闇夜の秘め事
「さて、と。」
さくっ。
アスファルトに響いていた下駄の音。
軽やかな音が気に入っていたのだが、地面で音を立てず静かなのが今はありがたい。
ふぅっと吐き出す煙がうっすらと月明かりに照らされてほんのりと紫がかって見える。
「紫煙、とはよく言ったものだ。なかなか風流だな。」
愛用の女体灰皿に灰を落とす。
耳に手をやり、箱の中に手を入れると、何かのスイッチを入れる。
──ザー・・・・
しばらくの無音の後。
──・・・ったく、先にはらってくれりゃいいのにあのケチ。
なーにが「お前腹でてるからそのままでいいわ。」よ。人をバカにするのもほどがあるわよね。
カチッ・・・ジリ・・・・
「ふむ、思いのほかクリアだ。」
再び手元のつまみをあわせて何やら調整をする。
女体灰皿を裏返し、某所をおすと、ぴかっと思いのほか明るい光。
──「あー、マジ感じワリィ。」
「なにー?」
「あのバカだよ。バカがよー、もう一人こきたねぇ坊主連れてきやがってあれこれエラそーに文句垂れやがって。」
小汚いつもりは無いのだが。
と呟きかけて黙る。
──「んで結局どうなるの?」
「あぁ?だからおめぇはバカでトロイって言われんだよ。」
「ちょっとなによそれ。」
「いいか?いつまでもあそこにボロ家があるからワリィんだろ?クソ共が住み着いちまう。」
キキッ。
「あー、あぶね。出てくんじゃねぇっての、轢き殺しでもしたら車が汚れるだろーが?」
「ほんとガキって頭悪いわよねぇ。」
頭が悪いのはお前達だろう、と再びまた呟きかけてやめる。
BGMにかかっている音楽が酷く耳障りだが仕方ない。
──「あー、そうそう、そんなわけでよ。」
「うん。」
「勝手に住み着かれても迷惑だし、どうせあそこは取り壊すんだしよ。」
「あー、そういってたわね。」
「おまえしっかりやれよ。デブ。」
「ちょっと、デブっていわないでよ!」
「あ?金払ってやってんのはこっちだぜ?立場考えて物言えよ。」
なるほどな、やはり。
声に出さずに頷いて、居間の方を振り返る。
ランプとロウソクの明かりが見える。
そして、隼人の影。
真っ黒い袈裟を着ているので向こうから此方の影が見えることは無いだろう。
じっと座っているのが、隣の部屋に移動して、再び座る。
──「つかさー、それやばくない?」
「どうせ取り壊すんだっていってんだろ?それが燃えちまった所で手間が省けるだけじゃん。」
「えー、なんか面倒そうなんだけど。」
「うるせえよデブ、大人しくついてくりゃいいんだよ。」
しっかりと聞こえてくる会話。
サー、という微かな機会音。
懐にしまってあるテープレコーダー。
「・・・さて、どうしたものか。」
ジジ、と微かに音を立ててタバコを消す。
「別に中で吸っても構わないんだけどなー。」
冬になったら寒いだろうし。
それにここ風通しもいい。
「しかし、どこまで行ったんだ?明かり無くて見えるのか?」
ぼんやり、と庭を眺める。
既にどこに彼が居るのかも見えない。
「白い服きてもらえばまだわかるんだけどなー・・・って、そんな袈裟あるのかな。」
想像して、うーん、と首を振る。
かすかにちらっとなにかが光ったような気がする。
ライターかな、なんて思って、茶をすする。
あ、うり、ちゃんと布団被ってるかな。
ふと気になって寝顔を見に行く。
「あー、見にきてよかったな。」
くすっと笑うと布団を掛けなおしてやる。
「一杯遊んでもらったんだな、よく寝てる。」
くーくー、と小さな寝息を感じて、隣に座ってその頭を撫でてやる。
そういや、今日は本読んでやらなかったな、明日は読んでやるからな、なんて思う。
「隼人はまだ起きているようだな。」
先ほど座り込んだ影が見えて以来動いた様子がない。
体を起こしたまま寝るというのなら別だが。
しっかり布団の上に座っているあたり、温めてくれているのだろう。
──ザー・・・
「・・・寝てもらうか。」
一言呟くと、居間へと戻る。




