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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら


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第5話~訓練~

「じ、じぬ゛……!」


入隊二日目、転校初日の放課後。僕は警備隊本部に出勤し、演習場の片隅に突っ伏して死にかけていた。


「大袈裟な」


そんな僕を呆れたように見下ろすのはたつみ。こいつは僕と同じ訓練を受けた筈なのに、ほとんど息を切らすこともなく平然としている。


「おお、げさな……もんか……たいりょく、ばか、が……!」

「……そうか?」


下から睨みつける僕の視線に、何故か巽は困った表情で周囲を見回した。


二時間みっちり自衛隊仕込みのサーキットトレーニングをやらされたんだぞ? みんな死にかけて一歩も動けないに決まって──あれ?


見ると確かに同期たちはかなり疲れてはいる様子だったが、僕のように地面に倒れ伏している人間はほとんどおらず、全体的にまだ余裕があった。


「ウォームアップや説明の時間も長かったし、教官も多分、初日ってことで軽く流してくれてたんだぞ思うぞ?」

「…………」

「つーか、この程度でバテるって……警備隊が体力勝負だってのは分かってたんだし、事前に準備ぐらいしてこいよ」

「…………」


畜生、巽に常識を説かれた。しかも正論過ぎて一言も言い返せない。


どうせ僕は保身のために情報取集ばっかやってましたよーだ。




ダンジョン警備隊に入隊し、初日にいきなり無抵抗の人型クリーチャーを殺させられるというスプラッタな目に遭わされた僕たちだが、警備隊の大人たちもいきなり僕らを実戦に投入するようなことはしなかった。


戦力になるならない以前に、流石にそれをして人死にが出たら対外的に問題だろうし、他の隊員たちへの精神的影響も避けられない。


当然最初は訓練から。何を学ぶかはある程度僕らの自主性に任されているが、受講必須とされているのは先ほど僕たちが受けた「基礎体力訓練」だ。新入隊員たちは体力テストで基準をクリアするまでは必ずこの訓練を受けなければならないと決まっている。


『リング』を装備すれば超人的な身体能力を発揮できるのだから、体力づくりなど非効率と思われるかもしれないがそれは違う。確かに『リング』は僕らが持つ魔力を活性化して肉体を強化してくれるが、魔力による強化には器による限界が存在する。元となる身体能力が高いほど魔力による上昇幅は大きく、素の肉体の強度がそのまま『リング』装備時の身体能力に直結するのだ。


またそうした『リング』の性質を抜きにしても、基本的な身体の使い方は理解しておいて損はない。


そうした事情から新人警備隊員にとって体力錬成は目下最大の課題であり、既に体力テストを突破した先輩隊員も時間を作って積極的に基礎体力訓練に参加していた。


そして体力をつけるためには、ただ身体をイジメればいいというものではない。身体を動かした後は、直ぐに栄養補給を行う必要があり──




「うぷっ。じ、じぬ゛……!」

「大袈裟な」


青い顔で口に手を当て喉までせり上がった胃液を堪える僕に、再び巽は呆れた顔で嘆息した。


僕は口の中が酸っぱいもので一杯で、反論する余裕もない。


基礎体力訓練の後は食堂で夕食。警備隊員は身体が資本ということもあり、非常に栄養バランスの取れた美味しそうな食事が無料で提供されているのだが、その量がとんでもない。特にご飯はどんぶり飯三杯以上食べるように言われていて、ハードな訓練を受けた後では中々身体が受け付けなかった。


「どんぶり飯ってほど茶碗デカくねーし、野球部とかならこんぐらい普通だろ?」

「……ざけんな。テメェらみたいな筋肉と胃袋と性欲で出来た連中と一緒にすんな」

「割と男の全身揃ってるな」

「そもそも野球部とかラグビー部とか身体をイジメるのが趣味の変態連中をまともな人間の括りに入れんじゃねぇ」

「その理屈だと日本中で三〇〇万人ぐらいコアな変態がいることになるな」

「ああそうだ。日本人は変態ばっかだ。変態国家なんだ。僕みたいな紳士は肩身が狭くて仕方がない」

「紳士って言うと幼女趣──」

「僕の好みは自己肯定感の低いアラサーお姉さんだ」

「──紳士か、それ?」

「……あんたたち、何馬鹿なこと言い合ってるのよ」


そんな風に僕と巽が従来とはツッコミ役を入れ替えてワチャワチャやり合っていると、食事のトレーを持った椎野さんがやってきて呆れた様子で嘆息。彼女は一言断りを入れて僕の隣に座った。


「椎野さん、乙~」

「お疲れ様」

「お疲れ」


軽く挨拶を交わし、手を合わせて食事を始める椎野さん。僕はそんな彼女の食事と体型とを交互に見つめる。


「……何? ジロジロ見て」

「いや。こんな食生活で、よくその体型を維持できるなと思って」

「ああ」


椎野さんはトレーにまだ半分以上残ったままの僕の食事を見て言いたいことを察し、軽く頷いて僕の誤解を否定した。


「言っておくけど、女子はおかわりノルマなしだから」

「何で!?」


裏切られたショックで食べ物が喉を通らない僕に、椎野さんは冷静に続ける。


「何でって、男子と女子とじゃ基礎代謝が違うからでしょ。女子はトレーニング内容も男子と比べて軽めだし」

「嘘ッ!?」


驚いてはみたが、そう言えばなんかそんな説明が訓練前にあった気がする。自分のことで頭がいっぱいですっかり忘れていたが。


「ちなみに『じゃあ何で女子隊員を採ったんだ?』って聞かれそうだから先に説明しておくと、女子採用は今のところ『リング』への適合性や魔力の伸びに性差が存在するのかを調査する意味合いが強いみたいね」

「ほう?」


これは初耳。僕が興味津々の視線を向けると、椎野さんは大盛りのパスタをフォークに巻きつけながら説明を続けた。


「ほら、どこのダンジョンも核になってるのが『巫女』だってのは有名な話でしょう? それもあって、男子より女子の方が適性が高いんじゃないかって説が一部の研究者の間で言われてるみたい。まだ調査した母数が少ないからハッキリしたことは言えないけど、警備隊内の評価値で1~2前後女子の方が魔力が高い傾向があるみたいね」

「ほ~ん」


それを聞いて巽は感心した様子で相槌を打つが、僕は正直『誤差じゃね?』との感想を抱いてしまう。まぁ椎野さんもそんなことは承知の上で説明してくれたのだろうし、一々口に出しはしなかったが。


僕が食事の手を止めボーッとしていると椎野さんが冷静にツッコミを入れる。


「……月見里やまなしくん早く食べなくていいの? 巽くんはもう食べ終わってるし、次の訓練始まっちゃうわよ」

「あ~……」


訓練は基礎体力訓練を受けてそれで終わりではない。いや必須の訓練は終わりだが、食事後も任意の訓練の枠が設けられていて、僕ら訓練生はそれらに積極的に参加することが推奨されている──まぁ、実際は任意という名の強制だ。


一応僕も基礎体力訓練を受ける前までは後半の訓練何を受けようとか色々考えてはいたのだが、思った以上に前半の訓練がキツかったし、マジでどうしようかな……?


「巽くんは近接戦闘訓練受けるんだっけ?」

「おう! やっぱ戦闘員って言ったら近接戦が花形だよなぁ~」


椎野さんの問いかけに巽が楽しそうに笑う。


一般的な人間同士の戦いなら銃器など射程の長い武器が主力となるが、対クリーチャー戦において現在使用されている銃器は魔力で強化してなお攻撃力不足。高位のクリーチャー相手だと牽制程度にしかならないらしい。その為、警備隊の中では高い身体能力と技術を駆使しリスクを負ってクリーチャーと斬り合う者が特攻アタッカーと呼ばれ花形扱いされている。身体能力とセンスに長けた巽にはうってつけだろう。


「月見里くんは? 何を受ける予定なの?」


椎野さんに問われて、少し言葉に詰まる。


「あ~……まだ決めてなくて。取り敢えず今日は射撃訓練に顔出してみようかなって」


いかに銃器が高位のクリーチャー相手だと決定力に欠けるとは言え、低位のクリーチャー相手なら十分通用するし、何より敵の間合いの外から攻撃できる優位性は大きい。どんなポジションにつくにせよ、銃の扱いを覚えておいて損はない。


「そうなの? でもそれなら早めに行かないと訓練場が埋っちゃうよ?」

「……え、マジ?」

「マジマジ。射撃訓練は人気だから、多分今から行ってももう席がないんじゃないかな」

「マジか~」


椎野さんの言葉に頭を抱える。そういえば施設案内の時に職員さんがそんなことを言っていたような気がする。


僕らのやり取りを聞き、巽は食堂の時計を見ておもむろに立ち上がった。


「俺はそろそろ行くぜ。月見里も早く食っちまえよ」

「……おう」

「頑張って」


手を振って去っていく巽を見送り、僕は残った食事を汁物で何とか喉に押し込みながら、ふと気づいて椎野さんに訊ねる。


「……椎野さんは何の訓練を受けるの?」

「私はこれから同期の先輩たち──と、ややこしいわね。年上の同期と女子パーティー組んでて、駆除任務があるのよ」

「!」


まだ入隊して一か月しか経ってないと聞いていたのに、もう任務を受けているのか? しかも駆除と言うことは実際にダンジョン内でクリーチャーと戦うってこと?


僕の驚いた様子に気づいて、椎野さんは苦笑して捕捉する。


「駆除任務って言っても、私たちはまだ訓練生だから第一層の雑魚掃除よ。第一層なら『リング』があれば今の月見里くんでも素手で勝てちゃう程度のクリーチャーしか出てこないし、ほとんど作業みたいなものね」

「……いやそれでも、まだ入隊して一か月しか経ってないのに、実際にダンジョンに潜ってるんだから凄いよ」


これは本心だ。しかし椎野さんはかぶりを横に振って僕の言葉を否定する。


「そんなことないわ。早い人は入隊して一週間ぐらいで任務を受けてるし、私たちの同期にはもう正隊員になって二層より下に潜ってる人もいる。ただでさえ警備隊は人手不足だから、戦える人間をいつまでも遊ばせておく余裕はないってだけよ」

「…………」


僕が彼女の言葉に何も言えずにいる、と──


はな~!」

「──おっと」


少し離れた場所で高校生ぐらいの女子三人が手を振って椎野さんを呼んでいた。それに気づいた椎野さんは、残った食事を急いで口の中にかき込む。


「……(ごくん)。じゃ、私も先行くわね。月見里くんも頑張って」

「……うん。椎野さんも」


手を振って去っていく椎野さんを見送り、一人その場に取り残された僕は食事の手を止め天井を見上げた。


「……はぁ~」


そして溜め息を吐き、勢いよく残りの食事を口の中に詰め込む。


鍛えなければ生きていけないのだから仕方ない。ガタガタ言わず、今は出来ることを頑張るとしよう。

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