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Butterfly  作者: simakaze
第1章 運命の少年
2/10

新たな世界へ

2回目です!今回は少し時間を遡って、飛行機開発のお話です。アメリカのライト兄弟よりも飛行機の原理に気付いたとされる二宮忠八。もしも最大のネックだった開発資金に苦労しなかったら?そして、より上質な環境で研究を行えていたら?そんな疑問から生まれた第2話です。




 話は、海人の旅立ちから僅かに遡る。


―1899年(明治32年)8月海軍省


 海外留学を終え、日本に帰国した秋山真之大尉は海軍大臣、山本権兵衛の元を訪ねていた。


「おお、秋山…久しぶりだな」


「お久しぶりです、大臣…」


 山本は真之を出迎えると、彼の土産話もそこそこにさっそく本題に入った。


「で、話とはなんだ?せっかくの休暇を切り上げてまで帰ってきたと聞いたが?」


「はい、実は休暇を使って帰郷しておったのですがそこで古い友人に会いまして…」


「友人?」


「ええ、名を二宮忠八と言うのですがこれがなかなかの発明好きでして久しぶりに会った時も様々なものを見せてもらいました…その中に彼が1度陸軍に上伸した品がありまして…」


「ほう?」


 〝陸軍″と言う言葉に山本は大きな反応を見せた。彼は別段陸軍嫌いと言うわけではないが陸主海従の方針が強く残る当時の風潮故、陸軍に対する対抗意識は人一倍強い。


「これです…」


 そういいながら真之は、木でできた模型を見せた。


「なんだこれは?」


 山本はそれを見て首をかしげた。鳥のようにも見えるが、こんな奇妙なものは見たことも聞いたこともない。


「空を飛ぶ機械…飛行機だそうです…」


「飛行機?」


「はい…これを使えば哨戒や偵察はもちろん、着弾観測や救難活動、さらに将来的には大量の兵員・物資の高速輸送や敵艦・敵施設への攻撃にも使用できます」


 彼は、忠八から聞かされたことに加えこれを使った戦術、戦略も織り交ぜながら山本に説明した。山本は一通り聴き終わるといくつかの質問をした。


「フム、大体は理解した…しかし、貴様の友人はすでにこれを陸軍に上伸しているのだろう?」


「はい、ですが向こうは「飛んだら考えてやる」と耳を貸さなかったそうで…」


「なるほど…完成の目処は立っているのか?」


「すでに、この鴉型飛行機はゴム動力での飛行に成功しております現在彼の構想にあるのも基本は同じとのことです…あとは人間を乗せて飛ばすだけの動力さえあれば…」


「う~む…」


 山本は悩んだ。忠八と言う男が望むのは資金的、あわよくば技術的な援助であろう事は容易に想像がついた。

 彼は仕事柄、先を見通す力には長けている方だ。先ほどの説明からしてもこの飛行機と言うものの将来性は十分に高い。


 ただ問題は、海軍の財布がすっからかんと言う事だ。これは海軍創設以来の悩みなのだが陸軍に比べ海軍の予算は冷遇されていて、まともな金額が回ってきたことがない。

 日清戦争以降は賠償金の獲得のおかげで大分ましになったが、今度はロシアに対抗するために、艦隊の整備や人員の教育に予算を回してしまい余裕のない状態が続いていた。

 戦艦「三笠」の建造に至っては切腹覚悟で予算の横領までしている。


 さらに飛行機は、将来性は見込めるが確実性がない。状況いかんでは戦争そのものに間に合わない可能性もある。

 確実な手を打って戦力を整えるか、博打を打って敵が予期せぬファクターを作るか。海軍のトップとして難しい選択を誤ることはできない。

 珍しく煮え切らない山本に対し、真之は発破をかけた。


「大臣、これは好機です!!陸軍が見捨てたものに我々海軍が手を差し伸べ結果を残せれば、我が海軍創設以来続く陸主海従の流れを断ち切れます!!陛下や議会も我々に一目を置いてくれるはずです!!」


「っ!!」


 真之もまた、陸軍嫌いと言うわけではない。これはあくまでも、山本に飛行機開発を認めさせるために仕掛けた爆薬だ。そしてその効果は予想以上だった。


「なるほど、確かにそうだな…ウム、分かった飛行機とやらの開発を認めよう!!秋山、この件は貴様に一任する!!機材や人員の面で不自由があれば言ってくれ」


「ありがとうございます!!」


 真之は深々と頭を下げた。


「ただし期限は1年だ、来年の夏までに結果を出せなければそれ以上は待てん!!」


「ハッ!!」


 こうして、日本海軍による飛行機開発は急ピッチで進められた。作業の効率化と機密保持の点から、艦政本部に〝兵器開発部″が新設され、二宮忠八の身柄も軍属技師と言う形で海軍預かりとなった。


 因みに、忠八は飛行機を「飛ぶ器」と書いて飛行器としていたが、真之が「飛ぶ機械」で飛行機と解釈し、それがそのまま海軍側に伝わってしまったため現在でも漢字は後者が使われている。

 忠八自身も最初あまりの感激と忙しさにそのことに気付かず、気づいた時にはすでに書類上でも後者になっていたためこちらで書くようになった。

 もっとも本人的には、物自体が出来上がったことが重要だったらしく名前にはそこまで頓着してなかったとか。


 さて、真之を最高責任者に据えた開発チームは休む間もなく仕事に没頭した。幸い理論的に問題ないことは模型ではあるが、忠八自身の手ですでに証明されている。

 最初は半信半疑だったメンバーも鴉型飛行機を見て理解を示してくれた。


 問題はこれを人が乗れるサイズで飛ばすにはどうすればいいかだった。機体はともかく、これだけのものを飛ばすほどの動力が思い当たらない。


 始めは忠八を含め過半が人力を提案したが、飛ぶかどうかの検証ならまだしもそれを実戦で使うのはあまりにも無茶だ。能力的にも不安だし何より漕ぎ手の体力がもたない。


 となると何かしらのエンジンを載せる必要があるが、さすがに蒸気エンジンを載せる訳にはいかない。でかいうえに質量もかさむ。

 これで空に上げようとするなら翼の揚力以外にも浮力を持たせなければならないが、それでは飛行機ではなく飛行船だ。根本的なところで間違っている。


 小型でそれなりに出力があるエンジン。その言葉に行きついた時、1人の技官が、以前研修でドイツに行った時に見たガソリンエンジンの事を思い出した。

 調べると、すでにドイツやフランスではこれを使った自動車と言う乗り物が町中を走っているという。小型軽量で、馬力性能も蒸気式や電気式に勝っている。


 彼らは早速このガソリンエンジンを輸入した。飛行機の存在を露見させないために、小型艇用の新型機関の実験と言う名目で現地から技師も招き、性能試験の他、実際に分解してその仕組みを日本の技師たちにも理解・習得させ自国生産できるようにさせた。


 一方で、エンジンの目処がついたことにより機体の製作も始まった。と言っても最初は、性能調査のためのグライダーが作られた。

 また、比較の為に玉虫型と人が乗れるように再設計された改鴉型が製作され、高地が多く人口も少ない奥多摩が実験場に選ばれ、連日試験が行われた。

 結果、機動性では単葉の鴉型が上だったが、安定性や揚力、実用性は玉虫型の方が上だと分かった。

 この時に行われた性能比較実験の結果は、後に飛行機が複葉機から単葉機に代わる時代において重要な参考資料となった。また、玉虫型の上翼は現代のガル翼のような形をしており、これが後の日本機の特徴となった。


 玉虫型飛行機は、その後も方向転換やエンジン配置、操縦装置などの実験が行われ、垂直尾翼の取り付けや形状の一部変更などの小改良を行いより一層洗練されたものとなっていった。


 そして、エンジンを装備した試作機が製作され、1900年(明治33年)4月初旬、第1回目の試験飛行が行われた。当日は、開発状況の視察の為に山本も立ち会った。


「それでは、これより試験を行う!!」


 真之の号令のもと、技士や科学者たちがそれぞれの持ち場に付いたり、機体の最終チェックを行っている。操縦士には、本人たっての希望で忠八自身が手を挙げた。


「開始、1分前!!」


 ストップウォッチを持った真之がそう叫ぶと、最終チェックをしていた技師たちが離れる。実験や計算では間違いなく飛ぶことが解っている。

 だが実際に飛ばすのはこれが初めてであり、皆の顔に緊張の色が見える。


「30秒前!!」


 忠八が操縦桿やエンジンの調子を確認し、自分が飛ぶであろう空を見つめた。


(ついに…ここまで来た)


「10秒前!!8…7…6…」


 カウントの開始とともに、忠八は全神経をこの一瞬に集中させた。


「3…2…1…Go!!」


 合図と同時に、技師たちが機体を固定していた索具を切り、ほぼ同時に忠八がエンジンを最大出力まで上げる。速度がぐんぐん上がり、ついにトップスピードまで達した。


 だが、最高速を維持しているにも拘らず、機体は一向に浮き上がる気配を見せない。たまに車輪に突起物が当たってバウンドしているがそれもすぐに収まってしまう。

 忠八や真之を含め、すべての者の脳裏に、〝失敗″の文字が浮かんだ。そして真之が、実験中止を下そうとした瞬間…


「うおっ!?」


 初春特有の気まぐれな強風があたりを襲った。反射的に目を閉じた彼らが再び飛行機の方を見ると、そこには向かい風に押し上げられ上昇を始めた玉虫型飛行機の姿があった。

 勢いを手に入れた機体は少しずつ少しずつ高度を上げ大空へと舞い上がっていった。


 それを見た誰もが、一瞬目の前の出来事についていけなかった。しかし、誰かが「飛んだ…」とつぶやいた途端、一気に歓声が沸き起こった。

 万歳をする者、感動で号泣する者、互いの苦労を称えあう者など、様々な者がいた。


 機体は、初歩的でゆっくりしたものであったが旋回をして向きを変える。バランスも主翼や尾翼を操作してきれいに保たれている。無論、これらの事は記録係の手によって写真付きでしっかり記録された。


 その後、忠八は仲間の元に戻ってきた。わずか5分にも満たない飛行だったが、世界を大きく変えた瞬間だった。


 明治維新以来、日本人は列強に追い付き追い越せと、彼達に学び、模倣し、自分のものにしてきた。だがそれは猿真似と罵られ、蔑まれてばかりだった。

 だがこの瞬間、日本人は誰もできなかったことを成し遂げた。誰にも倣う事は出来ないが、誰の真似でもない新しい世界への扉を自分たちの手でこじ開けて見せたのだ。


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