第7話~初めてのダンジョン~
「あ、土が混ざってもいいから、崩れてゲル状になってるところも出来るだけ回収してくれる?」
「了解です」
先輩隊員で椎野さんのパーティーメンバー真木さんの指示で、河童の死体を袋の中につめる。本質が精神生命体であるクリーチャーは死亡するとその肉体を維持できなくなり、徐々にゲル状の何かに変化していく。僕は既に崩壊が始まった河童の死体を、手袋をはめた手で地面ごとこそぎながら丁寧に作業を続けた。
「警戒は私たちの方でやってるから、月見里くんは落ち着いて作業してくれればいいからね」
「はい」
素直に返事はしたが、正直なところ作業に集中するというのは難しい。
何せここは人類の天敵たるクリーチャーたちの巣窟──神様の胃袋の中なのだから。
ダンジョン警備隊入隊九日目。僕はこの日初めてダンジョンに潜った。
事の切っ掛けは、椎野さんからのこんな誘いだった。
『月見里くん、明日私たちのパーティーと一緒にダンジョンに潜ってくれない?』
『……ごめん、何言ってるかよく分かんない』
椎野さんたちは僕より一か月先輩で、同じ訓練生ながら第一層限定でダンジョンに潜る許可が下りており、既に簡単な駆除任務などを何度もこなしている。
一方僕は入隊したばかりでまだダンジョンに潜る許可が下りていない。そのことは椎野さんも知っている筈だが……?
『あ~、ごめんごめん。今の言い方だと誤解させちゃうよね。パーティーを組んで一緒に戦って欲しいって言ってる訳じゃなくて、荷物運びをお願いしたいの。月見里くんにまだ探索許可が下りてないのは知ってる。でも許可が下りてなくても、私たちと一緒ならダンジョンに入ること自体は可能なのね』
詳しく話を聞いてみると、これは元々先輩隊員に先導してもらいダンジョン内の歩き方などを学ぶための措置らしい。先導者がいても潜れるのは自分が許可された階層の一つ先までで、僕の場合は第一層限定。制度が無責任なものとならないよう、同行させた隊員に何かあれば先導者が罰則を負うこともある。
これだけ聞くと先導する先輩隊員にはあまりメリットがないように思えるが、実際この制度を利用する隊員は多いのだそうだ。
『入隊時期の違う隊員に経験を積ませてパーティーメンバーに引き入れたり、足りない人手を補うためだったり、結構みんなやってるのよ』
『経験はともかく、人手?』
『そう。実は私たち、急ぎの仕事を頼まれてるんだけど、パーティーメンバーの一人が風邪ひいちゃってね。戦闘の方は問題ないんだけど、仕事の納期に影響がでそうなのよ』
『……それで荷物運びか』
詳しい内容はまだ分からないが、とにかくダンジョン内で何か物を運んでほしいらしい。確かにそれぐらいなら僕でも何とかなるだろう。僕としても慣れた人に先導してもらって早めにダンジョンの雰囲気を味わえるならメリットはある。だがそれはそれとして──
『別に引き受けること自体はやぶさかじゃないけど、何で僕なの? 僕の同期に許可は下りたけどパーティー組めずにダンジョンに潜れてない奴とかいるし、そっちに声をかけた方がよくない?』
しかも椎野さんのパーティーは全員が女子。これで僕が女子だったりイケメンだったら将来のメンバー候補として唾を付けるというのもあるだろうが……
僕の疑問に椎野さんは肩を竦めてあっさりと言った。
『一層に出てくる敵はホントに雑魚だから、戦闘能力とかは求めてないのよ』
『じゃあ他に何を?』
『そうねぇ……強いて言うなら私たちの指示を聞いてくれる素直さと慎重さかしら。なんて言うか私たちに声かけてくる人って……ね?』
『……ああ。大体想像はつくよ』
大方、女子にいいとこ見せようと突っ走ったり、余計なちょっかいをかけてくる人間ばかりなのだろう。言葉を濁したのはそれが厭味に聞こえないかを気にしてのことか。
『その点、月見里くんは──そういうのないでしょう?』
いいけどお前、今僕がビビリでコミュ障だからって言おうとしたな?
初めて入ったダンジョンは、何と言うか拍子抜けするぐらいに普通の場所だった。
いや、冷静に考えれば全く普通ではないのだが、第一印象は岩場と小さな森が点在する見渡す限りの荒野。神様の胃袋の中というから酸性の瘴気が漂うジメジメベトベトした空間を想像していたのに、実際には全くそんなことはない。第二層以降はまたガラッと雰囲気が変わるらしいが、ここだけ見ればとても危険な場所には見えなかった。
しかし一呼吸置いて見てみれば、この空間の異常性は嫌でも分かる。閉鎖空間にも関わらず街がまるまる一つ入りそうな広い荒野が広がっていたり、空を見上げれば太陽らしきものまであったり、普通に見えるからこそ普通ではない。
何故ダンジョンがこのような姿をしているのか──この疑問はダンジョンを巡る謎の一つとなっていた。
「終わりましたよ」
「ありがと。それじゃ次に行きましょう」
僕は河童の死体でずっしりと重みを増したズタ袋を肩に担ぎ、パーティーリーダーの真木さんの後に続く。真木さんは僕らより三歳年上で、日本人形のような長い黒髪が特徴の長身女性だった。
僕らが死体を回収している間、他のメンバーは少し離れた高所に陣取って周囲を警戒しており、真木さんは手信号で合流の合図を出す。
合流地点に向かうまでの道すがら、僕は真木さんに気になっていたことを尋ねた。
「真木さん、質問いいですか?」
「何かしら?」
「この死体の回収って何のためにやってるんですか?」
本当は最初に聞いておくべき質問だったのかもしれない。
椎野さんに荷物運びとして誘われた僕だが、運ぶよう指示された荷物は装備やアイテムではなく、椎野さんたちが倒したクリーチャーの死体。
ゲームならクリーチャーを倒せばアイテムをドロップして、お金や装備に替えられるというのが定番だ。少しリアル系ならクリーチャーの死体を解体して牙とか皮とか使える部位を回収することになるのだろうが、僕が運んでいるのはドロドロのゲル状になった死体。勿論、魔石とか分かりやすく使えそうな部位などはない。
当然何か使い道があるから回収しているのだろうが、いったいこれにどんな使い道があるというのか……
そんな僕の疑問に対し、しかし真木さんの答えは予想外のものだった。
「さぁ?」
「さぁ、って……」
肩を竦める真木さんに、馬鹿にされているのだろうかと眉を顰める。
彼女はそんな僕の表情に気づいて、苦笑交じりに弁解した。
「別に揶揄ってるつもりはないのよ? 私たちも偶々今回開発室から回収するよう指示されてるだけで、詳しいことは知らされてないんだもの」
「? 今回、ってことは、普段は回収してないんですか?」
「そりゃそうでしょ。こんなの一々拾ってたら邪魔でしょうがないわよ」
それはそう。『リング』で体力が上昇しているから重さは然程でもないが、死体の入った袋はとにかくかさばって邪魔だ。
「多分だけど、開発室か外部の施設で研究用のサンプルとして使うんじゃないかしら。偶にあるのよね。死体だけじゃなくてダンジョン内の土とか鉱物とか植物とか、何か使えるものがあるんじゃないかって誰かが言い出して収集を指示されること」
「それはつまり、ダンジョン内に未知の資源があるんじゃないか、的な?」
「そうそう。一昔前のアニメで流行ったっていう、ダンジョン産業?──よく分かんないけど、そんな感じ。とてもそんな都合の良いものがあるとは思えないけど、私たちは指示されたことをやるだけだから」
「……なるほど」
何となくだが、真木さんはこういう仕事にウンザリしているのだろうな、と感じた。あるいは女性だけのパーティーということで、こういう雑用めいた仕事を頼まれることが多いのかもしれない。
何の役に立つのかも分からないのにベタベタしたゲル状の死体を回収させられるとか誰だってご免だろうし──うん? ひょっとして僕が誘われたのって、嫌な死体回収作業を押し付ける為だったりするのか?
僕がそのことをツッコむかどうか迷いながら真木さんの後を歩いていると──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「暇~」
「……なら帰りなさいよ。そもそも私、巽くんは誘ってないんだけど?」
一足先に合流地点に到着していた椎野と巽。
椎野の言う通り、今回荷物運びとして誘ったのは月見里一人。誘ってもいないのに勝手についてきて退屈だと喚く巽に、椎野は自分の額に手を当て苦言を呈す。
「そんな冷たいこと言うなよ~、俺たち友達だろ~? 月見里だけ特別扱いは──って、まさか椎名って……?」
わざとらしく頬に手を当てワクワクした表情を浮かべる巽に、椎名は冷たい表情で鼻を鳴らした。
「ないわね。私、彼氏にするならジェイソン・ステイ○ムみたいな人って決めてるの」
「月見里ィ……」
まるで見込みなしの反応に巽は思わず同情する──別に月見里が椎野に懸想していると言った素振りは全くなかったが一応、念の為。
「じゃなくて、巽くんは月見里くんと違ってもう探索許可が下りてるんだから、普通にパーティー組んでダンジョンに潜ればいいでしょう? 何でわざわざこっちに着いてくるのよ」
その言葉通り、身体能力に優れ入隊時から抜きんでた実力を発揮していた巽は、月見里と違い既に体力テストをパスしてダンジョンに潜る許可が下りている。彼ぐらいの実力とセンスがあればパーティーを組むことは難しくないだろうし、実際に椎野は巽が先輩隊員からパーティーに誘われているところを何度か目撃していた。
「え~? だって俺、月見里の相棒だし? パーティー組むならアイツとって決めてるからな~」
「…………」
どこまで本気なのか、頭の後ろで手を組んでそんなことを口にする巽。
ふざけているとしか思えない発言だが、実際彼はパーティーの勧誘を悉く断っており、学校でも警備隊でも月見里に付きまとって二人で行動している。
「やけに月見里くんを気に入ってるけど、元々知り合いだったとかじゃないのよね?」
「おお。入隊式の時に初めて会った」
「なら何でまたそんな……正直彼、巽くんが興味を持つようなタイプとは思えないんだけど……」
見たところ巽が一方的に月見里に絡んでいっているが、椎野が見る限り二人はあまり相性が良いようには思えなかった。性格も正反対だし、何か組んでメリットがあるわけでもない。むしろ巽は月見里のようなタイプを嫌っているような気がするのだが……
「え? だってあいつおもしれーじゃん」
「──。面白いって……月見里くんが?」
「おう」
「…………」
月見里の印象と正反対の評価に、椎野は訝し気に目を細める。
「? 何だよその顔?」
「……いえ。面白いって具体的にどこが? これは別に馬鹿にしてるわけじゃなくて、月見里くんって警戒心が強くて慎重で、正直面白いって評価とは正反対のところにいる人だと思うんだけど?」
「──ハハッ」
椎野の言葉に巽は堪え切れず失笑を漏らす。
「椎野、本気で言ってる?」
「……どういう意味?」
「警戒心が強いってのはその通りだけど、慎重は違うでしょ。慎重な人間はそもそも警備隊に入ろうなんて思わないよ」
「────」
その指摘に椎野は思わず虚を突かれた表情になる。
言われてみればその通りだ。慎重な人間は、命の危険があって、碌な実績もない組織に志願しようなんてことは考えない。
「あいつは凄くチグハグだ。椎野の言った通り、警戒心が強くていつもピリピリしてるくせに、実際動くとなったらすげー大胆なの。俺があいつと初めて会ったのは入隊オリエンテーションの時でさ。能力テストの結果見せてくれーって絡んでいったら、あいつ嫌そうな顔して結果隠しやがって──」
「やめなさいよ、そういうウザ絡みは……」
呆れた様子の椎野に、何故か巽は楽しそうに笑って続けた。
「俺だってノリが合わなかったら絡むの止めようと思ってたんだぜ? だけどあいつ、嫌がりながらずーっと俺のこと嫌な目で見るんだよ」
「?」
「ありゃあ、俺をぶん殴っていいかを考えてる奴の目だった──信じられるか? あいつ、警戒して怯えながら、距離を取るより先に初対面の俺をぶん殴って排除できるかどうかを考えてたんだぜ?」
「…………」
気のせいではないか?──という言葉を、椎野は飲み込む。彼女も巽の発言に思い当たるフシがあった。
「ホント、面白いよアイツは。一体どんな人生送れば、あんな矛盾した生き方になるんだろ」
「…………」
楽しそうに笑う巽に、椎野が何か言おうと口を開いた──刹那。
──グォッフゥゥゥゥ……!!!
何の予兆もなく突然に、ダンジョンが大きく揺れた。
【登場人物③】
椎野 華
女、14歳(中学2年生)、7月28日生まれ
148cm、●●kg
<能力評価>
魔力 6
筋力 3
耐久 3
技量 6
機動 5
知覚 4
射程 4
特殊 0




