静かな夜と気配
「隼人。」
「お。早かったな。」
居間に雲罫の姿を見つけて、布団の上から居間へ移動する、隼人。
うり嬢は完全に夢の中のようだ。
小さな握った手がかすかにぴくっとするのが見える。
「うむ。言い忘れていたのだが、やっぱり先に寝てくれ。」
「ん?」
「我はこの時間は修行なのだ。」
「疲れてないか?何か手伝おうか?」
そういいながら茶を勧めてくれる。
話すべきか、と一瞬迷う、が。
「いや、大丈夫だ。少々時間がかかるので先に寝ていてくれるとありがたい。」
「あ、気が散っちまうか、悪い。ランプはつけておくから帰りの目印にしてくれな?」
「すまない。感謝する。」
「んじゃ、先に布団いくから。茶はそこにおいておくな。」
「うむ。良い夢を。」
片手を挙げてにこやかに笑うと隼人が隣の部屋へ。
一口、茶を頂く。
程よい適温で実にうまい。
うまい茶はほんのりと甘みを後味に感じさせて、吐息にまで爽やかな香りが残る。
・・・と。
いかん。つい旨い茶に和んでしまうところであった。
しかし、せっかくの茶を頂かずに行くのは愚かというもの、くいっと頂いていこう。
うむ。やはり旨い。
・・・これは器ごと頂いていこう。
外に出て、再び一服。
ぐるっと一回り家の周りを歩いてみる。
外灯が無いとはいえ、まったくみえないわけではない。星の明かりと月のとで、歩けない事もない。
「ふむ。」
再び手元のスイッチを入れる。
耳の中にダイレクトに響く、雑音と、声。
──「マジでやるのー?なんかコワイんだけど。」
「バーカ、どうせ取り壊すんだから手間が省けていいじゃん。」
「つーか人がいたらどうすんの?」
「あ?知るかよ。テキトーに逃げんだろ。」
ガサゴソと物音が続く。
「愚かよな。」
ぼそり、と呟く。
「先程の様子からして阿呆だとは思っていたが、ここまでの阿呆だとは。」
にゃーん。
小さく聞こえる声。
そういえば隼人が「えこ」と呼んでいた。
腹が膨れて、眠くなったのだろうか。
「えこ殿。よろしければ中へ。外は少々危険だと思われる。」
にゃーん。
カサッ、と足音。
出来れば中に、隼人の所にいってもらいたい。
様子を伺ってみるが、姿を見つけることができない。
「そちらの明かりがあるところから中に入れる。では。」
念のため言うと、再び順路を辿る。
玄関の横、外から見える通り、薪が積んである裏口。
家の裏には林があり、横と前に道路が通っている、彼の家。
一通り一周して、目星をつける。
「ふむ、ここいらであろうか。」
立ち止まるのは、表より少々歩いた裏口の薪の山。
程よく表からは見えない、影がある。
──ゴトッ。
「ちょっと、臭いんだけどー。」
「うるせーな、静かにしろよ。」
ならば、その五月蝿いBGMをきってはどうか、と思うのだが。
・・・音がだいぶクリアになってきたな。
どうやら、近い距離と推測。
──「車どこにとめっかな。」
「待ってるから一人で行ってきてよ。」
「あ?誰がこれ持つんだよ?」
「一応妊婦ってことなんでしょ?だったらアンタもてばいいじゃん。」
うむ。女性に重い物を持たせるのは宜しくない。
しかし、嘘も宜しくない。
我も、嘘をついているのだが。
しかし、やはり夜は若干冷えるものだな。
薪が置いてある場所より少々離れた、木陰。
ただ座っているのも尻が冷える・・・が、かといってここで筋肉を鍛える運動というのも宜しくない。
故に、ただ黙って座っているのだが。
耳の中に差し込んである機械から、音量を限界まで小さく絞って聞こえてくる音。
雑音は殆どなく、そのため耳元で囁かれているような感覚にも似ている。
(しかし、不愉快な人物の不愉快な会話を、というのは色気も何も無いな。)
声に出さずに、ふと思う。
──「ねぇ、マジでいくの?」
「しつけぇな、こんな夜中にクソ田舎で起きてるヤツなんかいねぇって!」
「マジ、面倒事巻き込まれるんだったらもうちょっとさー?」
「わかったよ、後1万つけてやるよ!」
「あ、そぅ?」
「ああ、んじゃいくぞ、ホラ。それもってこいよな。」
「わかったわよっ!」
ガチャ。
ガタゴト、と低い物音。
そして微かに聞こえるが、何を言っているのかまでは判別できない会話。
「・・・来るな。」
思わず口に出して、後悔する、が。
(聞こえる距離ではないだろう。)
ガチャ、という音すら、左耳の中でのみ。
ほっと安心して、息を吐く。
えこ殿は、いつもこのような音を聞いて、寝ているのだろうか、と静かに聞こえる虫の声に、ふと思う。
耳に心地よい、虫の声。
それがより一層静寂を引き立てていて、実に風流だ。
であるが故に。
──ガサッ。
人の気配にも気づきやすいというもの。




