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名人

作者: zenzen
掲載日:2026/05/26

                 -1-


 窓の外の夜空に稲光が走った。

 薄暗い室内が一瞬照らし出され、盤に向き合う先生の背中が浮かび上がった。白扇を口もとにあてがい、背筋を伸ばしたその姿は小揺るぎもしない。

 ぼくは冷めてしまった茶碗が乗った盆をそっと取り上げ、軽く一礼して和室を出た。音を立てないよう気づかいながら静かにふすまを閉める。

 台所で茶碗を洗いながら、座敷で長考に沈む先生のことを思った。


 今夜、先生は誰と対峙しているのだろう。昭和の名人たちか、それとも次々と現れる後続のトップ棋士たちだろうか。過去の棋譜をもとにした研究は、ぼくが先生のもとに寄宿してから、毎夜続いている習慣だ。


 先生は一人だ。妻子はいない。

 将棋界の七不思議の一つと言われて久しいが、先生は若くして名人位を獲得してからも身を固めようとはしなかった。都内屈指の高級住宅街に豪邸を構えながら、ぼくが住み込むまで長く一人暮らしが続いていた。他人にどうして、と問われても、先生は微笑を浮かべ「私はわがままなもので、気ままな一人が楽なのですよ」と返すばかり。口さがない棋士仲間は「あいつは不能らしい」「もしや男色というやつですかな」とささやきあうが、まさか永世位まで獲得した大名人にそんなことを表立って問いただす人間はいない。


 先生には、弟子もいない。

 住み込んでいるぼくにしても、本来の師匠は別にいる。長く病床に伏している師匠からの預かりという立場であり、先生は直弟子を一切とっていない。依頼は年中あるが、すべて断っている。理由を問われて先生いわく「私は人を育てることができる人間ではない。棋士であることと、人の導き手になることは別の資質ですよ」。

 プライベートでの人づきあいも、まったくといっていいほどしない。


 先生と奨励会同期の近藤会長に昔語りを一度聞いたことがあるが、

「毛利は奨励会員の頃から少し変わっていたよ。将棋だけは文句のつけようもないほど真剣に取り組むが、盆暮れの挨拶廻りも、年賀状のやりとりすらしない。もちろん仲間と遊びまわることなど一切なかった。実家が資産家のせいか、指導などのアルバイトもしなかったし、ひいき筋にもさして愛想を使わない。最初から我々とは一線を画していたよ。それでいて誰からも冷たいヤツだと嫌われたり、不義理を責められないのが不思議だった。常識人ではないことに納得させられるというか。まあ、歴史に残る大棋士というものは、そういうものかもしれないな」


 時計の針が深更に差しかかる頃、先生の研究は終わる。やがて静かにふすまが開き、先生が痩せた首筋を揉みながら部屋から出てきた。焦点の合わない目を虚空にさまよわせながら、穏やかな笑みを浮かべる。

「どう、今期は昇段の目がありそうかい?」

 ぼくは目を伏せた。奨励会での成績を訊かれたのだ。

「一応、可能性は残っています。ただ、この後全勝したとしても、前期の成績が悪かったので自力では決まらない可能性が…」

「頭ハネの恐れあり、ということか」

 先生はふっとため息をついた。


 ぼくは今年二十一歳になる。十二歳六級で奨励会入りして現在一級。あと半年で初段になれなければ年齢制限で退会になる。それはプロ棋士になる夢が絶たれてしまうことを意味している。崖っぷちである。


 先生はタバコを取り出し、火を点けて目をつむった。静寂が垂れ込めたダイニングキッチンに紫煙が立ちのぼる。

 国産のタバコではない。何でも北イタリアで少量のみ自家生産されている銘柄だそうで、上質なお香のような香りがする。ヤニ臭さはほとんどない。


 先生は十五歳の時に四段になり、将棋史上数人しかいない中学生プロ棋士としてデビューした。奨励会に在籍したのはわずか四期。最短と言える速さだ。ぼくのような昇段の苦しみとは縁がなかったはずだ。


 ぼくはうつむいて言った。

「つくづく自分の才能のなさを思い知らされます。プロになるのにこれほど手こずっているのですから、仮に四段になれても大した棋士には到底なれそうにもありません」

 だが、先生は微笑みながら首を振った。

「私自身は幸運にも数年で抜けたが、もっと時間がかかったタイトルホルダーもいる。苦しんでいた友の姿は今も忘れない。あれは…そう、残酷な場所だよ」


 友……。近藤会長の話では孤高の存在だった先生にも心が通じ合う友人がいたのだろうか。

 プロ棋士は皆、尋常ではなくカンがいい。いぶかし気な色が走ったぼくの顔を見て察したらしく、先生は苦笑を浮かべた。

「朴念仁の私にも一応、友人はいた。たった二人だけだったが」

 先生はテーブルの前に座り、灰皿を引き寄せた。軽くはたいて灰を落とす。

 ぼくは缶ビールを冷蔵庫から取り出し、グラスとともに先生の前に置いた。

 先生は泡立つビールで唇を少し湿らしてから、話を続けた。


「そうだな。初めて語るが、私にも友はいた。一人は一期上の先輩、もう一人は同期だった。彼らもまた奨励会員であり、ライバル同士でもあった。だが、私たちは三人ともプロになれると信じて疑わなかった。そう思えるだけの棋力を三人ともが備えていたし、お互いが尊敬し合ってもいた。我々は養成機関で競い合うだけの関係ではない、自分たちが力を尽くして闘うのは将来のタイトル戦だろうと。だからこそ、友情が成立したのさ。

…まあ、今となっては青かったとしか言いようがないな」。


 先生は静かに話を続ける。

「知ってのとおり、奨励会は全国から将棋の英才が集まるプロ棋士養成機関だ。個人差は多少あるだろうが、四~五歳で将棋を覚え、数年で町道場では無敵のレベルに達し、小学生の頃に奨励会受験を考えるケースが大半だ。そして、誰かプロ棋士に推薦をしてもらって受験し、合格すれば晴れて奨励会に入れる。

 つまり、奨励会員になるのは、いずれも相当な棋力を持った少年たちだ。資質においては、すでに全員がプロになる資格は十分に備えている。

 ところが、全員そのままプロになると、どうなると思う? 将棋界がもたなくなるんだよ。正確に言うと、プロ棋士が食べていく既存の仕組みがもたなくなるんだ。

 というのも、将棋の実力にもピークはあって、トップレベルの戦いになると、おおむね若いほうが強い。死ぬまでA級に在位した大岩さんや、タイトル在位が三十年以上に及んだ善羽さんは完全な例外だ。私にしても、自分で言うのも何だが、例外のほうだろう。

 ということは、奨励会員をプロにする段階で選抜しないと、その分、弾き出されてしまう先輩プロ棋士が出てしまう。奨励会員が厳格な年齢制限や生き残りを賭けたレースを課されているのは、いわばプロ棋界側の事情による産児制限なんだよ」


 火のついたタバコを取り上げ、先生は穂先に目を据えた。

「当然ながら私たちも厳しい試練にさらされた。才能ある者同士が競い合う地獄というやつだな。入会するまではあれほど簡単だった将棋が、なかなか勝てない。幸運にも全勝に近い成績を収めたら、今度は同率の人間が複数いて、前期の成績で劣っていると昇段は見送りになる。努力が成果に結びつく保証は何もない。勝つことでしか決着はつかず、勝つことだけが価値観のすべてとなる。

 混沌の日々に、いつしか内面が乾いてひび割れていく。思いやりや優しさといった人間らしい美質はそぎ落とされて消えてしまう。奨励会は礼儀作法にうるさいから、髪形や服装こそ優等生然としているが、精神的には消耗し、若いうちから荒廃していく例が後を絶たない。

 それでも、私たちは実力が他より少し抜けていたおかげで、順調に昇級していたし、勝負へのこだわりは強くても人間性は保てていた。三人で研究会をやって腕を磨き合い、落ち込んだ時には慰め合うこともあった。

 中でも同期の彼は優しい男でね。奨励会入りは同期でも、学年は一つ上だったから、私のことを弟のように思っていたのかもしれない。負けてふさぎ込んだ私に、「大丈夫、毛利はきっと五人目の中学生プロになるよ。君なら名人も夢じゃない」といつも励ましてくれた」


 先生はタバコを静かに灰皿に押し付け、丁寧に火を消した。

「ともあれ三人ともがこの混沌を抜け出す日が来ると信じていた。正々堂々と突破して、新四段としてともに棋界デビューを果たすのだとね」


                 -2-


 先生は日頃からあまり食事を摂らない。

 朝は紅茶しか飲まないし、日中はお茶受けのようなものしか口にしない。夜も酒のつまみに軽いものを食べる程度だ。

 さらに、週一回は絶食日を作っている。おおむね金曜だ。朝から翌朝まで、丸二十四時間、まったく飲み食いを絶ってしまうのだ。

 いわゆるダイエットのファスティングなどとは異なり、水分すら絶つ。短期間ながら、まるで減量中のボクサーのような一日を過ごす。

 この日は、タバコも一切吸わない。盤駒も手にしない。ひがな壁に向かって座り込み、姿勢を変えることもない。確かめたことはないが、おそらく眠ることもないようだ。


 日が変わり、朝日が昇った頃に、座敷のふすまが静かに開いて先生が出てくる。元々痩せているが、頰がこけ、白い首筋には動脈が目立つ。うっすらと浮かぶ目の下の隈。まるで牢獄から抜け出た重罪人のようだ。

 だが、シャワーを浴び、軽い食事を摂ると、先生の様子が変わる。古びた絵画が鮮やかな色彩を取り戻す感じ、といえばいいだろうか。精悍とすら感じられるほど、風貌に精気が宿る。

 先生は静かに笑う。例の特別なタバコをくゆらせる。


 先生はタバコを吸いながら、勝率の高さについて訊いたぼくの質問に答えた。

「そうだね、勝率が常時八割を超えると、プロの中でも特別な存在と言われる。

 だが、私はプロになってからは、一度も勝率を気にしたことはないよ。連勝記録もタイトル奪取も、ほとんど意識することはない。いや、勝敗すら絶対ではない。

すべては盤に向かえば脳裏から消える。

 そこはほの暗い海の底だ。

 手筋を読む以外は何も考えずに潜り続ける。

 ただ深みへ。

 その先の深淵へ」


 先生は続けた。 

「勝負にこだわらなくなったのは、あの一戦以来だ。

 奨励会三段リーグ最終局。私たち三人は十五勝二敗で並んでいた。そうだ、規定上、上位二人が抜けて、一人が落ちる。いや、奨励会に残留する。

 私の相手は親友の一人だった。同期の彼さ。

 一期上の先輩は別の相手との対局予定だった。すでに今期昇段の目はなくなった、連敗中の古参奨励会員だ。先輩の実力からすれば、万が一にも負けることはない。対局前に相手の戦意がないのは見て取れた。

 ということは、まず間違いなく先輩は昇段してプロになれる。残る椅子を私か同期生のどちらかが争うことになる」


 ぼくが「同期対決のほうが良かったんですか?」と訊くと、先生は頷いた。

「正直なところ、先輩とは闘いたくなかったんだ。単純に自分よりも年齢制限に近づいた仲間を蹴落とすような真似はしたくなかったし、ちょうどその頃、先輩の父親が事業に失敗して、奨励会を続けるのが難しいようだと聞いていた。先輩にとって、最後のチャンスかもしれなかったんだ。

 いや、先輩本人は何も言わなかったよ。他の奨励会員たちが“続けるのは厳しいらしい”“そうか、競争相手が減るのはありがたいな”“弱っているなら、勝ちやすいかもな”とコソコソ話しているのを耳にしただけさ。君も奨励会にいるのだからわかるだろ。皆、表向きは礼儀正しく振る舞っていても、正体は勝負師の卵だ。水に落ちた犬は叩け、という勝負の鉄則が身に染みついている。非情なものだ。

 ともあれ、同期生と私なら、五分。どちらが勝っても悔いはない。これでいい、そう思った。

 同期生ほうは昇段をかけた戦いの相手が私であることに、少し戸惑っているように見えた。ちょうど久々の中学生プロ誕生かと、将棋専門マスコミなどが私のことを騒ぎ始めていた。自分が負けたくはないが、私の昇段に水を差すのも気が引ける。優しい彼のことだ、そんな葛藤を抱いていたのだろう。

 しかし、私自身は中学生プロになることにさして関心はなかった。先輩のことを心配しなくていいならば、ただ普通に盤上で闘うだけだ。勝てば昇段、負ければ残留。仮に残留となっても、彼なら来期はきっと上がれるだろう。

いつも通りの対局。当日の朝、盤の前に座りながらそう思った。

 ところが、結果は思いもよらないものだった」


【当時の将棋専門誌記事から】

今月十五日に実施された第七十二回三段リーグ最終局。下馬評の高かった毛利忠直三段(十五)はこの運命の一戦に勝ち、見事、史上五人目となる中学生プロ棋士となった。将棋の天才少年が集う奨励会を、実に四期にして勝ち抜くという偉業だった。

ただし、この一局の後味は悪かった。勝敗を分けたのは相手の二歩(同じ筋に二つの歩駒を置いてしまう反則)だったからだ。相手は堂目木格三段(十五)。毛利とは奨励会同期で同年の生まれだが、早生まれのため学年は一つ上となる。かねてより毛利とは親しく、あってはならないことだが、わざと負けてやったのではないかという憶測が一部に流れた。

この憶測が単なる噂にとどまらなかったのには、もう一つ理由がある。毛利とともに昇段すると見込まれていた高原誠三段(十六)が、やはり二歩指しで敗退したからだ。高原もまた、堂目木とともに毛利とは特別に親しいことで知られていた。その結果、代わって昇段したのは、冬月桂子三段(十八)だった。女性の奨励会員がプロ昇段を果たしたのは初めてのケースである。

どちらも中学生プロと史上初の女性プロの誕生に絡む重要な一局であり、また、同日の複数局で二歩の反則が重なった例は過去にないことから、事態は看過できないものとして日本将棋連盟が異例の調査に乗り出した。理事会が近く関係者の事情聴取を行う予定だ。


 先生は淡々と語った。

「彼が二歩を犯した瞬間、何が起きたのかわからなかった。その指し手が正着ならば、先手の私は千日手に進むか、回避するかの選択を迫られるはずだった。そのことに気をとられていて、一瞬、何が起きたのかわからなかったのだ。盤面を何度も見返し、事態を理解した時、私は思わず低く声を漏らしていた。

 信じられない思いで顔を上げたら、彼の青ざめた表情が目に映った。

 ところが、すぐ後に上がったもう一つの叫び声が混乱を増幅した。隣の局で、高原先輩がやはり二歩を指していたのだ。

 その後は、呆然としてしまい、どう振る舞ったか覚えていない。我にかえった時には、すでに問題の盤駒は片づけられ、彼も先輩も対局場から姿を消していた」


 先生の話では、数日後に行われた連盟の聞き取り調査は形式的なものだった。記録されていた先生の指し手はごく正常なものだったし、連盟としても数十年ぶりの中学生プロ誕生を取り消すことは望ましくなかったからだろう。不正の事実はなく、おかまいなし。同時昇段となった冬月桂子への対応も、同様のものだったらしい。

 その間、高原同期の堂目木も、まったく連絡がつかなかったという。

 もっとも連盟からも、疑いを持たれてはいけないからと、彼らと会うことを禁じられていた。そして、高原と堂目木の二人はそのまま奨励会を退会してしまい、もう二度と先生会うことはなかった。


 先生は嘆息して言った。

「今思えば、あれはやはり片八百長だったのだろう。堂目木は私に勝たして中学生棋士にしてやろうと思ってくれた。そして、先輩は自分が負けることで私たちをプロにしてやろうと思ったのだろう。後から風のうわさで聞いたが、先輩の父親の事業失敗は単なるビジネスの敗北にとどまらず、汚職や詐欺も絡んだ刑事事件に発展しており、プロ棋士になってもスキャンダルにまみれることは必定だったようだ。

 そう、高原先輩は自分の将来をすでにあきらめていたんだ。

 おそらくは、どちらかだけが二歩を指していたならば、騒動になることはなかっただろう。たまたま同時に二人が同じ手口で片八百長を犯してしまったことで、きわめて目立つ異常な事態を生み出してしまったんだ。

 とんだお笑いぐさだよ。だが、当然ながら私には彼らを笑えない。

 いや、彼らが差し出した青臭い優しさが、私をプロにしたからではない。

 彼らは他者への優しさを最後まで捨てなかった。

 私だけは、自分の勝利を考え続けていた。彼らのような優しさは私の胸中にはなく、負けてやることなど思いつきもしなかった」


 先生の両手が固く握られ、わずかに震えた。

「正直に告白しよう。実は初めて先輩の父親の事業失敗を耳にした時、私の内心に最初に自然に沸き上がったのは“競争相手が減る”という思いだった。相手が親友であることなど、一瞬忘れていた。はっと気づいて自分のあまりの非情さに狼狽した。そうだ、ウワサ話を交わしていた他の奨励会員たちと何も変わらない。

 そして、後に気づいたことがある。

 あの時昇段できたのは、私の奥底に他の奨励会員以上の非情さが潜んでいたからだ。つまり、私がもっとも“人でなし”だったからだ」


 黙りこんだぼくに先生は笑いかけた。それは笑みと呼ぶにはあまりに苦しげなものだった。

「あれ以来、勝負にこだわる気がしなくなった。勝率も連勝記録もどうでもいいと思った。

 ところが、おかしなもので、そうした心境で指すと、かえって勝率は上がった。大一番での誰もが震える局面でも、動揺せずに大駒を叩ききって勝ち筋へためらいなく駒を運べる。ちょうど今のコンピュータ将棋のようなものだ。感情を捨て、勝敗を度外視して理詰めで最善手を指すことこそが、勝利への近道だったのだ。

 プロになった初年度に新人王を獲得し、二十歳で初タイトルの竜帝位に就いた。二十一歳の時に名人位を獲得し、その後、防衛を続けて永世位を獲得取得した。

 世間は沸いたが、私自身は醒めていた。これは人でなしが得た栄光だ。人でなしが勝つのを観て面白いか、とね」


 だから、先生は勝敗よりも将棋そのものの奥深さに惹かれるようになったという。膨大な定跡とその変化、定跡を外れることで見えて来る力戦のジャングル、攻めと受けの織りなす勝負のアヤなど、究めたいことはいくらでもあった。


 しかし、と先生は続けた。

「だが、私はまだ本当のところがわかっていなかった。

 そんな悠長な心境でいたのも、つまりは私がまだ決定的な敗北を喫していなかったからだ。

 特別な場面での敗北は心を蝕む。いや、しまい込んでいた心を白日のもとにさらす。

 決定的な負けはね、人でなしを人に戻してしまうんだよ。

 いつか話すが、プロになって数年後、私はある対局に負けてそのことを思い知らされた」


 ここで先生は「堂目木くん」とぼくの名を呼んだ。そう、かつての先生の同期生だった堂目木格は、ぼくの実父なのだった。

「堂目木くん、これだけは言える。

 絶対的な強さを得るには、人間的な甘さを捨て去るしかない。可能な限り人であることを止めなくてはならない。

 私ならばそれを伝えることができる。そう考えたから、彼は君の師匠に預け先を私にするよう頼んだ。私にもそう要請した。

 かつて人間的な甘さで私に勝ちを譲り、その結果、将棋の道を絶たれた君の父親、堂目木格はそう考えたのだよ。

 人でなしになって、初段になれ。自分のために片八百長をしてくれる相手を見つけるのでも構わないから、とにかく勝負に勝つんだ。

 わかるだろ、堂目木くん。

 私たちが歩いているのは修羅の道なんだ」


 ぼくはその半年後、初段に昇段した。年齢制限ぎりぎりだった。

 先生のあの夜の言葉が、ぼくの中の何かを変えたのかもしれない。

 あるいは父の真なる思いを知ったことが発奮材料となったのかもしれない。


 昇段の報告を聞いた先生は笑顔を浮かべて、「そうか、良かったな」とだけつぶやいて笑った。

 それは苦さを含んだ笑顔に思えた。

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