープンゲート)っ!」

 ぎゅん、と。

 音を立てて、それが取り出されるのと、クロミの体が弾き飛ばされるのが同時でした。

 その隙に、私はようやく立ち上がり、体勢を整えます。

「――っ!? 今のは――」

 獣のように空中で体を捻り、両手も着いて着地したクロミは、驚いて声を上げました。

「風の魔法っ!?」

 そうです。

 風の〈操作〉(オペレート)で圧縮した空気の固まり。

 ――これが私の切り札です。

「その通りです。クロミの真似をしてみました」

 そう。

 〈開門〉(オープンゲート)の中には、自分が操る属性以外の物質なら格納することができます。

 その性質を利用した、複数属性を操る方法。

「馬鹿な! 〈魔法少女〉(プリンセス)同士は敵対関係のはず。わざわざ格納する魔法を提供するはずがない!」

 クロミが叫びます。

 悲しいことではありますが、その通りですね。

 私たちが、次の女王の座を巡って争っている以上、明らかに相手の戦力アップになることには協力できません。

 ただし――。

「その通りです。でも、私はこうして操れるんですよ。風も――そして、土も。〈開門〉(オープンゲート)!」

 私が取り出した金属の鏃が、地面に転がったままのペットボトルに直撃し、中身の水をぶちまけました。

 本来協力できないはずの、常磐さんや向日葵ちゃんの魔法が、なぜ私の〈開門〉(オープンゲート)の向こうにしまわれているのか。

 その答えは、実は簡単です。

 クロミの操る、複数属性の魔法の方法を検証するために実験を行いました。

 常盤さんと向日葵ちゃんの魔法を格納し、再度取り出せるか実験してみたのです。

 ただし。

 私はそこで、少しだけズルをしたのです。

 格納した二人の魔法を、半分しか取り出さなかったのです。半分は内緒のまましまっておいたのです。

 こんなこともあろうかと思って、です。

 仕舞った量と取り出した量が違うので、さすがに玖郎くんには見破られてしまいました。でも、ほめられちゃいました。

「――っ!?」

 驚きと、ペットボトルが破裂する大きな音に、身を硬くするクロミ。

 そんな彼女の周囲に、宙を舞って地面に落ちるはずの水滴が、不自然に――まるで魔法のように浮かび続けます。

 こちらは、私の〈操作〉(オペレート)――水を操る魔法です。

「さて、まだ戦いを続けますか?」

 私の言葉に息をのみ、クロミは悔しそうに唇を噛みました。

 周囲の空間に水滴が浮遊している状態が、私のチェックメイトだと理解できたのでしょう。

 さあ、もう一つ、種明かしをしましょう。

「ちなみに、少し前から玖郎くんに電話が繋がっています。そろそろ彼が駆けつけてくれるはずです。降参しますか?」

 私の言葉に、クロミは叫び声を返します。

「誰が降参なんか――」

 そうですよね。

 クロミの答えはそうなのだろうと、半ば予想していました。

 私は、その言葉を遮って言葉を返します。

「それでは、逃げてください。追いませんから」

 クロミが息を飲み――。

 仮面の奥の瞳に、怒りの色が膨らんだかに見えた、その次の瞬間――。

 ふっ、とクロミが肩の力を抜いたようでした。

「またしても、あの天才少年に邪魔されるって訳ね。まったく」

 どこか力の抜けた声色で、クロミはそう言いました。

「もう、そんなに身構えなくても良いわよ。今日のバトルはおしまいにするわー」

 え?

 クロミは、冗談でも口にするようにそう言って、証拠を示すと言うように手にしたナイフを〈開門〉(オープンゲート)にしまってしまいました。

「どう言うことです?」

 思わず、私はそう尋ねてしまっていました。

「こっちにも都合があるの。お姫様を暗殺するにしても、事前の調整と連携が必要――今この時は、その時じゃないってことよ」

 ええと、つまり。

 本当に、戦闘は終了ということでしょうか。

 さすがに、その言動を信じて〈操作〉(オペレート)を解く訳にはいきませんが――。

「小泉玖郎には、水のお姫様しか見えてないって言うのがちょっと気にくわないのよね。今日の襲撃は、まあ、その意趣返しってことよ」

 え? なんです?

 早口の小声で呟かれた言葉が、よく聞き取れませんでした。

「どちらにせよ、あの天才少年には感謝しないとね。――私もね、正直なところあなたを殺したいとは思っていないのよ」

 ――?

 ぽつりと呟かれたクロミの言葉は、普段の彼女の声色とは違ったものでした。

 いつもの、まるで演技をしているかのような嘘臭さが、感じられないものでした。

 もしかして、クロミは、本心を語っているのでしょうか?

「あの時のあなたは、特別なことをしたつもりは、なかったんだろうけどね――」

 クロミの仮面の奥の瞳が、まっすぐにこちらを見て――。



「私は、あなたに救われたことがあるのよ?」



 え――?

 私が、クロミを、救った――?

 それは、いつ?

 私は、疑問符で一杯になる思考の中で、ようやく、ある謎に思い至りました。

 クロミは誰なのでしょうか?

 その仮面の下には、どんな顔があるのでしょうか。

 まさか――私が知っている人――?

 玖郎くんには、心当たりがありそうでしたが、具体的に誰かということは話題に出たことはありませんでした。

 私がそんな思考に作ってしまった一瞬の隙に――。

 クロミは音もなく宙に浮かび上がり、飛び去って行きました。

 自分の残した言葉を、説明することもなく。

 ……。

 終わった、のでしょうか。

 ふう、と少しだけ息をついてしまいます。

 今回は、かなり危ない橋を渡ってしまいました。反省しなければ。

 それにしても。

 クロミのあの言葉――。

 『私は、あなたに救われたことがある』――でしたか。

 それが本当だとするなら。

 私は、あなたに、どこかで会ったことがある――?

 クロミ。

 あなたは、一体誰なんですか――?



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