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うりと夏休み〜続編〜  作者: ぬこ
32/40

わがまま


 

 「雲罫、本当にケガはないんだな?」


 心配そうに我を見る隼人。

 

 「うむ。黙っていてすまなかった。」

 「ん?」

 「昼間の様子でな、何かしら行動を起こすのではないかと思ってな。」


 ガチャ、と箱を開ける。

 中から小型のテープレコーダーを取り出してみせる。


 「ん、念仏入ってるやつだろ?」

 

 耳の中に入れてあったイヤホンをはずし、ほんの少し巻き戻してテープレコーダーから直に再生してみせる。



──「ねぇ、マジでいくの?」

  「しつけぇな、こんな夜中にクソ田舎で起きてるヤツなんかいねぇって!」

  「マジ、面倒事巻き込まれるんだったらもうちょっとさー?」

  「わかったよ、後1万つけてやるよ!」

  「あ、そぅ?」

  「ああ、んじゃいくぞ、ホラ。それもってこいよな。」

  「わかったわよっ!」



 「!?」

 

 驚いた様子の女。

 

 「これ・・・どこに?」


 同じく、隼人。


 「車の窓ガラスにだ。あれだけスモークを張ってあるタイプの車でそう窓を開けるとは思えなかったのでな。」

 「なるほど・・・。」

 「親戚ということもあるだろうし、黙っているか、言うべきか迷ったのだが、できれば黙ってすませられればと思っていたのだが───すまなかった。」

 「いや、そんなことないぞっ!」


 頭を下げようとする我を抑える隼人と、我の膝に乗ろうとするうり嬢。

 

 「しかし、なんで今日って?」

 「いや、昼間の様子をみてな。状況が不利になりそうとみて、大抵行動を起こすのではないかと思ったのだ。」

 「バレバレだったって訳じゃん・・・。」


 呟く女。

 

 「って、タクの嫁さん、だよな?体平気なのか?」

 「・・・。」

 

 ふと思い出したように隼人が声を掛けてやる、が無言でうつむく女。

 

 「体冷やすと子供に悪いって聞いた事ある。とりあえずあったかいもんでも飲んでな?」


 茶を勧めてやる隼人。

 

 「子供は、おらぬ。」

 「え?」


 子供が出来た、結婚する。

 だから、ここを取り壊して家を建てるから、早く出て行け、と。

 そう親戚から聞かされていた隼人。


 「・・・子供なんか居ないわよ。」

 「って・・・。」


 申し訳なさそうな顔で、口をつぐむ、隼人。

 流産でもしてしまったのだろうか、と考えたのだろう。

 無理も無い。

 親戚からそう言われ、最初から嘘だった、と頭に浮かぶわけも無いだろう。


 ましてや、隼人が。


 「アタシがデブだからって妊婦役したら金やるっていわれたのよ!」


 女が隼人が煎れてやった茶を苦々しく睨んで言う。

 

 「アンタだって親戚なんでしょ!?ほんっといい迷惑だわ!」

 

 何かをいいかけて、親戚、の言葉に口をつぐむ隼人。

 親戚であるから、故に責任を感じざるを得ないのであろう。

 

 本来なら感じる必要の無いものだとしても。


 「女。」

 「なによ!」

 「金をやると言われて手を貸した、同じく加害者である事を忘れるな。」


 かっと顔を赤らめてバンッとちゃぶ台を叩く。

 反動で茶碗が倒れ、良い香りの茶が零れる。


 「拭くが良い。布巾がそこにあるであろう。自らが起こした結末の尻も拭えぬくせに怒りの感情だけはおおげさに出せるのか。」

 「別にアタシ茶をくれなんていってないから!」

 「問題がずれている。まともに会話も出来ないのであれば理由などきかず、別な方法もある。」


 ぽた、ぽた、茶が畳に零れていくのをじっとみるうり嬢。


 「自分も被害者だと言うのであるのなら警察で言うが良い。そうしたところで加害者だという事実がかわるわけでもない。」


 小さな手のひらで畳を撫でて、隼人の顔を見つめるうり嬢。

 そして、それを抱き上げてやり、布巾で水を拭う隼人。


 「アタシだって被害者よ!アンタの親戚にデブだの言われて変なことに巻き込まれてさ!そもそもアンタが最初にここに来なければよかったんじゃん!」

 「そうすれば金稼ぎの話もなかったことになるが。」

 「別にそんなの言われなかったら興味ないし!アンタがここに居座ってるから全部悪いんでしょ!?」

 

 いかに自分が被害者かを、夜中にわめき散らす女。

 それを、じっと見る隼人。

 彼の膝の上で、ぐっと唇を噛んで下を向いている、うり嬢。

 

 「悪いとは、思ってる。」


 沈黙を破るのは隼人。

 

 「でも。」


 うり嬢の頭を撫でる、手。

 

 「ここに、居たいんだ。」





 俺のワガママだっていうのは、わかってる。

 ここに居座りたいって考えて、それでこういうことになって。


 口に出して言った後で、言葉が続かない。


 「ワガママじゃない。権利だ。隼人、思い違えるな。」


 雲罫が、言う。

 

 「お前は何一つ悪くない。悪く思うことなど何も無い。間違うな。」


 きっぱりと言われて、頷いていいのか、躊躇う。

 欲を出さなければ事態は変わっていたんじゃないかって。


 「頷け。間違ってない。」

 

 頷いて、顔を上げる。

 雲罫が、にっと笑っている。


 「・・・わかってるわよ!悪かったわよ!」

 

 俺から布巾を奪い取ると、零れた茶を拭く、タクの彼女。

 

 「・・・名前は?」

 「は?」

 「話するのに、名前がわからない。」

 「・・・理佳よ。」

 「ありがとう。」

 「悪かったって、思ってるわよ。アンタがここに来たからとかじゃないわ。」


 ひとしきり拭き終わって、立ち上がり、台所へ向かう、理佳さん。

 水を絞る音がして、再び戻ってくる。


 「素直になれる方が可愛い。隼人に頼んで今夜は泊めて貰うがよい。」

 「あ、それはもちろん。部屋はあるから奥に泊まってくといい。」


 困ったような、バツが悪そうな顔で、首を振る理佳さん。


 「迎えに来るとは思えない。なにより、ここに居る方が良いと進言する。」

 「・・・わかってるわよ。・・・泊めてもらうわ。」

 「奥の部屋使ってないから好きにしてくれて構わない。明日、又話せばいいし。風呂使うなら沸かすし。」


 雲罫も、理佳さんも風呂入りなおしたいんじゃないかと思って。

 膝のうりは、ぐるっとこっちを向いて眠そうにしている。

 多分、安心したんじゃないかな。


 「いや、我はいい。このまま睡眠をとろう。」

 「アタシもいいわ。」

 「わかった。それじゃ、また明日。」


 ランプを一つ理佳さんに渡すとうりを抱き上げて雲罫と隣の部屋へ。

 布団にうりを先に寝かせてやり、俺も横に入る。


 「うり嬢。」

 「・・・ぅー?」

 「起こしてしまってすまなかった。」

 「ぃくちゃ、ねぅ?」

 「うむ。」


 袈裟を脱いで着替えながら、うりに声をかける雲罫。

 

 「じゃぁ、うりももたぉさんおしえあげう。」

 「ももたぉさん、とは?」

 

 眠そうな目をこすりこすり、布団に雲罫が来るのを待つ、うり。

 それを見て目を細めると、ランプを消して布団に入る雲罫。


 「お、今日はうりがオハナシしてくれるのか?」

 「ぁぃっ!」

 「よし、それじゃ電気消すぞー?」


 カチッ。


 ランプを消して、完全な月と星の明かりだけ。

 しーん、と静かな夜。

 まるでさっきのことは全て嘘だったかのように、妙に静かだ。

 

 時々微かにカリカリ、とえこがエサを齧る音。

 あとは、リリリリ、と虫の声。


 石油の臭いは、ここまでは届いてこないのか匂わない。

 明日になったら。


 警察にいって、タクの家にいって。


 雲罫が録音してくれたのがある・・・って、雲罫の念仏、大丈夫なんだろうか。


 「雲罫、あの録音してくれたやつ・・・念仏消えちまったんじゃないか?」

 「気にするな、また吹き込めばよい。」

 「手間かけるな、ごめん。」

 「謝るな、好きでやっている事だ。」


 そういって。


 「事件がおきるのが好き、と言う訳ではないぞ?」

 「わかってるっ。」


 そういって、笑う。

 

 さわさわ、と風の音がして、えこがカリカリとエサを食べている音が止んで。

 

 リリリリ、と虫の声が一層冴え渡る。

 

 秋の夜なんだなぁ、なんて思って、耳に心地よくて。

 夏の夜の音とはやっぱり少し違うんだよな。

 寂しくなる、ってのもわかるけど、今はほんとに心地よい静けさで。

 


 「ももがながえまいた。」

 

 その静けさのなかにうりの声。どうやら桃太郎はもう始まっているらしい。

 

 「ぁーちゃがたべうと、ももたぉが!」


 えー・・・正しい話を付け加えようかと思ったが、雲罫も桃太郎は知っているだろう。

 うんうん、と頷いて、手振りを交えて語るうりの桃太郎に聞き入っている。

 

 「おにー、ね、あめよーってして、めー!」

 「ふむふむ。」

 「おもたぉーはあんこくぇよー、って。くまも、あんこねー?きじもって、いぬがわんわんよー?」


 ・・・うり、お供が増えてるっ!

 きじは持っていかない、仲間でついてくるんだー・・・って、サルはどこいった?



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