震えるな
「ふむ。手土産の一つでも持っていった方がよかったのであろうか。」
「いや、いいだろう。」
「そうか、それもそうだな。」
ババァの家の玄関の前。
今日はタクの車がない。
手に持った土産は、バァちゃんたちの分。
「それでは、ここに入れておくが良い。」
「お、さんきゅ。」
雲罫が箱を開けてくれて、その中に土産をしまわせてもらう。
「そんじゃ・・・行くか。」
「よし。」
───ピンポーン。
「はい。」
「俺です。隼人です。」
「・・・何の用。」
ドアを開ける事無く交わされる会話。
雲罫が、眉をひそめる。
「先日話したことで。・・・いいですか。」
ドアを開けるとしかめ面で鬱陶しそうに俺を見る、ババァ。
その視線が、雲罫に移り。
「隼人、どういうことよ。」
「こちらは、俺の友人です。」
「不躾かとは思いましたが彼の家に宿泊させていただくにあたり、一声ご挨拶をと。」
笠を脱いで挨拶をする、雲罫の声を聞くや否や。
「アンタ、まだあそこにいるわけ?」
俺にそう言うと、
「アンタも、ワザワザどっから来たんだか知らないけど。あそこはこのバカの家じゃないの。早々に出て行って頂戴。」
雲罫に向かってそう言い放った。
かぁぁっと、頭に血が上るのを感じて、ぐっと拳を握る。
わざわざ来てくれた彼にも、初対面でそんな事を言うなんて。
「不躾かとは思ったが、失礼なのはそちらも同じ。言わせてもらってもお互い様というやつだろう。・・・まぁ、不躾かと思ったのはほんの一瞬なのだが。」
「雲罫?」
ぐっと握った俺の拳を上からぽん、と手を重ねて一歩前に出る雲罫。
はぁ?と小さく言葉を漏らして彼の顔を見るババァ。
あまりにも静かに言った彼の言葉をうまく飲み込めなくて、ただ息を飲む俺。
「物知らずであるように見受ける。であるが故に言葉を知らぬ物言いは仕方ないものとして。」
ババァの目を見る事無く、再び笠を被る雲罫。
物知らずであるように・・・ってのは、ババァに向かって。
「彼の遺産目録なりを提示していただきたい。」
「はぁ?」
「以前彼は其れを申し出ているであろう。」
「だから、あのバカにもいってあるわよ。」
くるり、と俺に向き直る雲罫。
「隼人、どうだ。」
「不満だ、と言ったはずです。その言い分が通るものかどうか考えてから言ってくれ、と。」
俺の言葉を聞くと、再びババァに向き直る雲罫。
「と、言うわけなのだが。念のため言っておけば、後ほどその権利について法廷にでて争う準備を。」
「ちょっと・・・どういうことよ!この間もいったはずでしょう!アンタ何考えてんのよ!?このバカ!」
彼の言葉に逆上したかのように大声で俺に怒鳴り散らすババァ。
その様子をじっと見て、俺の言葉を待つように、呼吸を一拍置いて。
「隼人。」
「俺も、言ったはずですが。俺の親の保険金と、家を売った分と。育ててくれた分で目減りしてるのは何度も聞いてるんでまっとうな俺の分をわかるようにしてくれと。」
ジリジリするような感覚は止まない。
かといって、ケリはつけないといけない。
顔も覚えていないけど、俺の両親。
この世に産んでくれた事、感謝してる。
一緒に暮らした数年のほんの少しの想い出がある家はもうない。
すがりたい想い出の行き先も、ない。
でも、今がすげぇ幸せで。
「タクが結婚するからってのはこないだ聞きました。でも、俺にも権利はあるはずだ。ジィちゃんのあの家は渡せない。買い取らないといけないのなら手続き踏むんで書類なりだしてくれと言ったはずです。」
震えるな、俺。
一回くらい、ふんばらねぇでどうするんだ。
「だから。」
感覚の無い指先を。
ひんやりとしてきたそれを再びぐと握りなおす。
「話し合いにならないのであれば、結果出せるところで。」
一息に、言い切る。
怒りにか、顔を赤くしたババァ。
一瞬の無言の静寂の後。
「バカじゃないの?出るとこ出ろっていいたいわけ?アンタみたいなバカにそんなことできるわけないでしょうが。大人しく言う事聞いてりゃイイのよ。そんだけのことするのにどんだけ手間かかると思ってんの。弁護士なり出してから言えばぁ?」
バシャァッ。
顔中に、冷たい、腐ったような匂い。
相当人を小馬鹿にした素振りで、玄関の花瓶の水を俺に掛けて高笑いする、ババァ。
「花も気の毒に。このような手入れもされぬ腐った水でその美しさを保てるわけも無かろう。」
俺にぶつかり、下に落ちた、花。
濁った緑の茎が透き通るように、溶けている。
一面に、独特の臭い。
「アンタもよ。部外者がしゃしゃり出てきて。名誉毀損で訴えてやるから。」
雲罫に、フン、と鼻を鳴らして言うババァ。
わざわざつき合わせて、その上これ以上雲罫にまで迷惑かけるわけには・・。
「それは──。」「その言葉、まずは己の行いを省みてから言うが良かろう。」
俺の言葉を遮って、雲罫がババァに口を開く。
今まで、こいつが人の言葉を遮った事なんてない。
そのことに驚いて、思わず口をつぐむ、俺。
「隼人。」
「・・・ん。」
「我を信じろ。」
そう言う、雲罫。
キキッ。
表に、車のブレーキ音。
重低音と共に漏れ聞こえるリズムの音。
「ハイハイ、仲がよろしくて結構なこと。今の失礼は慰謝料としてさっぴかせてもらうから。とっとと帰って頂戴。」
勝ち誇ったように笑うババァと。
「なんだよ、お前まだ居るのかよ。」
背後から、タク。
思わず、弱気になりそうな、何もかも嫌になりそうな、嫌な自分が出て来そうになって。
それを止めてくれたのは。
我を、信じろ。
笠越しに見える、雲罫の目。




