折りたたみ傘の偶然
レイティング基準・・・1
小雨が降ってきた。もう梅雨明けだというのに。
傘を持ってきてないけど、このまま駅まで十分歩くのは少し気が引ける。止むまで待とうかと思って、コンビニに入った。雑誌コーナーに見知った顔を見つける。
「よう、富樫」
声を掛けると人なつこい顔に笑顔を浮かべて、富樫がおれを振り向いた。
「あ、先輩。買い物ですか?」
「いや、雨だから」
スーツも濡れると乾くまで大変だし、濡らすのはあまり好きではない。今は洗えるスーツがあるらしいけど、 まだ買い換えるには早すぎる。
富樫は今年度から入社した新人で、おれの下に配属された。下に、とか言うと偉そうだけど、俺はたんにチームリーダーで、チーフは他にいる。まぁ、管理職の雑用を引き受けて下にも振り分けるだけの仕事かもしれない。
富樫が配属されてきたとき、第一印象はそれほど良くなかった。今時のはやりの茶色い髪型、眉も整えて、始め見たとき、ちゃんと仕事が出来るのか疑問に思えた。今はそうは思ってないけど。
富樫は見た目よりも頑張るタイプで、出来るまでやり遂げようとする意地がある。そこら辺を俺は買っていて、わりあい、仕事を回す量も増えてしまいがちだ。
最近はよく二人で残業しては、バグの出た箇所の修正や構築のやり直しをしている。ほかの連中も割り当てられた仕事をきちっとこなしているが、やっぱり富樫ほどじゃない。
「傘、持ってないんですか?」
富樫が雑誌をブックラックに戻して訊ねてきた。
「まぁな」
おれは苦笑してみせた。
「おれ、折りたたみの傘、持ってますよ。なんなら、一緒に駅まで行きましょうか?」
ありがたいと言えばありがたいが、富樫の帰宅する方向は駅方面だったろうか。
「ありがたいけど、良いのか?」
「良いですよ。多分、こうなるだろうって思ってたから」
雨のことかなと思った。こういうところでも富樫は準備がいいんだろう。
「じゃあ、遠慮なく」
外に出ると、小雨は本降りになっていた。足下が見る間に雨色に染まり、水たまりが出来ていく。
「行きましょうか」
小さな折りたたみ傘の下、気休めに体をくっつけ合って体を押し込んだ。俺の左肩と、富樫の右肩がどうしても濡れてしまう。それでもずぶ濡れになるよりましかもしれない。
「なんかこんな風に傘に入るのって学生以来です」
「ああ、あの年頃って傘とかすぐ忘れてきてたもんなぁ」
「先輩も傘を忘れるタイプだったんですか?」
「まぁな。ずぶ濡れになってたな。おまえは、昔からこんな風に折りたたみを用意しといたのか?」
「そうですね……。そしたら、好きな人と偶然一緒に帰れたりするかもしれないじゃないですか」
「ああ、そういうこと」
「だから、好きな人がよく通る道で待ち伏せして、声を掛けるんです。折りたたみ傘ありますけど、一緒に帰りませんかって」
「あははは。おれにみたいにか」
「そうですよ。おれ、先輩のこと好きですからね」
それから何となく黙ってしまって、駅まで傘に入れてもらった。構内に一緒に入るのかと思ったら、富樫は反対方向のバス乗り場に行くと言って、また元来た道を戻ってしまった。
何となく、あれから、俺の頭から富樫の言葉が頭を離れない。
偶然か、必然か……。富樫がなにも言わない以上、おれには何とも言えない。