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2番目の魔法少女[3]汚した手の価値  作者: 秋乃 透歌
序章 罪を重ねる思考の果てに
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01 序章 罪を重ねる思考の果てに

【瑠璃】


 今になっても、あの頃のことを思い出します。

 ええ。

 今だからこそ、かもしれませんね。

 この地平世界を遠く離れ、地球世界で過ごした一年間のことを。

 必死に駆け抜けながらも、ずっとこのままの時間が続くことを願わずにはいられなかった、王位継承試験の日々のことを。

 彼と――玖郎(くろう)くんと一緒だった、あの夢のような一時のことを。

 今だからこそ、思い出すのです。

 とても大切な、あの一時を。

 正確には一年に満たない時間ですが、振り返ればそれ以上に短く、瞬きほどの速さで過ぎ去ってしまったように感じます。

 刹那のような時間。

 それでも、その時間には、驚くほどたくさんの感情がありました。

 例えば――。



 ――楽しさ。

 夏の終わりに、風邪で海に行けなかった朝美(あさみ)ちゃんを誘って、三人でプールに行きました。

 たまたま開催されていたベストカップルコンテストに、どちらが玖郎くんと出場するかで大騒ぎになってしまいました。玖郎くんの言葉に丸め込まれて、私と朝美ちゃんのペアでエントリーすることになり、準優勝してしまったのでした。

 (あかね)と一緒に、珊瑚(さんご)くんのサッカーの試合を応援に行きました。夏までは色々な場面で衝突することが多かった茜と珊瑚くんですが、この頃には仲良しになっていたみたいです。

 そう言えば、珊瑚くんのファンクラブの幹部だという先輩たちと、茜が料理勝負をすることになったのでした。その場の勢いで私が助っ人をすることになり、ふふ、ちょっとズルをして勝っちゃいました。

 向日葵(ひまわり)ちゃんや(かける)さんと一緒に、常盤(ときわ)さんと綾乃(あやの)さんの学園祭に行きました。仮装あり大道具ありのお祭りは、それこそ魔法のように非現実的で、圧倒されてしまいました。

 喫茶店では、とっても可愛らしい衣装の常盤さん達に給仕してもらったのです。そうそう、その時、玖郎くんと珊瑚くんと翔さんの三人が何やら真剣に議論していたのですが、何の話をしていたのか絶対に教えてくれないのでした。

 どれも、楽しい気持ちで一杯の時間でした。



 ――哀しみ。

 木の枝から降りられなくなり、困り果てて鳴くことしかできなかった仔猫を、私は助けられませんでした。

 あの時の仔猫がどうなったのか、結局のところ、最後まで分かりませんでした。助かったのか、それとも知らない方が幸せだったと思うようなことになってしまったのか。助けられるはずの一瞬を逃してしまえば、後は祈ることしかできないと思い知らされました。

 〈闇の魔法少女〉と名乗るクロミは、私達の前に何度でも現れ、幾度でも立ち塞がりました。

 いくら言葉を尽くそうと、どれだけ気持ちをぶつけようと、決して平行線の距離から近づくことはありませんでした。クロミの目指していた方向は、幸せな未来に向いていたのでしょうか。

 そして、地球世界に行く前の出来事でありながら、ある想い出が、何度も何度も私の胸に哀しみを運んできました。

 フラッタース王国、水の領土にある貧民街の出来事。何一つしてあげられないままに、二度と会えなくなってしまった彼女のこと。

 いつも哀しみは、止まらずにあふれて来ました。



 ――喜び。

 燃え落ちた秘密基地の中から、小さな友達の命が無事に帰ったと分かった時の少年達の笑顔。

 初めて誰かを助けることができたという実感が、涙となってあふれました。あの時、私の手を引いてくれた温もりを、私は生涯忘れないでしょう。

 ふてくされた表情を見せる少年の隣で、小学校の花壇に水をやる少女の微笑み。

 梅雨明けが発表された頃に偶然見かけたその光景が、私の心に不思議な温かさを宿しました。夏以降、それまで以上に真剣に〈仕事〉(タスク)に取り組んだのは、茜の弱点に関する話ではなく、その心の中の温かさのせいかもしれません。

 数えきれないタスクの結末には、いつも胸が温かくなるような喜びがありました。それがある限り、私は前に進める――そう思いました。



 ――そして、怒り。

 どうしても抑えきれず吹き上がる、黒い炎。目の前が赤く染まるような、真っ白に思考が消えてしまうような、激しい怒り。

 え? ええ。

 私だって怒ることくらいあります。

 本当ですよ? 友達とケンカだってするんですから。



 どの出来事も、思い起こせば、今まさにその瞬間を過ごしているかのように、感情が湧き上がってきます。

 それは、おそらく――どの瞬間にも、私の隣に玖郎くんがいてくれたから、かもしれません。

 世界は、あんなにも輝いていたのに。

 それなのに。

 今は――。

 私の隣に、玖郎くんはいないのです。

 これが全てです。

 報酬も、約束も、誓いも、願いも――たった一つの現実の前には無力です。

 今、私の隣には、玖郎くんはいない。

 これが、現実なのです。



 別れの予感。

 あの秋の終わりの頃、私は――私達は、すぐ目の前にまで迫っていた別れを、予感していたのかもしれません。

 だから――。



   ◆ ◆ ◆



【玖郎】


 最悪の状況だ。

 瞬間的に、僕はそう確信した。

 その男がこちらへと向けたのは、拳銃だった。

 見慣れない黒色の塊。

 それでも、重厚感のある金属の質感と、一種の機能美を持つその形状が、自身が拳銃であると主張している。

 この状況では、拳銃が本物でない可能性は低い。

 いや、例えそれがモデルガンであったとしても、僕たちを殺傷するという目的を達成できるなら同じだ。目の前の脅威に変わりはない。

 なにより、男が無造作に放つ殺気が、明白に物語っている。

 男は、僕達を殺すつもりだ。

 冗談の類ではない。

 もしも僕の次の一手が、冗談でしょう? と引きつった笑みを浮かべることだとすれば――男は、僕の言葉の終わりを待つまでもなく、引き金を引き終えているだろう。

 加速する思考に、粘度の高い焦燥感がまとわりつく。

 無限に時間を引き延ばしながらも、僕のあらゆる思考が警鐘を鳴らしながら告げる。

 これは、最悪の状況だ。

 『あの』最悪の状況だ。

 さあ――覚悟を決めろ、と。



 僕と瑠璃(るり)は、足早に去ろうとする秋を惜しむように、A県B市の外れにある飯尾(いいお)山のハイキングコースを訪れていた。

 茜に勝利するカギが、不幸を退け幸福をもたらす魔法使いの役目――〈仕事〉(タスク)であると判明した夏以降、僕と瑠璃は、週に十件以上のペースで〈仕事〉(タスク)をこなしていた。

 それとは別に、ほとんど習慣になってしまっている魔法の特訓も継続している。最近では、〈保護魔法〉(プロテクト)の適用範囲や〈魔法少女〉(プリンセス)が操る魔法の限界を見極めるような、実験的な内容が多くなっている。

 その合間を縫った休日の予定だった。

 飯尾山は、旧来の登山愛好家がお気に入りの山として名を上げることがあるほどの、玄人好みの登山道を持つ山だ。標高こそ日本屈指には及ばないものの、道中の景色は変化に富み、季節ごとに美しい景色が楽しめると聞いている。

 一方で、飯尾山には、小学生が簡単な準備で楽しめるハイキングコースもある。

 この季節には、美しい紅葉を楽しめることもあって、ちょっとした遠出の場所としてB市を中心に人気が高い観光スポットになっている。

 つまり。

 偶然にも自由になる時間ができた休日、紅葉が見たいと言い出した瑠璃に、僕が飯尾山のハイキングコースを提案したのは、B市に住む小学生としては至って普通のことだったと言える。

 終わりかけの紅葉。

 少し前まで緑に覆われていたはずの山の景色は、赤と黄が織りなす美しい姿を見せていた。

 足元では、積もった落ち葉が音を立てる。

 終わりかけの秋と、季節外れに穏やかな気候。

 僕達は、その瞬間まで、間違いなくその一日を楽しんでいた。

 だというのに。

 いや、だからこそ、か。

 歩く道の先に、漆黒の衣装を見つけた瞬間――背筋に冷たい水を流し込まれたような、そんな感覚が警報のように僕を襲った。

 クロミ。

 〈闇の魔法少女〉と名乗る者。

 背中まで届く長い黒髪と、〈魔法少女〉(プリンセス)の衣装と同じく非現実的な気配を発する、革製の甲冑じみた衣装をまとった姿。衣装の各所を飾る金属の鎖と、彼女自身が身に着けている首や手首の金属の輪が、冷たく光を反射している。

 そして、顔の上半分を覆う、黒色の金属でできた仮面――普段なら口元に笑みが浮かんでいるのだが、なぜか今日の表情は硬い。

 あの夏の日、出井浜(でいはま)海岸で最初の邂逅を果たして以降、何度も僕達の前に立ち塞がる――僕達の敵だ。

 僕は、瑠璃の一歩前に出ると、背中に彼女を庇った。

 仕掛けはともかく、複数の属性の魔法を操るクロミに対峙している以上、あらゆる予想外が想定される。他の〈魔法少女〉(プリンセス)達には〈騎士〉(ナイト)になるための〈契約〉(コントラクト)をしていないことは知られてしまったが、〈保護魔法〉(プロテクト)による魔法無効化は健在だ。僕が盾として前に出る最初の一手は、当然の布陣である。

 同時に、背後で瑠璃が持っていたペットボトルのキャップを開ける気配を感じる。相変わらず〈生成〉(クリエイト)が苦手だという課題を克服できずにいる瑠璃だが、これで剣の用意もできたという訳だ。

 これまでの経験から言えば、どれだけ言葉を尽くそうと戦闘は避けられない。互いの主張がそもそもねじれたベクトルを有している以上、決して交わることはない。

 以上より、取るべき策は先手必勝である。

 問答無用で攻撃をしかけ、こちらのペースで戦況を操作するべきだ。

 一方で、瑠璃の意思は違う。

 出会う度に言葉を重ねて、無駄な戦闘を避けようとする。翻意させるために、平和的な解決のために労を惜しまないのが、瑠璃のやり方だ。

 誰もが誰もに優しくできる世界を作る――王政と身分制度と貧富の差が蔓延する魔法世界を、そんな夢のような国に創り変えるという彼女の目的を考えれば、当然の選択とも言える。

 まったく、いつまでたっても優しすぎる。

 だが、それで構わないとも思う。

 そのために、僕が彼女の隣にいるのだから。

 どれだけ瑠璃が優しく、甘くても、それでも勝利をつかむために、僕が協力しているのだから。

 だから。

 最初の一手は、最善の一手ではなく、説得のための一手を選択する。

「奇遇だな。クロミもハイキングか?」

 投げかけた僕の言葉に、クロミの口元が歪んだ。

 それが笑みだったのか、それとも別の表情だったのか、顔の上半分を仮面に覆った状態では判別できなかった。

「そんな平和な理由で、私達が出会うことなんてないわ。今日は、お別れを言いに来たのよ」

 ふむ。

 返されたクロミの声は、いつもと雰囲気が違う。

 こちらを馬鹿にしたような軽い調子が完全に消えていて、代わりに重々しい硬さがある。

 なんだ?

 決戦のつもり、か?

「本当は、不意打ちであっと言う間におしまい、でも良かったんだけどね。最後に、ちゃんと顔を見ておこうかと思ったのよ。まあ、気まぐれね」

 すっ、と仮面の奥の瞳と目が合った気がした。

 予感が、胸をよぎる。

 この流れは、良くない。

 これは、おそらく――。

「遊びは終わりよ。それじゃあ、さようなら」

 一方的にそう告げ、クロミは身をひるがえして背中を向けた。

 このまま何もせず、歩き去ってしまうかのように。

 まずい。

 これは、『あの』状況じゃないのか?

 だとすれば、既に――。

「――っ!」

 背後で。

 枯葉を踏む音が聞こえた。

 瑠璃ではない。僕でも、前方で立ち去ろうとしているクロミでもない。

 これは。

 既に、取り返しのつかない状況に――。

「――!」

 振り返ったそこには、一人の男が立っていた。

 灰色のトレンチコートをまとった、この季節、どこにでもいそうな姿の男。

 これと言った特徴がない男だ。あるいは、特徴を出さないように意識した結果なのかもしれない。

 強いて言うなら。

 こちらを見る眼光が、鋭い。

 睨みつける訳ではないのに、、僕達になど興味がないように見えるのに、それでいて間違いなく僕達に狙いを定めているような――。

「悪く思うなよ」

 こちらに伝えようというよりは、独り言のようにそう言って――。

 男は、コートの内側に右手を入れる。

 次の瞬間、その男の手は――。

 拳銃を取り出して、瑠璃へと向けた。

 ああ。

 僕は、状況を理解した。

 これは、最悪の状況だ。

 その男がこちらへと向けたのは、見間違ようもなく、拳銃だった。

 黒光りする金属の質感と、こちらに向けられた銃口が、自身が拳銃であると主張している。

 この状況で、あれが本物でない可能性は低い。いや、例えそれが模造銃であったとしても、僕たちを殺傷できるなら同じだ。脅威に変わりはない。

 そして。

 男が無造作に放つ殺気が、明白に語っている。

 僕達を殺すつもりだ。

 冗談ではなく。

 僕があらゆる行動を起こすよりも、男が引き金を引く方が早い。

 唯一救いがあるとすれば、男が銃弾を放つためにはもう一動作――安全装置を解除する必要があるということくらいだ。たった今、胸元から取り出した拳銃が、いつでも銃弾が飛び出す状態だとは考えにくい。

 しかし、それすらも、指先の一動作が二動作に増える程度の時間しか産み出さない。

 だから。

 思考を加速する。

 半ば無駄と諦めながら。

 まとわりつく焦燥感に、僕の思考は必死に次の一手を思考する。

 時間が無限に引き延ばされる感覚。

 それでも、ダメだ。

 これは、最悪の状況だ。

 『あの』最悪の状況だ。

 僕のあらゆる思考が警鐘を鳴らしながら告げる。

 こうなることは、分かっていたんだろう、と。

 何度も想定していた状況だろう、と。

 これを切り抜ける方法など、とっくに知っているんだろう、と。

 考え付いているのだろう、と。

 さあ――覚悟を決めろ、と。

 そして。

 僕は。

 ――覚悟を――。

 そうだ。

 このような状況は想定していた。

 何度も何度も、この状況への対処を思考していた。

 この状況を打開するために、百万を超える思考を繰り返し、可能な限りの事前準備も行ってきた。

 本当に最初から、こういう事態もありえるだろうと考えていた。

 なにしろ。

 この状態こそが、僕が瑠璃の〈騎士〉(ナイト)になることを断った理由の一つなのだから。

 瑠璃をはじめとする〈魔法少女〉(プリンセス)達の――いや、全ての魔法使いにとって、この状況は最悪の状況だ。

 地球世界の人間が、明らかな害意を持って、襲い掛かってくるという状況。

 そう。

 目の前の男が、明らかな悪意や殺意を持っていたとしても、〈保護魔法〉(プロテクト)に守られた地球世界の人間である以上、あらゆる魔法は男を傷つけることができない。魔法使い達は、手も足も出せないままに、その兇刃に倒れることになる。

 僕が、これまでの王位継承試験の〈試練〉(トライアル)において、幾度も利用してきた戦略を、そのまま相手に使われた状況だ。

 正に万事休す。

 ただし。

 今の僕ならば――〈騎士〉(ナイト)〈契約〉(コントラクト)をしていない、ただの協力者である僕ならば、この状況を打開できる。

 僕ならば。

 この男に対抗できる。

 そのために、無数の思考を繰り返し、可能な限りの準備を整え――〈騎士〉(ナイト)にならずに、ここまで来たのだから。

 それでも――。

 それでも、こんな状況にはなって欲しくなかった。

 こんな状況に、出会わないまま王位継承試験が終われば良かったのに。

 あるいは、予兆さえあれば、回避するための策でも手立てでも、いくらでも考えたのに。

 取り返しのつかないことになる前に――。

 いや。

 そのような繰り言をする時間は過ぎ去っている。

 今、必要なのは。

 必要なのは、たった一つのこと。

 ――覚悟だ。

 状況は最悪だった。

 そして、唯一の解決策も最悪だった。

 それでも。

 瑠璃と、自分を守るために。

 僕は――。



 ――覚悟を決めた。


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