第50話~これから~
「──……」
暖かくもぞがゆい不思議な感覚に包まれながら巽の意識が覚醒する。
最初に目に入ったのは白い天井──何度かお世話になった警備隊の医務室だった。そして状況を把握しようと周囲を見回すより早く聞き慣れた声が聞こえる。
「ようやくお目覚めか」
「…………えっと」
目に飛び込んできたのはベッドわきの椅子に腰かけた月見里。
彼には聞きたいことがあった。だが月見里はそれを待つことなく言葉を続けた。
「状況はどこまで理解できてる?」
正直、頭の中が混乱していて一から全部説明してもらいたい気持ちではあった。だがこの期に及んでそんな我儘を口にできる筈もなく、巽は自分の記憶整理するよう言葉を選びながら口を開く。
「……俺がハニヤスビコに憑りつかれて色々やらかしたことは覚えてる。それを、お前とハニヤスが止めてくれたことも──そうだ、ハニヤスは!? あいつはどうなった!!?」
喋りながらそのことに思い至り、巽は痛む身体に鞭を打って上半身を起こす。自分を助けるためにハニヤスは相当無茶をしていた。主人格に当たるハニヤスビコに逆らったことも、強引な力のブーストをしたことも、自分の精神世界にダイブしたことも何もかも。最悪消滅していておかしくない負荷がかかっていた筈だ。
「ん」
「……え?」
焦る巽に、月見里は顎でベッドの一角を指し示す。そこには彼の腰に縋りつくように眠るハニヤスの姿があった。
「ハニヤス!!?」
「ん、ん~……? あ~、タツミ起きたんだ~」
「っ! 起きたんだじゃねぇよ、この──」
呑気に寝惚け眼をこすりながら反応するハニヤスに巽は咄嗟に手を伸ばし──彼女にそれが触れる直前、気づく。
「──……え?」
ハニヤスの身体が薄く透けていた。いやそもそも身体に圧し掛かられていた筈なのに、その重みを感じなかった時点でおかしいと気づかなければならなかったのだ。
「お前、それ……」
「え? あはは……ちょっと身体、なくなっちゃった……」
「なくなったって──!?」
──ゲシッ!
『!?』
興奮しかけた巽を月見里がベッドの足を蹴って黙らせる。
「おまっ、何を──」
「まず僕が状況を説明する。お前らの益体もない愁嘆場とか見せつけられるのは御免だからな。僕の説明を聞いた後でそれでもやりたきゃ、僕の目の届かないところに移動してからしっぽりやってくれ」
そう言われて改めて月見里の姿を見て、思わずポツリ。
「…………いや、それを言うならまずお前のその状況を説明して欲しいんだけど?」
「駄目だ。何でも安易に答えが与えられると思うな」
キッパリと拒否される。
気にはなったが状況的に月見里のソレは優先順位が低かったため、巽は反論せず月見里の言葉の続きを待った。
「とは言え何から説明したもんか……」
「ハニヤスの身体は?」
「……まぁそこからか。お前も大体察してるとは思うがハニヤスは器を消失した。今の彼女は現世で活動するための身体を持たない幽霊みたいな状態だ」
神に限らずクリーチャーの本質は精神生命体とされているが、彼らも現世で活動するためには肉の器を必要とする。故に彼らは肉体を破壊されれば存在を維持できず消滅してしまう──筈だった。
「それってヤバいんじゃ──」
「落ち着け。今すぐハニヤスが消滅したりする危険性はない。今の彼女はハニヤスビコに代わってお前に憑りついている状態だ」
「憑りついて、る……?」
「そうだ。ハニヤスビコの時と違うのは、憑依というより融合に近い状態ってとこだな。佐々木室長にも確認してもらったけど、今のおまえは魔力レベルでハニヤスと混ざり合ってるらしい。ハニヤスはもうお前から離れられないし、取り除くこともできない。所謂二心同体って奴だな。おめでとう」
「ありがとうなのだわ~」
「ありが、とう……?」
とりあえず祝われ、ハニヤスにつられて思わず礼を言ってハタと我に返る。
「──って、いやいやいや! 融合ってそれ大丈夫なのか!?」
全体未聞、神霊との魂の融合。巽の反応は至極常識的で当然のものだったが、しかし月見里とハニヤスはそれに「信じられない」と言いたげに顔を見合わせる。
『…………』
「いや、なんだよその表情は!?」
「……おいおい、聞いたかハニヤスさん」
「……聞いたのだわ、ヤマナシさん」
「こいつ、自分のやらかしを僕らにフォローさせといて、この結果に不満があるみたいだぞ?」
「悲しいのだわ。私なんて身体を捨ててまで尽くしたのに、いざ助かったら邪魔者扱い。お母さんは悲しいです」
「違う! 誰がお母さんだ──って、そうでもなくて!」
巽は慌てて否定しようとするが、月見里とハニヤスの小芝居は続いた。
「まぁ正直、困惑する気持ちも分からなくもないけどな。二心同体ってことはアレだろ? 自家発電とか女の子とスル時とかも丸見えってことで──」
「まぁ! 思春期なのね!? 青春なのだわ! お母さん興奮です!!」
「揺り籠からとはいかんけど、初体験から墓場まで? 中々湿度の高いママだな」
「大丈夫! 初めての時も失敗しないようにちゃんとお母さんが耳元でアドバイスして上げます!!」
「絶対やめろ!!──って、そこじゃなくて! 今の話だと上にも話が伝わってるんだろ!? ハニヤスが危険視されたりしないのか!?」
『…………』
そこで自分の身体や処遇のことでなく、ハニヤスの心配が一番に出る辺りこいつらしいなと、月見里とハニヤスは顔を見合わせる。
「……安心しろ。問題は全部解決した──いやまぁ、全く問題なしとは言わんけど、大体上手く行ったよ」
「上手くって……」
意味が分からずキョトンとする巽に、月見里は苦笑して今回の顛末を説明した。
「まず大前提としてお前には受け入れてもらわにゃならんことがある。今回の一件でお前は完全な被害者だ。お前はハニヤスビコに憑りつかれ自由意志を奪われていて、全く抵抗できる状態じゃなかった。今回の一件でお前に一切非はない」
「は? いくらなんでもそれは──」
自分にとって甘すぎると反論しかけ、すぐその意味に気づいて口を噤む。
「──いや。分かった。その方が都合がいいってことなんだな?」
月見里は無言で頷いた。
「今回の一件、全ての元凶はハニヤスビコにある。お前はその被害者で、ハニヤスはお前を救うために身体を失うほどの献身を見せてくれた。それが警備隊の公式見解だ」
そう聞けばハニヤスのイメージは悪くない。
「……つまり問題が解決したっていうのは、それだけの献身を見せてくれたんだから上もハニヤスを信じてくれるってことか?」
「んなわけねぇだろ。仮に今のハニヤスを信用できたとしても、また何かの切っ掛けで本霊か何かに操られないって保証はないんだぞ。ンなフワフワした信用だの信頼だのが役に立つかよ」
月見里は呆れを隠すことなく嘆息する。
「……ならどういうことだよ?」
「察しが悪いな。今までハニヤスは力は弱くても何をしでかすか分からない上に、どんな手札を隠し持ってるのかも分からない存在だったんだ。それが今、彼女はお前っていう檻の中に事実上閉じ込められた状態にある」
「? だから? そんなの俺がまた操られたら同じこと──あ」
言葉の途中で巽は月見里が言わんとすることを理解する。
「気づいたみたいだな。神を監視して拘束するのは難しいが、人間相手ならその限りじゃない。逃げ出しても位置を特定する手段は山ほどあるし、始末するのは簡単だ」
そう言って、月見里は自分の顎をあげて首元を見せるような仕草をする。それにつられて巽が自分の首を触ると、そこにはチョーカーのような硬い感触が。
「これって……」
「遠隔操作で電流が流れるようになってる。さっき言ったお前を縛る方法の一つだな」
アッサリと言われて巽はヒュンと息を呑む。
一つと言うことは、恐らく自分に知らされない形で他にも色んな何かが仕込まれているのだろう。正直、そのことが恐ろしくはあったが──
「不満か?」
「んな訳ねぇだろ」
問われて巽は即答する。
神に操られる──いや誘惑に乗るという失態を犯した以上、この程度の処分は当然。むしろ軽すぎると言えた。
上が巽を重く罰しようとしないのは、そうすれば必然的に巽の中にいるハニヤスの処遇に影響してしまうから。決して温情などではあるまい。
だがここまで聞いて巽には一つの疑問が浮かぶ。
「月見里。お前さっき、問題は全部解決したって言ったよな?」
「言ったな」
「でも今の説明だけだと、ハニヤスを受け入れるリスクが低下しただけでゼロになったわけじゃない。ハニヤスを受け入れるメリットが見つからなけりゃ、問題が解決したとは言えないんじゃないか?」
その問いかけに月見里はニヤリと笑って答えた。
「安心しろ。そっちもとっくに解決済みだ。と言うより、メリットに関しては最初から目途が立ってたんだよ」
「!」
月見里の表情は嘘や適当なことを言っているようには見えない。この様子からして、既に上にも話を通して応諾を得ているのだろう。
「メリットって、一体どんな?」
「今ウチの組織にとって最大の問題と言えば資金不足だろう。そいつを資源を見つけることでカバーする」
「? ダンジョンにそんな都合の良い未知の資源はないって結論じゃ──」
「誰がダンジョンや未知って言ったよ。まだ未発見の化石燃料やレアアース、その手の天然資源を大地の神としてのハニヤスの力で探すんだよ」
「!?」
月見里の言葉に巽は「その手があったか」と目を丸くする。
いやだが実際にそれは可能なのか? 確認するようにハニヤスに視線を向けると、彼女はアッサリと頷いた。
「ええ、可能よ。私も具体的に話を聞くまで何をしてるのか分かってなかったんだけど、どこまで探査可能かとか資源の区別ができるのかってことは、ヤマナシが監視の合間にテストしてくれてたの」
「ハニヤスはこの場所から北海道にあるレアアースの鉱脈を探り当てた。サンプルさえあればこの場所から日本全域、どこにどんな地下資源があるか手に取るように把握できる。海外にまでその影響が及ぶかは要確認だが、当座をしのぐには十分だろ。勿論それを採掘して活用できるように、ってことだと大分先の話になっちまうから、実際には情報を売って金を引っ張る形になるだろうけどな」
「…………なる、ほど」
確かにそれなら政府でも企業でもこぞって資金を出すだろう。
未知のエネルギー資源というと聞こえはいいが、それを活用するための方法を確立し施設を準備するのに何年もかかる。そんなものより既知のエネルギー資源が見つかる方が今の人々にとってはよほどありがたいに違いない。
そしてその膨大な利益の為であれば、多少のリスクや問題には目を瞑ろうとする筈。
「…………」
「? 何だよ、人の顔ジロジロ見て」
「……いや」
あの状況でこの男はこんなことを考えていたのかと、巽は呆れとも感嘆ともつかない感想を抱く。
そして同時に、自分はコイツにこそ認められる人間になりたいのだと思いを新たにし──
「だからジロジロ見るなって」
「……いや、やっぱり聞かないのは無理があるって。何でお前、パンツ一丁で椅子に縛られてるんだよ?」
そう、月見里は何故かパイプ椅子にロープでギチギチに身体を縛り付けられ、身動きが取れない状態になっていた。
聞くなと言われても流石にこれを聞かないわけにはいかない。
その問いかけに月見里は縛られたまま胸を張って堂々と答える。
「決まってるだろう。今回は大分やりたい放題やったからな。椎野さんたちからの罰だ」
「…………そうか」
そう言われれば、そうかとしか言いようがない。
だがこのシチュエーションで貧相な裸を視界に入れなければならない巽は溜まったものではない。
「……ほどこうか?」
「駄目だ」
「何で? 気持ちよくなっちゃった?」
「半日やそこらで目覚めとらんわ! じゃなくて、人に頼んでほどいてもらったら、もっとハードなお仕置きをすると言われてる。そうなると流石に僕の性癖も正気を保っていられる自信がない」
「……ないんだ」
そういう方向で先に行かれるのは勘弁してほしいな、と巽は遠い目をした。
「ほどくのは駄目だけど、縛られたままだと身体があちこち痒くてしんどい。掻いてくれ」
「え~……?」
「嫌そうな顔をするな!! 痒いのに掻けないって何時間も続くとマジでしんどいんだぞ!?」
「いや、そうかもしれんけど……」
「ハリーハリー! 恥ずかしがらずに、さあ!」
「……お前が恥ずかしがれよ」
「このカッコで恥もくそもあるか!!」
「……そりゃそうだ」
数十秒後、素肌を巽の指で刺激され喘ぎ声をあげる月見里の姿を、様子を見にやってきた女性陣が目撃し、ひと騒動あったりしたのだが……そこはまぁ『神、だいちに知ろしめす、全て世はことも無し』とでもしておこう。
この話をもって第二部は終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この話自体は完結したわけではありませんが、展開に悩んでおり第三部の投稿は少し先送りとさせていただきます。
いったん頭をリセットしたいので、間に他の新規連載(仮題「異世界転生した俺が本物の戦士に脳を焼かれた話」)を投稿する予定です。
あまり期間を空けず何らかの話は投稿してまいりますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。




