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胃袋ダンジョン黎明期~現代ダンジョンはヤベー神様の腹の中~  作者: 廃くじら
第二部

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46/50

第46話~ハニヤスビコ~

「?」


深夜までみっちり自主練を行い汗を流した巽は、自室のドアポストにハートのシールで封をされた手紙を見つけ首を傾げた。


学校ならまだしも警備隊は男所帯で、わざわざ寮にこんな可愛らしいものを送ってくる相手には心当たりがない。何事だろうと封を開け中を見ると、中にあったのは手書きの地図とシンプルな一文。


『バラされたくなきゃ来い』


誰からの手紙かは筆跡を見ればすぐに分かった。わざわざこんな手紙にしたのは、メールだと読まれず無視されるかもしれないと思ったのだろう。


──全く。簡単にこっちの想定を超えてきやがる……


彼が真相に気づいたことは明らかだ。人の身で気づく者がいるとすれば彼以外にいないと確信していた。だからこそ突き放して距離を取ろうとしたのだが、恐らくあのほんの短いやり取りから違和感を察知し、こちらの状態に気が付いたらしい。


分かってはいたつもりだが本当に出鱈目な奴だ。


自分の方が才能や能力では上だという自信があるが、アレの凄さは単純なカタログスペックの高低では説明できない。だからこそ興味を持ち、期待していたわけだが──


──だけど残念だったな、月見里。単純な知恵比べならお前の勝ちだったかもしれないが、今回ばかりは相手が悪すぎた。


地図で指し示された場所を確認すると巽は踵を返して部屋を出る。


雑事は早く片付けるに限る──胸中で嘯きながら、しかし彼の口元は何かを期待するよう喜悦の形に歪んでいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


巽が呼び出されたその場所は旧市街区。大災害の際にクリーチャーにより蹂躙され廃墟となった区域で、現在も一般人は立ち入り禁止となっている緩衝地帯だ。


周囲は崩れた建物が片づけられることなく放置されていて、伏兵を配置し奇襲を仕掛けるには最適。電気は完全には止められていないのか淡く点滅するネオンライトの残骸の下、月見里は一人待ち構えていた。


「……お前一人か?」

「何だよ。僕と二人きりじゃ不満か?」


巽は月見里の正面から隠れることなく姿を見せ、五メートルほどの距離まで近づき話しかける。


「さぁ、な。不満かどうかはお前の用事次第だろ。で、一応聞くけど、こんな夜中に呼び出して何の用だ?」

「分かり切ったことを聞くなよ」


月見里は肩を竦めて続けた。


「というかお前に気を遣ってこんな人目につかない時間と場所を選んでやったんだろうが。少しは僕に感謝しろよ」

「そーかい」


まるで感謝した風には見えない巽の態度に月見里が不満そうに眉を顰める。


一見普段通り、親しい友人同士のやりとりに見えるが、互いにそれ以上近づこうとはせず、その手はいつでも武器を抜けるよう腰の位置から動いていなかった。


「──で、こっちも一応聞いとくけど、お前今どんな状態だ?」


月見里の問いかけに巽は右眉だけを軽く持ち上げる。


「何だ、分かってるから呼び出したんじゃないのか?」

「念のためだよ」


言葉通りそれほど重要だとは思っていない様子の月見里に、巽は内心『時間稼ぎかな?』と予想しつつ、それに付き合ってやることにした。


「そうだな……信じるかどうかはお前の勝手だが、俺は別に操られてるわけじゃない──少なくとも俺自身はそう認識してる」

「信じるよ──お前の認識が正しいかどうかは別にして」


皮肉めいた相槌に巽は微かに苦笑。


「俺の認識で言えば、今の状態は『共存』ってのが一番近いな。ハニヤスの中に残留していた本霊の意識は今俺の中にある。俺に色んな事を教えて、協力してくれてるよ」

「……残留?」


月見里がおかしなところに引っかかる。巽は一瞬意外そうに目を瞬かせ、すぐその理由に思い至り納得した表情を見せた


「ああ。そうか、お前は知らないはずだな。ハニヤスは元々本霊が何か意図をもって地上に送り込んだ分霊ってわけじゃなくてね。本霊にとって不要な部分を切り捨てた結果生まれた意図しない存在なんだよ」

「イレギュラーってことか?」

「ああ。存在、認識、人との融和を目指すその考え、それらは全てハニヤスが勝手に思い込んだ絵空事だ。不要と吐き捨てた排泄物が、勝手に意思をもって動き出し地上に這い出たに過ぎないのさ」


嘲りの混じる巽の言葉に月見里は感情の見えない表情と声音で冷静に問い返す。


「不要と捨てたものの中に、分霊の意識を乗っ取って操れるほどの本霊の意識が残留していた、と?」

「ああ。それは本霊にとっても想定外のことだったみたいだが、奴は元々イザナミの排泄物が意識を持った神だろう? そういう行為自体に力が宿らざるを得なかったんだろうさ」

「……なるほどね」


あり得ない話ではない。こんなことで嘘を吐く必要はないし、実際にハニヤスが人との融和を目指して地上にやってきたことは本霊にとっても想定外の出来事だったのだろう。


「つまりそいつは元々ハニヤスの行動に干渉するつもりはなかった。ただ運よくハニヤスが僕らの懐に潜り込んだのを見て、上手く利用できないかと後から動き出したってわけか」

「そういうことだな。──あと聞かれる前に言っとくが、本霊が俺に乗り移ったのは相性の問題だそうだ。いくら本霊と分霊の関係とは言え、ハニヤスに残留した本霊の力はそう強いもんじゃない。既に独立した存在ってこともあって、身体を乗っ取るのもごく短時間が限界だったんだと。そこでそいつは偶々、相性のいい俺を見つけて乗り移った」


巽の説明を聞いて月見里が顔を顰める。


「……それを『寄生』や『憑りつかれた』と言わず『共存』なんて言っちまう時点で、お前の認識ぶっ壊れてねぇか?」

「そうか? 俺の意識はソイツと独立してるし、別に身体を乗っ取られたりなんてことはないぜ。ただ頭の中で相談に乗ってくれて、色々と協力してくれてるだけだ」


巽の態度は普段通りで、本気でそう言っているように見える、が──


「どう考えてもゆっくり懐柔されて支配されてくパターンじゃねぇか。人に友好的なハニヤスを切り捨てた存在ってことは、そいつは人間に敵対的なんだろ? そんな奴に相談だの協力だの、おかしいと思わなかったのか?」

「別に? それを言えば俺だって人間好きってわけじゃない。そんなことは別に大した問題じゃないだろう?」

「────」


巽の言葉に月見里は夜空を仰ぎ、諦めた様に深々と溜め息を吐く。


「──よく分かった」

「そうか」

「話にならないってことが、よく分かったよ」

「そうか。分かってくれて嬉しいよ」


最初から分かっていた決裂を受け入れ、月見里は腰から銃を抜く。


「僕の目的はお前の身体からその本霊──つーか、いつまでも本霊呼びじゃややこしいな。あっちのちびっ子ハニヤスを分霊呼びしないといけなくなる」


ワザと下らないことを言って隙を作ろうとする月見里のやり口に苦笑し、巽が警戒を緩めぬまま提案する。


「なら本霊の方は『ハニヤスビコ』でどうだ? こっちに残ってるのは男性神としての意識が主だ」

「ハニヤスビコとハニヤスヒメ、男女一対の神か──いいね」


話を逸らしても隙を作れそうにないと判断した月見里は、更に別の切り口で揺さぶりを試みる。


「僕の目的はお前──巽の身体からハニヤスビコを追い出して正気に戻すことだ。ホントは上の人たちを連れてきて囲んで叩けばよかったんだが、今回の件は僕にもほんの小指の爪の先ほどには責任があるからな。上にこのことが知られたら巽にどんな処分が下るか分からん。だからわざわざこうして僕一人で来てやった」

「余計なお世話だけど、お気遣いどうも」

「ああ。感謝するならどうやったらその身体からハニヤスビコを排除できるか教えてくれるか?」

「余計なお世話って言ったのは無視か? まぁいいけど」


月見里との言葉の応酬を楽しむように笑い、巽はアッサリと口を割った。


「お前のことだからどうせハニヤスから聞いてるんだろう? 相性がいいとは言え、俺とハニヤスビコの接続はまだまだ不安定な状態にある。同じ魂を持つハニヤスの力なら、ハニヤスビコに干渉して排除することは理論上不可能じゃない──ただしここには二つの問題がある」


彼はニヤリと笑い一本指を立てて続ける。


「一つはハニヤスビコとハニヤスのパワーバランス。元々本霊と分霊の関係で、しかも今のハニヤスはお前にいたぶられて相当弱ってる」

「語弊のある言い方をするな」

「そりゃ失礼。ともかくまともなやり方じゃ理論上は可能でも逆にハニヤスが始末されて終わり──これが一つだ」


対策は出来ているかな、と試すような視線を向けてくる巽に、月見里は冷静に尋ねた。


「……二つ目は?」

「ハニヤスビコを排除しようと思えば、当然その前に俺をどうにかしないといけないわけだが……お前ごときにそれが出来ると思うか?」


挑発的な物言い。しかし月見里はアッサリと言い切った。


「大した問題じゃないな」

「ククッ。そうか、楽しみだ」


巽は本心からそう思っているように微笑む。


「そっちが目的を明かしてくれたついでに、俺もお前の呼び出しに応じた目的を教えてやるよ」

「目的?」

「ああ。ハニヤスビコの力でお前を手駒にすることだ」

「……僕を操れると思ってんのか?」


お前と一緒にするなよ、と言いたげな月見里の言葉に、巽は気を悪くした様子もなく肩を竦める。


「駄目なら殺して処分するだけさ」

「…………」

「殺して堆肥に変える方が遥かに簡単なんだが、それをするとコトが露見する可能性が高くなるからな。俺たちにとって今のこの立場は色々都合が良いんだ」


そこで何故か巽は一瞬言葉を区切り、苦笑する。


「あと一応、俺はお前には少しだけ利用価値を見出してるし、出来ることなら殺したくない──これは本心だ」


その言葉を月見里は鼻で笑う。


「……随分と上から目線の発言だな?」

「事実、上だからな」

「…………」

「…………」


次の瞬間。二人は全く同時に武器を構えた。


『──ッ!』

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