少年の決意と少女の涙
こんにちは、simakazeです。今回、初めて投稿させていただきます。学校などで忙しい身の上ではありますが、頑張って書いていくのでどうか生暖かい眼でご声援をお願いします。
さて、この作品は私が数年前からひそかに温めていたのですが、私には絵心など皆無なためこの様に小説形式で出させていただいております。
でもあらためてみてみると暗いわぁ…書いた本人が言うのもなんですが星村麻衣さんのregretを聴きながら、最後らへん読むと軽く鬱になれます(笑)(歌はとても好きですのでご安心ください)
因みに念のため、これは仮想戦記小説です。冒頭だけじゃわかりづらいかもしれないので、念のためにお伝えしておきます。(火葬にならないよう努力していきます)
まあ出だしはあれですが、これから先涙あり、笑いあり、色気あり(?)の楽しく面白く、たまに切なくしながら進めていていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
これは、華々しい英雄譚でも、過去の過ちを綴った歴史書でもない。
―1895年(明治28年)11月大日本帝国長崎佐世保軍港
「わーっ!!すごい数のおふねですっ!!兄さん!!すごいですよ!!」
「こらこら…あんまりはしゃいでると転んでけがするぞ…」
長崎県佐世保市、軍港として利用され日本の国防を預かる港に、多くの見学者に交じって2人の少年少女がいた。まるで兄弟のようにもみえるがその容姿や服装には大きな違いがあった。
少年はよく整った容姿をしているが、光の加減で碧く見える目は何処か日本人離れした顔している。着物もみすぼらしく、青みを帯びた美しい髪もぐしゃぐしゃになって、整えられていない。
一方の少女も、少年に負けず劣らずの整った容姿を持ち、小さな体と相まってコケシ人形のような愛嬌を持っている。着物も上等なもので、漆黒に映える髪が女の子らしさを表している。
少年の名は海人。かつては、孤児としてこの街を徘徊し窃盗などを働いていた。その彼を救ったのが、少女、天宮春雪だった。
母親を早くに亡くし、容姿のせいで常に蔑まれてきた彼を、彼女は優しく迎え入れ自分の家族と暮らせるようにし、町の人と和解する手助けをしてくれた。
子供ゆえの無知や、漁村を仕切っていた船頭の娘ゆえのプライドなどもあったのだろう。だがそれは、海人がずっと憧れていたモノであり、手の届かぬモノと諦めていたモノだった。
「春雪は船が好きかい?」
「はい!!おふねに乗っている人もかっこよくて大好きです!!私もいつか、お父様のような立派な船乗りになりたいです!!」
春雪は、港に集まる船を見てひどく興奮していた。実家は代々の漁師であり、このあたりの漁師を束ねる船頭だった。
そんな父親の背中を見て育ったせいか、彼女は乙女らしさを持つ反面男勝りで勝気なところもある。だからこそ、当時悪餓鬼として知られていた海人に、苦も無く近づけたわけだが。
だが、明治以降佐世保の街は大きく変わった。海人や春雪が生まれたころには、すでに軍港としての建設が始まっており、人口3,000人程度の寒村を国防の一大拠点に変えた。
町が栄えるのはいいことだが、これまで漁師として働いてきたものには大変な苦痛だ。これまで生業としてきた仕事を取られるうえに、国は援助などしてくれない。
「でも…戦をする船は嫌いです…」
「春雪…」
春雪の顔が少し曇り始める。最近、清との戦争が終わって多くの軍艦が入港してきた。艦も人も傷だらけで、町の病院は今でも満室状態だ。子供が見ていて気持ちのいいものではない。
「お船は、いろんなところから荷物や人を運んできていろんな人に幸せをくれます…でも、戦船はそんな幸せを簡単に奪ってゆきます…皆が不幸になるのは私は嫌です…」
「春雪は優しい子だな…」
海人は春雪の頭に手を置き優しくなでた。
「きっと、みんなもそう思っているよ…春雪の優しさは町のみんながよく知ってる…僕もその1人だ…だからもし、戦が起きたら僕が春雪や、春雪の幸せを守る…約束するよ…」
「兄さん、大好きっ!!」
「おわっ!?」
春雪は海人に抱きついた。突然の事でよろけたが、何とか受け止めもう一度彼女の頭を優しく撫でる。
ボーッ!!
遠くで船の警笛が上がる。どうやら出航するようだ。先ほどまで海人にすり寄っていた春雪の興味がそちらに移った。
「兄さん!!大きなおふねが出発するみたいですよ!!」
「僕はここで待ってるから、見ておいで…」
「はい!!」
春雪はあっという間に船の方に行ってしまった。海人が「転ぶなよー!」と叫ぶが彼女には聞こえていないようだ。
「まったく…」
海人はため息をつきながら彼女を見送った。しかし、それまで笑顔だった彼の顔は少しずつ曇っていった。少し前、この港に来たときに偶然出会った海軍大佐に言われた言葉が、ずっと彼の中でさまよっていたからだ。
「海軍に入らないか?」
その一言から始まった男の言葉は到底信じられないものばかりだった。
だが、男の目が語っていることを真実だと伝えていた。そしてその言葉を信じれば、春雪の身に最悪の未来が降りかかることが容易に想像できた。
今の生活を壊したい訳ではない。だが、何もせずにじっとしていられるほどおとなしい性分でもないしそこまで人間ができている訳でもない。2人の自分がそれぞれの言葉で海人を惑わせていた。
「兄さん、難しい顔をしてどうしたのですか?」
「っ!?」
船を見終わった春雪が、いつの間にか帰ってきていた。考え事に夢中だった海人は、少し驚いたがすぐにいつもの笑顔に戻って春雪に話しかける。
「船はもういいのかい?」
「はい!!とってもすごかったです!!」
「そうか…良かったね…」
そういうと、海人はまた海の方を見た。その顔は先ほどの笑顔を残しているが、少し遠くを見るような寂しそうなものだった。
「兄さんは、どこかに行ってしまうのですか?」
「っ!?」
海人は再び驚かされた。小さな子供と言うのはどうしてこう感覚が鋭いのか。その鋭さには関心を通り過ぎて恐怖すら覚えるほどだ。
「どうしてそう思うんだい?」
「兄さんを見ていたら何だかそんな気がしました…」
「そっか…」
やはり、この子には驚かされてばかりだ。この子には、隠し事や嘘の類は一生通じないんじゃないかと思わされる。もっともそのおかげで、今の海人があるわけだが。
「なあ春雪、僕がいなくなったら春雪は寂しいかい?」
また何の気なしに聞いてみた。いや、自分の居場所を確認したかっただけかもしれない。
「寂しいです…でもそれ以上に腹ただしくてなりません!!」
「え!?」
少しうつむいたと思った彼女の眼には異様な怒りの炎が込められていた。その表情のまま海人に向き直った彼女は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「もし兄さんが私を置いて行ったときは、なぜ置いて行ったのかと悔しくてなりません!!そのうちそれは怒りや憎しみに変わると思います!!兄さんが何と言おうと私は兄さんとなら地獄の果てでも行く覚悟はできているんです!!」
幼いながらも決意のこもった瞳に、海人は彼女の強さを悟った。自分がこの子と同じ年の頃、何をしていたかと考え、それらが混ざり合った瞬間何かが彼の中で弾けて瞬間笑いが込み上げた。
「ぷっ…アハハハハハッ!!!」
「な、何がおかしいんですかっ!?私は真剣なんですよ!?」
春雪が頬を膨らませて海人を睨む。
「いや…ゴメンゴメン…春雪の事を笑ったわけじゃあないんだ…ただ、いろいろと悩んでる自分が馬鹿らしくてね…ありがとう…春雪がそう言ってくれてうれしいよ」
「兄さん…」
「でも地獄の果ては勘弁だな…僕もそんな悪いことした覚えないし?」
「私を置いてどこかに行けばそれだけで大罪です!!」
「ハハ、怖いなぁ…それじゃあそろそろ帰るか…」
「はい!!」
春雪は伸ばされた海人の手をしっかりと握り嬉しそうに歩き始めた。
「なあ、春雪…」
「?」
「もし、僕がどこか遠くに行ったら…僕を許してくれとは言わないし、なんなら忘れてくれてもいい…でもその代わり、今のまま優しいままの春雪でいてくれ…そして、僕よりも君を大事にしてくれる人の所に嫁いで幸せになってほしい…それだけで僕はどんなバツでも受け入れられる気がする…」
「兄さん…何かっこつけてんですか?」
「えっ!?」
予想外の春雪のテンションとセリフに海人はガクッと肩を落とした。
「あれぇ~?僕今結構いいこと言ったつもりなんだけどなぁ~?」
拍子抜けしている海人を余所に春雪のお説教タイムが始まった。
「兄さんは昔からそうです…自分はダメな人間だから自分が不幸なれば周りが幸せになると勘違いして…どんなに上辺を取り繕ってもそういうところは全然変わってないんです…兄さんのそういうところ、はっきり言ってキライです!!」
「うっ!!」
さすがに年下にこんな説教を食らった挙句、妹のようにかわいがっている子から嫌いと言われればシスコンでなくとも傷つく。
「兄さんもいい加減自分自身を大事にしてください…今は兄さんの不幸が、自分の不幸につながる人もいるんです…私もその1人だということもお忘れなく…」
「春雪…」
「それに…さっきはああ言いましたが、私は兄さんの事を許さない訳でも、忘れたい訳でもありません…」
「…」
「そりゃ勝手に出て行かれれば怒りもしますし、恨みもします…でもそれ以上に心配なんです…特に兄さんの場合自分の事を顧みないところがありますから…ただ、兄さんがそうするのはきっと何か訳あってのことだと思うから…だから私は、兄さんが帰ってきてしっかり「ただいま」と言ってくれるのを待ちます…」
「春雪…ありがとう…」
「まあ、それまでにいくつか悲惨な行程は用意しておくのでそのつもりで…」
「覚悟はしとくよ…」
他愛のない会話の中、2人の影は夕日の中に消えた。
―5年後
「ハァハァハァ…」
もうすぐ雪が降りそうな寒空の中を、1人の美しい少女が息を切らしながら走っていた。その手には自分に充てられた一通の手紙が握りしめられていた。
―春雪へ―
君がこの手紙を読む頃、僕はこの町を出る汽車の中だろう…君の事だから、寒空にもかかわらず僕を追って走ってるかもしれないね…
もうすぐ、大きな戦争が始まる…でも今のままの僕じゃ君を守ることができない…だから僕は軍に入ることにした。ずっと黙ってたけどこれはもう決めてたことなんだ。
君があの日僕に手を差し伸べてくれたこと、そこから僕に与えてくれたもの全てが宝物だった。だから僕は君に恩返しがしたいんだ。
君に言わせれば、これも自分を省みないただの自己犠牲でしかないんだろう。僕自身もただの自己満足だと思ってる。でも、そうだと分かっててもそれをしてしまう僕を、どうか許してほしい。
いつか君の元に戻って、面と向かって「ごめんね」と「ただいま」を言うから、その日までどうかお元気で…
―海人より―
追伸
少しの間だけど兄の真似事ができてうれしかったよ…
ボーッ!!シュッシュッシュッ
遠くで汽車の音が聞こえる。それに引っ張られる長い列車には多く人が乗っていた。その中に彼の姿もあるのではないかと探すが、全然見つけられない。もどかしさと焦りが彼女を追いたてる。
「兄さん…どうして…?」
約束などどうでもよかった。心の中に闇があろうと関係なかった。ただ傍にいてほしかった。ずっと笑っていてほしかった。
幼さゆえにおぼろげだった感情も、恥ずかしさゆえに伝えられなかった想いも、今なら言える、形にできる。だが、それを伝える相手はもういない。寒空の中、少女に残るのは後悔の涙だけだった。
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