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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら


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第9話~鵺~

ぬえとは平家物語などに登場する怪異。


一般に『猿の顔、狸の胴体、前後の肢は虎、尾は蛇』と描写されることが多いが、作品によって狐や猫、鶏が混じったり外見については一定しない。


『正体不明』『得体の知れない』怪異全般を指す呼称でもあるが、高名な武士による鵺退治の逸話がわざわざ伝わっていることからも分かるように、総じて強力な怪異であることは疑いの余地がない。


日本のダンジョンにおいては個体差が大きく、討伐例も少ないためハッキリした生態は分かっていないが、最低でも上位の正隊員がパーティー単位で挑むべき怪物とされている。




──パァン、パァンッ!!


僕、椎野さん、真木さんの三人が代わる代わるライフルで鵺を攻撃し、その動きを牽制する。


少しずつ後退しながら放った僕の弾丸が鵺の胴に当たりそうになり、椎野さんが鋭く叫んだ。


「月見里くん、胴や頭に当てちゃ駄目よ! 当てるなら手足や尻尾! 身体の先端!!」

「分かってるけど……クソッ!」


空中を高速で飛び回る相手をそこまで都合よく狙えるもんか、と言い返そうとして、反駁を飲み込む。失敗すれば僕らは全滅だ。言い訳や弱音を吐いていい状況ではない。


そして椎野さんの言葉の意図は聞き返すまでもなく明らかだ。僕らが使うライフル銃は鵺相手には威力不足。恐らく素人が格闘家を殴りつけた程度の痛痒しか与えられないだろう。


もし鵺にそのことに気づかれれば終わり。銃撃の音と衝撃で鵺を警戒させ、威力不足に気づかせないまま撤退出来たらベスト。それが無理なら痛覚が鋭い身体の先端部分に弾を当て、痛みで鵺を怯ませ誤魔化すしかない。


ただし当てるなと言われたからといって全く当たらない弾を撃っても牽制にはならない。僕らは鵺を狙って、しかし鵺が余裕をもって回避できるように銃弾を放つことで何とか鵺の接近を阻んでいた。


加えて鵺の厄介な点は銃撃を阻む肉体の頑強さだけではない。


「あ! くそ、回り込まれた……!」

「またぁ!?」


空気を蹴って空中を高速で移動する鵺は、僕らの頭上を飛び越えて進行方向を塞ぐように移動。もう何度目かになる鵺の妨害に、僕と巽が悲鳴を漏らす。


「一々愚痴らない! 迂回するわよ!!」


そんな僕らに喝を入れ、再び鵺を避けるように撤退ルートの修正を指示したのが真木さん。


鵺は僕らの銃撃を嫌がって近づいてはこないが、逃がすつもりもないらしい。先ほどから何度も回り込まれ、僕らは撤退ルートの大幅な遠回りを余儀なくされていた。


それでも着実に出口に近づいてはいる。いるのだがこのままでは──


「月見里くん、少し射撃のペースを抑えて! 今のペースじゃ出口まで持たない! 君の分はこっちでフォローするから!!」

「っ、了解!」


椎野さんの指示に下唇を噛んで従う。警備隊製ライフル銃の威力や弾数は使用者の魔力に依存する。今牽制に回っている三人の中で一番魔力が少ないのは僕だ。もし僕の魔力が尽きて牽制が二人だけになれば、鵺は好機とみて一気に襲い掛かってくるかもしれない。


僕は不甲斐なさを噛み殺しめながら牽制の頻度を減らし、しかし空いた意識で何かこの状況を打破する糸口がないかと鵺を食い入るように観察した。


『ヒョォォォォォッ!!』


鵺は極めて特異な見た目をした怪異ではあるが、その行動パターンは一般的な獣に近い。


気質は警戒心が強く、執念深いタイプ。今こうして僕らを追いかけてくるその猿面からは嗜虐心よりも必死さが滲んでおり、あるいは飢えているのかもしれない、と感じた。


肉体強度は高いが、漫画やアニメのように炎を吐いたり電撃を纏って突撃してくるようなことはない。唯一の特殊能力は空気を足場に空中を自由自在に飛び回る移動方法。だがこのたった一つの能力が実に厄介だった。進路妨害もそうだが、敵に上を取られるとシンプルに攻撃がしにくい。何とかこれを攻略しなければ──僕は『リング』に強化された視力で、空を蹴る鵺の足元を視る。


「…………」


蹴っている──鵺は空中に浮かんでいるわけではない。常に立ち止まることなく空気を蹴り、移動し続けていた。これはつまり空気を蹴るその瞬間にだけ、何かがそこに在るということ──


「!」


見えた。鵺が空気を蹴るインパクトの瞬間、ほんの少しだけ淡く光る空気──いや、あれは空気ではなく別の何かだ。この数日間の訓練で肉体を巡る魔力の流れを知覚できるようになっていた僕は、その淡い光の正体が鵺の魔力ではないかと直感した。恐らく鵺は空気そのものを蹴って移動しているわけではなく、インパクトの瞬間足元に魔力で足場を作り、それを蹴って空中を移動しているのだ。ということはつまり、その瞬間正確に足元を射抜くことができれば──いや、それを実行するのは現実的ではないか。僕は勿論、真木さんや椎野さんにもそんな神業染みた射撃が可能とは思えない。


他に何かないのか? 鵺を追い払うでも足止めするでも何でもいい。この状況を打開する何か──


「?」


そこで僕はふと違和感を覚えた──あいつ、幾らなんでも消極的すぎやしないか?


鵺は飢えてこちらを執拗に追いかけてきている、ように見える。多分、必死なのだ。そしてもし僕の感覚が正しいのだとしたら、鵺は是が非でも僕らを仕留めたい筈。


にも関わらず、鵺はリスクを嫌って踏み込んでこようとはしない。ただ無駄に銃撃に身を晒し続けて、これではまるで──


「──!?」


僕がその結論に至ったのと、鵺の視線の不自然さに気づいたのはほとんど同時だった。


「クソッ!」

「月見里!?」


突然、鵺に対する牽制を止めて自分の方へと駆け出した僕を見て、巽が声を上げる。


「っ!!?」


巽も一瞬遅れて僕の行動の意味に気づく──が、時東さんを抱えた状態からでは間に合わない。


──パァンッ!!


『ヒョヒョォォォッ!!』


僕が放った銃弾を三次元的な機動で回避する鵺。


「もう一匹!?」


真木さんが牽制を続けながら悲鳴を上げる。


そう、鵺は二匹いたのだ。恐らく一匹目の鵺の動きが消極的だったのは、僕たちの注意を自分に引きつけ、二匹目の鵺が接近する隙を作る為。あるいは二匹目は少し離れた場所にいて、そちらに誘導していたのかもしれない。


「冗談でしょ!?」


──パンッ! パン、パンッ!!


挟み撃ちにされた。僕らは弾数や狙いのことなど忘れてガムシャラに銃を撃つが、勢いを増して二方向から襲い掛かる鵺の接近を止められない──


「っ!」


絶体絶命の状況に、一瞬だけ、僕の脳裏に卑怯な考えが過ぎった。


全員でこの場を切り抜けられる可能性は極めて低い。であれば、僕一人だけでも生き延びる為、巽と時東さんを囮に、椎野さんと真木さんを盾に、この場から逃げ出してはどうかと。


あからさまにそうしようだなんて思わない。ただ、このまま行けば位置関係から僕より先に他の四人が鵺に捕まる可能性が高い。そうして仮に僕一人しか動けなくなって、恐怖からその場を走り去るのであれば、それはやむを得ないことなのではないだろうか?


「──っ!!」


迷いは一瞬。僕の身体は巽たちを追い越し、銃を撃ちながら二匹目の鵺に突進していた。


「うぉぉぉぉぉっ!!!」

「やめろ、月見里!!」


──パン、パン、パァンッ!!


自己犠牲や英雄願望のつもりはない。逃げたところで鵺が僕を見逃してくれる保障はないのだ。仲間を囮にしても鵺のちょっとした気まぐれや状況の変化で容易く僕の命は奪われてしまう──そんなのは御免だ。


『ここにいれば安全』──そんな他人の言葉を鵜呑みにして、目の前で両親の命が失われたあの日の光景がフラッシュバックする。


あんなことはもう──もう二度と、自分の運命を他の誰かに委ねてなるものか!


『ヒョォォォォォッ!!』


鵺が僕の突撃を嘲笑うかのように不気味な鳴き声を発する。


二匹目のこいつは僕の銃弾を避けることもせず受け止め、猿面を歪めて襲い掛かってきた。銃撃によるダメージはほとんどない。絶望的な状況ではあったが、突破口はあった。


確かに鵺は正隊員の中でも精鋭が対処を迫られる強敵だ。しかしそれは言い換えれば、鵺は決して人の力の及ばぬ化物ではないということでもある。正隊員と僕らの違いは技術や経験の差によるものが大きく、力の出力自体に大きな差がある訳ではない。正しく一撃を加えれば倒せない相手ではない筈だ。


とは言え、僕が華麗に敵の攻撃を躱し、近接戦で一撃を食らわせるなんてことは絶対に不可能。


狙うは相討ち──致命傷だけは何とか避けて、至近距離から急所に銃撃を叩きこむ。流石にゼロ距離から急所に銃弾を叩きこめば鵺とてタダでは済むまい。


問題は僕がダメージを受けて怯まず動けるかだが、迷っている余裕はない。


僕は銃を撃ちながら突進し、迫りくる衝撃に備えて奥歯を噛みしめる。鵺の猿面が牙を向きだしにして大きく口を開いた。僕はそれを左腕を掲げてガード。腕一本で一撃を防げるなら上出来──


──ベチィン!!!


「!!?」


死角──全く意識の外から飛んできた横殴りの一撃が僕の身体を地面に叩きつけた。


噛みつきではない。鵺の猿面はニヤリと笑って今も僕を見下ろしている。これは──尻尾!?


視界の端に舌をチロチロと出す蛇の尻尾を捉え、あれが僕の身体を鞭のように殴り倒したのだと気づく。鵺は僕の安易な企みなど最初からお見通しだったのだ。


「ケホ……ッ!」


身体が地面を大きくバウンドし、衝撃で肺から空気が抜ける。衝撃で頭が真っ白になり、痛みさえどこか他人事のようだった。


動きを止めた僕の上に圧し掛かり、鵺の牙が僕の身体に近づいてくる。


「月見里くんっ!?」

「────」


駄目だ。避けられない──その瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは鵺が空を駆けるあの光景。


咄嗟に体内の魔力を空中に凝縮──


──ガンッ!


『ガョヒョォォォッ!?』


無防備な顔面が突然現れた魔力の壁に衝突し、鵺は痛みと驚きで顔を仰け反らせた。


今だ。思い付きだったが上手く行った。この距離でこいつに銃弾を喰らわしてやれば──


──カチ! カチ、カチ!


「…………あれ?」


朦朧とする意識の中でライフルの引き金を引くが、返ってきたのは金属を叩く掠れた音だけ。理由は直ぐに思い至った──魔力切れだ。咄嗟のとことはいえデバイスもなしに鵺のまねごとをした反動だろう。


パタンと銃を持った手を地面に下ろす。魔力が尽きては今度こそ打つ手なし。足掻いては見たが──


「ここまで、か」

「──いや、そうでもない。いい粘りだったぜ、お前」


──キィン


涼やかな男の声と、軽い金属を叩く音。


僕は何が起きたのか分からず、その声の主に視線を向けようとし──


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──ズシャァァッ!!


『…………』


突然その場に現れ、一瞬で二匹の鵺を切り伏せた若い男性隊員に巽たちは言葉を無くして立ち尽くす。


何が起きたのか、目の前の男は何者なのか──疑問はいくらでも湧いてきたが、目の当たりにした光景があまりに衝撃的過ぎて言葉が出てこなかった。


男はそんな巽たちの反応を気にした様子もなく刀を鞘に納め、鵺を相手に変わったことをしていた訓練生に声をかけようと視線を向ける──


「お前、さっきのあれは一体──って、うわぁぁっ!?」

「…………!」


そこでようやく男は訓練生が鵺の死体に押し潰され、ピクピクと痙攣していることに気づく。


「月見里!?」

「────」

「おいっ!? 助けたのに死ぬな! これじゃまるで俺のせい──」

「縁起でもないこと言うな!!」

「月見里くん!! しっかり──!」

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