第48話~信頼~
月見里が用意していた伏兵とはハニヤスのことであり、彼らの作戦は月見里が巽の注意を引きつけている隙にハニヤスが奇襲して巽の中からハニヤスビコを追い出すというものだった。
無論、こんな作戦は普通に考えて上手く行かない。
月見里と巽の実力差は明らかで、それは多少の戦術や罠程度で埋められるものではない。どれほど上手く行ってもほんの僅かな隙を作るのが精一杯だろう。
更にハニヤスはほとんど戦闘能力を喪失している状態だ。これでは隙をつけてもまともな奇襲などできはしないし、力で勝るハニヤスビコを追い出すなどもっての外。
だからハニヤスを用いるとすれば別の方法で巽を拘束して力を削いだ後、ハニヤスビコを追い出すだけという状態になってからでなくては意味がない──だがそこに巽やハニヤスビコの油断があると月見里は考えた。
そもそも力を吐き出し碌に動くことさえできなくなっていたハニヤスが、どうやって巽の足元の地面に隠れていたのか?
その答えは、ここ数日間ハニヤスが特製の筒の中に吐き出していた精神エネルギーである。これは操られて暴走する危険のあるハニヤスの力を削ぎ、安全に警備隊本部内で監視するための措置だが、同時に備蓄されたハニヤスのエネルギーでもあった。
月見里はこの数日分の備蓄をハニヤスに渡し、彼女の力を一時的にブーストすることを思いつく。
地力ではハニヤスビコの方が勝るが、その彼も現状では然程強い力が発揮できるわけではない。ブーストした状態で不意を打てば十分以上に勝算があるというのがハニヤスの見立てだった。
後は見ての通り。月見里は実力で勝る巽相手に何とか隙を作り出し、ハニヤスは最高のタイミングで奇襲を仕掛ける。
予想外の伏兵に巽は完全に不意を突かれた──筈だった。
「ハニヤス、お前がそこに隠れてることは最初から分かってた。備蓄したエネルギーを利用して一時的に力をブーストしてることも、その力で不意を打って俺の身体からハニヤスビコを追い出そうとしてることも、最初から全部」
「…………っ!」
両腕を切り落とされ膝をつくハニヤスを、巽──あるいはハニヤスビコ──が冷たく見下ろし槍を突きつける。
ハニヤスの腕は手首のあたりからなくなっているが、切断面は粘土のようにドロドロになっていて血が噴き出るようなことはなかった。だが当然、痛みとダメージはある。ハニヤスは苦しそうな表情で奥歯を噛みしめ巽を睨みつけた。
すぐ間近には月見里もいたが、彼は既に銃を二つとも失っていて攻撃手段がない。予備の鉈ぐらいはあるが、それを抜いて攻撃する前に巽に叩き伏せられて終わり。無論、素手で掴みかかっても同じことだ。
「お前は気づいてなかった──つーか勘違いしてたみたいだけど、俺の中にハニヤスビコの力と意識が移った後も、お前が見聞きしたことは全部ハニヤスビコに筒抜けだったんだよ」
「そんな……」
巽の言葉にハニヤスの表情が絶望に染まる。
そんな彼女の反応に、巽は表情に微かな同情と失望を浮かべて続けた。
「卑怯だなんて詰まらないことは言わないでくれよ? 元々お前はハニヤスビコに操られてたんだ。それぐらいは当然予想できたことだろう」
その言葉はハニヤスと、そして月見里に向けられたものだった。
「情報を抜かれるどころか操られることを警戒して当然のシチュエーションだ。だからハニヤスを切り札にするって聞いた時は絶対裏があると思ったんだけどな」
「……お前らがハニヤスを始末したがってるように見えたからな。わざわざそうするってことは、少なくとも操られる可能性は低いと思ったんだよ」
月見里の答えに巽は薄ら笑いを浮かべて鼻を鳴らす。
「ふん。ま、確かにもう一度操るのが難しいってのは間違いじゃない。だけどハニヤスから作戦が漏れる可能性を警戒してないってのはやっぱりお粗末だよ。お前のことだからハニヤスに偽の作戦を伝えておいて、裏で別の伏兵か何かを仕込んでると思ってた」
「!?」
巽の言葉にハニヤスが反応し、驚いたように彼と月見里を交互に見る。月見里はそんなハニヤスを無視し、余裕を取り繕った表情で巽を見つめ返した。
「……そう思うなら、まだ勝ったつもりになるのは早いんじゃないか? 今もどこかで誰かがお前が油断する瞬間を狙ってるかもしれないぞ?」
「それはない」
月見里の言葉を巽はキッパリと否定した。
「言っただろう? ハニヤスのことは最初から分かってたって。だから俺はここに来てからずっと、お前が罠や伏兵を仕込んでる可能性を警戒して探ってたんだ。だがもしそんなものがあれば必ずお前の仕草や視線に違和感が出る。それを見逃すほど俺は間抜けじゃねぇよ」
「…………」
言い換えればそれは、二人の間に隠し事も出来ないほどの実力差があるということだが、月見里はそれを黙して否定しなかった。
何も言い返さない月見里に、巽は瞳に失望の色を濃くして続ける。
「……どういうことなんだろうな、これは? 俺がお前を買い被り過ぎてたってことなのか、それとも俺の今後を優先して自分たちだけでことを収めようとしたのか──まぁ、どっちでも同じことだな。甘い目算で勝ち目のない戦いを挑んだってことに変わりはない」
「だから、もう勝ったつもりか?」
「ああ。そうだよ」
月見里の駆け引き染みた言葉を、巽は短く切り捨てる。
「この状況で警戒すべきは罠と伏兵。だけどここから戦況をひっくり返せるだけの罠を準備する余裕はお前にはなかった。伏兵についてはさっき言った通り。仮にお前が俺に伏兵を気取られまいと細かい作戦を練っていなかったとしても、いると分かってりゃ動きは変わる。お前の動きは明らかにさっきのハニヤスの奇襲で仕留めようとしている人間のそれだったよ」
「そう……だな」
月見里は短く息を吐いて、巽の言葉を認める。
その上で、巽が失望の言葉を口にするより早く巽は言葉を続けた。
「認めるよ。僕は伏兵を仕込んでいない。隠し玉はない。さっきのハニヤスとの奇襲だって本気だった。勿論、ハニヤスから作戦が筒抜けになってるかもしれないことは分かってたけど、それでもワンチャンバレてない可能性に賭けて、本気で仕留めるつもりで仕掛けた」
『……?』
巽だけでなくハニヤスも、その月見里の言葉に訝し気に眉を顰める。
ハニヤスから作戦が筒抜けになっている可能性を理解しながら、それを無視して作戦を強行した? しかも伏兵も隠し玉も存在しない?
まるで失敗しても良かったとさえ聞こえる矛盾した言葉だ。
本当は作戦が筒抜けになっていることに気づいておらず負け惜しみで言っているだけか? あるいは巽が神に憑りつかれた事実を周囲に伏せることを優先した?
だがそのどちらも自分たちの知っている月見里の人柄と合致せず、巽もハニヤスも困惑を隠しきれなかった。
二人の反応に月見里は苦笑混じりに種明かしを続ける。
「自分で言うのもなんだけど僕は嘘つきだ。今回は特にお前らを囮にしたり裏でコソコソやってきた。だから僕がハニヤスに作戦を伝えた時、お前は当然、僕がハニヤスに偽の作戦を伝えて本命の作戦を隠してる可能性を警戒した」
「…………」
「ここまでがこの読み合いの前提条件。その上で、僕はお前を出し抜く手を考えなけりゃならなかった」
月見里が何を言わんとしているのか分からない。
「……まさか、だから裏をかいてハニヤスとの作戦を本命にしたなんて言わないよな?」
「それこそまさかだ」
巽の言葉に思わず失笑を漏らす。
「僕の意図がどうあれハニヤスが本気で動いている以上、お前らがそのケアを疎かに出来るわけがない。実際、お前の中にいるハニヤスビコはハニヤスが仕掛けてくるタイミングを計るために、そっちの警戒に集中してたんじゃないか?」
「…………」
月見里の指摘は正しい。まだ不完全な状態とは言え、巽はハニヤスビコの力を併用すれば先ほどもより簡単に月見里を制圧することができた。だがハニヤスビコにハニヤスの動きを監視させるため、敢えて今回はそれをしなかった。ということはつまり、月見里がハニヤスに作戦を伝えたことには、ハニヤスビコの動きを牽制する狙いもあったということだろうか? いやだが、結局失敗したのでは何の意味もない。巽はますます困惑を深くした。
「僕が言いたいのはさ、お前とまともに駆け引きをしたんじゃ勝ち目は薄い、って話さ」
「────」
アッサリと告げられた言葉に巽は呆気にとられる。
「だってお前、こっちがどんな作戦練ったところで仕草だ気配だよく分かんない理屈で見抜いてくるだろ? そんなの僕だけ手札オープンにした状態でカードゲームやってるようなもんだ。まともに相手してらんねぇよ」
「何が……言いたいんだ?」
「だから駆け引きの話さ。確実性のない最低最悪の策ではある──が、残念ながら僕がお前を上回るには、こんな趣味じゃない手しか思いつかなかった。勿論、使わないで済むならそれにこしたことはなかったんだけどね」
そう語る月見里の表情に嘘はなく、心底ウンザリしているように見えた。
「僕は嘘つきだ。お前が僕の嘘を警戒したのは正しい。だけど、嘘を警戒するのは僕一人だけで良かったのかい?」
「────」
巽には月見里が何を言っているのか分からない。
今ここに敵として立ち塞がっているのは月見里とハニヤス。そしてハニヤスの思惑はハニヤスビコを通じて筒抜けだ。月見里以外に他に誰の嘘を警戒しろというのか──いや、待て。ハニヤスビコを通じて見た月見里とハニヤスのやり取り。あの時、月見里は何かおかしなことを言っていなかったか?
「僕はハニヤスに嘘を吐いていない。嘘を吐けばお前にそれを見抜かれるかもしれないと思って、敢えて一つも嘘は吐かなかった」
そうだ。嘘ではない。嘘ではないが違和感のある言葉。
あれは確か「腹を割って話そう」と口にした時、あいつは椎野さんに頼んで監視を緩めてもらっているようなことを──
──パパパァーン!!
「!?」
巽が真相に辿り着いたタイミング──最も周囲への警戒が緩んだその瞬間を見計って、四方から魔力弾が彼を襲う。
完璧な不意打ち。しかし巽は超人的な反射神経で急所への直撃を防ぎダメージを最小限に抑えた──
──ドン!!
「っ!?」
しかし無理な回避で身動きがとれなくなったタイミングで月見里が巽にタックルを仕掛け、二人の身体はもつれるように地面に転がる。
「くそ……っ!」
巽はすぐに体勢を立て直そうとするが、月見里に堅くしがみつかれすぐには振りほどけない。
「椎野さんたちを甘く見たな? あんだけ好き勝手やってた僕の言葉を、彼女たちが素直に信じてくれるわけがねぇだろ……!?」
ああその通りだ。ハニヤスと二人きりで内密の話をしたい──月見里がそんなことを申し出て、椎野さんたちが素直にそれを認める筈がない。そんな怪しい動きをすれば当然、彼女たちは怪しんでそのやり取りを聞こうとする。そして話の内容を知れば、この場に援軍として駆け付けない筈がない。
「情けねぇことを胸張って言ってんじゃねぇ……!!」
こんな不確実で他人頼りな作戦は月見里のやり口ではない。だがだからこそ巽は完全に意表を突かれた。
「ハニヤス! 今だ!!」
「! うん!!」




