菊乃蔵 雲罫現る。
バスから眺める外の景色。
数日振りに暑さが戻ってきて、あの日うりとバスに乗った事を思い出す。
今日は、一人。
終点、駅で降りると、相変わらず人はまばらでがらんとしている、駅。
東京までの切符を買うと、クーラーボックスでアイスを売っているのを見つけて、ひとつ。
「・・・暑いなー・・・。」
改札を抜けて、また、前と同じベンチに一人で座る。
「時間、丁度良かったな。」
腰を下ろしたとほぼ同時に電車の到着アナウンス。
再び立ち上がると、到着を待ち、乗り込む。
「ふぅ。」
これからする事は、何度も頭にシミュレートしてある。
まずは、弁護士。
そして、部屋の手続き。
用件済ませたら、土産を買って、帰る。
あれこれ考えて、先に物事知ってから。
ある程度は知識つけてからババァのところ行こうと思って、先に東京に行く事にした。
次、何か言われたり事態が変わったときに、やっぱり物事は知っていた方が強い。
安心感もある。
そして、明日、ババァん家へ。
今日と、明日。
ここらで男隼人、気合入れて頑張らないとだよな。
なんて事を思いながら、前と同じような席にすわり、ぼんやりと外を眺める。
稲刈りしている人たちが一瞬視界に入って、瞬きをする間にはるか後方に過ぎ去っていった。
「・・・本でも買って置けば良かったかな。」
思わず呟いて。
独り言になるんだよな、なんて辺りを見回して、誰も居ない事を確認する。
一人、がしばらくなかったからか、なんとなく違和感。
思わず呟いた言葉に返ってくる反応もなく、話し相手もいない。
なんとなく手持ち無沙汰で、自分の手をじっと見る。
握って、開いて。
・・・いつか、うりもやってたな。
「まもなく、東京に入ります。」
「・・・あ。」
アナウンスと、がたん、という心地よい揺れで目を覚ます。
あれこれ考えてたり、ぼんやりとしているうちに、眠ってしまったらしい。
帰り道は、何かしら本でも買って帰ろう、なんて思いながら懐かしい景色をぼんやりとみつめて、んっと体を伸ばす。
平日の午前中ということもあってか、前よりは電車は混んでいない。
自由席の切符を買った俺の側にもいくつか空席がある。
「ご乗車ありがとうございました。お降りの際はー・・・。」
流れる場内アナウンス。
構内に入ると、人、人、人。
ホームの中なだけあって、たくさんの人があちこちへと急いでいる。
「・・・やっぱ、人多いな。」
小声でなんとなく呟くと、一歩。
エスカレーターに乗って、改札へと向かう。
一度改札を出て、またちょっと歩いて乗換をして。
とりあえず部屋の荷物を確認したら、弁護士に相談いかなくちゃいけないな。
「・・。」
以前、うりときたのは、ここまでだ。
ここから先は、ジィちゃん家に行ってから、初めての領域(っていうのも大げさか。)になる。
自動改札に切符を流して、目的の線へ──・・・。
──チーン。
澄んだ音色。
──チーン。
思わず、音の主を探して構内をあちこち見回してみる。
「・・・?」
この暑い(構内はそれなりにエアコンもあるんで涼しいが・・・。)中に、袈裟をまとって深く笠を被った、お坊さん。
それが、箱のようなものを首から下げて、手にした金属の鈴みたいなものを鳴らして立っている。
「・・・珍しいな。」
足を止めて、様子を伺う。
無関心そうに通り過ぎていく人の中で、稀に幾らか小銭を入れていく人、・・・噛んだガムを包んで投げ入れる、人。
───なにやってんのー?
ぁ?ガムを道に捨てないで包んで捨ててんの。えらくね?
坊さんにも聞こえているであろう、会話を交わしながら通り過ぎていく人達。
「・・・。」
なんとなく、いたたまれない気持ちになって。
ポケットを探る。
指先に、小銭のあたる感触。
一歩、二歩。
「・・・ども。」
なんとなく、一声かけて、その箱の中に小銭を入れる。
チーン、と鐘を鳴らして、一礼する坊さん。
カチャッ。
・・・?
思わず音の原因が気になって、じっと坊さんを見る。
「・・・よう、隼人っ!」
「・・・え?」
笠の下に、にやっと笑う口元。
髭は無く、涼しげな様子が伺える。
・・・って、俺っ!
坊さんに知り合いは、いないはず。
父ちゃん母ちゃんの葬式は俺覚えてないし、ジィちゃんの時も同じく。
かといって、声かけてくれる相手を無碍にもできない。
「あ、あー・・・えっと、・・・今日は暑いですね。」
───違うだろ、俺っ!
「我だ、隼人。」
にやっと、笑って笠を脱ぐ。
坊主頭にすらっとした筋肉質な首。
「・・・えっと。」
「・・・雲罫だ。」
「・・・菊乃蔵か?」
「気づかないとは、不貞の極み。精進せいっ!」
そういって、がばっと抱きついてくる袈裟懸けの男、菊乃蔵雲罫。
「こっこらっ!いきなりなにをっ!」
「行ったであろ、我はお前が一番気持ちいいんだ。」
「誤解されるよーなことをこんなとこで言うなっ・・・って・・・。」
誤解の無いように言っておきたい。
俗に言う、「同性愛」じゃないからなっ!?
彼の言う、「俺が一番気持ちいい」っていうのは、うまく言えねえけど、オーラ?らしい。
よく、一人暮らし先に来ては、
「ちょっと食わせろ。」
と、数時間居ては帰っていくやつだった。
まぁ、バイト先で知り合った友人で、東京での数少ない俺の親友──といってもいいと思う。
「こんなところで、なにやってんだ?」
「これも修行。」
「いや、なんの。」
「我の家が寺だと知らなかったか?」
「いや、知ってるけど。家継がないんじゃ?」
こいつは、上に兄さんが二人も居る。
都内に結構でかい家で、寺の三男坊だったはずだ。
「家は継がないが、信じるものは大事でな。」
「ふむ?」
首をかしげて、あいまいな返事を返すと。
「隼人、お前は何を信じる?」
「なんだろう?」
「だろう?願い事を神に祈るも在り、又、人は死ねば仏になるも在り。」
「うん、そうだな。」
「であるが故に、我はこうして修行をしているのだ。」
「いや、なんでだ。」




